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2016/05/17

『レコード・コレクターズ』は特集をやり直せ

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Earlhines












数日前に発売された『レコード・コレクターズ』誌六月号。「20世紀のベスト・キーボーディスト/ピアニスト100」という特集企画なのに、なぜだかアール・ハインズの名前がどこにもない。ベスト100人のどこにも名前がないぞ。これは僕なんかに言わせたら相当オカシイというか狂ってるね。

 

 

近年の『レコード・コレクターズ』誌だけでなく、海外なら『RollingStone』誌などが盛んにやるこの手のランキング企画そのものは言ってみればお遊びみたいなもんで、真面目に取合う人はあまりいないと思うんだけど、なかには真剣に読んで参考にするリスナーもいるらしいからなあ。

 

 

音楽雑誌各種のあの手のランキングをもし真剣に読んで相手したりなんかしたら、どれもこれも全部ダメ。ツッコミどころ満載というかおかしすぎて、文句を付けはじめたらキリがないわけだ。だから『レコード・コレクターズ』誌六月号の20世紀のベスト鍵盤奏者特集も、あれでいいのかもしれないが。

 

 

一位がキース・エマースン、二位がスティーヴ・ウィンウッド、三位がニッキー・ホプキンスで、四位にようやくブッカー・T・ジョーンズが来るというあたりも文句があるんだけど、それを言っても仕方がない。問題は選者の方々がポピュラー音楽の鍵盤楽器奏法の歴史を理解していないのではないかと思えるところだ。

 

 

だってこのランキングに入っている鍵盤奏者はほぼ全員例外なく右手でシングル・トーンを弾くじゃないか。上位だけじゃなくベスト100人に入っているピアノ/キーボード奏者のほぼ全員がそうだ。というよりも20世紀のどんな鍵盤奏者もほぼ例外なくそういう奏法だよね。

 

 

しかしですね、この「右手でシングル・トーンによるメロディを弾く」というピアノその他鍵盤楽器の演奏スタイルをポピュラー音楽史上初めてやったのはアール・ハインズその人に他ならないんだよね。ハインズは古いジャズ・ピアニストで、僕は熱心な古典ジャズのファンだから言っているわけじゃないんだよね。

 

 

ジャズだけに限定したとしても、アール・ハインズがあの「トランペット・スタイル」と俗に言われるその右手シングル・トーン弾きを開発しなかったら、その後のジャズ・ピアニストほぼ全員が存在し得なかったと言っても過言ではない。あの史上空前の天才アート・テイタムだって完全にハインズ・スタイルだ。

 

 

アート・テイタムとかナット・キング・コールとかジェス・ステイシーとかテディ・ウィルスンといった、主にスウィング期に活躍した古典ジャズ・ピアニスト達に絶大な影響をハインズが与えただけじゃない。バド・パウエル以後のモダン・ジャズ・ピアニストも、セロニアス・モンクただ一人を除き全員ハインズ・スタイル。

 

 

つまりキース・ジャレットもチック・コリアも、そして『レコード・コレクターズ』の特集ではジャズ系では最上位の18位に入っているハービー・ハンコックもそれ以外も、み〜んなアール・ハインズの開発した右手シングル・トーン弾きスタイルだよ。ハインズがいなかったらこうはなってないんだ。

 

 

ハービーについてはディジー・ガレスピーが「バド・パウエルとかハービー・ハンコックとかああいうのは全部アール・ハインズがルーツなんだ、ハインズがいなかったらみんなどうやってプレイしたらいいか分らなかったんだぞ」と言っている。こういう発言は、まあディジーはハインズ楽団の出身だから、ディジーにとってハインズはいわば恩人というのもあるはずだけれど、それを差引いても全くの真実だ。

 

 

『レコード・コレクターズ』の特集では、ジャズ系ならハービーの18位に続く23位のジョー・ザヴィヌルだって、29位のリチャード・ティーだって、(オルガンだけど)37位のジミー・スミスだって、42位のチック・コリアだって、55位のジョー・サンプルだって、56位のビル・エヴァンスだって、みんなハインズ門下生じゃないか。

 

 

はたまた66位のデューク・エリントン(がモンクより下位というのも解せないね、なぜならモンクはエリントンのピアノ・スタイルを模倣しているからだ)も72位のファッツ・ウォーラーも、アール・ハインズとほぼ同時期に活動をはじめて最初は独自スタイルだったのが、後にハインズの影響を強く受けている。

 

 

エリントンやファッツ・ウォーラーや、あるいはカウント・ベイシーもそうだけど、この世代のジャズ・ピアニストはほぼ全員20世紀初頭のハーレム・スタイル、すなわちストライド・ピアノから出発しているけれど、同じくストライド・ピアノから出発したハインズが右手シングル・トーン弾きになって以後は、それに影響を受けてそれにスイッチしているもんね。

 

 

それくらい右手でシングル・トーンを弾くというやり方は魅力的で表現力の豊かなもの。だからこそ一部を除き、古いストライド・スタイルのピアニスト以外はほぼ全員のジャズ・ピアニストがこのやり方を踏襲し、広く拡散・普及し、あまりにも一般的になっているためにハインズの功績が見えにくいもかもしれない。

 

 

その〜あれだ、右手シングル・トーン弾きなんてのはそんなの当り前だろうと言われるかもしれない。当り前過ぎて誰一人意識すらしていないだろうと思うんだけど、それくらい表現力があって拡散した鍵盤楽器奏法であるがゆえに、ジャズだけでなくそれ以外のポピュラー音楽の鍵盤楽器奏者も全員このスタイルになっている。でもハインズ以前には一般的じゃなかったんだよ。

 

 

『レコード・コレクターズ』誌特集の100人に選出されている鍵盤奏者を眺めてみてよ。右手でシングル・トーンを弾くというスタイルじゃない人が果してどれだけいるか。僕がざっと眺めてみてもセロニアス・モンクその他若干名だよなあ。それ以外はどんなジャンルでも全員右手シングル・トーン弾きスタイルじゃないか。

 

 

だからこの右手シングル・トーン弾きという鍵盤楽器奏法の由来なんてことを考えたり疑ったりする人すらいないわけだ。ジャズもリズム・アンド・ブルーズもロックもソウルもファンクもなにもかも米英ポピュラー音楽の世界ではみ〜〜んなこのやり方でピアノその他鍵盤楽器を弾くわけだよ。

 

 

しかしちょっと振返って考えてみて。1920年代半ば(だと思う、録音で辿る限りではおそらくは1925年頃)にアール・ハインズがこの右手シングル・トーン弾きスタイルを確立するまでは、アメリカ・ポピュラー音楽のピアノの世界にこれは全く存在すらしなかったんだよ。と言うとちょっと違うんだけれども。

 

 

右手シングル・トーン弾きがハインズ以前に全く存在しなかったというのは大袈裟というか正確には間違いだという面もある。それにポピュラー音楽ではないクラシック音楽のチェンバロやオルガンやピアノその他鍵盤楽器では、右手でシングル・トーンを弾くやり方は古くから存在しているし、おそらくその影響もあるには違いないんだろう。

 

 

しかし19世紀後半のラグタイム・ピアノこそ米英ポピュラー音楽の鍵盤楽器のルーツ。そしてスコット・ジョップリンのラグタイム・ピアノはいわばオーケストラ・スタイルであって、ピアノ一台で交響楽的なニュアンスを出すような曲創り(ラグタイムは完全記譜音楽)だったもんね。

 

 

その後ラグタイム・ピアノから変化して20世紀頭頃にストライド・ピアノが生まれたんだけど、それもやはりオーケストラ・スタイルみたいなもんで、右手は軸となる音の周囲をシンコペイトしながらグルグル廻るような弾き方(つまりラグタイムと同じ)だもんね。右手で明確な直線的メロディ・ラインは弾かない。

 

 

ジャズといわずポピュラー音楽史上そういうオーケストラルなストライド・ピアノから脱却し最も早く右手シングル・トーン弾きのスタイルを確立したのは、おそらく1920年代初頭のジェリー・ロール・モートンじゃないかと思う。ソロ・ピアノでの彼の初録音は1923年の「キング・ポーター・ストンプ」。

 

 

しかし1920年代初期のジェリー・ロール・モートンのピアノはまだ若干ラグタイムの影響をひきずったややオーケストラ的なスタイルなんだよね。それでもそれ以前のラグタイムやストライド・ピアノよりは直線的なラインを右手で弾いてはいるけれども、二年後くらいのアール・ハインズほど明確なものではないんだよね。

 

 

と考えてくると、やはりアメリカ・ポピュラー音楽のピアノ・スタイル史ではアール・ハインズこそが右手シングル・トーン弾きのオリジネイターに間違いない。彼以前に誰一人として存在しなかったように言うとちょっとオカシイんだけど、少なくとも普及させたのがハインズに他ならないことは疑いえない。

 

 

アール・ハインズ以前の右手シングル・トーン弾きのスタイリストだったと書いたジェリー・ロール・モートンだって、ハインズがスタイルを確立した後の晩年は、やはりハインズからの影響を受けているように聞えるもんね。1939年ジェネラル録音(モートンは41年没)のソロ・ピアノ演奏「キング・ポーター・ストンプ」を23年録音の同曲演奏と聴き比べればそれは明白だ。

 

 

ってことはですよ、アール・ハインズは彼以後に出現したジャズだけでなく全ポピュラー音楽の全鍵盤奏者に強烈な影響を与えたのみならず、ジェリー・ロール・モートンとかデューク・エリントンとかファッツ・ウォーラーなど、ハインズ以前か同時期のスタイリストにすらその後は影響を与えているわけなんだよね。

 

 

そういうアール・ハインズが確立・普及させた右手シングル・トーン弾きという鍵盤楽器の最も一般的なスタイルが、ジャンルの枠を超えてあらゆる音楽の鍵盤奏者に影響を与えて、いや影響というよりももはや当り前過ぎて影響なんてことすら誰も意識すらしないほどになっているってことなんだよ。コロンブスの卵じゃないけれど、開発して最初にやった人こそベスト・ワンじゃないのか。

 

 

こう考えてくると「20世紀のベスト・キーボーディスト/ピアニスト100」という企画で誰を上位に選出すべきかは、もはや自ずと明らかだろう。一位にしてくれとは言わん。せめて上位五人以内にアール・ハインズが入らないとオカシイ。キース・エマースンもスティーヴ・ウィンウッドもニッキー・ホプキンスもある意味ハインズ門下生だろう。

 

 

ただあれだ、アール・ハインズの場合、特にスタイルを確立した戦前の古典音源に関してはマトモなCDリイシューがいまだに「一個も」存在しないから、それも選出されない理由の一つなんだよねえ。僕も仏Classicsが出した年代順全集でしか持っていない。これ以外ロクなのがないんだもん。これではダメだ。

 

 

僕が今日ここまで書いてきたことを実際の音で実感しやすくするためにも、アール・ハインズの特に1920〜40年代の音源を集大成してどこかちゃんとCDリイシューしてくれ!そうじゃないとこのままではハインズのポピュラー・ピアノ史上断然トップの功績が忘れられちゃうよ!

 

 

以前戦前の古典ジャズなんてそのうち人々の記憶から抹消されてしまうんじゃないかという危惧を抱くと書いた(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-d011.html)。その時は自分でも書きながら大袈裟かなあと内心思っていたんだけど、どうやらこの危惧は現実のものになりつつあるのかもしれないぞ。

 

 

ただしアール・ハインズの場合は、彼名義のリーダー作品のなかにピアノ演奏を聴ける時間は案外長くはないんだけどね。というのもアール・ハインズはあの時代のジャズメンの例に漏れず、やはりビッグ・バンドを率いて活動した時期が長い。ディジー・ガレスピーとチャーリー・パーカーを同時に雇ったり、そうして新時代の音楽ビバップをやり、同時に1940年代後半にはリズム・アンド・ブルーズもやっていた。バンド・リーダーとしての功績も大きい人なんだけど、今日はそれについては書かないでおく。

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