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2016/06/29

マディの1950年パークウェイ・セッション

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以前書いた通り(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-786c.html)マディ・ウォーターズの残した録音で一番好きなのがシカゴに出てくる前のデルタ時代のアクースティック・ギター弾き語りで、その次が1968年のサイケデリック路線『エレクトリック・マッド』だという全くダメなマディ・ファンの僕。

ただしこれは完全なる個人的趣味でのチョイスであって、それらがマディの作品で一番優れているなどとは露ほども思わない。僕がマディの録音で一番凄いんじゃないかと思っているのは、しかし実は彼名義のリーダー録音ではなく、盟友リトル・ウォルター名義の1950年パークウェイ・セッションだ。

パークウェイというシカゴの新興レーベルにリトル・ウォルター&ベイビー・フェイス・リロイ名義で1950年1月に録音されたのは全八曲。リトル・ウォルター(ヴォーカル&ハーモニカ)、ベイビー・フェイス・リロイ・フォスター(ヴォーカル&ドラムス)、マディ・ウォーターズ(ギター)のトリオ編成。

二曲でだけジミー・ロジャーズもギターで参加しているという情報もあるんだけど、正確なことは僕は知らない。とにかくそれら八曲を米デルマークが他のものと併せアルバムにしてリリースしている。Pヴァインから日本盤もリリースされているから買いやすいはず。それのライナーノーツは小出斉さんらしい。

そのデルマーク盤は『ザ・ブルーズ・ワールド・オヴ・リトル・ウォルター』というタイトル。リトル・ウォルター+ベイビー・フェイス・リロイ+マディ・ウォーターズの八曲以外にも、J.B. ルノアーのJOB録音三曲、サニーランド・スリムのリーガル録音二曲が収録されていて、なかなか面白い一枚。

さて、全八曲のパークウェイ・セッションが行われた1950年1月というと、マディはチェス・レーベルと専属契約していて、だからリトル・ウォルター&ベイビー・フェイス・リロイ名義でリリースされただけで、バンド自体は当時37歳のマディのバンドに他ならない。つまり事実上マディのリーダー録音なのだ。

マディがアリストクラット(チェス)と契約したのが1947年。最初に録音・リリースしたのが「アイ・キャント・ビー・サティスファイド」「アイ・フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」がA面B面のシングル盤で、これがヒットしたせいで当時はそういうウッド・ベースだけが伴奏の録音が中心。

1948〜50年頃にチェス(系)・レーベルに録音しリリースしたのはぼぼそんなのばかりで、デルタ出身であるマディのそのダウン・ホーム感覚を活かしたいわばモダンなカントリー・ブルーズっぽいのが中心。これはレナード・チェスの意向だったようだ。しかしマディの気持は違っていたらしい。

その頃マディは既にバンドを率いてシカゴのクラブなどでは演奏していて人気もあった。だからレコーディングもバンドでやりたかったらしいのだが、レナード・チェスにその意向は退けられていた。そのマディが率いていたバンドが前述のリトル・ウォルター+ベイビー・フェイス・リロイとのトリオ。

というわけで1950年1月のパークウェイ・セッションは、当時のマディのレギュラー・バンドによる初録音だ。書いたように契約上マディの名前をリーダーとして出せず歌えなかっただけで、事実上マディのリーダー・セッションなのだ。これが凄いのでレナード・チェスも認めざるをえなかったという代物。

パークウェイ・セッションの全八曲どれも全部凄いんだけど、特にビックリするのが「ローリン・アンド・タンブリン」2パートだろうなあ。これはブルーズ・ファンや専門家の間で意見が一致している。もちろんあのご存知デルタ地帯伝承の古いスタンダード・ナンバーなんだけど、これがとんでもない迫力なんだ。

「ローリン・アンド・タンブリン」自体はマディはアリストクラットにも同1950年2月に前述の通りビッグ・ボーイ・クロウフォードのウッド・ベース一本の伴奏で録音している。それも2パートあって、ベース伴奏とエレキ・ギターなだけで、当時の例に漏れないカントリー・スタイルなんだよね。

ところでマディのアリストクラット録音の「ローリン・アンド・タンブリン」2パートは、小出斉さん編纂のMCA日本盤『ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ Vol. 2』に収録されているのが一番聴きやすいんじゃないかなあ。神をも恐れぬアルバム名だけど(笑)、それは小出さんも心苦しいと断っている。

なぜかといえば『ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ Vol. 2』にはマディのアリストクラット録音「ローリン・アンド・タンブリン」2パートがそのまま連続収録されているからだ。バラけた状態で収録・発売されていることがあるから、一続きで聴けるのはありがたい。それ以外でもいろいろと面白いアルバムだ。

マディのアリストクラット録音「ローリン・アンド・タンブリン」2パートが連続収録されているCDは、僕はこれ以外では英 Charly によるマディのチェス録音完全集九枚組しか持っていない。その九枚組完全集は、同じく英 Charly のハウリン・ウルフのチェス録音完全集七枚組とともに渋谷サムズで買った。

話が完全に逸れちゃうけれど、それら英 Charly がリリースしたマディとウルフのチェス録音完全集。買ってからひょとして一度も聴いていないかもしれないぞ(苦笑)。黒人音楽が専門の渋谷サムズで見つけた時は小躍りして喜び勇んで大枚はたいたものの、どうにも聴きにくいもんねえ。発売元もちょっと怪しいしなあ。

古いブルーズ系音源などの復刻が専門の英 Charly は、同じく復刻専門のオーストリアの Document やフランスの Classics と同様に、版権の切れた古い音源を年代順にリリースしているだけだから、別に違法行為なんかじゃないけれど、僕はなんだかちょっと後ろめたい気分があるんだなあ。

でもそういうリイシュー専門レーベルの出すCDでしか聴けない、オリジナルのSP盤を入手でもしない限りそれしか存在しないというものだって結構あるから、凄く助かっていることは確か。本当は本家レーベルがちゃんとした形で復刻しなきゃいけないんだぞ。一体全体どうしてやらないんだ?だいたいこういう仕事をしてくれるのはいつもヨーロッパ人じゃないか。アメリカ人は自国の音楽なのになにやってるんだ?!

話が逸れちゃったね。1950年のマディ・バンドによるパークウェイ・セッション。これの「ローリン・アンド・タンブリン」が物凄いと書いた。元がデルタ・スタンダードなわけだからカントリー・スタイルなダウン・ホーム感覚を活かしたようなものかと思いきや、これが完全なるモダン・バンド・ブルーズのサウンドになっているんだよ。

パークウェイ録音の「ローリン・アンド・タンブリン」でメイン・ヴォーカルを取るのは(ドラムスも叩きながらの)ベイビー・フェイス・リロイで、それにリトル・ウォルターのハーモニカとマディのスライド・ギターが絡む。そして全員唸っている。
特にマディの唸りが大きく聞えて存在感抜群だ。メイン・ヴォーカルやハーモニカの音を凌駕せんばかりの迫力だよねえ。しかもスライド・ギターだってダイナミックで素晴しい。上掲YouTube音源で充分分ると思う。たった三人のバンド編成であるにも関わらず、このグルーヴ感は凄まじい。

このパークウェイ録音の「ローリン・アンド・タンブリン」2パートこそ、デルタ・ブルーズをシカゴのエレキ・バンド・サウンドに移し替えてモダン化した第一号録音で、これが前述マディ名義のアリストクラット録音の同曲よりも先にシングル盤で発売されたため、レナード・チェスも驚いたんだそうだ。

ビビったレナード・チェスはほぼ同時期に収録されていたアリストクラット録音の「ローリン・アンド・タンブリン」を慌ててシングル盤で急遽リリースしたものの、それは書いたようにオールド・タイミーなサウンドだからもはや時代遅れ(個人的にはそっちもかなり好きではある)だったのだ。
それで結果レナード・チェスもマディに自分のバンドでのモダン・シカゴ・サウンドをやることを認めるようになり、それでマディのチェス時代黄金期が到来するわけだ。これが1950年の話。マディ・バンドによるパークウェイ録音はまさにそういう時代を形作ったレジェンダリーなものだったんだよね。

前述の英 Charly のマディ完全集ボックス附属のディスコグラフィーで辿ると、チェス(系)におけるマディのバンド編成での初録音は1951年10月の「ルイジアナ・ブルーズ」になっている。これはマディ以外にリトル・ウォルターとビッグ・ボーイ・クロウフォードとエルガ・エドモンズの三人という編成。

その「ルイジアナ・ブルーズ」は『ザ・ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』収録だからお馴染みのもの。オーティス・スパンのピアノも入りもっとグッとモダンなバンド・サウンドになるのが1953年9月録音の「ブロウ・ウィンド・ブロウ」から。翌年に「フーチー・クーチー・マン」も録音する。

「フーチー・クーチー・マン」は『ザ・ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』に収録されているお馴染みマディのトレード・マークみたいな一曲。エリック・クラプトンも1981年の『アナザー・チケット』でカヴァーした「ブロウ・ウィンド・ブロウ」も前述小出さん編纂の日本盤『ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ Vol. 2』に収録されている。

ロック・バンドのローリング・ストーンズがバンド名を取った1950年の「ローリン・ストーン」はウッド・ベース一本だけの伴奏によるエレキ・ギター弾き語りで、書いている通りの初期チェス(系)時代のカントリー・スタイルだけど、1953年頃にはすっかりバンド編成での録音が行われるようになったわけだ。

レナード・チェスにそんなバンド編成でのレコーディングを有無を言わせず実力で認めさせたのが1950年のパークウェイ録音、特に「ローリン・アンド・タンブリン」だったわけで、その後のマディの快進撃とブルーズ界やロック界に与えた影響の大きさを考えると、やはり聴き逃せないものなんだよね。

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