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2016/05/22

ネスヒに捧ぐ〜アトランティック・ジャズの世界

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『オマージュ・ア・ネスヒ』というCD五枚組アンソロジー・ボックスがある。ライノから2008年に出たもので、副題が『アトランティック・ジャズ・ア・60th・アニヴァーサリー・コレクション』。ご存知の通りネスヒ・アーティガンはアトランティック・レコーズのジャズ部門統括者だった。

 

 

イスタンブル生れのトルコ人ネスヒ・アーティガン。彼は1917年生れで、23年生れの弟アーメットとともに熱心なアメリカ黒人音楽マニアだった。35年にアメリカに移住してのち、弟アーメットは主にリズム&ブルーズなどを録音するためにアトランティック・レコーズを47年に設立する。

 

 

その間も兄ネスヒの主な興味はトラディショナルなニューオーリンズ・ジャズで、1940年代のニューオーリンズ・リヴァイヴァルでの古老達の録音などに関わっていたらしいが、詳しいことは僕は知らない。その後アーメットとジェリー・ウェクスラーの説得でアトランティックのジャズ部門責任者になる。

 

 

そのネスヒが関わったというアトランティックのジャズ部門設立が何年のことなのか調べても正確なことが分らないが、どうやら1948年なんじゃないかと思う。というのも前述の通り「60周年記念」と銘打った『オマージュ・ア・ネスヒ』ボックスのリリースが2008年だから。

 

 

『オマージュ・ア・ネスヒ』五枚組にはネスヒがプロデュースしたアトランティックのジャズ録音ばかり入っていて、通して聴くとアトランティックのジャズというものがどういうものなのか非常によく分る。一部を除きホントどれもこれも真っ黒け。それがこの会社のレーベル・カラーだよね。

 

 

アトランティックのジャズというと僕が真っ先に思い浮べる名前はチャールズ・ミンガスなんだけど、そういう人は結構多いかも。その他一時期のジョン・コルトレーンとかデビュー時のオーネット・コールマンとかあるいはモダン・ジャズ・カルテットとかそのあたりかなあ、僕の場合は。

 

 

ジャンルを問わずアトランティックの看板といえば、もちろんレイ・チャールズをおいて他にないわけだけど、実はこのジャズ録音ばかりのはずの『オマージュ・ア・ネスヒ』にもレイ・チャールズはかなり収録されている。リズム&ブルーズの人だというイメージなんだけどね。

 

 

しかしそのリズム&ブルーズ歌手兼ピアニストのレイ・チャールズも『オマージュ・ア・ネスヒ』に収録されているのはやっぱり殆どがジャズ録音なんだよね。ピアノ・トリオ編成でやったブルージーかつジャジーな「スウィート・シックスティーン・バーズ」や、コンボ編成のスタンダード「降っても晴れても」(こっちは歌入り)などなど。

 

 

ちょっと意外で僕はこの『オマージュ・ア・ネスヒ』で聴くまで気付いていなかったのが、レイ・チャールズのやる「ドゥードゥリン」だ。もちろんあのホレス・シルヴァーのファンキー・ナンバー。ホレスのソロ第一作『アンド・ザ・ジャズ・メッセンジャーズ』に収録されているのがオリジナル。これにはちょっぴり驚いたんだよね。

 

 

もちろん「ドゥードゥリン」は黒っぽいファンキー・ナンバーなんだからレイ・チャールズがやるのは全然不思議じゃない。そして聴いてみたら、これ、ホレス・シルヴァーのオリジナルよりいいんじゃないかなあ。ホーン奏者達のソロもレイのピアノ・ソロもいい感じにカッコよくグルーヴィーだしねえ。

 

 

レイ・チャールズ・ヴァージョンの1956年録音「ドゥードゥリン」はかなりアレンジされていて、しかも間違いなく譜面がありそうなやや入組んだアレンジで、これ誰がアレンジを書いたんだろうと思ってブックレットのクレジットを見たらクインシー・ジョーンズになっている。道理で上手いわけだ。

 

 

メイン・テーマ・メロディを最後にもう一度演奏する直前に、ホーン奏者達によるテーマではない別のリフ、いわばセカンド・リフが入ったりするあたりとか、あるいはソロの背後のホーン・リフの入れ方とか、ここでのクインシーのアレンジはホレス・シルヴァーのペンによく似ている。

 

 

レイ・チャールズは特にジャズではない録音も収録されている。それが<ライヴ>と銘打った三枚目冒頭に入っている「アイ・ガット・ア・ウーマン」。1958年ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ録音で、それをネスヒがプロデュースしたというので入っているんだろう。

 

 

リズム&ブルーズ歌手といえば<シェイズ・オヴ・ブルー>と銘打たれた二枚目の六曲目に女性歌手ラヴァーン・ベイカーの「エンプティ・ベッド・ブルーズ」が入っている。これが完全に1920年代クラシック・ブルーズの雰囲気なんだよね。それもそのはずこれはベシー・スミスのレパートリーだ。

 

 

まあでも1950年代のリズム&ブルーズ歌手がベシー・スミス・ナンバーを歌ったからといって、それがそのまま1920年代のクラシック・ブルーズになるというものでもないだろう。現にダイナ・ワシントンのベシー・スミス曲集などにはそんな感じがないもんね。だからこれはなんだろうなあ?

 

 

しかしこれは実に興味深い事実ではないだろうか。1920年代のクラシック・ブルーズはブルーズ好きでもジャズ好きでも苦手だというファンが多いらしく、大好きである僕なんかからしたらう〜んどうして?と凄く残念な気持で一杯なんだけど、やはり50年代のリズム&ブルーズまで繋がっているわけだよ。

 

 

これまた『オマージュ・ア・ネスヒ』に何曲も入っているやはりアトランティック・ジャズを代表する一人であるジョン・コルトレーン。個人的好みだけだなら僕は1959〜61年のアトランティック時代が一番好きなサックス奏者だ。四枚しかないんだけど、その後のインパルス時代より好き。

 

 

と言っても僕はコルトレーンの名を有名にしたらしい『マイ・フェイヴァリット・シングズ』のソプラノで吹くタイトル曲はあまり好きじゃないんだなあ。大した演奏じゃないように思う。この曲をコルトレーンがやったのでは、もっとはるかにいい演奏が後年のライヴ録音にあるからね。

 

 

その「マイ・フェイヴァリット・シングズ」も『オマージュ・ア・ネスヒ』には入っている。まあこれはしょうがないんだろう。しかしこれが入ったオリジナル・アルバムならB面のテナーで吹く「サマータイム」や「バット・ナット・フォー・ミー」の方がはるかに出来がいいと僕は思うんだけどねえ。

 

 

それでも『オマージュ・ア・ネスヒ』には『ジャイアント・ステップス』から「ジャイアント・ステップス」や「カズン・メアリー」や「ナイーマ」が入っているからよしとしよう。オリジナル・アルバムとしてもアトランティック時代のコルトレーンではこのアルバムが僕は一番好きだなあ。テナー専念なのもいい。

 

 

書いたようにアトランティックのジャズと言われて真っ先に名前が浮ぶチャールズ・ミンガスももちろんたくさん入っているけれど、そのなかで一番好きなのは<オン・ジ・エッジ>と銘打った四枚目七曲目の「ホグ・コーリン・ブルーズ」だなあ。もちろん『オー・ヤー』から。ローランド・カークが最高だ。

 

 

やはりアトランティックにたくさん録音し『オマージュ・ア・ネスヒ』にも数曲入っているモダン・ジャズ・カルテットは、今では聴くことはほぼなくなっているんだけど、<ライヴ>という三枚目に入っている「ブルーゾロジー」だけはいい。これは1960年録音の『ユーロピアン・コンサート』から。

 

 

なんだかクラシックのバロック音楽の手法を持込んだりするジョン・ルイスの室内音楽趣味が、ある時期以後どうにも気に入らないMJQで、このバンドはブルージーでファンキーなミルト・ジャクスンのヴァイブラフォンと意外に黒いところがあるコニー・ケイのドラムスしか聴けないなあ、個人的には。

 

 

でも『オマージュ・ア・ネスヒ』収録の「ブルーゾロジー」はいいよ。ライヴ録音ならではのグルーヴ感とやはりブルーズ・ナンバーだからだろうなあ、ジョン・ルイスも結構粘っこいピアノを弾いている。バロック風室内音楽趣味の人にしては、普段からまあまあ粘っこいピアニストではあるけれどね。

 

 

初期のオーネット・コールマンを録音したのだって、ネスヒはオーネットのフリーなアルト・サックスにブルーズ・フィーリングとネスヒの好きなニューオーリンズ・ジャズへの先祖帰り的な雰囲気を感じ取っていたからなんじゃないかと思っちゃうんだよね。フリー・ジャズってそういうもんだろう。

 

 

その他レイ・ブライアントの『アローン・アット・モントルー』からブルーズ・クラシックである「アフター・アワーズ」(レイ・ブライアントは「私の知る限り最も古いブルーズ・ピアノ・ソロの一つです」と紹介しているけれど、1940年の曲だからそんなに古くもない)とかも楽しいねえ。

 

 

数曲入っているユセフ・ラティーフ(ソプラノでやるリロイ・カーの「イン・ジ・イヴニング」はちょっと面白い)とか、ローランド・カークとか、あるいはウェザー・リポート前のソロ作がアトランティックに三枚あるジョー・ザヴィヌルだとか、『オマージュ・ア・ネスヒ』には面白いのがいっぱいあって話が尽きないのでこのあたりで。

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