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2016/05/21

エンリッキ・カゼスの案内で聴く古典ショーロの世界

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多くのジャズ・ファンが聴くべきブラジル音楽は、ボサ・ノーヴァではなくショーロに他ならないと強く確信している僕。それは何度も書いているように(ジャズとは関係なく)僕が大のショーロ・ファンだというだけでなく、どう聴いてもショーロが一番ジャズに近いからだ。

 

 

しかし僕の今までの音楽人生で、熱心なジャズ・ファンがショーロに熱烈に言及しているのをただの一度も見たことがないのは不思議で仕方がない。聴かないのかなあ?そういうわけだから僕はジャズについてたくさん書く一方でショーロについても時々話をしているというわけ。だって素晴しい音楽だもんね。

 

 

ブラジルにカヴァキーニョという楽器があって、小型のギター型弦楽器。同じ四弦でいわば金属弦を張ったウクレレみたいなもの。ショーロの世界で疑いなく現代ブラジルにおけるカヴァキーニョの最高の名手であろうエンリッキ・カゼス。その見事なカヴァキーニョ技巧を活かしたアルバムもたくさんある。

 

 

そういうエンリッキのカヴァキーニョ技巧を披露しているアルバムのなかで僕の一番の愛聴盤は、2012年にライスから日本盤がリリースされた『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』という一枚。タイトル通り過去のブラジルにおけるカヴァキーニョ・ショーロの名曲の歴史を最新録音で再現したものだ。

 

 

これが素晴しいのなんのって聴いていて本当に舌を巻く。聴惚れる以外なにもできない。そして『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』にも表れているように、エンリッキはジャズより古く1860年代頃に成立したショーロの歴史に非常に造詣が深く、伝統を現代に再現する伝道師のような側面がある。

 

 

僕もエンリッキのカヴァキーニョ演奏が大好きではあるものの、彼がそうやってショーロの歴史を繙いたような企画アルバムの方がもっと好きで愛聴しているのだ。その最高の一枚が『エンリッキ・カゼス・アプレゼンタ・ショーロ歴史物語』だ。これは2002年にライスからリリースされた日本盤しかないはず。

 

 

『エンリッキ・カゼス・アプレゼンタ・ショーロ歴史物語』というアルバム・タイトルで分る通り、ショーロ研究家としてのエンリッキがライスの田中勝則さんとともに、130年以上に及ぶショーロの歴史のなかからその名曲・名演の数々を選曲し、CD一枚にその歴史をまとめてみせたというものだ。

 

 

というわけだから当然ながらかなり古い録音が中心で、SP時代の古い音が嫌いだというファンには決してオススメできない一枚ではあるけれど、僕みたいに大学生の頃から1910〜30年代の古典ジャズ録音ばかり聴いてきて、新しい録音よりむしろそういうものの方が好きというリスナーには最高なんだよね。

 

 

アルバム中一番録音年代が古いのは四曲目のエルネスト・ナザレーのピアノ演奏による「エスコヴァード」で1907年録音。エルネスト・ナザレーはショーロ・ファンなら知らぬもののいない初期の大作曲家でピアニスト。彼のショーロはクラシックなのかポピュラーなのか分りにくいような雰囲気だ。そのヴァージョンがYouTubeにないので、代りに30年ヴァージョンを。

 

 

 

エルネストは元々は貧民街のストリート・ミュージックだったショーロに、やはりある種のクラシック音楽的な芸術性みたいなものを持込んだ人物だと言えるんだろう。しかしこれだけ読んで北米合衆国や日本におけるクラシック/ポピュラーの距離の遠さや違いの大きさを連想してはいけない。

 

 

ブラジル音楽においてはクラシックとポピュラーの距離はかなり近く、本質的にはさほどの違いがないようなものがたくさんある。このあたりからしてもモダン・ジャズばかり聴くクラシック・ファンも、エルネスト・ナザレーみたいなショーロを聴いたらどうかと思うのだ。聴けば絶対好きになるはず。

 

 

エルネスト・ナザレーだけでなく、ショーロにおいてはクラシックなのかポピュラーなのか判断できがたいものがたくさんあって、『エンリッキ・カゼス・アプレゼンタ・ショーロ歴史物語』にも何曲もそういうものが入っているし、以前書いた現代新録音でのショーロ名演選『カフェ・ブラジル』にもあるしね。

 

 

四曲目エルネスト・ナザレーの作曲・演奏による「エスコヴァード」の1907年が一番古い録音だけど、それ以外もだいたい全部1910〜30年代頃の録音ばかり。新しくても20曲目のジャコー・ド・バンドリンによる「トレーメ・トレーメ」で1947年録音だ。これはジャコーのデビュー録音。

 

 

 

1947年録音デビューってことはジャコーは戦後のショーロ新世代なわけだけど、19世紀末からの古いショーロの伝統を戦後にしっかりと継承して、伝統を絶やさないようにとある種の使命感みたいなものを持ちながらストイックに活動したバンドリン奏者/作曲家。戦後のブラジル最大のショーロ音楽家だろう。

 

 

お馴染みピシンギーニャの書いた「1対0」もベネジート・ラセルダとの共演によるオリジナル録音(1946年)が16曲目に収録されている。以前詳しく書いたように数多いショーロの名曲のなかでも僕の最大のフェイヴァリット・ナンバー。これが入っているのは当然だとはいえやはり嬉しいね。

 

 

 

ピシンギーニャはもう一曲、これもまた彼の書いた代表的名曲「カリニョーゾ」が10曲目に収録されている。1928年のオルケストラ・チピカ・ピシンギーニャ・ドンガによるオリジナル演奏。ドンガはサンバ曲第一号ともいうべき「電話で」を書いたギタリストで、このバンドは二人の双頭バンドだった。

 

 

 

「カリニョーゾ」はかなりジャズ的というか、はっきり言ってピシンギーニャがジャズの作風に影響されて創ったような曲なのだ。彼は1922年にパリに渡っていて、そこでジャズに出逢いジャズを吸収して、20年代後半から新しいジャズ風ショーロを書くことになった。その代表曲が「カリニョーゾ」。

 

 

ピシンギーニャの「カリニョーゾ」は、実は日本人ジャズ・サックス奏者の渡辺貞夫さんも録音しているものがある。ブラジル人ギタリスト、トッキーニョとの共演盤『メイド・イン・コラソン』に収録されていて、そこではトッキーニョのギターとのデュオで貞夫さんがアルト・サックスを吹いている。

 

 

僕の憶測では、現代の音楽家も自国音楽の過去の伝統に非常に敬意を払いをそれを継承する傾向の強いブラジル人であるトッキーニョ側が貞夫さんに持ちかけた一曲だったんじゃないかと思うんだけど、あるいは昔からブラジル音楽好きでたくさんお聴きの貞夫さんだから、ジャズ風な「カリニョーゾ」のチョイスは貞夫さん自身の着想だった可能性もある。

 

 

ピシンギーニャの「1対0」の1946年、ジャコー・ド・バンドリンの「トレーメ・トレーメ」の47年録音がアルバム中新しい録音のような言い方をしたけれど、実はそうではない。録音が残っていない古いショーロ曲については、監修者のエンリッキ・カゼス自ら演奏して録音・収録している。

 

 

一曲目ジョアキン・アントニオ・ダ・シルヴァ・カラードの書いた「サロメー」、二曲目アルフォンス・ルドゥック(フランス人)の書いた「ランセイロのクァドリーリャ」がそうで、二曲ともエンリッキを中心にした少人数編成のバンドで録音している。どちらも録音技術の普及前に書かれた曲だからね。

 

 

エンリッキといえば最初に書いたようにカヴァキーニョの現代における最高の名手なわけだけど、『エンリッキ・カゼス・アプレゼンタ・ショーロ歴史物語』21曲目の「ブラジレイリーニョ」は、こんなカヴァキーニョ演奏の早弾きショウケース。作曲・演奏はヴァルジール・アゼヴェードで戦後の人。

 

 

 

目が眩むような早弾き技巧を聴かせることこそが「ブラジレイリーニョ」という曲の持味で、『エンリッキ・カゼス・アプレゼンタ・ショーロ歴史物語』におけるヴァルジールもまさにそう。これは1949年録音なので、エンリッキが再現演奏したものを除けば、これが一番新しい録音。

 

 

ヴァルジールの「ブラジレイリーニョ」は解説の田中勝則さんによれば、なんでもショーロ史上最大のヒット曲になったらしい。そりゃ誰だって聴けば魅了されるような演奏だもんなあ。カヴァキーニョ早弾き技巧の最高の見せ場である曲だから、エンリッキ・カゼスも繰返し採り上げて録音している。

 

 

エンリッキによる「ブラジレイリーニョ」。そのうちの一つが最初に書いた『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』一曲目にも収録されている。またこれよりも先に2000年録音の『カフェ・ブラジル』のなかでもやはりエンリッキが「ブラジレイリーニョ」を弾きまくっている。後者の方が少し華麗な感じがするね。

 

 

というわけで話が最初に戻ってうまく繋がって輪になったところで今日のこの話は終りにする。エンリッキ・カゼスは他にもグルーポ・ド・ショーロ 1900というユニット名で『ショーロ 1900』という、これまたいにしえの伝統的ショーロ名曲を新録音で再現したアルバムがある。

 

 

1959年生れのエンリッキ・カゼス。僕のたった三歳年上なだけの完全なる現代人だけど、専門家なのに「古いものは聴かないよ」などと公言してはばからないような人がいたりする日本やアメリカと違って、ブラジル音楽界はこうやって新世代が過去の伝統を深く理解し継承するからやっぱりいいなあ。キューバもトルコもアゼルバイジャンもアラブ圏もそうだし、そういう方がマトモだと僕は思うよ。

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