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2016/04/06

『サージェント・ペパーズ』は持上げられすぎだ

Sgtpepper









大学院生〜助手時代に大変お世話になった篠田一士さん(先生と呼ぶべきかもしれないが、とにかく学校内ですら学生からそう呼ばれるのを極端に嫌って絶対に許さなかった人だから)。英文学の大学教授にして文芸批評家だったわけだけど、大変なクラシック音楽リスナーでもあった。

篠田さんが僕の助手三年目に亡くなったあと、よく分らないからと遺された本とレコードの整理を奥様に頼まれてご自宅に伺うと、膨大なクラシックのレコード・コレクションのなかに一枚だけロックのレコードがあった。

それがビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』。篠田さんはクラシックばかり聴いていて、英文学の授業中にも例えばチェコ生れフランス在住の小説家ミラン・クンデラとヤナーチェクのオペラとの関係を語ったり、助手時代にも研究室や食事の席でいろんな音楽の話を伺っていたりした。

それなのにどうして一枚だけビートルズの『サージェント・ペパーズ』のレコードを持っていたのかは、なんとなく分るような気がする。なんといってもポピュラー・ミュージックの歴史を変えたとまで言われるエポック・メイキングな作品だから、篠田さんも興味があったはずだ。

英文学者にしてクラシック・リスナーの篠田さんが『サージェント・ペパーズ』をどう聴いていたのかは全然分らないし、このレコードの話なんかは全く聞いたこともない。ポピュラー・ミュージックのレコードはこれ一枚しかお持ちでなかったようだから、やはり単発的な興味にとどまっていたのだろう。

僕もビートルズを知った頃から『サージェント・ペパーズ』こそビートルズの最高傑作にしてロック史上に燦然と輝く金字塔だというような評価が定着していたので、まあそうなんだろうなと思い込み、実際日本語でも英語でもそういうことが書いてある文章を実に頻繁に目にしていた。

LPレコードで出てくる音だけを聴いても、やはりそういう作品なんだろうと長年実感していた。でもまあ『サージェント・ペパーズ』についてはあまりに高評価な言説が流布しまくっていたので、完全に先入見を捨てて「音」だけ聴いて判断するのもやや難しかったのも事実だった。

1987/88年にビートルズの全公式オリジナル・アルバムがCDリイシューされた時に買揃え、それでしばらく聴きまくっていた頃から、どうも僕の中でこの『サージェント・ペパーズ』に関する評価がかなり変り始めてきた。エポック・メイキングな作品ではあるものの最高傑作ではないだろうと。

一般に『サージェント・ペパーズ』はロックがアルバム単位の「芸術作品」としての聴取に値する音楽だと見做されるようになった最初のようなものだと言われる。だけど今聴くとアルバム全体を通しての流れとか統一性とか一貫性みたいなものは大したことはないというか薄いように思うんだよねえ。

アルバム単位での構成を特に主導的役割を果したポールは意識したらしいのだが、そして実際<ペパー軍曹のロンリー・ハーツ・クラブ・バンド>という架空のバンドのステージを収録するという一種のメタ・フィクション的な構成で創られた作品ではあるけれど、今聴き返すとその目論見は成功していないような。

前作『リヴォルヴァー』までと大して変らないような曲群の寄せ集めにしか今の僕には聞えないんだなあ。そして一曲ずつ取出せば一つ一つの楽曲の出来は『ラバー・ソウル』『リヴォルヴァー』などの方が粒揃いだ。この二枚の収録曲中の優れた曲に匹敵する『サージェント・ペパーズ』収録曲は少ない。

「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」と「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」くらいじゃないかなあ傑作曲と言えるのは。もちろん他の曲だって別に嫌いだとか優れていないとか凡曲だとか言いたいわけじゃなく好きなものばかりなんだけど、傑作曲とも言いにくいように思う。

その二曲だって、それらに先立つ「ドライヴ・マイ・カー」「ミッシェル」「イン・マイ・ライフ」「タックスマン」「エリナ・リグビー」「ヒア、ゼア&エヴリウェア」「アンド・ユア・バード・キャン・シング」「フォー・ノー・ワン」「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」などなどに比べたら・・・。

アルバム全体の構成という意味でも、その後の『ホワイト・アルバム』や『アビー・ロード』(の特にB面)のこの曲順以外は考えられないと思える絶妙極まりない構築美に比べたら、『サージェント・ペパーズ』は緩いというか緊密ではないというか、もっとはっきり言えばダメなんじゃないかなあ。

そう考えると一曲一曲の魅力でもアルバム全体の構成美でも、ビートルズの他のアルバムに劣っているとしか思えない『サージェント・ペパーズ』の優れた点というのは、単なる一音楽作品という意味合いではないもっと他のポピュラー文化的な影響力においてしか考えられないように思えてくるよね。

何度も書いているように僕は「聞えてくる音」でしか判断できないという音楽リスナーで、時代・社会・文化的な側面とかいうものはそれら全て音を聴いての感動や非感動を説明するためにだけの補完要素としてしか考えない人間だ。そして『サージェント・ペパーズ』の場合そういう補完要素が多すぎる。

『サージェント・ペパーズ」だけでなくいわゆる世間的に名盤といわれるものは、聴く前から入ってくる情報が多すぎてなかなか虚心坦懐に「音」だけに向合うということができにくい。僕は音楽の「真実」とは音にしか存在しないと思っているので、聴く前になるべく情報を入れないようにしている。

『サージェント・ペパーズ』はただの音楽作品というだけではなく、その世界を越えてポピュラー文化全般に大きな影響を与えた記念碑的作品ということになっているから、ますます音だけに向合いことが難しい。もちろん音楽作品は時代や社会や文化などと切離すことは絶対に不可能なものだけど。

書いたように僕は聞えてくる音だけで判断する人間だけど、それでも音楽に政治や社会の問題を持込むななどという昔から結構な数がいる人達の意見にはちっとも賛成できない。音楽作品は社会的産物であって、そしてできあがった音楽作品がまた社会に影響を及す。社会や政治や時代を無視して理解はできない。

最近も『ミュージック・マガジン』がSEALDs特集を組んだ際、音楽と政治を混ぜるなという意見がネット上に溢れたけれどもアホらしかった。1970年代のマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーやカーティス・メイフィールドは(ヴェトナム)戦争や米国社会の闇とかそんなことばっかり歌っているぞ。

音楽と政治・社会問題をまぜこぜにするななどと言出したら、聴ける音楽なんて殆どなくなっちゃうね。一見そういう問題と関係が薄いように見える一部のクラシック音楽やジャズ音楽なども、実は創られた時代や社会と密接に結びついている。マックス・ローチやチャールズ・ミンガスだけじゃないんだ。

だからビートルズの『サージェント・ペパーズ』を1967年という時代を抜きにしては聴くこともできないんだけれど、それもこれも全部ひっくるめた上で2016年の現在、音だけを聴いて判断する限りでは、どうもこの作品は持上げられすぎなんじゃないかとと思う。60年代なら違ったんだろうけどね。

『サージェント・ペパーズ』は凡作だとかそんなことを言っているのではないし、今だって聴けば僕も大好きなのだ。そもそもビートルズに嫌いな作品や凡作なんて一つも存在しない。全てが傑作だ。だけど今の僕の耳にはさらにもっと音楽的魅力のあるアルバムや曲があるように聞える。

過去の言説に惑わされにくい10代・20代の若いファンの方々のなかには、『サージェント・ペパーズ』より『リヴォルヴァー』とかの方がいいと発言する人が多くいて、僕はそういう耳と判断の方が真っ当だと思う。僕は何十年もかかったけれど、「定説」抜きで音だけ聴けば、若くなくたってそうなるはず。

ジャズ・ファンである僕は、B面のポールが歌う「ウェン・アイム・シックスティー・フォー」がディキシーランド・ジャズ風で楽しいねと思ったりすることはある。ビートルズ時代のポールには、こういった古いジャズ・ポップ風な曲がいろいろあるよね。

今の僕が『サージェント・ペパーズ』で一番好きなのは、アルバム・ラスト「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の前の「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプリーズ)」だ。二分もない曲だけどカッコイイ。レッド・ツェッペリンの「移民の歌」のギター・リフはこれからパクったに違いないと思っている。

また「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(リプリーズ)」は、ステレオ版とモノラル版で終盤でのポールの歌い方が異なっている。モノラル版の方にはステレオ版にはないポールのワイルドなシャウトが入っていて、こっちの方がいい。僕は2009年リリースのモノ・ボックスで初めて聴いた。

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