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2016/06/18

ポップで楽しいピシンギーニャのオーケストラ・ショーロ

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ブラジル音楽のショーロの世界ではおそらく史上最大の存在だろうと僕は思っているピシンギーニャなんだけど、彼の録音全集みたいなものって僕は見たことがない。ブラジル本国では出ているんだろうか?どんなに調べてもそれらしきものが見つからないから、出ていないんじゃないかなあ?これはやや意外だ。

 

 

ピシンギーニャとベネジート・ラセルダの共演録音なら全集があって、CDは見ないんだけど iTunes Store にはあるから、僕はそれをダウンロード購入して楽しんでいる。全44曲。ライス盤『ショーロの聖典』が全29曲で、普通はそれで充分だろうけれど、僕は大のピシンギーニャ・ファンだからね。

 

 

僕の最愛ショーロ曲「1×0」をはじめとするピシンギーニャとベネジート・ラセルダとの共演録音の数々は、ライス盤のタイトルにあるようにまさに「聖典」と呼べる素晴しい内容だけれど、録音は1946〜50年という時期だからピシンギーニャは既に全盛期を過ぎていた。

 

 

ピシンギーニャが音楽キャリアをスタートさせたのは1911年で、師匠だったイリネウ・ジ・アルメイダの率いるショーロ・カリオカというグループに参加してのもの。イリネウは当時のショーロ界を代表する音楽家で、その対位法的カウンター・メロディの使い方がピシンギーニャの作風にも大きな影響を与えた。

 

 

イリネウに関しては今年2016年5月にエヴェルソン・モラレス、レオナルド・ミランダ、アキレス・モラレスの三人による『イリネウ・ジ・アルメイダ・エ・オ・オフィクレイジ・100・アノス・ジポイス』というトリビュート・アルバムが出ていて、現在エル・スールさんに入荷を依頼中なのだ。

 

 

その『イリネウ・ジ・アルメイダ・エ・オ・オフィクレイジ・100・アノス・ジポイス』は iTunes Store には既にあるので、実を言うと僕は既にダウンロード購入してデータをCD-Rに焼いて聴いて楽しんでいる。これはかなり面白いアルバムなんだよね。ブラジルはやはりこうやって新世代が伝統を継承するからいいなあ。

 

 

もちろん『イリネウ・ジ・アルメイダ・エ・オ・オフィクレイジ・100・アノス・ジポイス』のCDがエル・スールに入荷したらそれも買うから、原田さんお願いしますね!そんなイリネウのグループで1911年にプロ活動を開始したピシンギーニャは、いわばショーロ第三世代くらいに当る。

 

 

だから1860年代頃に成立したらしいショーロの歴史のなかではピシンギーニャは新世代ともいうべき音楽家なんだけど、そうは言っても商業録音開始直後に音楽活動をはじめた人だから、その全盛期はやはり第二次大戦前だ。だから前述のベネジート・ラセルダとの共演戦後録音を聴いてそれで終りというわけにはいかない。

 

 

そういうわけだから、どこかピシンギーニャの戦前録音の全集をリリースしてくれないかと切望する僕なんだけど、僕もあと30年もは生きてはいないだろうからちょっとどうなんだろうなあ。したがって普段日常的に聴いているピシンギーニャの録音集は日本のライスが出した『ブラジル音楽の父』というCDだ。

 

 

ライス盤『ブラジル音楽の父』の編纂はやはりこれまた田中勝則さん。感謝しかない。このアンソロジーはイリネウ率いるシショーロ・カリオカ時代の1915年録音にはじまり、ベネジート・ラセルダとの1947年共演録音まで全24曲。ピシンギーニャの真価がよく分る優れたアンソロジーでオススメ盤。

 

 

例によって田中勝則さんの詳しい日本語解説が附属しているし、選曲も曲順も良くて、ピシンギーニャを知りたいという日本語が読めるショーロ・ファンには『ブラジル音楽の父』こそ最も好適な一枚だろう。とはいえもちろん戦前録音中心だから音が古くて、SPの音が苦手だというリスナーには決してオススメできない。

 

 

ライス盤『ブラジル音楽の父』の一番いいところは選曲だなあ。「ラメント」や「カリニョーゾ」(や「1×0」)といった数々の美しくて楽しい名曲があるピシンギーニャだけど、彼はそういう楽聖的側面だけの音楽家でもない。田中勝則さんの日本語解説文にあるようにポップな味も持つ人なんだよね。

 

 

ピシンギーニャのポップな持味が最も発揮されたのが1920〜30年代のオーケストラ作品で、ライス盤『ブラジル音楽の父』は「ラメント」「カリニョーゾ」などと並んで、そういう録音がたくさん収録されているのが最大の特徴。そのあたりのピシンギーニャの録音は本国ブラジルでもあまり聴かれていないんだそうだ。

 

 

本国ブラジルでも世界中でもよく聴かれ評価が高いピシンギーニャは、やはりさきほど書いたように楽聖的側面であって、頻繁にカヴァーされるのも「ラメント」や「カリニョーゾ」「ローザ」(「バラ」)「1×0」などであって、1920〜30年代のオーケストラ作品は本国ブラジルでも復刻されていないものがある。

 

 

本国ブラジルですらリイシューされていないというのはどういうことなんだ?!と怒りすら感じ、そして溜息をつくわけだけど、少なくとも日本には田中勝則さん編纂の『ブラジル音楽の父』がある。これで聴く以外に方法がない。そしてピシンギーニャにはポップで面白くていい曲がいっぱいあるんだ。

 

 

ライス盤『ブラジル音楽の父』に収録されているオーケストラ作品は、九曲目の1928年録音「ラメント」が一番早いもの。名曲なんだけど、まだアレンジがちょっと生硬だよね。この曲に限っては後世のショーロ演奏家が解釈し直して録音したものの方が出来がいいように僕は思う。続く10曲目「絶望」からグッと良くなる。

 

 

 

「絶望」も「ラメント」と同じオルケストラ・チピカ・ピシンギーニャ・ドンガの演奏だけど、大真面目な「ラメント」「カリニョーゾ」(後者は『ブラジル音楽の父』には1937年のオルランド・シルヴァ・ヴァージョンが収録されているが、ピシンギーニャの初演は30年)とは違ってリラックスしている。

 

 

同じオルケストラ・チピカ・ピシンギーニャ・ドンガによる続く11曲目「ガヴィオーン・カルスード」になるとかなり楽しくリラックスできるダンス・ミュージックになっていて、これも1929年録音だけど既にサンバ伴奏の演奏スタイルを確立しているのが分る。音楽としてのサンバは30年代に入って開花するもの。

 

 

 

つまりこれはみなさんが言っていることだけど、サンバの伴奏はダンサブルでポップなショーロに他ならず、実際サンバ歌手の伴奏の多くはショーロ・バンド。サンバだけじゃなくて、その後のサンバ・カンソーンもバイオーンも初期ボサ・ノーヴァも、全てリズム感覚など音楽的な土台はショーロに他ならない。

 

 

ピシンギーニャはその後1930年から32年あたりまで自身の創り上げたジャズ・スタイルでポップなオーケストラ・ショーロに意欲的に取組んでいる。この時期がピシンギーニャの全盛期だったと見ていいだろう。ライス盤『ブラジル音楽の父』だと(少人数編成録音も含むけれど)12〜19曲目がその時期。

 

 

このあたりの1930年代のピシンギーニャの作曲と演奏は見事の一言。「カリニョーゾ」「ラメント」あたりではまだ少し硬さが残っていた(が名曲であるには違いない)のがなくなって、ジャズの影響を完全に消化吸収したピシンギーニャにしかできないポップなショーロがたくさんあって楽しい。

 

 

特に15曲目「黒人の会話」(コンヴェルサ・ジ・クリオウロ)はめちゃめちゃポップでダンサブルな無国籍インストルメンタル・ショーロで、一種カリブ音楽風なニュアンスも感じるもんね。1931年録音だからキューバ音楽の影響もあったに違いないと僕は思う。ルンバが流行していたしね。この曲がアルバム中一番楽しい。

 

 

 

こういった「黒人の会話」みたいなポップでダンサブルなショーロは、ブラジル本国でも継承されていないんじゃないかなあ。復刻すらされていないらしいから間違いない。僕が知る唯一の例はエンリッキ・カゼスその他らがやった2003年の『エレトロ・ピシンギーニャ』で「黒人の会話」が一曲目だったことくらいだ。

 

 

 

そのエンリッキらによる『エレトロ・ピシンギーニャ』もかなり面白かった。ピシンギーニャの1930年代のポップなオーケストラ・ショーロの数々を現代風ダンス・ミュージックに仕立て上げたアルバムで、収録曲は復刻されていないものばかりだから、エンリッキらはSP盤を聴いて参照したに違いない。

 

 

エンリッキらの『エレトロ・ピシンギーニャ』の面白さについてはまた別記事でまとめてしっかり書きたいと思っている。まあそういったエンリッキらがカヴァーしたピシンギーニャ全盛期のポップでダンサブルなオーケストラ・ショーロを含め、早く彼の戦前全録音をちゃんとした形でリイシューしてほしいんだけどなあ。どこか早く出してくれ!

 

 

書いたようにショーロはサンバの土台にして、サンバ歌手の伴奏は多くの場合ショーロ・バンドだったんだから、サンバがポップなダンス・ミュージックであるようにショーロだってそうなんだよね。それこそがポピュラー・ミュージックの本質に他ならず、クラシック音楽に近いようなものがあるショーロだって例外なんかじゃないね。

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