「オレンジ・レディ」で探るマイルスとウェザー・リポートの関係
ウェザー・リポートのデビュー・アルバムに収録されている方が発売はかなり早かったので、そちらで有名になったであろうジョー・ザヴィヌルのオリジナル曲「オレンジ・レディ」。発売は後になったけれど録音はマイルス・デイヴィスの方が先。というかそもそもマイルスのためにザヴィヌルが提供した曲だ。
マイルスによる「オレンジ・レディ」の録音は1969年11月19日。この日四曲録音しているが、ザヴィヌルが書いた曲であるにも関わらず、「オレンジ・レディ」にだけザヴィヌル自身は演奏に参加していないというのが不思議。ザヴィヌルがマイルスのために書いた曲の録音に演奏で参加していないというのはこれだけ。
ザヴィヌルがマイルスのために書いた曲を録音順に列挙すると、「アセント」「ディレクションズ」(1968/11)「イン・ア・サイレント・ウェイ」(69/2)「ファラオズ・ダンス」(69/8)「オレンジ・レディ」(69/11)「ダブル・イメージ」(70/1)「リコレクションズ」(70/2)で全部。
それらは「オレンジ・レディ」を除き全てにザヴィヌル自身がエレピかオルガンで演奏にも参加しているから、どうして「オレンジ・レディ」でだけ弾いていないのか理由がちょっと分らないんだけど、おそらくスタジオ現場にいることはいたんだろうね。
その「オレンジ・レディ」のマイルスによる録音が初めて世に出たのは1973年4月発売の『ビッグ・ファン』という二枚組LPでだった。しかしこの時は一枚目A面いっぱいを占める「グレイト・エクスペクテイションズ」の後半部分として一繋がりで並んでいて、曲名すら書かれていなかった。
もちろん録音セッションから一繋がりで演奏されていたわけではなく、「グレイト・エクスペクテイションズ」「オレンジ・レディ」それぞれ別個に録音されていたのを、『ビッグ・ファン』に収録する際に例によってテオ・マセロが編集で繋げただけ。『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』にはオリジナル通り別個の曲として収録されている。
マイルスの1974年『ビッグ・ファン』発売時に曲名も作曲者名も書かれていなかった理由は、間違いなく「オレンジ・レディ」のウェザー・リポートによるヴァージョンの方が三年も前に発売されていたからだ。ウェザー・リポートによる同曲の録音は1971年2月で、収録したデビュー・アルバムが同年五月にリリースされている。録音はマイルスの方が一年以上も早かったのになぜかお蔵入りしていた。
ザヴィヌルがウェザー・リポートのデビュー・アルバムに「オレンジ・レディ」を含めたのも、マイルス・ヴァージョンがなかなか発売されないからだったに違いない。実際、即座に発売された「イン・ア・サイレント・ウェイ」などはウェザー・リポートではスタジオ録音していない。
同じようにマイルスと録音したにもかかわらずそれが1981年までリリースされなかった「ディレクションズ」も、やはりウェザー・リポートでスタジオ録音もライヴ録音もしている。「ダブル・イメージ」は短縮編集ヴァージョンがマイルスの『ライヴ・イーヴル』に収録されて1971年に発売されている。
それら以外の「アセント」「ファラオズ・ダンス」は作曲者のザヴィヌル自身は特に強い関心もなかったのか、自分のソロやウェザー・リポートでは全く録音もライヴ演奏もしていない。また残る一曲「リコレクションズ」は「イン・ア・サイレント・ウェイ」と異名同曲だと以前指摘した。
「オレンジ・レディ」に関してはマイルス・ヴァージョンが『ビッグ・ファン』で発売された際、前述の通り作曲者名はおろか曲名すら書かれておらず、「グレイト・エクスペクテイションズ」の後半部みたいになっていたけれど、これはもう聴いた全員がウェザー・リポートで知っているぞと思ったわけだ。
マイルス・ヴァージョンの「オレンジ・レディ」を貼っておこう→ https://www.youtube.com/watch?v=YXLteGDyUyw 一方、録音はこれの一年三ヶ月後のウェザー・リポート・ヴァージョンはこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=dTIw8x9G5gQ クレジットがなくても同じ曲だと全員分るよね。
フェンダー・ローズとソプラノ・サックスとウッド・ベースのトリオをメインにパーカッションなどが彩りを添えるウェザー・リポート・ヴァージョンはほぼ全編にわたりテンポがかなり緩い。それに対してお聴きになれば分る通りマイルス・ヴァージョンは途中からリズムが活発になるのが特徴。
そういうのがやはりこの1969〜71年頃のザヴィヌルとマイルスの音楽性の最大の違いだろう。マイルスにとってはなんといってもリズムこそが全てだった。「オレンジ・レディ」でもチック・コリアの弾くリズミカルなフレーズに導かれ、ドラムスのビリー・コブハムとパーカッションのアイアート・モレイラが活躍している。
アイアート・モレイラはウェザー・リポートの「オレンジ・レディ」を含むデビュー・アルバム全曲にも参加しているから、やはりそのあたりの両者のリズム感覚の違いを肌で感じ取っていたはず。当時ウェザー・リポートからもバンドの正式メンバーにと誘われていたのにマイルス・バンドの方を選んだのは、それも理由の一つだったんだろう。
「オレンジ・レディ」マイルス・ヴァージョンの方にはシタール、タブラ、タンブーラが入っていて、サウンド・カラーが多彩だよね。この種のインド楽器をマイルスが使ったのはこの1969年11月19日の録音が最初だ。その後72年の『オン・ザ・コーナー』あたりまで使い続け、この時期のマイルス・サウンドの特色の一つになっている。
はっきり言って僕の耳には「オレンジ・レディ」はどう聴いてもウェザー・リポートのよりマイルス・ヴァージョンの方が魅力的だ。僕がジャズを聴はじめたのが1979年だったので、実はマイルス・ヴァージョンの方を先に聴いていて、その後にウェザー・リポートのを聴いたという。
だから後から聴いたウェザー・リポートので曲名も初めて知り、これ同じ曲じゃん、しかもこっちはつまらないじゃんとまで思っていたのだった。そのデビュー・アルバム近辺のザヴィヌルの音楽は「イン・ア・サイレント・ウェイ」が典型例だけど、スタティックで牧歌的なユートピア・サウンド指向だった。
どうでもいいがこの「牧歌的」という言葉、まさにピッタリだとは思うんだけど、ある時期の岩浪洋三があまりに繰返しボッカボッカ言過ぎるので、僕よりも上の世代のジャズ・ファンの多くはこの言葉を嫌って使わなかったんだよね(笑)。
ザヴィヌルがマイルスに提供した曲のうち録音順では初になる「アセント」(https://www.youtube.com/watch?v=rDLV9A7-ALM)もお聴きになれば分るように完全に静謐な雰囲気でテンポが緩くリズム・セクションがほぼ活躍しない曲なのだ。『ビッチズ・ブルー』収録の「ファラオズ・ダンス」以外は全部そうなんだよね。
マイルスもこの1968年末〜70年初頭に少しそういう静的な音楽をやっていて、それもあってかザヴィヌルを重用したし、そもそもマイルスは1959年の『カインド・オヴ・ブルー』だってかなり静かでおとなしいし(従ってやはりビル・エヴァンスを使っている)、そういう音楽性も併せ持つ人だ。
けれどもマイルスの場合同時に1960年代末からはリズム重視の側面もあって、むしろリズムの変革にこそマイルス・ミュージックの力点が置かれていて、一見全面的に静的に思える『イン・ア・サイレント・ウェイ』でだって、B面の「イッツ・アバウト・ザット・タイム」でトニー・ウィリアムズのドラムスが爆発する瞬間こそがエクスタシーになっているもんね。
その次作『ビッチズ・ブルー』ではご存知の通りリズム楽器担当者を大幅に拡充しリズムこそが命のような音楽になっているし、その後のマイルス・ミュージックはどんどんファンク化していったのはみんな知っている。一方ザヴィヌルはというと、今振返るとそういうマイルスのリズム重視なファンク路線に感化されたと思えるフシがあるんだなあ。
1973年録音のウェザー・リポート三作目の『スウィートナイター』には、明らかに前年リリースのマイルス『オン・ザ・コーナー』の影響が伺える。そしてウェザー・リポートもその後どんどんとリズム重視のファンキーで明快な音楽を指向するようになり、それが1975年の『幻想夜話』をきっかけに77年の『ヘヴィー・ウェザー』で開花する。
そんなわけでウェザー・リポートの音楽がポップでファンキーになって大成功するようになったのがマイルスの一時隠遁中だったというのはなんとも皮肉な話だ。でも当時マイルスがシーンにいなかったからこそザヴィヌルには可能だったのかもと僕には思えるんだよね。
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