ジャズ・ファンは古典をちゃんと聴け!
ジャズ・ファンほど「古典」をリスペクトしていない音楽リスナーはいないよなあ。こう言うとみなさん「いやリスペクトしている」と言うんだけど、僕の言う「リスペクト」とはしっかり聴いているという意味だ。全ジャズ音源の約半分を占めるSP時代の録音をだ。全体の<半分>も聴いていないなんて、ジャズ・ファンだけに違いない。
ある時期以後はみなさん聴くのはビバップ以後のモダン・ジャズばかり。最近はいわゆるJTNC系など今ジャズとかいうあまり感心しない名称のものがもてはやされて、戦前の古典作品の話題なんか殆ど見掛けなくなったもんね。完全にゼロになったわけじゃないけど、よほどの好事家だけだよなあ、戦前古典作品の話をするのは。
もてはやされているいわゆるJTNC系のジャズ。その代表格のライターさんである某氏は以前ある雑誌記事で、ストライド・ピアノのことを「スライド・ピアノ」と書いていたくらい。まあ単なる誤記というかミスタイプだったんだろう。事実誤認とか誤記とかケアレスミスは誰にでもあるごく当り前のことだから、それ自体はなんでもない。
問題はその後の対応だ。あの時ネット上でも盛大にツッコまれていたけど、真剣にアドヴァイスする先輩に対してすら完全に開き直ってしまい不誠実な対応しかしなかった。「新しい」とか「進化」とかが好きらしい某氏だけど、あの一件以来個人的にはちょっと信用できなくなった。
彼は若いファンや普段ジャズにはあまり縁のなさそうな音楽リスナーにも影響力を持つようになっているようだから、そういうプロのライターさんが古典を聴こうってどんどん言ってくれないと困るのに、率先して「古いものなんて聴かないよ」と公言しちゃたりするくらいだからお先真っ暗だよ。
僕は1979年にジャズを聴始めた若い世代に入るはずだけど、それなのに戦前の古典ものばかり好きなだというのはやや珍しいというかヘンなのかもしれない。だけど79年当時はまだ『スイングジャーナル』誌などでも戦前ジャズの記事がまあまああって、そういうものを大いに参考にさせてもらった。
1979年に『スイングジャーナル』を買始めた直後に、別冊特集ムック本かなにかでジャズの名盤何百枚かをチョイスして紹介したものが出て、それにはモダン・ジャズだけではなくかなり多くの戦前古典ジャズが載っていた。戦前のルイ・アームストロングやデューク・エリントン楽団やカウント・ベイシー楽団なども載っていたよ。フレッチャー・ヘンダースン楽団も載っていたような。
その『スイングジャーナル』別冊本(題名は完全に忘れた)、ビックス・バイダーベックやエディ・コンドンやベニー・グッドマンやグレン・ミラーなどの戦前白人ジャズメンだっていろいろ載っていたしなあ。それが古本ではなく1979年頃の新刊だったんだから。あの頃の『スイングジャーナル』はまだマシだった。
今でもよく憶えているのはデューク・エリントンの推薦盤として『ザ・デューク 1940』が載っていて、これは40年のライヴ録音二枚組LP。今では『アット・ファーゴ 1940』というCDになっているもの。その紹介文でエリントンは常に40年頃のヴィクター録音ばかりあがるのでたまには違うものをとあった。
エリントンの戦前音源関連ではそれを見たのが最初だったはずだから、あがっている『ザ・デューク 1940』もさることながら、その「常に名前があがる」という40年頃のヴィクター録音の方に興味を持ったのだった。だってそんなにいつもいつも推薦されているのなら、むしろそっちを聴きたいぞと思ったのだ。
『ザ・デューク 1940』二枚組LPは簡単に買えたので即入手したけど、1940年頃のヴィクター録音はなかなか見つからず、しばらく経ってLP何枚組かで出ているけど廃盤になっているのを知ったのが悔しかった。しかしそれでもヴィクター録音の日本盤LP一枚物アンソロジーが見つかったのだった。
もはやアルバム・タイトルすら憶えていないのだが、その一枚物アンソロジーはA面に1920年代の、B面に40年代のヴィクター録音がそれぞれ収録されていて、A面は最初は良さが分らなかったけど、B面の「ジャック・ザ・ベア」「ココ」「コンチェルト・フォー・クーティー」などは一回聴いただけで大感動。
これがその後のめり込むことになる僕の戦前エリントン音源入門だった。そのヴィクター音源ベスト盤のライナーノーツ担当がこれまた油井正一さんで、そのなかで収録時間の関係でどうしても「ソリチュード」を入れられなかったのは痛恨の極み、だけど素晴しいんだから是非ボックスを買えとあった。
だけどさっき書いたようにそのボックスは僕の知る限りでは1979年には入手できなかったなあ。その一枚物ベスト盤も1979年より前に出たものだったに違いない。その油井さんの言うヴィクター音源ボックスはしばらくして通い始めるジャズ喫茶、何度も言及している戦前ジャズしかかけない店ケリーでようやく聴けた。
もっともケリーにあったそのエリントンRCAボックスも他の店からパクったものらしいんだけどね。というのも僕の大学院合格祝いと東京行きの餞別としてほしいレコードをなんでも一つあげるよと言われて、駄目元でそれを言ってみたらいいよとなり、もらった箱の中を見てみたら、よく知っている松山の他のジャズ喫茶のハンコが押してあったもんね(笑)。
その店とケリーとはレコードをもらったり貸借りするような関係ではなかったはずだからパクったんだろう。店番をすることはあったらしいから。僕だって好きなレコードをかけていいからと言われてケリーの店番をたまにやっていた。好きなレコードをかけられる(といっても店の方針に従って戦前ものだけ)というのがバイト代。入手困難なレコードをパクリはしなかったけど。
ちなみに前述の『スイングジャーナル』別冊本で推薦されている『ザ・デューク 1940』はタイトル通り40年というエリントン楽団の最盛期ライヴ録音だからもちろん素晴しかったけど、残念ながらクーティー・ウィリアムズが抜けた直後の録音だったから、それだけが残念だった。僕はクーティーの大ファンだからね。
だってエリントン楽団1940年のスタジオ録音「コンチェルト・フォー・クーティー」でこんな素晴しいジャズ・トランペッターがいるのかと大感動したんだよね。最初ミュートを付けて控目に吹きはじめ中盤でオープン・ホーンになる瞬間のパッと花が咲くような華麗さはなんとも筆舌に尽しがたい素晴しさ。
だからそういうのをライヴでも聴ければ最高だと思ったんだけどなあ。まあでもそのクーティーがいないのを除けば『ザ・デューク 1940』も素晴しいライヴ・アルバム。今でもこの(現在のタイトルは)『アット・ファーゴ 1940』こそエリントン楽団のライヴ・アルバムのベストに違いない。
そんな具合で1979年に僕がジャズを熱心に聴始めた当時はまだこういう戦前古典作品を紹介する文章が結構あったんだよなあ。だから僕もそういうものやその他でいろいろと教えてもらったんだけど、それがいつ頃からかどんなジャズ・ジャーナリズムもモダン・ジャズ一辺倒になってしまった。
ジャズ系の雑誌もムック本も単行本もネット上の文章もモダン・ジャズに関するものばかりじゃないか現在は。あるいはひょっとして僕が気付いていないだけなのか分らないけど、ネット上でいろんなやり取りをしていても戦前ジャズの古典作品に興味を持って聴いているジャズ・ファンなんて殆どいないもんね。
以前もTwitterでジャズ・ドラマーの系譜みたいなことを熱心に書いている人がいて、しかしマックス・ローチ以後だけだったから「シドニー・カトレットとかはどうなりますか?」と僕が聞いたら、「それは誰ですか?あっ、戦前の人には興味ないです、モダン・ジャズだけでいいです」と言われた。まあ分っていて聞いた僕も意地悪だった。
要するに聴いておらず面白さを知らないだけなのだ。そして誰もなにも紹介しなければ一般のジャズ・ファンが興味・関心を持つはずもなくCDを買うわけもない。ソニーの洋楽担当の人を知っているという方と話をしたことがあるのだが、売上げが見込めないという理由で戦前古典ジャズのCDはリリースしないのだそうだ。
しかし売れないのは啓蒙活動・販促活動が足りていないせいじゃないのかなあ。ある時期以後現在まで戦前の古典ジャズを紹介しその面白さを語る文章はパッタリと見なくなってしまったもん。かろうじて数年前に油井正一さんの名著『ジャズの歴史物語』がアルテスパブリッシングから復刊されたのが唯一の例じゃないかなあ。
誰も新しく紹介せず面白さも伝えず、従って一般のジャズ・ファンが興味を失って、だから売上げも見込めずCDリイシューもされないまま時が過ぎれば、そのうち戦前の古典ジャズは完全に消滅して人々の記憶から抹消されてしまうかもしれない。消滅・抹消というのは大袈裟かもしれないがそんな危惧を抱く。
確かに録音が古くてSP時代の音に慣れるまでは少し時間が掛るかもしれない。モダン・ジャズから入った僕も最初はそうだった。でも耳が慣れてくるとこんなに面白い音楽はないように感じはじめた。だってさあ、録音技術が発明されてから2016年の現在に至るまで、SP時代というのは50年以上もあってつまり約半分なんだよ。約半分もあるんだよ。50%を聴いていないなんて。
ジャズやブルーズなどあるいはワールド・ミュージックその他でも古くから存在する音楽は、録音技術の商業化とほぼ同時に録音がはじまって、そして私見ではSP時代の約50年間に爛熟してピークを迎えてしまっていたんだろうと思うんだよね。すなわち全体の約半分をも占めるSP時代の音楽こそが最高なんだ。
そして本当にいいものは最低一度はCD化されているものが多い。まあ全然CD化の兆しもないものもあるけれど。さらにちっとも面白くないカスは淘汰されてLPでもCDでもリイシューされないから、SP時代の音源でCDになっているものは面白いものばかりなんだ。やはりそういうものを聴かないのはもったいないよね。
日本のものについては近年、保利透さんや毛利眞人などのぐらもくらぶが中心になって、ジャズだけでなく広く戦前の流行歌音源をどんどんCDリイシューしてくれて、それで僕も随分楽しませていただいているし一定のファンがいるみたいで嬉しい。そして保利さんも毛利さんも日本だけでなくアメリカの戦前ものも実によくお聴きであることが分る。他のライターさんたちや一般のファンの方々も付いていってほしいんだけどなあ。
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コメント
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古典、大好きですよ。クラシック音楽やインドの古典音楽も含めてですけど。
私がジャズを聴き始めた70年代前半よりも、むしろ今の方が古い録音がたくさん聴ける時代になっていることもありますしね。
一時期、デューク・エリントンの40枚組も出しているドイツの Membran 社から10枚組1,980円(タワレコ)を買い集めたことがあり、宝物をたくさん掘り当てたような気分になったものです。SP時代は1曲1曲が独立した存在だから、並び方も気にせず聴ける楽しさがあります。
残念なことに、廉価の紙ジャケのものは録音データ(パーソネルと録音年月日)がなく、同じ値段を払ってもいいからデータをくれと思ったものです。ビリー・ホリディ、テディ・ウィルソン、エロール・ガーナ-、スィングジャズとコンボのオムニバスなどなど。ベニー・グッドマンなんか今で言う極上のAOR(けしてイージーリスニングではない)で、もの凄く得をした気分でした。
とかく「音が悪いから云々」で片付けられてしまうSP時代のレコーディングですが、私は聴くことができてとっても幸せと感じていて、「音が貧しい」なんて思ったことはありません。不足分を補うことができる想像力を持っているのが人間の耳のいいところですから。
こと古典ジャズの扱いに関して日本は独特の国なのかなと感じます。80年代にソ連のメロディアのジャズLPを集めたことがありました。その中にジャズフェスティバルの実況録音盤もかなりあるのですが、デキシースタイルから前衛ジャズまでが満遍なく当たり前のようにひとつのフェスティヴァルの中に収まっています。
やはりロシアの人たちは音楽の楽しみ方を知っている人たちだなと感心しました。ポーランドやヨーロッパの人たちも基本的に同じスタンスですね。日本で同じ事をやったら蛸壺状態になってしまうだろうなと(残念ですが)思いました。
投稿: recioyromantico | 2016/05/12 18:48
recioyromanticoさん、世界中どの国ででもリイシューされない古典ジャズ音源が結構あるのを考えると、これは日本独特の状況ではないように思いますね。
西洋クラシック音楽は世界中で大人気で、古い録音だってみんな聴いています。インド古典音楽も昔から世界中で有名で日本にだってファンが多いから、聴いて語る人は結構いますね。僕もどっちも大好きですが。
しかし、現在の僕が一番好きな古典音源は、19世紀末頃のオスマン帝国時代のトルコ古典歌謡を、現代の新録音で再現しているトルコのアラトゥルカ・レコーズの方々の音楽ですね。2016年現在、まだ二枚組CDが二つあるだけという状態ですが。これは当時の録音というものはありませんから、言ってみれば19世紀末までの西洋クラシック音楽と同じようなものです。
そういうオスマン古典歌謡とか1920年代のキューバのソンの音源とか、同じ頃のアフリカ民俗音楽とか、蝋管時代の録音であるアゼルバイジャン古典ムガームとか、同じように蝋管時代の録音であるギリシアの古いレンベーティカなどなど、その他たくさんこのブログでも話題にしていますが、なぜかそういうものにはrecioyromanticoさんの反応は皆無ですよね(笑)。
投稿: としま | 2016/05/12 19:08