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2016/06/16

ファンクこそがエリントンの本質だ

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Ellington









ドクター・ジョンの最高傑作は1972年のニューオーリンズ・クラシックス集『ガンボ』か、次作73年のファンク・アルバム『イン・ザ・ライト・プレイス』(アラン・トゥーサンのプロデュースで、ミーターズがバック・バンド)だろう。あるいは92年の『ゴーイン・バック・トゥ・ニューオーリンズ』とかだなあ。

 

 

それら三つとももちろん素晴しい。ドクター・ジョンの声が出ていないと悪口を言う人もいる『ゴーイン・バック・トゥ・ニューオーリンズ』は大変にスケールが大きくて、ニューオーリンズの音楽家を中心に大勢のゲスト・ミュージシャンを加え当地の音楽史を集大成したような傑作で僕は大好き。

 

 

しかし個人的な好みだけで言わせてもらえば、ドクター・ジョンの全スタジオ・アルバムのなかでは1999年の『デューク・エレガント』が一番のフェイヴァリットで、しかも僕のなかでは一番評価も高い。もちろんジャズマンであるデューク・エリントンのソングブックであるという理由も個人的には大きい。

 

 

ドクター・ジョンの解釈・展開力はもちろんのこと、デューク・エリントンというコンポーザーの偉大さ、書いた曲が本来持つ幅の広さ・奥深さを強く実感し直したのがその『デューク・エレガント』だった。これは紛う方なきファンク・アルバムなんだよね。エリントン・ナンバーがファンク・チューンに変貌しているのだ。

 

 

エリントンの曲を全部ファンクにしてしまうというのはもちろんドクター・ジョンという人ならでは。『デューク・エレガント』以外にそんな風にエリントンの曲が化けているのは僕は知らない。まあでも僕が知らないだけなんだろうな。これでエリントンの奥深さが分ったので、他にもあるに違いないと思うようになった。

 

 

ドクター・ジョンの『デューク・エレガント』が1999年にリリースされた時は、エリントンとドクター・ジョン双方の熱心なファンである僕は狂喜乱舞、速攻で飛びついて買った。僕が買ったのは日本盤。なぜだかアメリカ盤より発売が早かった(はず)のと、日本盤は一曲多く収録されているからだった。

 

 

聴いてみたら最高だったね。一曲目の「オン・ザ・ロング・サイド・オヴ・ザ・レイルロード・トラックス」から完全なファンク・チューンだ。ドラムスのハーマン・アーネスト III とベースのデイヴィッド・バラードの出すファンク・グルーヴが気持いい。この二人のリズムはこれで初めて聴いた。

 

 

 

この一曲目やあるいは他の曲でも、ドクター・ジョンの弾くピアノとハモンド B3オルガンの音が同時に聞えるので、オーヴァー・ダビングしているに違いない。ヴォーカルもベーシック・トラックを録り終えた後にかぶせているだろう。そうとしか聞えないもんね。

 

 

ドクター・ジョンの声が出ていないと『ゴーイン・バック・トゥ・ニューオーリンズ』を酷評する向きも『デューク・エレガント』なら納得していただけるはず。声に張りがあって伸びがある。またボビー・ブルームというギタリストの演奏を僕はこのアルバムで初めてちゃんと聴いたのだったはず。

 

 

ボビー・ブルームはほんのちょっとだけマイルス・デイヴィス・バンドで弾いていた時期があって、それで名前だけは知っていたんだけど、ライヴで少しやっているだけで公式録音は皆無。ブートでほんの一枚か二枚聴けるものがあるけれど、それだって1999年の『デューク・エレガント』より後に出た。

 

 

ただし1995年前後だったかニューオーリンズ現地で観たドクター・ジョンのライヴではやはりボビー・ブルームが弾いていて、その時初めて彼の演奏を聴いたはずだけど、メンバー紹介で初めて彼だと知っただけで、ああこれがマイルス・バンドにいたというボビー・ブルームかと思った程度のことだった。

 

 

その時はドラマーもベーシストも『デューク・エレガント』と同じハーマン・アーネストIII とデイヴィッド・バラードだったはずだけど、彼らの名前は初耳、演奏も初めて聴いたのでよく憶えていないんだなあ。2005年に出たドクター・ジョンの1995年モントルー・ライヴが全く同一メンバーだよね。

 

 

ちょっと横道に逸れたけれど、『デューク・エレガント』一曲目の「オン・ザ・ロング・サイド・オヴ・レイルロード・トラックス」でいきなりノックアウトされてしまった僕は、一時間九分のこのアルバムを聴終えるのは実にあっと言う間だった。それはそうとこの一曲目は本当にエリントンの曲なのか?

 

 

というのは「オン・ザ・ロング・サイド・オヴ・レイルロード・トラックス」という曲名も曲を聴いた感じも僕は全くの初耳で、あらゆるエリントンの録音で聴いたこともないし、その後インターネットが普及して充実した各種ディスコグラフィーがオンラインで見られるようになってからも全く記載がない。

 

 

1999年に『デューク・エレガント』が出た時に同様の疑問をネット上で漏したら、熱烈なエリントン・ファンにしてコンプリート・コレクターのるーべん(佐野ひろし)さんも「私も全く知りません」と言っていたもんなあ。2016年の現在に至るまで判明していない。ドクター・ジョン本人に聞いてみたい気分だよ。

 

 

二曲目の「アイム・ゴナ・ゴー・フィッシン」だってかなりのエリントン・ファンじゃないと知らない曲だろう。これはペギー・リーが歌詞を書いて1959年に歌った曲。ペギーの得意レパートリーの一つだったけれど、エリントン自身の録音はないはずだから、ペギーのファンじゃないと知らないかもしれない。

 

 

それら冒頭二曲以外は全てよく知られたエリントンの有名曲ばかり。一番感心したのが三曲目の「スウィングしなけりゃ意味ないね」。これを聴いた時に、あぁ、エリントンが1930年代に言った、それがないと意味がないという「スウィング」とは要はファンクのことなんだと納得した。

 

 

 

最高のファンク・チューンになっているじゃないか。これならジャズ・ファンではなくエリントンのこともよく知らないロック〜ソウル〜ファンクのリスナーだって絶対に好きになるはず。実際『デューク・エレガント』が素晴しいので、これでエリントンに興味を持つファンが当時は多かったもんね。

 

 

それで『デューク・エレガント』収録曲のエリントン自身による演奏を聴いてみたいというリスナーが続出し、それでいろんなCDをオススメしたけれど、みなさんだいたいどれもピンと来なかったらしい。そりゃそうだよね、「スウィングしなけりゃ意味ないね」だってとんでもない変貌ぶりだもん。

 

 

エリントン楽団の「スウィングしなけりゃ意味ないね」のオリジナル1932年録音はこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=-FvsgGp8rSE  歌っているのはアイヴィー・アンダースンで、『デューク・エリントン・プリゼンツ・アイヴィー・アンダースン』というSMEがリリースした二枚組編集盤の一枚目一曲目に収録されている。

 

 

この1932年当時のブランズウィックはコロンビア系レーベルだったので、何度も書いているようにエリントンの30年代コロンビア系録音全集がいまだ正規には存在しない現在、この曲も僕はその『デューク・エリントン・プリゼンツ・アイヴィー・アンダースン』で普段は聴いている。

 

 

ともかくそんな「スウィングしなけりゃ意味ないね」があんな風になっちゃうわけだからドクター・ジョンの解釈力には舌を巻くよね。そしてよく聴直してみたら、エリントンの書いたオリジナルがそんな風になり得る可能性を最初から秘めていたことにも気が付いて、それにも心の底から感服するしかない。

 

 

もう一曲、アルバム中最もファンクなフィーリングに仕上っていると感心し最も繰返し愛聴しているのが、日本盤では11曲目の「昔はよかったね」(シングス・エイント・ワット・ゼイ・ユースト・トゥ・ビー)。タイトでヘヴィな最高のインストルメンタル・ファンクなんだよね。

 

 

 

「昔はよかったね」は息子マーサー・エリントン名義のコンポーザー・クレジットになっているけれど、まあ父親の書いたものだろうな。これはジョニー・ホッジズ・オーケストラ名義の1941年録音がオリジナルだけど、それにはデューク・エリントンも参加しているので、実質的にはエリントンのリーダー録音に間違いないからだ。

 

 

 

お聴きになれば分る通り、ホッジズのアルト・サックスをフィーチャーした3コードの普通のジャズ・ブルーズなんだよね。ブルーズ形式だからドクター・ジョンがファンク風に料理しやすいのは確かだが、それにしても見事な変貌ぶり。

 

 

あ〜っと、なんだか今日もまた長くなってきたなあ。その他『デューク・エレガント』にはラテン・ファンクな「サテン・ドール」(こんなの他では絶対聴けないぜ)とか、これまたエキゾチック・インスト・ファンクになった「キャラヴァン」とか、滅多に聴けないミドル・テンポでグルーヴィーな「ムード・インディゴ」とか、面白いのばっかり。

 

 

もうやめておくけれど、『デューク・エレガント』については喋りたいことがもっと山ほどあってキリがない。多くが戦前に創られたエリントンの古典ジャズ曲を完全に現代ファンク化したこんなドクター・ジョンのアルバムこそ、デューク・エリントンという音楽家の本質、真の先進性を表現したものだろうね。だからこそマイルスはプリンスのことを「あいつはエリントンなんだ」と言ったに違いない。

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