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2016/04/28

エリントンのジャズ・ロック

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デューク・エリントン楽団の作品にジャズ・ロック・アルバムがある、なんて言うとごく一般のジャズ・ファンはエエ〜〜ッ!?と思うだろうけれど、『ニュー・オーリンズ組曲』のこと。これは1970年のアトランティック盤で、エリントンは74年に亡くなっているので最晩年の作品の一つ。

 

 

以前カウント・ベイシー楽団について、戦前ものに比べたら戦後ものはあまり聴いていないと書いたんだけど、エリントン楽団についても似たような感じでやはり1920〜40年代のSP時代の音源に比べたら、戦後のLPレコードでの作品はやはりどうもイマイチ聴き込みが足りない僕ではある。

 

 

それでも戦前から大活躍しているビッグ・バンドのなかでは戦後ものもたくさん愛聴しているナンバー・ワンがエリントン楽団なのだ。エリントンの場合もどう聴いても楽団のピークは1940年前後だったけれど、生涯を通して創造のレベルが落ちることがなく一貫して見事な作品を創り続けていたから。

 

 

エリントンは1924年にワシントニアンズ名義で初録音したというキャリアの持主にしては意外に(というと失礼だけど)戦後も新しい音楽の潮流を意識して自分の音楽に取込んでいた音楽家で、例えば60年代半ばにはサイケデリックな感じの作品があったりする。67年前後はサイケ全盛期だったからね。

 

 

そういう人だから1970年録音の『ニュー・オーリンズ組曲』でジャズ・ロックをやっていてもさほど驚くことはないんだろうけど、やっぱり最初に聴いた時は僕もビックリした。というのは大ウソで大学生の頃に最初にこのレコードを聴いた時はジャズ・ロックだなんて全然気付いていなかった。

 

 

というかそもそもその頃の僕は『ニュー・オーリンズ組曲』のどこが面白いのかよく分らなかった。最初に買ったエリントン楽団のレコードは以前も触れたように1963年録音73年リリースの『グレイト・パリ・コンサート』二枚組だったんだけど、それ以後は主に1940年頃のものばっかり聴いていたからなあ。

 

 

ブルージーでエキゾティックなジャングル・サウンドと西洋印象派風な作風が合体した1940年頃の一連のヴィクター録音こそがエリントンが残した最高の宝石だと信じていた。今でもそれは基本的に全く変っていないが、そればかり称揚するジャズ・ファンや評論家達の言い方だけでは捉えきれない音楽家だね。

 

 

エリントン楽団に印象派やそれ由来のモダンなハーモニーとサウンドを持込んだのは、どっちかというと主にビリー・ストレイホーンだったと僕は思っているんだけど、ストレイホーンは1967年に亡くなっている。そしてそれ以後のエリントン楽団はストレイホーン加入以前のサウンドに回帰しているような部分があるんだなあ。

 

 

このことは以前も詳しく書いたんだけど(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-0f67.html)1939年にビリー・ストレイホーンが加入する前、もっと正確には20年代の初期エリントン楽団のサウンドはかなりブルージーで、実際ブルーズ形式のナンバーも多く真っ黒けなサウンドなんだなあ。

 

 

その真っ黒けな初期エリントン楽団のサウンド・カラーを決定づけたのが、1926年頃に確立したジャングル・サウンドで、トランペットやトロンボーンといったブラス群がワーワー・ミュートを付けてグロウルする独特のエキゾティックで卑猥なもの。バッバー・マイリーやトリッキー・サム・ナントンなどが活躍した。

 

 

そこへ西洋印象派由来のモダンなハーモニーを(おそらく主に)ビリー・ストレイホーンが持込んで、エリントンはそれをストレイホーン以前に確立していたジャングル・サウンドと合体させて、あの「ジャック・ザ・ベア」「ココ」「コンチェルト・フォー・クーティー」など1940年録音の一連の大傑作に繋がった。

 

 

そのストレイホーンが1967年に亡くなって以後は、もちろん基本的にその路線はもはや抜きがたいエリントン・カラーなので継承はしているものの、1939年ストレイホーン加入以前の真っ黒けな黒人音楽路線に回帰したと考えられるアルバムがいくつかある。『ニュー・オーリンズ組曲』はその代表的存在。

 

 

なんたって一曲目の「ブルーズ・フォー・ニュー・オーリンズ」を聴いてみてよ。ここではアルバム中この曲でだけワイルド・ビル・デイヴィスがオルガンを弾いているんだけど、それがもうとんでもなく真っ黒けというかファンキーなんだなあ。エリントン楽団でこんなファンキー・オルガンは他では聴けない。

 

 

 

タイトル通りブルーズ形式の曲だからワイルド・ビル・デイヴィスのオルガンもブルージーでファンキーに煽りまくっていて、僕みたいに黒いサウンド信奉者にはこたえられない旨みを感じるんだなあ。ワイルド・ビル・デイヴィスはこの1970年頃エリントン楽団と行動をともにしていて、他にもオルガン弾いているものがある。

 

 

エリントン楽団でワイルド・ビル・デイヴィスがオルガンを弾く一番面白いものは、その「ブルーズ・フォー・ニュー・オーリンズ」以外では、昨2015年に発掘・リリースされた同じく1970年録音の『ザ・コニー・プランク・セッション』だ。二曲を3テイクずつ計6トラックだけで30分もないけど、凄く面白い。

 

 

ジャズ・ファンはコニー・プランクなんて名前は知らない人が多いだろうけど、ロック・ファンなら一連のクラウト・ロックものでお馴染みというか有名すぎるドイツのエンジニア/プロデューサー。エリントン楽団を録音していたなんてことすら僕は去年まで全く知らなかったからかなり驚いたんだよね。

 

 

その『ザ・コニー・プランク・セッション』でも前半3トラックの「アレラード」3ヴァージョンと後半3トラックの「アフリーク」3ヴァージョンの全てでワイルド・ビル・デイヴィスのファンキーなオルガンをフィーチャーしている。音楽的に面白いのは後半の「アフリーク」で特に3テイク目が凄い。

 

 

「アフリーク」の3テイク目は誰だか分らない女性ヴォーカリストもフィーチャーしていて、ワイルド・ビル・デイヴィスのオルガンとともに、こりゃなんなんだ?というジャズでもない正体不明の一種のプログレッシヴ・ロックみたいな演奏なんだよね。

 

 

 

こういうのを聴いてもやはりエリントンという音楽家はジャズマンじゃないだろう、と言うのが言い過ぎならばシンプルなジャズの枠に収りきらないかなり幅広い音楽性の持主だっただろうと思えるんだよね。それはクラシック音楽の側にというのではなくR&Bやロックの側に接近していると言うべきだ。

 

 

まあしかしクラシック・ファンにも多いらしいエリントン愛好家の大半は、こういうエリントンの音楽性を理解できないだろうなあ。一般の多くのジャズ・ファンだって理解していないはず。やはりR&Bやロックなどのファンの方がちゃんとエリントン・ミュージックの先進性を分っているだろうと思うし、実際今まで僕もそういうファンの方々に出会ってきた。

 

 

話がやや横道に入ってしまった。『ニュー・オーリンズ組曲』一曲目の「ブルーズ・フォー・ニュー・オーリンズ」。ワイルド・ビル・デイヴィスのオルガンだけでなく、この録音を最後に亡くなってしまうジョニー・ホッジズのアルト・サックスも大きくフィーチャーしていて、しかもリズムが8ビートだ。

 

 

ブルーズにおける8ビートのシャッフル・ナンバーは戦前からエリントン楽団は結構やっていて、それはやはりビリー・ストレイホーン加入前の1920〜30年代半ばまで。「ロック」という言葉をジャズ曲のタイトルに冠したおそらく史上初の作品「ロッキン・イン・リズム」(1931年)がその典型例。他にも結構ある。

 

 

というわけでいきなり一曲目の「ブルーズ・フォー・ニュー・オーリンズ」から8ビートのジャズ・ロック全開な『ニュー・オーリンズ組曲』。もっと明確にジャズ・ロックだと分るのが四曲目の「サンクス・フォー・ザ・ビューティフル・ランド・オヴ・ザ・デルタ」。これはもうブラス・ロックだね。

 

 

 

「サンクス・フォー・ザ・ビューティフル・ランド・オヴ・ザ・デルタ」はポール・ゴンザルヴェスのテナー・サックス・ソロをフィーチャーした8ビートナンバーで、一曲目の「ブルーズ・フォー・ニュー・オーリンズ」はブルーズだからシャッフルになるのは自然だけど、これはそうじゃないからなあ。

 

 

続く五曲目「ポートレイト・オヴ・ウェルマン・ブロウド」は、曲名通り1920年代初期エリントン楽団のベーシストに捧げたナンバーだけど、これも細かい8ビートをドラマーのルーファス・ジョーンズがシンバルで刻んでいるもんなあ。演奏全体は曲名通りウッド・ベースをフィーチャーしたものだけど。

 

 

 

「ポートレイト・オヴ・だれそれ」という曲は『ニュー・オーリンズ組曲』に四曲あって、ウェルマン・ブロウドの他にルイ・アームストロングとシドニー・ベシェとマヘリア・ジャクスン。「ポートレイト・オヴ・ルイ・アームストロング」でサッチモそっくりに吹くのはクーティー・ウィリアムズだろうね。

 

 

 

またポートレイトもののうち、アルバム・ラストの「ポートレイト・オヴ・マヘリア・ジャクスン」はノーリス・ターネイがフルートを吹くこれもまた8ビート・ナンバー。ノーリス・ターネイってこの時期のエリントン楽団でしか僕は聴いていないリード奏者なんだけど、フルートの音色は大変美しくていいね。

 

 

 

というわけでアルバムの全九曲中半分は8ビートのジャズ・ロック作品であるエリントン楽団の『ニュー・オーリンズ組曲』。残り半分は4ビートのジャズだけどそれも普通じゃない真っ黒けなフィーリングで、その濃密な黒さはR&Bに近いフィーリングだ。たくさんあるエリントンの『なんちゃら組曲』ものでは一番好きだ。みんなちょっと聴直してみて!

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コメント

『ニュー・オーリンズ組曲』は未聴ですが、"Duke Ellington Presents Ivie Anderson"(アイヴィー・アンダーソンの歌ものを纏めた2枚組CD)の1曲目に入っている "It Don't Mean A Thing" を聴いてぶっ飛んだ時のことを思い出しました。

いきなり30年代から現代にタイムスリップしたかのような(モダンな)サウンドが耳に飛び込んで来て、一瞬ですがレコード会社がCDを入れ間違えたのではと疑ってしまったくらいショックを受けました。アイヴィー・アンダーソンは殆ど顧みられることのない歌手になってしまっているのが残念です。

さて、確かにストレイホーン加入後のエリントンのサウンドの変貌(西洋印象派風の加味)には目を見はらせるものがあります。そういった意味では40年前半頃のバンドは、「ストレイホーン・ブラントン・ウェブスター・バンド」と言った方が正しいのかも知れません。

ただ、私見ながら30年代の入る前の段階でも既に西洋印象派風の音楽の影響は受けていたと思います。「ジャングル・サウンド」はエリントン・バンドのトレードマークですが、エリントンが本当に聴かせたかったのは名手を揃えた哀愁感漂うリードアンサンブルの妙。例えはよくないかも知れませんが、ジャングル・サウンドは聞き耳を立てるための一種の撒き餌ではなかったのかなと思うのです。

そのリードアンサンブルに影響を与えたのが、おそらくエリントンが深く傾倒したと伝えられるディーリアスではなかったのかなと。ディーリアス(オランダ系で英国生まれ)は有名なドボルザークの少し前に米国に渡り、フロリダに滞在してアフロアメリカンの音楽にインスパイアされています。『アパラチア』や『フロリダ組曲』といった魅力的な作品を残していますが、西洋クラシック音楽で「アメリカ」がキーワードになるとというとどうしても『新世界交響曲』になってしまいますね。

エリントンが何時頃ディーリアスの作品を聴き、自身の作品に反映させたかですが、おそらく30年代に入る直前頃ではないかと思います。曲名は思い出せませんが、そんなことを感じさせる曲があります。40年代でディーリアスを意識させる代表的な曲は1942年録音の「チェルシー・ブリッジ」。バンドに強靱なエネルギーを注入し続けたブラントンが去った後、静寂を取り戻したかのようにエリントンのサウンドが緩やですがディーリアス風に回帰していくようにも感じられるのです。

ストレイホーンは西洋印象派でもとりわけラヴェルの影響を強く受けている人だと思います。フィニアス・ニューボーンJrが『ワールド・オブ・ピアノ』でストレイホーンの「ラッシュライフ」を取り上げていますが、イントロで引用したのはラヴェルのソナチネ。心にそれぞれ傷を負っていた3人のミュージシャンが音で繋がったと演奏だと感じたことを思い出します。

recio y romanticoさんが例証に挙げていらっしゃる1942年の「チェルシー・ブリッジ」は作曲も編曲もストレイホーンですよ。

エリントン楽団で最も早い西洋近代音楽風なのは、おそらく1930年の「ムード・インディゴ」でしょう。同年にオーケー、ブランズウィック、ヴィクターの三社にこの順番で録音しています。

そしてこれ以前の1920年代の作品に、西洋近代音楽風な作品は、ただの一つもありません。そういう20年代エリントン・サウンドこそ、彼の本来の持味だったと僕は考えています。それの象徴が「撒餌」なんかではないジャングル・サウンドです。

まあ米ブラック・ミュージック側からではなく、西洋近代音楽側からしかエリントンを聴かないファンが、ジャングル・サウンドを撒餌だとしか思えないのは、僕も理解できないわけではありません。1930年代に初渡欧してコンサートをやった時も、ブラス群がワーワー・ミュートをつけてグロウルするジャングル・サウンドには、観客席から思わず笑い声が挙ったそうですからね。今でもその手のファンはいるんでしょう。奨学金をもらっての渡米時に、誰に師事するかと問われて、即座に「エリントンに!」と言った武満徹も、木管アンサンブルが超魅力的だと言っていましたからね。まあクラシック側からのエリントン・リスナーは、だいたいみなさんこんなもんでしょう。

僕なんか、エリントンは「黒い」音楽性の持主だったからこそ愛聴しているんですけどね。エリントン本人も「私の音楽をジャズと呼ばないでほしい、ブラック・ミュージックと呼んでほしい」と、1930年代から発言していますしね。

そういう路線に回帰したような『ニュー・オーリンズ組曲』を聴いてくださいね。もっとぶっ飛ぶと思いますよ。

先週金曜日に亡くなったばかりのロック〜ファンクの音楽家プリンス。彼と深い交流のあったマイルス・デイヴィスは彼をエリントンだと評していましたよ。マイルスだけでなく、同じようなことを言う音楽家やファンは多いです。どうお考えですかね?

『プリゼンツ・アイヴィー・アンダースン』は僕も愛聴している二枚組です。いいですよね。あれの一曲目「スウィングしなけりゃ意味ないね」を、ニューオーリンズR&B〜ファンクの音楽家ドクター・ジョンが、完全にファンク化してやっていたのが、最高に素晴しかったですね。
https://www.youtube.com/watch?v=oae5iJCOK60

これを含むドクター・ジョンのエリントン曲集『デューク・エレガント』は、僕の最高の愛聴盤です。こういうのこそ(クラシック側ではなく)エリントン・ミュージックの本質を剥き出しにした傑作だと思いますね。

つまり「スウィングしなけりゃ意味ないね」の<スウィング>とは、現代で言えば<ファンク>ってことなんですよ。

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