ラシッド・タハで知ったアラブ歌謡の名曲「ヤ・ラーヤ」
アルジェリアの大歌手ダフマーン・エル・ハラシの名曲「ヤ・ラーヤ」。以前触れたように他の二曲同様、これもいろんな人がやっているのを集めたプレイリストを作って楽しんでいるんだけど、僕の場合この曲を知ったのは、同じ在仏アルジェリア歌手ラシッド・タハの『テキトワ』に入っていたからだった。
『テキトワ』は2004年だからかなり遅いよねえ。これに<ボーナス・トラック>と銘打って「ヤ・ラーヤ」が入っている。『テキトワ』が初めて買ったラシッド・タハのアルバムだったんだけど、どうしてこれを買ったかというと、ザ・クラッシュの「ロック・ザ・カスバ」をやっているからだった。
今日の文章の本題にはあまり関係ないのだが書いておくと、タハはザ・クラッシュのそれを「ロック・エル・カスバ」というタイトルでアラブ風にカヴァーしている。冒頭でネイのような笛の音が聞え、それがアラブ風の旋律を奏で、それに続いて出てくる本編はアラビアン・ロックとでも言うべき感触のサウンドだ。
そして『テキトワ』にボーナス・トラックとして入っていた「ヤ・ラーヤ」。これでこの名曲を知って惚れちゃったんだなあ。でもよ〜く思い出してみると、1998年のハレド+タハ+フォーデルの例のパリでのライヴ・イヴェント収録盤『1、2、3、ソレイユ』に入っていて、これはリリース直後に買っていたはず。
それなのにどうしてだか全く憶えていなかった。ホントどうしてだったんだろう?この曲は故郷を出たアルジェリア移民・放浪者・亡命者の賛歌的なものなんだから、そのパリでのライヴ・イヴェントでやるのは当然の流れ。だけどそういう曲だということはかなり後で知ったのだ。
とにかくその1998年に聴いた時は印象に残らず憶えてなくて、六年後のタハの『テキトワ』に入っているのを聴いて、なんて素晴しい曲なんだと感動したわけなのだった。それでタハの他のアルバムを買ってみると、『テキトワ』収録の「ヤ・ラーヤ」は『ディワン』収録ヴァージョンと同一だった。
そしてタハはこのシャアビの名曲「ラ・ラーヤ」を、一番最初は自身二作目の1993年のセルフ・タイトル・アルバム『ラシッド・タハ』でやっていた。ということはタハはそれ以後98年の『ディワン』にも2004年の『テキトワ』にも収録し、ライヴでも繰返し歌っているということになる。
タハの他のアルバムやカルト・ド・セジュールなども聴いてみたら、1998年の『ディワン』はルーツともいうべきアラブ回帰のような作品なのだと分り、だからその一曲目でダフマーン・エル・ハラシの「ヤ・ラーヤ」をやっているのも納得なのだった。だってアルジェリア大衆歌謡シャアビ最大の名曲だもんね。
タハは2006年にも続編『ディワン 2』を創っているよね。こっちもアラブ風味の強い作品だけど、サウンドは『ディワン』とはかなり違う。でもまあルーツ的と言えるんだろう。タハってトラディショナルな音楽家でもなく現代風アラブ・ロッカーとでもいうような人で、そういう作品が多いけれど。
タハはライヴでも繰返し「ヤ・ラーヤ」を採り上げて歌っていて、僕が知っている限りアルバム収録されているのは2001年の『ラシッド・タハ・ライヴ』のだけ。それがちょっと見つからないんだけど、ライヴでは繰返しやっていたからたくさんYouTubeに上がっているので、代りにこれを。
『ラシッド・タハ・ライヴ』での「ヤ・ラーヤ」は九分近くあって、それも含めアレンジというかスタイルは伝統的シャアビ・マナーに則ったもので僕は大好き。まあだけどあれだ、タハのヴォーカルというものはいつでもそうだけどニワトリの首を絞めたような発声だよねえ。
だからタハの歌は好き嫌いが分れると思うんだよね。僕は伝統的なものでも現代風なものでも彼の姿勢は非常に高く評価するけれど、あの発声だけはちょっと苦手なのだ。声が朗々と伸びるような発声じゃないし、アラブ音楽のコブシ廻しはやはり朗々とした声でやってくれた方がいいんじゃないかなあ。
そういう好みの問題はともかくとして、タハがスタジオ作でもライヴ作でも何度もやってくれているおかげで、21世紀の現代にもダフマーン・エル・ハラシの「ヤ・ラーヤ」は聴かれているんだろうと思うのだ。かくいう僕だってタハのヴァージョンで知ったんだからやはり恩人なんだよね。
タハは2007年のベスト盤『ザ・ディフィニティヴ・コレクション』にも「ヤ・ラーヤ」を、しかも一曲目に持ってきているくらいだから、やはりこだわりがあるんだろう。現代風ロッカーとしてのタハに興味を持ったファンが、こういうベスト盤からでも「ヤ・ラーヤ」を聴いてイイネと思ってくれたら嬉しい。
「ヤ・ラーヤ」がアルジェリアの歌手ダフマーン・エル・ハラシ(アムラーニ・アブデルラハマーン)の曲だということは分ったものの、しかしそのダフマーン本人のヴァージョンがなかなか聴けなかったんだなあ。僕が知ったのがかなり遅くてもう入手可能なCDがなかったということなのかどうなのか分らないけれど。
僕がダフマーン本人の歌う「ヤ・ラーヤ」のオリジナル・ヴァージョンを聴いたのは、田中勝則さん入魂の二枚組CDアンソロジー『マグレグ音楽紀行 第一集〜アラブ・アンダルース音楽歴史物語』のラストに収録されているのが初。これは2008年リリースだもんなあ。メチャメチャ遅かったけど素晴しかった。
その『アラブ・アンダルース音楽歴史物語』附属ブックレットの田中勝則さんの解説文によれば、パリにあるアラブ音楽世界研究所の出した『アルジェリア音楽集大成』(Trésors de la musique algérienne)にも、ダフマーンの歌う「ヤ・ラーヤ」がフェイド・アウトしているけれど入っているとあって、慌ててそれを取りだして聴直したというわけだった。
見てみたら『アルジェリア音楽集大成』、僕の持っているフランス盤は2003年のリリースになっているなあ。この時直後に買って何度か聴いたはずなのに、全然憶えていなかったなんてオカシイなあ。もちろんオカシイのは僕。
まあそれくらい『アラブ・アンダルース音楽歴史物語』の田中勝則さんの編纂ぶりが見事だったということなんだろうと一人で勝手に納得しておこう。マンドーラの伴奏に導かれ歌が出てきて、その後コーラスとストリングスが入ってくるというアレンジは、ラシッド・タハその他多くの音楽家が継承している。
「ヤ・ラーヤ」のいろんなヴァージョンを20個ほど集めてプレイリストを作り楽しんでいるけど、アラブ系音楽家はもちろんそれ以外の他のほぼ全ての人も、楽器を他のものに置換えなどはしても、アレンジのメロディや基本線はダフマーン・エル・ハラシのヴァージョンほぼそのままだ。
20個ほど持っている「ヤ・ラーヤ」のうち、ダフマーンのオリジナル以外のカヴァーで僕が一番いいんじゃないかと思うのが、オルケストル・アンダルー・ド・ディスラエルによるヴァージョン。誰が歌っているのか知らないが、素晴しく伸びやかな声だよね。
特にこのヴァージョンではヴォーカリストが中盤で歌詞のないメロディを即興で歌い廻している部分があって、そこでの朗々とした声の張りとアラブ風のコブシ廻しはもうたまらん。素晴しいの一言だ。国家体制としてのイスラエルは大嫌いだけど、イスラエルの音楽家には素晴しい人達がいる。
もう一つ面白いのが、以前も書いたギリシア人歌手ヨルゴス・ダラーラスのベスト盤に入っているヴァージョン。曲の題名が英語で「Even If Wanted You」になっているから聴いてみるまで分らなかったんだけど、紛れもなく「ヤ・ラーヤ」だ。アレンジだって前述の通りそのままだし。
「ヤ・ラーヤ」の歌詞のアラビア語は聴いてもさっぱり分らない僕だけど、田中勝則さん編纂の『アラブ・アンダルース音楽歴史物語』では「故郷を追われて」という邦題になっているから、やはりアルジェリアを出てフランスで活動するようになったダフマーンの望郷の歌なんだろう。だけどそれを超えた普遍的な意味合いを持ったものだよね。
それはそうと、ダフマーン・エル・ハラシが「ヤ・ラーヤ」を書いて最初に歌ったのは何年なんだろう?いくら調べても、紙でも電子データでもちゃんとしたことを書いてある情報に出会わない。そんなに古いことでもなく1970年代らしいんだけど。ダフマーンは1980年に亡くなっている。どなたか正確なことをご存知の方、教えてください!
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