スヌークス・イーグリンの摩訶不思議なトニー谷奏法
スヌークス・イーグリンというニューオーリンズのブルーズ〜R&Bのギタリスト兼シンガーを知ったのは、1995年の新宿パークタワー・ブルース・フェスティヴァルでだった。恥ずかしながらそれまで名前すら全く聞いたことがなく、ただ単にパークタワー・ブルース・フェスティヴァルに毎年行っていたというだけ。
新宿のパークタワー(東京ガス)で毎年12月に開催されていたパークタワー・ブルース・フェスティヴァル、いつ頃から開催されていたものなのかちょっと憶えていないけど、僕はそのスヌークス・イーグリンが出演した前年1994年からなくなってしまう最終年まで毎年行っていた。楽しかったなあ。
それも理由の一つで1999年にFC東京がサッカーJリーグに加盟してからは、東京在住時代の僕はFC東京のサポーターだったくらいだ。当時はまだJ2所属だったけど、FC東京の母胎は東京ガス・サッカー・チームだったから。そのせいで今でもFC東京のあだ名は「瓦斯」。FC東京サポだったもう一つの理由はフランチャイズが僕の住んでいた地元調布市だから。
1990年だかのロバート・ジョンスンの二枚組CD完全集をきっかけに、90年代はブルーズのCDが(戦前の古いものも含め)たくさんリイシューされまくっていた時期で、僕もそういうのをたくさん買って聴いていて、一種のブルーズ・ブームみたいなものがあったような記憶がある。
1995年のパークタワー・ブルース・フェスティヴァルに出演したスヌークス・イーグリンもかなり古くから活動して録音もある人だというのは、もっと後になってから知ったことで、最初に書いたようにこのフェスティヴァルで初めて彼の名前を知った程度だった僕。当然どんな音楽家なのかは全くの手探り状態。
盲目の人だということも知らなかったんだけど、いざスヌークスの生演奏を聴いたら、これが物凄くてぶっ飛んじゃったんだなあ。特にギターは音だけ聴いていても大変素晴しいものだと実感するんだけど、目の当りにするとこれがもうどうやって弾いているのかサッパリワケが分らない珍妙さ。
この感想はこの時スヌークスの生演奏を実際に観た多くの人に共通するものだったようだ。なんというかソロバンを弾くトニー谷(古い?)みたいというか、弦をはじく右手がグーとパーを繰返しながらコードとシングル・トーンを交互にというか同時に出すような感じ。僕はかなりの至近距離で観たんだけど全く理解できなかった。
しかもそのグーとパーを猛烈な速さで繰返して弦を弾きシングル・トーンとコードを出しながら、どうやら同時に親指では低音弦を弾いているようにも見えた。ちょっとワケが分らなかったというか人間業とは思えなかった。今CDで音だけ聴いて確認しても、その親指低音弦弾きは僕には分らない。
その後スヌークスのライヴ(パークタワーの時のではない)を収録したVHSヴィデオを当時の友人宅で見せてもらってじっくり観察したんだけど、それでも具体的にどのようにして右手で弦を弾いているのかやっぱり把握できなかった。今でもあれはなんだったんだと不思議な思いだけが残っている。
1995年のパークタワー・ブルース・フェスティヴァルでやった時のスヌークスのバンドはスヌークスのギター&歌、ジョン・オーティンのオルガン&ピアノ、ジョージ・ポーター・Jrのベース、ジェフリー・ジェリービーンズ・アレクサンダーのドラムスという編成だった。みんな初来日だったのだろうか?
このメンツを僕は憶えていたわけではない。この時のライヴを収録したライヴ盤CD『ソウル・トレイン・フロム・ノーリンズ』が出ていて、そのライナーを読返したら書いてあったというだけ。だけどベースのジョージ・ポーター・Jr とドラムスのジェリービーンズのことはよく憶えている。
ジョージ・ポーター・Jr は言うまでもなくミーターズで活躍した実力者で、この時のスヌークスのライヴでも実に堅実なサポートぶりだったのと、演奏面以外でもスヌークスを助けていたのを憶えている。そしてそれ以上にスヌークス同様驚いたのがジェリービーンズのドラムスだった。凄かった。
他のメンバーに比べたら若そうに見えたジェリービーンズ、ドラムス演奏技術の詳しいことは分らない僕だけど、ジェリービーンズのドラムスはアフタービートの効いた実によく跳ねてスウィングするもので、ニューリーンズ・ファンク・ベースのジョージ・ポーター・Jr と絶妙なリズムを創り出していた。
この時のスヌークスの演奏に大変感銘を受けた僕は、すぐにCDショップに行って彼のアルバムを探したんだけど、彼のこれ以前のアルバムはあまり見つけられなかった。買えたのはブラック・トップから出ていた『ティージン・ユー』だけで、翌年に新録音の『ソウルズ・エッジ』が出てそれも買った。
そして1995年のパークタワー・ブルース・フスティヴァルでのライヴを収録した『ソウル・トレイン・フロム・ノーリンズ』も翌96年に出て、内容を思い出し噛みしめるようにしながらじっくり聴直した。CDで音だけ聴くと極めて真っ当なブルーズ〜R&B系のギタリストだね。
それら1990年代に録音したアルバムだけでなく、50〜80年代の過去のアルバムもCDリイシューされて、そういうのも買ったはずなんだけど、自室を探しても殆ど出てこないのが不思議だ。今すぐ手に取れるスヌークスのCDは前述の三枚だけ。それら三枚の中では『ソウルズ・エッジ』が一番好き。
当時読みかじっていた情報によれば、スヌークスはなんでも「人間ジュークボックス」ともあだ名されるほどで、すぐに演奏し歌えるレパートリーがなんと千曲以上もあったらしい。幼少時に失明したようだから、当然盲目者用のもの以外の普通の譜面は読めない。全部レコードとラジオで聴き憶えたらしい。
余談だけど盲目者用の点字譜面というものがあることを知ったのは、例の「ウィ・アー・ザ・ワールド」のメイキング・ヴィデオを観た時で、そこではスティーヴィー・ワンダーがレイ・チャールズにこういうものがありますよと点字譜面の読み方を教える場面がある。スヌークスが読めたかどうかは知らない。
さてスヌークスが1995年のパークタワー・ブルース・フェスティヴァルでもプロフェッサー・ロングヘアの曲などやっていたのは、ニューオーリンズの先輩ミュージシャンだから当然だとしても、スティーヴィー・ワンダーの「ブギ・オン・レゲエ・ウーマン」もやったりしたのにはちょっと驚いたんだよなあ。
前述の不思議なトニー谷的奏法のギターをどのようにして憶えたのか全く分らないんだけど、ああいう弾き方はちょっと他には思い当らないよなあ。音だけ聴くとその奏法は分らないから、普通のというか上質のニューオーリンズR&Bに聞える。ヴォーカルはちょっとレイ・チャールズっぽいような。
スヌークスのヴォーカルがレイ・チャールズの影響を受けていることは、CDで聴直すとほぼ間違いないように思う。レイほど上手くはないけれど飄々とした持味があっていいね。そしてやっぱりなんといってもギターだなあ。シングル・トーン弾きの時は少しT・ボーン・ウォーカーを髣髴させるものだ。
しかしT・ボーンほど完全に洗練されているというのでもなく、まあ彼みたいな都会派のブルーズ・ギターというより、店を歩き渡りながら流しで演奏してお金をもらうようなそんなストリートのミュージシャンを思わせる田舎っぽさがあるね。そのあたりはニューオーリンズ的とでも言うべきか。
ニューオーリンズ現地ではスヌークスは往年のプロフェッサー・ロングヘアとも共演したことがあるそうだ。もし録音でも残っているのなら是非聴きたいもんだなあ。ニューオーリンズといえばマルディ・グラ・インディアンのワイルド・マグノリアスの1990年作にスヌークスが参加しているね。
今でも『ティージン・ユー』『ソウルズ・エッジ』『ソウル・トレイン・フロム・ノーリンズ』の三枚は時々聴くんだけど、スヌークス・イーグリンの音楽ってホント楽しい。本人の明るい人柄が音からもよく伝わってくるように聞えて、聴いていて微笑ましい気持になる。最高に和める音楽だよね。
今は亡くなってしまった人だし、ライヴで観て友人宅でヴィデオでも観たあの摩訶不思議な右手のギター奏法も今は記憶の中にあるだけで、それでも強烈な印象だったから、今でもCDで音だけ聴きながらそんな演奏風景を想像してしまう。それもだいぶ薄れてはきているんだけどね。
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