セカンド・ライン・ビートの発祥を聴く
宗教と音楽について書いた際(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-bbf1.html)に書いておこうかと思いつつ長くなりすぎてしまうからやめたんだけど、誕生当時のニューオーリンズ・ジャズのレパートリーには宗教曲が多い。しかしこれは商業録音開始当時の録音ではどうも分りにくい。
ブラス・バンドを伴うニューオーリンズの葬儀(ジャズ・フューネラル)では、墓地までの行き途はおごそかで静かな曲をバンドが演奏し埋葬後の帰り途では賑やかで楽しい演奏をして、それがいわゆる<セカンド・ライン・ビート>のはじまりだとか大学生の頃文献で読んでいただけで、実際の音では最初は実感できなかった。
かろうじてルイ・アームストロング、彼の初録音は1923年でその後しばらくはやはり宗教関係のレパートリーは少ないのだが、30年代半ばから40年代までのデッカ時代(戦後もデッカ録音はあるが)に録音した宗教曲ばかりを集めて一枚のLPレコードにしたものがあった程度。
そのサッチモのLPレコード、楽しくてよく聴いていたはずなのにもはやアルバム・タイトルもジャケット・デザインも忘れてしまい、確か一曲目が超有名「聖者の行進」で、バンド演奏に乗っての出だしが「は〜いみなさん、こちらサッチモ牧師ですよ」という語りにはじまっていたとかその程度しか憶えていない。
あと「南部の黄昏時」(When It's Sleepy Time Down South)とかも入っていたようなかすかな記憶があるんだけど、他は完全に忘れてしまった。それらかすかな記憶を頼りに探したけれどどうやら当時のそのLPレコードそのままではCDリイシューされていないようだ。
サッチモの戦前デッカ録音はCD四枚組で完全集としてリリースされていて、僕もそれを持ってはいるももの、それ以前のオーケー(コロンビア)時代に比べたら全然熱心には聴いていないんだよなあ。だからその中から宗教関係の曲だけをピックアップするのもちょっと面倒。
それでもiTunes Storeで『ハレルヤ!ゴスペル 1930-1941』というコンピレイション・アルバムが見つかったので、それをダウンロードして聴いてみたら、当時のそういうサッチモの戦前録音による宗教曲ばかりが17トラック入っていて少し懐かしい気持が蘇ってくる。前述の「聖者の行進」も「南部の黄昏時」もある。
「聖者の行進」といえば話が逸れるけれど、僕はどういうわけだかこの曲を小学生の頃からよく知っていて歌えた。どうして憶えたのか全く記憶がないんだけど、おそらく小学校の音楽の授業で出てきたんじゃないかなあ。そんな気がするけれど確かな記憶ではない。まあそれくらいの超有名曲ではある。
ますます話が逸れてしまうが、小学校の音楽の時間で唯一憶えているのは僕はリコーダーが大の苦手で、どの穴をどの指でどう押えたら(あるいは離したら)なんの音が出るのかを憶えられず、穴もうまく押えられず特に小指が全くダメで運指がおぼつかず、上手く演奏できなくて苦労していた。
そんな話はどうでもいい。とにかくサッチモの『ハレルヤ!ゴスペル 1930-1941』。この中には「聖者の行進」の他、これまた有名な「誰も知らない我が悩み」とか、あるいは聖書の記述に基づく「オールド・マン・モーゼ」とか「カイン(英語ではケインだが)とアベル」とか「ヨナ(これも英語ではジョナ)と鯨」とか、あるいは「ガブリエル(英語ではゲイブリエル)は私の音楽を気に入ってくれるかな」とかいう曲名もある。
また横道に入るけど、大天使ガブリエルを知ったのは高校生の時に聴いたレッド・ツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』一枚目A面ラストの「死にかけて」。あのなかでロバート・プラントが "Oh, Gabriel, let me blow your horn" と歌っている(その他何人か出てくるね)。
その後これはボブ・ディランが1962年のデビュー・アルバムでやった伝承ゴスペルであることを知り、だからこれも宗教曲だ。録音されている一番早いものは、おそらくギター・エヴァンジェリスト、ブラインド・ウィリー・ジョンスンの1927年ヴァージョンだろう。
サッチモの『ハレルヤ!ゴスペル 1930-1941』の場合はもちろんそういうテーマでまとまられたコンピレイションだからそうなっているだけで、録音当時はいくつか単発的に録音されたもので、特に宗教的なテーマがあったとかいうわけでもなくそういうレパートリーが何曲かあったというだけのことだろう。だから戦前のジャズ録音で宗教を感じるのはちょっと難しい。
初期ニューオーリンズ・ジャズに宗教的レパートリーが実に多かったというのが文献資料でなく実際の音で確かめられるようになったのは、1942年のバンク・ジョンスンの再発見と録音開始に端を発する例の40年代ニューオーリンズ・リヴァイヴァル以後のことだ。これで多くの古老達が録音した。
昔はそういう再発見された古老達が録音したレコードがかなりたくさんリリースされていて、僕も大学生の頃はそういったニューオーリンズ古老達の音楽が大好きでどんどん買って聴きまくっていた。そうするとこれがまあ宗教関係の曲ばっかりなんだよね。というと大袈裟だけどかなり多かったのは事実。
きっかけになったバンク・ジョンスンの録音にも宗教曲がたくさんある。一番有名な「聖者の行進」もあるし(これをやっていないレコードはなかったんじゃないかと思うくらいみんなやっていた)、「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」などなど。
特に「聖者の行進」と並び「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」が多く録音されていた。以前書いたように(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-ea59.html)この曲を僕が知ったのはグラント・グリーンの『フィーリン・ザ・スピリット』という黒人スピリチュアルズ集でだった。
ニューオーリンズ・リヴァイヴァルで録音したジャズメンのなかで最も成功した一人であるクラリネット奏者、ジョージ・ルイス。彼のアルバムは今でも大好きだから何枚かCDでも買い直していて時々聴き返すんだけど、そのなかの一枚に『ジャズ・フューネラル・イン・ニュー・オーリンズ』がある。
CDにもなっているその『ジャズ・フューネラル・イン・ニュー・オーリンズ』がニューオーリンズのジャズメンによる宗教的レパートリーを録音したものでは一番分りやすいものなんじゃないかと思う。1953年録音で全八曲。すべて宗教的レパートリーだ。葬送ジャズ音楽の再現だから当然だけどね。
『ジャズ・フューネラル・イン・ニュー・オーリンズ』だけでなくニューオーリンズ・リヴァイヴァルでの古老達の録音には個人のソロ演奏もたくさんフィーチャーされているから、もちろん誕生当時のジャズの姿ではないはずだけど、かなりの部分こんな雰囲気だったのかなと想像を逞しくするんだよね。
ジョージ・ルイスの『ジャズ・フューネラル・イン・ニュー・オーリンズ』にはもちろん「聖者の行進」も「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」も「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」もあるし、その他バンク・ジョンスンもよくやった「パナマ」とか、あるいは葬送の際の語りも入って面白い。
こういう『ジャズ・フューネラル・イン・ニュー・オーリンズ』などを聴くと、最初に書いたようなニューオーリンズでの葬送の墓地までの行き途はおごそかで静かな演奏、埋葬後は楽しい賑やかな演奏をやったというのが手に取るようによく分る。そして宗教曲こそが初期ニューオーリンズ・ジャズの重要な要素だった。
そういうのがジョージ・ルイスの『ジャズ・フューネラル・イン・ニュー・オーリンズ』で一番はっきりと分るのが、この「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」だ。 おごそかな雰囲気だなと思い聴いていると、終盤一転快活で賑やかになるからね。
「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」は、ジャズではないが同じニューオーリンズのダーティ・ダズン・ブラス・バンドの2004年作『フューネラル・フォー・ア・フレンド』でも一曲目だ。これは同年に亡くなった同地のチューバ奏者チューバ・ファッツに捧げたアルバムだから。
そのダーティ・ダズン・ブラス・バンドの「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」でも、やはり前半は静かでおごそかな雰囲気の演奏、中盤から一転賑やかで楽しい演奏になる。そのアルバムのヴァージョンはYouTubeにないので代りに同バンドの同曲のこれを。
ダーティ・ダズン・ブラス・バンドの『フューネラル・フォー・ア・フレンド』は21世紀の新しい録音だし、これからニューオーリンズの葬送音楽や当地の音楽に多い宗教的レパートリーを知りたいと思うファンの方々には格好のオススメ盤。ジャズではないけれど、発生当時のニューオーリンズ音楽の様子を垣間見ることができる。
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