またしてもクロンチョンにやられてしまった〜『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』3
ライスからリリース中の『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』シリーズ。ポルトガルが世界中に渡ったいわゆる大航海時代(現地民からしたら大被侵略時代)に世界各地に残した音楽的痕跡を辿るというのを眼目に、ポルトガルのトラヂソンが出した全12枚で、ライスからは今まで四枚リリースされている。
このシリーズ、一月リリースの初回二枚のうちゴア篇が素晴しかったことは書いた(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-16e8.html)。三月にリリースされた第二回の二枚のうちでは、シリーズ全体では三つ目にあたる<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ>篇が圧倒的に素晴しい。インドネシア音楽。
インドネシアのポピュラー音楽クロンチョンは、ブラジルのショーロ(それだってポルトガル由来)と並び世界最古のポピュラー音楽らしいのだが、僕はやはり中村とうようさんの紹介で知ったもの。特に現地のクロンチョンを本格的に日本に紹介して広めたのは間違いなくとうようさんだった。
わざわざ「現地の」と書くのはなぜかというと、古いファンの方ならご存知の方も多いと思うのだが、実は日本でも松田トシがクロンチョンの代表的名曲「ブンガワン・ソロ」に自ら日本語詞を付けて歌っていた。これは彼女による1948年初演ヴァージョン。
その後松田トシは亡くなるまで繰返し「ブンガワン・ソロ」をライヴ・ステージで歌っているので、YouTubeにもいくつかあがっているはず。確か黒澤明監督のなにかの映画にも挿入されていたようなうっすらとした記憶がある(なんだっけなあ?)。だから日本でもこの曲は知られているはず。
その「ブンガワン・ソロ」が『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>にも当然のように収録されている。しかも六曲目、七曲目と続けて2ヴァージョンも。このCDを最初に聴いていた時、六曲目になるとパッと青空が開けたような爽やかで明快な「ブンガワン・ソロ」になるので嬉しかった。
その六曲目の「ブンガワン・ソロ」を歌う女性歌手の声が最高に魅力的で、こりゃ一体誰なんだ?と思って原文ブックレットを見てみたらへティ・クース・エンダンじゃないか!素晴しいはずだよ。もちろん彼女の単独盤も愛聴している僕だけど、いろんなものと並ぶと改めてへティの素晴しさを実感する。
愛聴と言っても僕はへティの単独盤は『クロンチョン・コレクション』一枚しか持っていないという有様。でもそれも一曲目が「ブンガワン・ソロ」になっている。『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>収録のものとはヴァージョンが違っていて、前者の方が音は新しくてステレオ・ヴァージョン。
しかしどっちのヴァージョンともへティが何年に録音したのか正確なことが書かれていないのが残念。『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>附属の原文解説には「おそらくは1970年代」だとしか書かれていない。それ以外もこのシリーズは種々データが一覧になっていないのはイカンよなあ。
ジャケット裏に曲目が並んでいるだけで、原文のポルトガル語と英語の解説文に曲名と歌手(演奏家)名と推定される録音場所・録音年が記載されているだけ。各曲の個々の解説はまあまあ詳しいので助かるけれど、曲目も歌手名すらもすぐに一瞥して分るように一覧になっていないのは珍しいね。
ワールド・ミュージック系ではジャズ系などとは違ってその種のデータ記載がないものが結構あるとはいえ、曲目と歌手名をどこにも一覧に並んで記載していないなんてのはこの『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』シリーズが僕は初体験。日本語ライナーだって一覧では曲名しか並んでいないしなあ。
そんなのは些末なことではあるけれど。『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>の冒頭二曲は打楽器と笛だけのインストルメンタル演奏で、どっちも1989年録音。これがまるで日本の祭囃子そっくりでちょっぴり驚いた。祭囃子というか獅子舞の時に演奏されるお囃子に瓜二つなんだよねえ。
インドネシアと日本の音楽にはやっぱり共通性があるね。ホントどこからどう聴いても同じなんだ。この二曲はどっちも同じグループの演奏で、特に音楽ファンではない日本人に音源だけ黙って聴かせたら、間違いなく全員が日本の獅子舞のお囃子だと信じるに違いない。
いつものようにどうでもいいような横道に入るけれど、獅子舞といえば僕は子供の頃にそれが怖くて怖くて、お正月や秋のお祭など獅子舞が自宅の前にやってきてお囃子に乗って舞はじめると泣きだしてしまい、それですぐに家の奥に引っ込んで獅子舞が去ってしまうまで隠れていた。
だから子供の頃(おそらく幼稚園児から小学校低学年の頃)はあの獅子舞のお囃子も嫌いで、あれを聴くと恐ろしい獅子舞の姿を思い浮べてしまうもんだから耳を塞いでいた。大人になってからは当然そんなこともなくなって、現在住んでいる愛媛の田舎町にもたまに獅子舞が来ると楽しんで見聴きしている。
ホントどうでもいい話だね。その獅子舞のお囃子ソックリな二曲は言ってみればこのCDアルバムの枕、導入部みたいなもんで、それが終って三曲目からは歌が入る。その三曲目からがあまりにも素晴しい。三曲目はクロンチョン・ファンにはこれまたお馴染みの「クロンチョン・モリツコ」。歌うのはネティ。
1950〜60年代に活躍したネティは、クロンチョンにさほど詳しくもない僕ですら、この歌手が「インドネシアの国民的歌手」「最高の女性クロンチョン歌手」と言われている存在だということは知っていて、ディスコロヒアからの単独盤CD『いにしえのクロンチョン』も愛聴している。
ネティのディスコロヒア盤『いにしえのクロンチョン』は、クロンチョン事情に疎い僕もこれがネティの単独盤CDではおそらく世界初のもので、本国インドネシアにも存在しないらしいということを知っている。その一曲目も「クロンチョン・モリツコ」だ。もちろん違うヴァージョンだけど。
聴き比べてみたクロンチョン素人である僕のヘボ耳には、ネティの歌う「クロンチョン・モリツコ」は『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ編>のより単独盤『いにしえのクロンチョン』収録ヴァージョンの方が少しいいように聞える。しかし本当に甲乙付けがたいどっちも素晴しいネティの歌唱。
『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>に、ネティはもう一曲「夜泣きのクロンチョン」が続けて収録されている。三曲目の「クロンチョン・モリツコ」と比べるとネティの声が新しいというか歳取っているように聞えるので、録音は少し後なんだろう。
五曲目のスプラプティが歌う「愛のダイアモンド」も素晴しいクロンチョンだけど、続いて出る六曲目の「ブンガワン・ソロ」のへティ・クース・エンダンが前述の通りあまりに見事な歌声なので、ちょっぴりかすんじゃうんだよなあ。グサン・マルトハルトノのコンポジションが元からいいしへティの声もいいし。
僕にとってはこのへティの歌う「ブンガワン・ソロ」こそが『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>のハイライトだ。前述の通り「ブンガワン・ソロ」はかなり様子の違うヴァージョンが続いて七曲目にも収録されていて、それはなぜか短調にアレンジされたボレーロみたいな雰囲気になっている。
へティの歌う六曲目の「ブンガワン・ソロ」の爽やかさに参っちゃうので、七曲目のマイナー・メロディな「ブンガワン・ソロ」は個人的にはなんだかちょっと奇妙な感じにも聞える。原文解説では1960年代録音と推定と書かれているので、おそらく50年代のラテン・ブームの影響でこうなっているんだろう。
へティの歌う爽やかな「ブンガワン・ソロ」に並ぶもんだから、マイナー・メロディのラテン風ヴァージョンが奇妙に聞えるだけで、この曲は実に様々なアレンジでいろんなヴァージョンになって歌われていて、なかにはジャズ風だとかロック風だとかもあるので、ほんの一例に過ぎないってことなんだよね。
個人的にはこの七曲目までが『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>の聴き物で、残り八曲目からラストまでがまるでオマケみたいに聞えてしまうというのは、僕のインドネシア音楽に対する耳と頭が全然ダメなせいに違いない。八曲目以降ももうちょっと聴き込んでみなくちゃ。
この『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』<スマトラ〜クロンチョン・モリツコ篇>を聴いたら、ネティやへティ・クース・エンダンの単独盤や、またこれもディスコロヒアからリリースされた『クロンチョン歴史物語』を聴直したくなって、実際そうしてみたらそれまで気付かなかったいろんな発見があったんだけど、それはまたの機会に。
それはそうと『ジャーニー・オヴ・サウンズ』シリーズ、ライスからリリースの日本盤は一回目が一月に二枚出て二回目が三月に二枚出たので、次は五月だろうと思っているのに、いまだにリリース予定がアナウンスされない。オフィス・サンビーニャの公式サイトでも「発売予定」となっているだけだ。どうなっているんだろう?
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