ミンガス・コンボの謎の響き
チャールズ・ミンガスのスモール・コンボ録音って、僕が聴いた範囲ではどれも全部響きが豊かというかまるでビッグ・バンドみたいな音がする。モダン・ジャズに限らず全ジャズ界でもこんなのはミンガスのバンドだけだ。デューク・エリントンのコンボ録音もちょっとそんな感じだけど、ミンガスの方により強く感じる。
ご存知の通りミンガスにはビッグ・バンド作品もある。なかでも以前書いた通り1977年の『クンビア・アンド・ジャズ・フュージョン』が僕は大のお気に入りで、コンボ録音もなにもかも全部含めてのミンガスの最高傑作だと思っているのだが、コンボものでもビッグ・バンド・サウンドみたいに聞えるというのは不思議だよなあ。
どうしてそんなことになっているのか、僕の耳がオカシイだけなのかちょっと分らないというか謎だなあ。マジックだとしか思えない。例えばミンガス初期の傑作である1956年の『直立猿人』はジャッキー・マクリーンとJ・R・モントローズという2サックス編成なのだが、一曲目からやはり豊かな響きだ。
サックス二人+ピアノ・トリオという普通のモダン・ジャズのコンボ編成なのに、どうしてこんな響きなんだろう?一曲目「直立猿人」は何度か書いたように30年近くも面白さが理解できなかったけど、最近はなかなか凄いと実感できるようになっている。こういうトーン・ポエムみたいなのはあまり好きじゃないが。
「直立猿人」という曲は普通のいわゆる個人のソロ廻し中心ではない。10分に及ぶ演奏時間の大部分が巧妙に計算され尽したアンサンブルを中心に展開するのもモダン・ジャズではやや珍しい。ミンガスの作品全体を通してもあまりない。
最初ジャズはホーン・アンサンブルによる音楽として誕生し、誕生当時は個人のソロというものがなかったということは以前も書いた。だからソロがないミンガスの作品というのはいわば一種の先祖帰りだ。ミンガスは熱烈なチャーリー・パーカー信者で、アドリブ・ソロ命のビバップからスタートした人だけど、同時にエリントン的アンサンブルの影響も強く受けている。
『直立猿人』に続く1957年の『道化師』でもホーンはサックスとトロンボーン(常連のジミー・ネッパー)の二人だけ。それなのに冒頭の「ハイチ人の戦闘の歌」からやはりゴージャスな響き。特に冒頭でトロンボーンが吹くメロディに絡む人間の叫び声みたいなのはサックスだろうけど不思議な音だ。
その後もトロンボーン・ソロの背後でストップ・タイムで入るリフはサックス一人によるもののはずなのに、僕の耳にはなぜだか複数のサックス奏者によって奏でられているように聞えるから、一体全体どうなっているのかサッパリ分らない。おそらくそのサックスのリフはピアノと同時にユニゾンで音を出しているせいなのかなとも思うけれど。
植草甚一さんはこの「ハイチ人の戦闘の歌」をえらく褒めていて、ジャズ入門者向けの三曲のうちの一つとして大推薦していた。この曲では前年の「直立猿人」とは違って一応個人の普通のソロ廻しで曲が展開するし、特に後半のミンガスのベース・ソロは聴き物だ。ところでこれ、どうして「ハイチ」なんだろう?
ほんのちょっとだけハイチ音楽も聴く僕なのだが、そのかなり少ない経験からするとミンガスの「ハイチ人の戦闘の歌」には音楽的なハイチ要素は見当らない。ミンガスのことだからなにか政治的・社会的・反人種差別的な意味合いを込めたものだったのだろうか?
1962年になってようやく発売された同じ57年録音の『メキシコの想い出』になるとトランペット+トロンボーン+サックスの三管編成で、二管でもそんな具合のミンガスなんだから三管だともうこれはどう聴いてもビッグ・バンド・サウンドにしか聞えないね。
油井正一さんは1977年の『クンビア・アンド・ジャズ・フュージョン』が出るまで『メキシコの想い出』をミンガスの最高傑作だと評価していたらしい。まあミンガス自身が同じことを62年のリリース時に言っているからね。LPアルバムではラストだった「フラミンゴ」がこの上なく美しい。
1960年キャンディッド録音の『チャールズ・ミンガス・プリゼンツ・チャールズ・ミンガス』ではエリック・ドルフィーが最高に素晴しい演奏を聴かせるのだが、これなんかピアニストもおらずトランペット+サックス(あるいはバスクラ)+ベース+ドラムスの四人編成での録音だということが信じがたい。
特に僕が一番好きなB面一曲目の「ワット・ラヴ」の出だしなんか、二管だけのアンサンブルなのにどうしてこんな豊かで広がりのあるサウンドなんだろう?ちょっとオカシイなあ。<コンボ=ビッグ・バンド>というミンガス・マジックをミンガスの全アルバムで僕が一番感じる瞬間がそこなんだよね。
「ワット・ラヴ」はその後は普通に個人のソロが続く。まずトランペットのテッド・カースン、次いでミンガスのベース、そしてドルフィーによる圧巻のバス・クラリネット・ソロが来る。以前も書いたようにそのドルフィーのバスクラとミンガスのベースによる対話が素晴しい。
続くB面二曲目の「オール・ザ・シングス・ユー・クッド・ビー・バイ・ナウ・イフ・シグモンド・フルーズ・ワイフ・ワズ・ユア・マザー」だって、冒頭のアンサンブルは二管だけによるものだとは到底聞えないサウンドだ。これらB面二曲があるおかげで、スモール・コンボ編成でのミンガス作品ではこの『プリゼンツ・チャールズ・ミンガス』が僕の一番のお気に入り。
『プリゼンツ・チャールズ・ミンガス』の次にコンボ編成のミンガスで好きなのが1961年アトランティック録音の『オー・ヤー』。これはいかにもアトランティックらしい泥臭くて野太いブルージーな音楽だ。ローランド・カークも入った三管編成だから当然ミンガスらしいゴージャス・サウンド。
ドルフィーもカークも自身のリーダー・アルバムより(それももちろん最高だけど)、ミンガスのバンドでの録音がもっと好きで出来もいいと思っている僕なんだけど、それはひとえにミンガスのバンドではマジックだとしか思えない摩訶不思議な響きのサックス(やバスクラなど)に聞えるからなのだ。
そのちょっと前の1959年コロンビア録音の『ミンガス・アー・アム』。一曲目の「ベター・ギット・イット・イン・ユア・ソウル」が、後年ロック・ミュージシャン達によるカヴァーで有名になった「グッドバイ・ポーク・パイ・ハット」より断然好きなアルバムで、五管編成だから文句なしのビッグ・バンド・サウンド。
曲単位ではおそらく「ベター・ギット・イット・イン・ユア・ソウル」が一番好きなミンガス・オリジナル。これを1970年代のミンガス・バンド在籍経験のあるテナー・サックス奏者のジョージ・アダムズが、1991年のマウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァルで披露したのを僕は生で聴いた。
その時のジョージ・アダムズ・バンドは、ホーン楽器は他にハンニバル・マーヴィン・ピータースンのトランペットだけで、コード楽器がエレキ・ギター一本、あとはベースとドラムスという編成だった。この時の「ベター・ギット・イット・イン・ユア・ソウル」もミンガス本人はいないのに二管だけでやはり広がりのある響きだった。
ミンガスの死後でもそうだったということは、ミンガスによるスモール・コンボ録音がまるでビッグ・バンドみたいに響くというのは、ミンガスの存在のあるなしに関係なく、どうやらミンガスのコンポジション、書く譜面そのものに秘密があったのだとしか思えないなあ。
僕なんかに作曲法の秘密が分るわけがないから、そのあたりがちゃんと分る方に一度ミンガスの譜面をじっくり分析してほしいと思っている。ミンガスの場合はビッグ・バンド作品の方がホーンの響きはタイトに聞えて、コンボ作品の方がボワ〜ッと広がっているという、僕には完全なる謎、マジックだ。
デューク・エリントンとかセロニアス・モンクとかチャールズ・ミンガスとか、あういう人達のホーン・コンポジション/アレンジメントはどういう仕組になっているんだかサッパリ分らないものばかりだよなあ。謎だらけだからこそ惹かれるし、分らないからこそ一層魅力的に聞えるんだろうけどね。
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