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2016/03/17

セロニアス・モンクとドナルド・フェイゲン

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セロニアス・モンクのオリジナル「リフレクションズ」という曲が大好きなんだけど、この曲、モンク自身のヴァージョンで、ホーンなど他の楽器入りのヴァージョンはあるのだろうか?僕はソロ・ピアノでやったのしか知らない。『ソロ・オン・ヴォーグ』とか『アローン・イン・サンフランシスコ』とか。

 

 

僕は一応セロニアス・モンクが好きでファンではあるものの、彼のリーダー・アルバムを全部聴いているわけでもないので、もっと他にたくさんモンクによる「リフレクションズ」があるんだろうし、そのなかにはひょっとしたらソロ・ピアノじゃないホーン入りのものがあるかもしれない。

 

 

もっとも「リフレクションズ」という曲、作曲者自身のソロ・ピアノ・ヴァージョンで好きになったものではない。聴いてはいたものの、昔はイマイチな印象だった。昔は「ルビー・マイ・ディア」「クレパスキュール・ウィズ・ネリー」「ブルー・モンク」などの方が好きだった。

 

 

「リフレクションズ」という曲を好きになったきっかけは、ハル・ウィルナー・プロデュースによる例の1984年のセロニアス・モンク追悼集『ザッツ・ザ・ウェイ・アイ・フィール』に収録されている、スティーヴ・カーンとドナルド・フェイゲンのデュオ・ヴァージョンを聴いたこと。これがステキだったんだよねえ。

 

 

スティーヴ・カーンのアクースティック・ギターもいいけれど、なんといっても後半のドナルド・フェイゲンによる、ハーモニカみたいなサウンドで弾くシンセサイザー・ソロがカワイらしいしチャーミングだね。今聴いても、とてもステキに聞える。

 

 

 

カーン&フェイゲンによる「リフレクションズ」、Twitterで僕がフォローしているあるジャズ・ファンの方も大好きらしく、頻繁にこの音源を貼っては繰返しツイートしている。やはり僕と同じ印象を持つファンはいるんだね。そして僕の場合、恥ずかしながらこれでドナルド・フェイゲンを初めて知った。

 

 

つまり1984年の『ザッツ・ザ・ウェイ・アイ・フィール』で聴くまで、スティーリー・ダンもソロ・アルバム『ザ・ナイトフライ』も全く聴いたことがなかったわけだ。大学生の頃に『ジャズ批評』という雑誌がスティーリー・ダン特集を組んだことがあったので、名前だけは見ていたけれど。

 

 

硬派な印象の『ジャズ批評』がスティーリー・ダン特集を組むとはやや意外な感じがした。もっともその後、原田和典さん編纂の『コテコテ・デラックス』みたいな、別冊特集本だけど、ああいうのも出すようになる『ジャズ批評』ではある。原田和典さんについては以前一度触れたけど、あの本は大変面白い。

 

 

僕が大学生の頃に『ジャズ批評』がスティーリー・ダン特集を組んだのは、ヴィクター・フェルドマンとかウェイン・ショーターとかスティーヴ・ガッドとかラリー・カールトンなどのジャズ(系)・ミュージシャンがいろいろ参加していたからだったのかなあ。でもその頃は読んでも聴きたいとは思わなかった。

 

 

1964〜70年の間マイルス・デイヴィスのバンドに在籍していたし、その後のウェザー・リポートでの活動でも好きだったウェイン・ショーターだけはちょっと聴いてみたいとは思ったけど、スティーヴ・ガッドとかラリー・カールトンとかはさほどは好きじゃなかったし、フェルドマンもイマイチ。

 

 

ショーターの場合、マイルス・バンドやブルーノートへの諸作ではたくさん吹いているけれど、ウェザー・リポートでは彼のソロが少なめなので、ちょっとでも聴けるなら聴きたい気持はあったんだけどね。でもわずかなショーターのソロを聴くためだけにスティーリー・ダンのLPを買おうとは思わなかったんだなあ。

 

 

というわけで全くの食わず嫌い(いや、嫌いではなかったけど)だったドナルド・フェイゲンとスティーリー・ダン。『ザッツ・ザ・ウェイ・アイ・フィール』収録の「リフレクションズ」でのシンセサイザー・ソロに感銘を受けて、大変遅ればせながら1984年にようやくスティーリー・ダンを聴いてみたら、これが素晴しかったね。

 

 

スティーリー・ダンやフェイゲンの『ザ・ナイトフライ』とかは、ガチガチの黒人音楽ファンの一部には評判が悪いらしい。だいぶ後の1990年代後半に茨城県牛久市の友人宅にて数人で『ザ・ナイトフライ』を聴いた時も、そのお宅のご主人や僕の意見に対し、こんなもの!と言放つ黒人音楽ファンがいた。

 

 

ご存知の通り、1982年の『ザ・ナイトフライ』には、R&Bグループ、ザ・ドリフターズのアトランティック盤シングルがオリジナルのリーバー&ストーラー作「ルビー・ベイビー」のカヴァーがあるし、その他多くの黒人音楽のエッセンスが詰っていたり、大勢の黒人ミュージシャンが参加しているんだけど。

 

 

そもそも『ザ・ナイトフライ』はドナルド・フェイゲンの自伝的な側面がある作品で、彼が少年時代を過した1950年代アメリカへの郷愁と、その頃に聴いた白人・黒人問わずいろんな音楽へのオマージュとトリビュートで成立っているようなアルバム。黒人音楽ファンが好きになる要素満載だけどねえ。

 

 

まあそれはいいや。ともかく僕が1984年になって初めてその『ザ・ナイトフライ』や、それ以前のスティーリー・ダンを聴いたのは確かなこと。聴いてみたら、それらにはかなりジャズの要素が入っていることに気が付いて、フェイゲン自身ジャズが好きで実に深く追求していることはすぐに分った。

 

 

例えばスティーリー・ダンの1974年作『プレッツェル・ロジック』一曲目の「リキ・ドント・ルーズ・ザット・ナンバー」(邦題はダメだから書かない)の冒頭のピアノ・フレーズが、ホレス・シルヴァーの1965年「ソング・フォー・マイ・ファーザー」そのまんまだったり、エリントン・ナンバーのカヴァーがあったり。

 

 

でもそういうのは表面的なことで、もっと深いところというかスティーリー・ダンの本質にジャズが溶け込んでいることは、熱心なジャズ・ファンである僕には分りすぎるほど分る。曲の創りにしてもスタジオ・セッション・バンドになってからのサイドメン起用にしても、フェイゲンの弾く鍵盤にしても。

 

 

もちろんそういうことは、熱心なジャズ・ファンでスティーリー・ダンを聴く人は昔から全員分っていることで、だから『ジャズ批評』も特集記事を組んだんだろう。僕も大変遅ればせながら聴いてみて、ドナルド・フェイゲンとスティーリー・ダンの大ファンになって、その後全作品を聴きまくっている。

 

 

ジャズ〜フュージョン的な視点からは、1977年の『エイジャ』と80年の『ガウチョ』が面白いということになるんだろう。ウェイン・ショーターの名ソロが聴けるのも前者のタイトル曲だし、それ以外にも大勢のジャズ(系)・ミュージシャンが参加しているし、そうでなくてもフュージョンっぽいし。

 

 

僕も最初はこの二作とフェイゲンのソロ『ザ・ナイトフライ』が一番好きで繰返し聴いていたけど、最近はそういうスタジオ・セッション・ユニットになる前の方が、どうも楽しいんじゃないかと思っている。特に1976年の『ザ・ロイヤル・スキャム』が好きだなあ。ギターがいいよね。

 

 

デビュー作1972年の『キャント・バイ・ア・スリル』の「リーリン・イン・ジ・イヤーズ」や、73年『カウント・ダウン・トゥ・エクスタシー』の「菩薩」や、76年『ザ・ロイヤル・スキャム』の「キッド・シャールマーニュ」や「グリーン・イアリングズ」など、そういう曲の方が面白くなっている。

 

 

そして、現在スティーリー・ダンの全アルバムで普段一番よく聴くのが、再結成後の初アルバムにして初ライヴ盤の1995年『アライヴ・イン・アメリカ』。これについては以前も書いたけれど、オリジナル録音当時は到底ライヴ・ステージでは再現不可能と言われた数々の曲を見事に披露していて、さすがとしか言いようがない。

 

 

それにしても、セロニアス・モンクの「リフレクションズ」と、ジャズマンがあまり参加していない、ハル・ウィルナー・プロデュースのモンク追悼盤の話をしようと思って書始めたのに、かなり違う内容になっちゃったなあ。

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