ショーロ入門にこの一枚〜『カフェ・ブラジル』
『カフェ・ブラジル』という主に古いショーロ・ナンバーを現代のショーロ演奏家達が再演したアルバムがある。これがなかなかいいんだよね。2000年録音で翌2001年リリースのアルバムで、演奏の中心はコンジュント・エポカ・ヂ・オウロ。ジャコー・ド・バンドリンが1966年に結成したバンドだ。
そのジャコー・ド・バンドリン最大の名曲と僕が思っている「リオの夜」が一曲目。シヴーカのアコーディオンがフィーチャーされている。その他バンドリン、七弦ギター、ギター、カヴァキーニョ、パンデイロといった伝統的なショーロ・バンドの編成で、実にいいフィーリングの「リオの夜」を聴かせる。
ジャコー・ド・バンドリンの曲はあと二つ入っていて、一つは八曲目の「ジャマイス」。ここではレイラ・ピニェイロがヴォーカルを取り、その伴奏はやはりコンジュント・エポカ・ヂ・オウロ。ジャコーのヴァージョンならこのエリゼッチ・カルドーゾとやったのが僕は好き。
もう一つは11曲目の「トレーメ・トレーメ」。ここではロナウド・ド・バンドリンのバンドリンが大きくフィーチャーされていて、ロナウド・ド・バンドリンは『カフェ・ブラジル』というアルバム全体で活躍しているんだけど、この曲での演奏がやはり一番の聴き物。六人編成というシンプルな伴奏で妙技を聞かせる。
さらに「リオの夜」と並び僕の最も愛する古いショーロ・ナンバーがあって、それは五曲目のピシンギーニャ・ナンバー「1×0」。ピシンギーニャとベネジート・ラセルダのオリジナル・ヴァージョン通りフルートとテナー・サックスが絡み合いながら演奏が進むというニンマリなアレンジなのだ。
さらに古いであろう曲は三曲目のエルネスト・ナザレー・ナンバー「ブレジェイロ」。ナザレーがこれを何年に書いたのか僕は知らないんだけど、彼は活躍したのが19世紀末〜20世紀初めで1934年に亡くなっている。『カフェ・ブラジル』ではバンドリンとクラリネットをフィチャーした現代風。
さらに時代を遡る古典ショーロが13曲目の「メウ・プリメイロ・アモール」。これはパッターピオ・シルヴァの書いた曲で、これも何年の作曲なのか知らないんだけど、彼は1907年に亡くなっているので19世紀に創った曲だったんだろう。『カフェ・ブラジル』ではフルートとピアノのデュエット演奏だ。
そのワルツ・リズムの「メウ・プリメイロ・アモール」を聴いていると、ショーロというかポピュラー・ソングなのかはたまたクラシックの曲なのか分りにくく、その境界線の引きにくさを感じるよね。世界最古のポピュラー・ミュージックの一つであるショーロの成立ちとはそういうもの。
同じようにポピュラー・ソングなのかクラシック音楽の曲なのか分らないのがもう一つあって、15曲目の「ビオーネ」がそれ。これはチキーニャ・ゴンザーガの作曲をマリア・テレザ・マデイラがピアノ独奏しているんだけど、これはポピュラー?クラシック?ブラジルではこの両者の距離はかなり近いのは確かで、日本やアメリカでのそれを想像してはいけない。
さほど古くもなく元々はショーロ・ナンバーとも言いにくい曲もあって、二曲目の「オンデ・アンダラス」もそれだ。これはカエターノ・ヴェローゾが1968年に創った曲。これをマリーザ・モンチが歌っているんだけど、伴奏のコンジュント・エポカ・ヂ・オウロは伝統的な伴奏だから仕上りはショーロ風だ。
もっと新しい曲もあって六曲目の「ショーロ・ショラーオ」がそれ。これは1976年にマルティーニョ・ダ・ヴィラが書いて歌ったもの(アルバム『ローザ・ド・ポーヴォ』収録)で、このアルバムでもマルティーニョ本人が歌っている。なかなかいい感じに仕上っていてオリジナルより好きなくらいだ。
続く七曲目「ブラジレイリーニョ」は現代ブラジル最高のカヴァキーニョの名手エンリッキ・カゼスが超絶技巧で弾きまくるショウケース。エンリッキのカヴァキーニョにジョエル・ド・ナシメントのバンドリンが絡み、二人の対話で演奏が進む。超速テンポで弾きまくるエンリッキには今更ながら舌を巻く。この曲はヴァルジール・アゼヴェードのオリジナルからカヴァキーニョ超絶技巧のためのような曲だ。
ショーロの女王とも言われるらしいアジミルジ・フォンセカの曲も二つあって、一つは十曲目の「チツロス・ヂ・ノブレザ」。これは1975年に彼女が歌ったものだけど、『カフェ・ブラジル』では男性歌手のジョアン・ボスコがヴォーカルを取りギターも弾いている。伴奏はやはりコンジュント・エポカ・ヂ・オウロ。
もう一曲は12曲目の「ガロ・ガルニゼ」で、これはアジミルジ・フォンセカがオリジナルじゃないはずなんだけど、『カフェ・ブラジル』ではアジミルジが歌っている。これを録音した2000年当時はアジミルジは結構なお歳だったはずだけど、枯れた歌声ではあっても元気な感じで聴かせている。
14曲目「サラウ・パラ・ラダメス」はポーリーニョ・ダ・ヴィオラの古典ショーロをハーモニカをフィーチャーして演奏していてなかなか面白い。ショーロでハーモニカが聴けるというものは僕は殆ど知らないんだけど、元々哀感を伴う曲調には似合う楽器だし、いい雰囲気の演奏になっている。
『カフェ・ブラジル』の締め括り16曲目はやはり古いショーロ・コンポーザーでピシンギーニャの師匠でもあったイリネウ・ジ・アルメイダ(1890-1916)の曲「マリアーナ」。これをコンジュント・エポカ・ヂ・オウロだけの演奏で聴かせてくれる。ショーロの歴史全体を見渡すような演奏ぶり。
何曲か入っているショーロ創生期〜初期の古典曲など当時の録音がないものもあったりするから、コンジュント・エポカ・ヂ・オウロが中心になってそういう曲を現代に蘇らせてくれている『カフェ・ブラジル』はこんなに嬉しいことはないというアルバムなんだよね。ブラジル大衆音楽の伝統が活きているのを実感する。
古くは19世紀の(であろう)曲から新しくは1970年代半ばの曲まで新旧取混ぜたショーロの名曲の数々を、現代の最新録音でしかも瑞々しい演奏と歌唱ぶりで聴かせてくれる『カフェ・ブラジル』。SP時代の古い録音が苦手という方々には格好のショーロ入門になるだろう一枚。クラシック・ファンもジャズ・ファンも是非どうぞ!
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