ブッカ・ホワイトのカリブ風味
ニューオーリンズの音楽にカリブ風味を感じるというのは、以前から何度も書いているように当然なんだけど、戦前に録音したミシシッピのデルタ・ブルーズマン、ブッカ・ホワイトの残した録音を聴くとそこはかとなきカリブ風味を感じるというのは僕だけの妄想なんだろうか?
ブッカ・ホワイトにカリブ風味があることに気付いたのは、ブッカ・ホワイトの音源自体を聴いていてのことではない。彼の残した録音中おそらく一番有名であろう「シェイク・エム・オン・ダウン」をレッド・ツェッペリンが元歌にしていたからだった。元歌というと聞えはいいが要するにパクっただけ。
レッド・ツェッペリンは「シェイク・エム・オン・ダウン」を二回パクっている。一回目は1970年の『III』ラストの「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」。これはメチャクチャ音処理しまくっているせいで昔はなにがなにやら分らなかった。
しかしよく聴くと「シェイク・エム・オン・ダウン」とはっきり歌っているのが聞えるし、歌詞の他の部分も、あるいはジミー・ペイジがスライドで弾くギターのパターンも、ブッカ・ホワイトの弾くオリジナルのパターンに似ているよね。でも音処理のせいで嫌いだというツェッペリン・ファンが多いらしい。
僕もブッカ・ホワイトを知らなかった高校生の頃に初めて聴いた時はなんじゃこりゃ??としか思わなかったもんなあ。こんな具合の音処理が施されていて(多くのファンには)ワケが分らないことになっているツェッペリン・ナンバーはこれだけだろう。歌詞も昔は全然聴取れなかったしなあ。
歌詞といえば僕が高校生の頃に買った『III』の日本盤LPに付いていた歌詞カードには、この「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」だけは<聴取り不可能>と一言記載されていただけだった。しかしこの曲以外もあるいはツェッペリン以外のロック・ナンバーの場合も、歌詞カードはかなり間違っていたけどね。
今はGoogleで音楽家名と曲名と “lyrics” と入れて検索するだけで、即座に歌詞を載せたサイトが出てきて立ちどころに判明するので便利な時代になった。ツェッペリンをコピーして歌っていた高校生の頃はいい加減な歌詞カードと、もっといい加減な僕の耳だけが頼りだった。
そんな昔話はともかく、ブッカ・ホワイトの「シェイク・エム・オン・ダウン」をパクったツェッペリンのもう一曲は1975年『フィジカル・グラフィティ』冒頭の「カスタード・パイ」。こっちは(音処理ではなく)かなり換骨奪胎されているのでやはり分りにくいかも。
そしてこの「カスタード・パイ」がお聴きになれば分る通りいわゆるボ・ディドリー・ビート、言換えれば3−2クラーベのリズム・パターンなのだ。ペイジが弾くギター・リフが明確にそのリズムを刻んでいる。3−2クラーベは言うまでもなく中米カリブの島国キューバの音楽発祥のリズムだ。
3−2クラーベは米英大衆音楽でもよく使われるお馴染みのリズム・パターンなので特になんとも思わないのだが、ツェッペリンの「カスタード・パイ」がブッカ・ホワイトの「シェイク・エム・オン・ダウン」を下敷にしてできあがっていることを知ったのは僕の場合かなり遅くてCD時代になってからだった。
ブッカ・ホワイトのオリジナルも貼っておこう。1937年ヴォカリオン録音。ブッカはナショナル社製リゾネイター・ギターを弾きながら歌っている。 ザクザクと刻むビートがいかにもミシシッピ・デルタ・ブルーズという雰囲気で僕は大好き。
そしてこれを元歌にしたツェッペリンの「カスタード・パイ」が3−2クラーベのリズムなので、あっ!と思ったんだなあ。そしてよくよく聴直してみるとブッカ・ホワイトの1937年オリジナル・ヴァージョンに既にカリブなフィーリングがかすかにあるのを感じ取ることができるようになった。
カリブ文化の影響が色濃いニューオーリンズはカリブ海に繋がるメキシコ湾に拓けた港町だから当然なんだけど、ミシシッピ・デルタ(といってもブッカ・ホワイトは同州ヒューストン生れ)は海からはかなり距離があるから、当地のブルーズにカリブ音楽の影響を感じるのは個人的には最初やや意外だった。
でもそれを感じるようになってブッカ・ホワイトの全録音を聴直してみると、結構いろんな曲にカリブ風味を感じちゃうんだなあ。僕の耳がオカシイのかなあ。ブッカの録音では「シェイク・エム・オン・ダウン」と同じくらい有名な「パーチマン・ファーム・ブルーズ」もその他もちょっとそんな感じがある。
一つにはブッカがナショナル・リゾネイター・ギター弾きだということもあるんだろう。ナショナルでもドブロでもリゾネイター・ギターの音色には僕はニューオーリンズ的な響きを、ということはつまりカリブ的なニュアンスを感じるんだよね。陽気で晴れわたった青空と青い海を連想するというかね。
もう一つはそのナショナル・リゾネイター・ギターでブッカが刻むザクザクとしたビートが北米合衆国に多い2〜4〜8拍子系のヨーロッパ由来、もっとはっきり言えばアイルランド音楽系のものというより、もうちょっと複雑なというかやや跳ねてシンコペイトしているかのように僕の耳には聞えるんだなあ。
普通はブッカのブルーズにそんな跳ねるビートを感じない人の方が多いだろう。中米カリブ音楽やそれに強く影響されたニューオーリンズ音楽やその種の北米合衆国音楽が大好きで、それの聴きすぎのせいで僕の耳と頭がおかしくなっているだけかもしれない。なんにでもクラーベを感じちゃう性分だからなあ。
ただツェッペリンの「カスタード・パイ」が(これは誰が聴いても明白に)3−2クラーベのリズム・パターンを使っているのを聴くと、ネタ元であるブッカ・ホワイトを通しミシシッピを越えてカリブ海を見ることができるとかそう言いたくなっちゃうんだなあ。
ミシシッピ・デルタもアメリカ南部なんだし、ニューオーリンズほどではないにしろ中米カリブ音楽の影響があっても不思議じゃないんだろうと思うんだよね。田舎であるデルタ地帯のブルーズマンもニューオーリンズみたいな大都会含め南部一帯を楽旅したみたいだから、聴き憶えることがあったはずだ。
そう考えると、ブッカ・ホワイトの最大の影響源であるチャーリー・パットンの残した録音集を聴いていてもそんなカリブ風味をほんのちょっぴりだけ感じることがあるし、サン・ハウスだってそうだ。これがロバート・ジョンスンみたいな若い新世代になると殆どなくなって、シティ・ブルーズの影響の方が強くなるけれど。
なお「シェイク・エム・オン・ダウン」も古いカントリー・ブルーズの例に漏れずブッカ・ホワイトの創ったオリジナルではなく古い伝承共有財産のはず(だからツェッペリンが「パクった」云々はちょっと違うんだけど、彼らの場合そう言わないといけないという面があるはず)。ブッカ以後、トミー・マクレナン、ロバート・ペットウェイ、ミシシッピ・フレッド・マクダウェル、R.L. バーンサイドなどもやっている。
これら全員ミシシッピのカントリー・ブルーズマンだね。ペットウェイとマクレナンはデルタ地帯、マクダウェルとバーンサイドはヒル・カントリーの人だ。ドラマー他が付いてバンド形式でやるR.L. バーンサイドのヴァージョン(残っているのは二つ)もなかなかいいんだなあ。カリブ風味は消えているけれどね。
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