クラブ風北米先住民音楽
ザ・バンド以後のロビー・ロバートスンのソロ・アルバムでは、間違いなく1994年の『ミュージック・フォー・ザ・ネイティヴ・アメリカンズ』と次作98年の『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』が面白い。しかしこれは多くのロック・ファンには賛同してもらえないだろう。
ザ・バンドでロビーのファンになった多くのロック・リスナーは、ロビーのソロ・アルバム、といっても今までのところ五枚しかないんだけど、そのなかでは普通は一作目や二作目、あるいはエリック・クラプトンとの合作とも言うべき2011年の今のところの最新作がいいという意見だろうなあ。
それらのうち1987年の一作目と91年の二作目はともかくとして、エリック・クラプトン全面参加の最新作は、まあそのなんというか、90年代以後のクラプトンは自分のアルバムがダメなだけなら文句は言わないが、他人のアルバムにゲスト参加してもそれをことごとく台無しにしてしまうという素晴しい能力の持主だからなあ。
でも人気はあるんだろうね、その2011年の『ハウ・トゥ・ビカム・クレアヴォヤント』。僕は最近のクラプトンはちょっともうねえ・・・。あんなのより絶対に『ミュージック・フォー・ザ・ネイティヴ・アメリカンズ』と『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』がイイよ。
どうしてこの二作は多くのロック・ファンにはウケないだろうと思うのかというと、これらは普通のロック・アルバムじゃなくて、母親がモホーク族であるというカナダ先住民(ファースト・ネイションズ)の血を引くロビー・ロバートスンが、その出自を音楽的に全面展開したクラブ・ミュージックだからだ。
『ミュージック・フォー・ザ・ネイティヴ・アメリカンズ』と『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』。僕の耳には後者の方が楽しくて面白いように聞える。これは間違いなく現代エレクトロニカ系クラブ・ミュージックなんだよね。それがカナダ先住民音楽と合体している。
『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』ではハウィー・B やマリウス・デ・ヴライスといったクラブ・ミュージック系のプロデューサーを起用している。ハウィー・B は僕はソウル II ソウルで知った人。ソウル II ソウルは大ファンなので別記事で書きたいと思っている。
マリウス・デ・ヴライスもハウィー・B 同様主に英国を中心にいろんな音楽家(なかにはデイヴィッド・ボウイも)を手がけている、やはりエレクトロニカ〜トリップ・ホップ系のプロデューサー。なお僕は一部を除きそういうクラブ系ダンス・ミュージックのことについては疎くて大して聴いていない。
僕はジャズ・ファンだからアシッド・ジャズとかレア・グルーヴなど主に1980年代後半以後に一時期流行した一連のそういうものが好きなんじゃないかと思われるかもしれないが、そういうムーヴメントで発掘・再発見された1960〜70年代のダンサブルなジャズのレコードから元々ファンだからさ。
だからそもそも<再発見>なんかしてくれなくたって、最初からそういうダンサブルなジャズ〜ソウル・ジャズ〜ジャズ・ファンクのレコードをたくさん買って聴いていた僕や同世代かそれ以上の世代のジャズ・ファンは、そんなアシッド・ジャズとかレア・グルーヴとかにはシラケていたはず。僕もその種のムーヴメントには殆どハマっていない。
だからそういうこともあってかクラブ系音楽には今まで(前述のドハマりしたソウル II ソウルなど一部例外を除き)あまり縁がなかったような僕でも、やはりロビー・ロバートスンの『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』には凄く感心しちゃったんだよね。
『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』にはいわゆるアクースティックな生楽器は全くと言っていいほど使われていない。一部でほんのちょっぴりストリングスやフルートやピアノが入る程度。普通の電気楽器だってロビーの弾くギターとベース(後者はやはりほんの一部)だけ。
それ以外は全て電子楽器なんだよね。キーボード・シンセサイザーとその他コンピューターを使った打込み。ドラムスの音は多くの曲で聞えるけれど全部打込みだ。やはり僕はコンピューター・サウンドよりは人力演奏の方が好きだという人間で、普段はそんなのばかり聴いているけれど。
だって人力演奏にはどんなにタイム感が正確無比な(例えばマシーンみたいなジャズ・ドラマー、マックス・ローチみたいな)音楽家の演奏だって、やはりそこには一種の<揺らぎ>があって、その揺らぎが聴き手に心地良さをもたらしているんじゃないかと思うから、それがない打込みはちょっとなあ。
それでも打込みで創ったサウンドでもかなり好きなものだっていろいろあるから、一部に存在するそんなガチガチの人力演奏信奉者でそういうものしか聴けないぞと思っているようなリスナーでもないんだよね、僕は。それに打込み系音楽の多くは魅力的なヴォーカルを使っている。
ベーシック・トラックをほぼ全て打込みで創ったロビーの『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』でもやはり実に多くの人声がフィーチャーされていて、それこそがこのアルバムの最大の聴き所にして、ロビー・ロバートスンのカナダ先住民としての出自を音楽的に反映させた部分だ。
『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』では殆どの曲がロビー・ロバートスン(とその他プロデューサー達と)の自作だけど、なかには<トラディショナル>とクレジットされている曲もある。カナダ先住民伝承音楽なんだろう。例えば一曲目の「ザ・サウンド・イズ・フェイディング」。かなり面白い。
お聴きになれば分るように、なにか伝承打楽器のような音(のおそらくサンプリング)と人声とアクースティック・ピアノの音に導かれ女性歌手が歌いはじめる。途中でロビーのエレキ・ギターが聞えるけれど、やはり中心は何語か分らない女性ヴォーカルだ。
この何語か分らない女性ヴォーカルはリー・ヒックス・マニングのもので、アメリカ議会図書館に残されている1942年の録音をサンプリングしたもの。そういったトラディショナルなカナダ先住民の歌や声やサウンドを主にサンプリングなどして使っているものがこのアルバムには他にもある。
何語か分らないと書いた。『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』の収録曲全てヴォーカル曲だけど、どれもこれも全部僕には何語か分らないんだよね。カナダ先住民の言葉なんだろうか?一部でロビー自身があまり上手くない歌を聴かせるものがあってそれは英語だけど。
アルバム中一番感心して最初に聴いた時から一番好きで今でも最大の愛聴曲なのが九曲目の「ストンプ・ダンス(ユニティ)」。バックのサウンドはやはり打込みだけど、ヴォーカル・コーラスが非常に大きくフィーチャーされているのが大の僕好み。
「ストンプ・ダンス(ユニティ)」ではお聴きの通りロビーも歌っているけれど、あくまでメインはWALELAの三人の女性歌手、リタ・クーリッジ、プリシラ・クーリッジ、ローラ・サッターフィールドだ。貼った上掲の音源を聴いていただけたと思うけど、実に素晴しいじゃないか。
これら三人の女性歌手のうち、リタ・クーリッジは有名ロック歌手だ。いわゆるLAスワンプ系人脈の一人で、リオン・ラッセルやディレイニー&ボニーとも一緒に活動していたし、その後1971年にソロ・デビューして大活躍。彼女もまたチェロキー族の血を引く北米先住民の出身なのだ。
この「ストンプ・ダンス(ユニティ)」こそが『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』のハイライト、白眉の一曲だと僕は思う。打込みで創った現代的クラブ・サウンドなのに、なんだかかなりプリミティヴな強い大地の生命力みたいな要素も感じるもんなあ。
そういうロビーの音楽的指向は『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』の前作1994年の『ミュージック・フォー・ザ・ネイティヴ・アメリカンズ』から既にはっきりと出ている。そっちの方がよりトラディショナルで、今聴き返してみたらこっちの方が面白いかもしれない。
ロビーのこういった音楽指向を時代を遡って辿るとザ・バンド時代の1971年作『カフーツ』に行着くように思うんだよね。と言ってもアルバムの一部だし、しかも別に北米先住民的な側面ではないけれどね。僕なんかあれと二枚組ライヴ盤『ロック・オヴ・エイジズ』がザ・バンドでは一番好きだけどね。
主に21世紀に入ってから世界各地で現地の民族的音楽伝統と普遍的音楽言語になりつつあるヒップホップ系クラブ・ミュージックを融合させたような音楽がいくつも出てきている。日本ならサカキマンゴーさんやOKIさんや、直接そういう楽器は使わないけれどマレウレウなどがその代表格。でもロビーのこのアルバムは1998年だもんなあ。
そういうローカルな民族音楽伝統をグローバルな共通言語で表現したものを流行っているらしい言葉で言えば<グローカル・ビーツ>ということになるんだろう。あまり好きではない言葉だけど、大石始や吉本秀純さんなどがロビーの『コンタクト・フロム・ザ・アンダーワールド・オヴ・レッドボーイ』に触れているのは見たことがない。
なお、ヨーロッパから白人が来る以前から住んでいた北米大陸の先住民の現在での呼称は、カナダではファースト・ネイションズに定着しつつあるみたいだけど、アメリカ合衆国では連邦政府がネイティヴ・アメリカンと呼ぶものの先住民側はこれを認めず、しかし彼らが主張するアメリカン・インディアンではインド系アメリカ人と混乱しそうだし、ちょっと難しいなあ。
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