ジャズ・ファンにオススメするブラス・ロック
ブラス・ロックとマイルス・デイヴィス双方のファンならみなさんお気付きだろうけれど、『ビッチズ・ブルー』一枚目B面のアルバム・タイトル曲、マイルスはソロの途中でブラッド、スウェット&ティアーズの「スピニング・ウィール」をちょっとだけ引用する瞬間がある。誰も言及していないみたいだけど。
「ビッチズ・ブルー」→ https://www.youtube.com/watch?v=dc7qiosq4m4 4:52あたりから数秒間。「スピニング・ウィール」→ https://www.youtube.com/watch?v=Cb5EBAP6zPY お聴きになれば分る通りマイルスは、ルー・ソロフの吹くトランペット・ソロではなく歌のメロディから引用している。
「スピニング・ウィール」が入った『ブラッド、スウェット&ティアーズ』の発売は1968年12月。『ビッチズ・ブルー』は翌69年8月録音だから、これはもう間違いないね。実際の音でマイルスがブラス・ロックに言及しているのはこれだけだけど、しかしマイルス最大の話題作だからなあ。
『ビッチズ・ブルー』は、ビルボードのジャズ・チャート一位、ポップ・チャートですら二位にまで上がったメガ・ヒット作でもあるし、今でも時代を超えた傑作アルバムとして評価が高いものなんだから、そのアルバムの、しかもアルバム・タイトルになった曲におけるボスのソロでブラス・ロックのフレーズが出てくる意味は大きいはず。
実際の音でマイルスがブラス・ロックに言及しているのはこれだけとはいえ、1970年前後のインタヴュー等ではかなり頻繁にブラス・ロックについて発言している。もっともそれは高く評価するとかいうようなものではなく、いやまあ高く評価していたのかもしれないがそういう言い方はしていない。
そうではなく、売れているらしいブラッド、スウェット&ティアーズなどのやっている音楽とオレが今やっている音楽は同じようなものなんだ、だからオレのレコードも奴ら白人連中と同じ場所に並べて売ればもっと売れるはずなんだという類の発言ばかりだね。例によっていつものパターン。
これはマイルスもブラッド、スウェット&ティアーズも同じコロンビア所属だったので、その意味でもマイルスは意識していたんだろう。余談ながらコロンビアのレコードに関しては、マイルスは自分では一枚も買わず全部会社からもらってというかせびっていろいろと聴いていたらしい。
1970年代前半にはシカゴに言及しているインタヴューもある。ブラッド、スウェット&ティアーズにしろシカゴにしろ、マイルスは単なる商売上の敵対心だけだったのかもしれないが、それでも「スピニング・ウィール」を自分の重要作のソロで引用するくらいだから音楽的な対抗心もあったはずだろう。
僕がブラス・ロックを聴くようになったのも、既にお察しの通りマイルスがしばしば言及しているからだった。ブラッド、スウェット&ティアーズとかシカゴとかチェイスとかいくつかを。レコードを買って聴いてみるとなんだか聴き憶えのあるような曲もあったからヒットしていたんだろうなあ。
「スピニング・ウィール」も(例のマイルスのソロでというのではなく)歌の旋律はどこかで聴いたようなフレーズだったし、なによりチェイスの「黒い炎」(ゲット・イット・オン)は和田アキ子がカヴァーしていた曲だった。調べてみたら日本でもかなり売れて1972年に日本公演もやっているね。和田アキ子は「スピニング・ウィール」もカヴァーしている。
それくらい1960年代末〜70年代初頭のブラス・ロックは売れていたわけだなあ。70年代前半までで急速に消えてしまったらしいけれど、管楽器がなによりの花形楽器であるジャズのファンなら今聴いてもなかなか面白いはずだ。といってもロックの8ビートと電気楽器が嫌い(なんていうファンがまだいるのかな?)だとダメだろうけどさ。
ブラッド、スウェット&ティアーズ最大の成功作である二枚目の『ブラッド、スウェット&ティアーズ』二曲目の「スマイリン・フェイジズ」のピアノ・ソロでは、突然4ビートになってエレベがランニング・ベースを弾くという具合のジャズ・アレンジで、こういうのならジャズ・ファンも聴きやすいかもね。
一枚目の『子供は人類の父』なんかはいわゆる普通のブラス・ロックというよりもっと幅広い音楽性を持ったアルバムで、管楽器もたくさん聞えるけれど、一曲目はストリングス・ナンバーだし、それ以外もギターやアル・クーパーの弾くオルガンやピアノその他の鍵盤楽器のイメージの方が強いくらいの多彩な作品。
今聴き返すとブラッド、スウェット&ティアーズは、大成功した二枚目以後よりアル・クーパー時代の一枚目が一番面白いような気がしている。だからこのバンドはまあ一応ブラス・ロックではあって、このジャンルを確立した第一人者だということになってはいるけれど、最近の僕の中ではそうでない。アル・クーパーが一枚だけで辞めちゃったのが、ちょっと残念。
ブラス・ロックのバンドのなかでは、いわゆるロックというよりR&Bとかファンクのバンドだけど、タワー・オヴ・パワーが一番好きだなあ。リズムもいいし、ブラスというかサックス含めた管楽器の使い方もカッコいいし、ベースのフランシス・ロッコ・プレスティアは超ファンキーだし言うことないじゃん。
タワー・オヴ・パワーの大傑作「ワット・イズ・ヒップ?」も16ビートだからファンクだけど、ギター・カッティングがジェイムズ・ブラウンのバンドのジミー・ノーランみたいだし、ロッコのベースもファンキー、重厚なホーン群もドライヴしていて最高だね。
いわゆるブラス・ロックのジャンルでブラスやリードなどの管楽器を多用するというのは、やっぱりジャズやブラック・ミュージックの影響なんだろうなあ。ジャズではもちろんだけどリズム&ブルーズやソウルやファンクでもホーン群は多用されているから、そのあたりからの影響だったんだろう。
ジェイムス・ブラウンのバンドのホーン・セクションなんか最高にカッコよくて、しかもボスの下非常に厳しい練習を積んで、ライヴ本番では一糸乱れぬ完璧なアンサンブルを披露していた(ミスしたメンバーは罰金だったらしい)くらいだし、スライ&ザ・ファミリー・ストーンでもホーンがカッコいいし。
ロックでもフランク・ザッパは、ブラス・ロックといえるのかどうか分らないけれど『ワカ/ジャワカ』とか『グランド・ワズー』みたいなアルバムがあって、まあこれらはリズム&ブルーズとかファンクなどより完全にジャズのビッグ・バンドからの影響なんだろうなあ。ジャズ・ファンにも聴いてほしい作品。
先に貼った「スピニング・ウィール」でもソロを取るブラッド、スウェット&ティアーズのルー・ソロフは、僕はギル・エヴァンスの諸作で知ったトランペッター。ギルのレコードでも素晴しいソロがいくつもあるんだよね。1983年のギル来日公演で生でも彼を聴いた。まあそういう繋がりがいろいろとあるわけだからさ。
そんな具合で、いまだにいるのかどうか分らないが4ビートとアクースティックにこだわるガチガチの保守的なジャズ・ファンにはオススメしないけれど、ロックその他いろんなものに興味のあるジャズ・ファンの方々には、こういったブラス(やリード)群を多用するロックやファンクなどは楽しくてたまらないと思うんだよね。是非!
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