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2016/06/13

クラプトンはポップでメロウなのが持味かも

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口を開けばエリック・クラプトンの悪口ばかりなもんだから、僕はクラプトンが嫌いなんじゃないかと思われているかもしれないよね。でも好きか嫌いかだけを言うならば今でもかなり好きだ。そりゃ大学生の時にデレク・アンド・ザ・ドミノスを聴いて完全に惚れちゃった人だから、嫌いになんかなれないよ。

 

 

でもこれが音楽的に面白いかどうかとなれば全くの別問題で、クラプトンが良かったのはどう聴いても1970年代いっぱいまで。僕は甘いから1983年の『マニー・アンド・ザ・シガレッツ』までは聴ける。それ以後はほぼ全てダメ。特にクラプトンの本領であるはずのブルーズをやる時はどうにも聴きようがない。

 

 

1990年代以後のクラプトンがやるブルーズは、ギターも手癖のオンパレードになってしまっていて、ハイ一丁上がりみたいな安っぽいプレイだし、ヴォーカルに関してもエモーショナルになろうとするとガナってしまって、あれじゃあアメリカ黒人ブルーズをたくさん聴いているファンにはウケないね。

 

 

だいたいアメリカ黒人歌手達はマディ・ウォーターズを聴けば分るように、そんなに力まず感情も込め過ぎずサラリと歌っていると思うんだよね。僕が大好きだと前から言っている八代亜紀も「歌手は感情を込めない方がいい」と言っている。若い頃の銀座クラブ歌手時代に感情を込めずに歌ってみたらホステス達が泣きだしたんだそうだ。

 

 

さてさて1960年代のヤードバーズ〜ブルーズブレイカーズ〜クリーム以来クラプトンにとってはブルーズこそが最大の自己表現だったはずで、それは70年代に入ってからも変っていないしそれ以後も同じだから、ブルーズ演唱がダメになったクラプトンなんて全く取柄がないだろう?と思うと、実はそうでもないよ。

 

 

ブルーズやブルーズ・ルーツのハードなロック路線のクラプトンをこそ愛している多くのクラプトン・ファンやロック・リスナーのみなさんには絶対に賛同していただけないと思うんだけど、実は彼はメロウでセンチメンタルなバラードの方が似合っているんじゃないかという気が、僕はここ15年ほどしている。

 

 

僕が最初にそれに気が付き始めたのは1991年リリースの二枚組ライヴ・アルバム『24・ナイツ』を聴き返していた時のこと。ご存知の通りこの二枚組は、この当時クラプトンが恒例にしていたロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでの一連のライヴ・コンサートから抜粋して収録しているもの。

 

 

『24・ナイツ』は四部構成。一枚目前半が四人編成でクリーム時代の曲を、一枚目後半が多くの黒人ブルーズマンを迎えてやるブルーズ・サイド、二枚目前半が当時のレギュラー・バンドを基にした九人編成で当時の新曲を中心に、そして二枚目後半はオーケストラが入って三曲という具合で、かなり多彩。

 

 

1991年のリリース時に聴いた時の『24・ナイツ』は、クリーム時代のいわば懐メロをやった一枚目前半の四曲(「ラニン・オン・フェイス」だけ違う)と、当時の最新バンドでやった二枚目前半の四曲がいいなあと思っていて、残りのブルーズ・サイドとオーケストラ・サイドはどこがいいのか分らなかった。

 

 

一枚目後半四曲のブルーズ・サイドに関しては今でもちっとも良さが分らない。特にブルーズブレイカーズ時代からの定番得意曲「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」がひどい。なんだこのこざっぱりした清潔感漂う演唱は?!ブルーズじゃないね、これ。

 

 

 

ブルーズってのはもっと猥雑でスケベでエロくて汚いもんだよ。「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」も曲調も歌詞もそういう曲だ。クラプトンだって1970年代いっぱいまではそういう泥臭いプレイだったのに、どうしてこんな清潔感満載な感じになっちゃっているんだろうなあ?

 

 

1990年代以後のクラプトンがやるブルーズはどれもこれもこんなような雰囲気で清潔極まりなく、『24・ナイツ』の次作に当るヒット作『アンプラグド』でたくさんやっている(当然アクースティックな)ブルーズだって、その次のスタジオ作によるブルーズ・アルバム『フロム・ザ・クレイドル』だって同じだ。

 

 

特に『アンプラグド』は大ヒットして、このMTVアンプラグドという企画番組の知名度を一躍上げたものだから、あそこらへんからクラプトンや彼がやるブルーズに入門したファンも多いはず。だからあんなに小綺麗でこざっぱりした清潔な感じでブルーズが継承されるのかと思うと、かなりの危惧を抱く。

 

 

とまあ1990年代以後のクラプトンのブルーズはダメなんであって、ブルーズという音楽はああいうもんだと思われちゃ凄く困るんだけど、メロウでセンティメンタルなバラードはそんなに悪くない。というかむしろかなり良くなっているよね90年代以後。それが『24・ナイツ』のオーケストラ・サイドによく表れている。

 

 

『24・ナイツ』二枚目後半のオーケストラ・サイドは「ベル・ボトム・ブルーズ」「ハード・タイムズ」「エッジ・オヴ・ダークネス」の三曲。「ベル・ボトム・ブルーズ」はご存知デレク・アンド・ザ・ドミノスの、そして「ハード・タイムズ」はレイ・チャールズの、最後の一曲はこれまたクラプトンのオリジナル。

 

 

「エッジ・オヴ・ダークネス」は、1985年の同名サウンドトラック盤のためにクラプトンと、主に映画やドラマの音楽を創っていたオーケストラ編曲家であるマイケル・ケイメンが書いた曲。そのマイケル・ケイメンが『24・ナイツ』オーケストラ・サイドの他の曲でも編曲・指揮をしている。

 

 

『24・ナイツ』でも「エッジ・オヴ・ダークネス」は劇的で壮大なオーケストレイションを伴奏にクラプトンが弾くギターがフィーチャーされるインストルメンタル曲で、まああんまり面白くもないように今でも聞えるんだけど、その前の「ベル・ボトム・ブルーズ」と「ハード・タイムズ」がいいんだよね。

 

 

特にレイ・チャールズ・ナンバーの「ハード・タイムズ」がいい。もちろんリズム&ブルーズ・ナンバーのはずだけど、レイがアトランティックに録音したオリジナルからそんなに真っ黒けでもなく、ポップでメロウな感じのバラードなんだよね。

 

 

 

上で貼ったのをお聴きになれば分る通り、クラプトンはほんの一瞬だけ声を張上げてガナリかける瞬間もありはするものの、オーケストラ伴奏に乗って全体的にはスムースな声でストレートに歌っているし、ギター・ソロはなんでもない普通の感じで聴応えはないけれど、まあでもさほど悪くもないじゃないか。

 

 

ご存知の通りこのレイ・チャールズ・ナンバーをクラプトンは1989年の『ジャーニーマン』で最初に採り上げている。それにはなんとあのハンク・クロウフォードが参加してアルト・サックス・ソロを吹いているんだなあ。ハンク・クロウフォードとはもちろんレイ・チャールズと一緒にやっていた人だ。

 

 

レイ・チャールズ・ヴァージョンの「ハード・タイムズ」でサックス・ソロを吹くのはご存知デイヴィッド・ニューマン。クラプトン・ヴァージョンで吹くハンク・クロウフォードもなかなかいい。そして『ジャーニーマン』にはクロウフォードを最大の影響源とするデイヴィッド・サンボーンも参加している。

 

 

そしてこの『ジャーニーマン』あたりから、クラプトンのヴォーカルには明らかにレイ・チャールズの痕跡が聞取れるようになっていて、それとともに歌うのが上手くなってきている。ギター・プレイに関してはクリシェ(手癖の常套句)が多くなってあんまり面白くないんだけど、ヴォーカルだけは上達しているんだよね。

 

 

でも『ジャーニーマン』を当時聴いていた頃には僕はそれに気が付いてなくて、「ハード・タイムズ」だってまあまあだなと思っていた程度だったのに、『24・ナイツ』収録の同曲オーケストラ・ヴァージョンを15年ほど前に聴き直していて、ハッ!と気が付いて、この人ヴォーカルは良くなってきているなと感じはじめたのだった。

 

 

それに気が付いてこれ以前のクラプトンのアルバムをいろいろと聴直すと、どうやらファンからは散々な評判らしいフィル・コリンズ・プロデュースによる二作、1985年の『ビハインド・ザ・サン』と86年の『オーガスト』のあたりからクラプトンの歌い方が少し変化しはじめているんだよね。この二つは失敗作となっているけどね。

 

 

ヤードバーズでデビューした頃のクラプトンはもちろん専業ギタリスト。歌いはじめたのは1966年ブルーズブレイカーズでやった「ランブリン・オン・マイ・マインド」からだけど、当時のクラプトンは歌の方には全く自信がなく、確かにありゃちょっとなあ。クリームでもほぼ似たようなもんだしねえ。

 

 

熱心なクラプトン・ファンは「いや、クリームの頃から既にクラプトンのヴォーカルはいいんだぞ」と言うんだけど、彼が手本にしたであろうアメリカ黒人ブルーズ〜R&B歌手の旨味を知っていると、やっぱりかなり物足りないよねえ。それが1970年代いっぱいまで続いている。一生懸命歌ってはいるけれど。

 

 

その一生懸命さとエモーションゆえに好感は持てる1970年代末までのクラプトンのヴォーカルが、それだけでなく本当に上手くなりはじめるのが、前述の通りフィル・コリンズと組んだ80年代中期の作品から。そして本格的には90年代に入ったあたりからレイ・チャールズの影響を基に上達している。

 

 

そんなことが『24・ナイツ』ヴァージョンの「ハード・タイムズ」を聴直していた15年ほど前に分って、それでこの二枚組ライヴ・アルバム全体も聴直すと、一番いいのが二枚目前半にある九人編成での「ワンダフル・トゥナイト」なんだよね。ご存知クラプトンの書いたオリジナル曲では最もメロウなバラード。

 

 

『24・ナイツ』ヴァージョンの「ワンダフル・トゥナイト」は九分以上もあって、1977年『スローハンド』収録のオリジナルをドラマティックに拡大したようなアレンジで、特にメイン・パートが終ってからのケイティ・カスーンのスキャットが感動的でいい。

 

 

 

こういうのを聴くにつけ、エリック・クラプトンという音楽家はどうやら彼がこだわり続けているブルーズやそれをベースにしたエッジの効いたロックよりも、メロウでセンティメンタルなバラードの方が曲創りも歌もギターも本領を発揮する人なんじゃないかという、上で書いたような結論に至ってしまうんだなあ。

 

 

振返ってみれば「ワンダフル・トゥナイト」の前から、デレク・アンド・ザ・ドミノスの『レイラ』にもスウィートなバラードがあるし、『461・オーシャン・ブルヴァード』にも「ギヴ・ミー・ストレングス」や「プリーズ・ウィズ・ミー」や「レット・イット・グロウ」があるもんね。

 

 

レイ・チャールズの影響を消化して上手くなってきている1990年代以後のクラプトンのヴォーカルと、そういうメロウでセンティメンタルなバラードや、そして今日は書く余裕がなくなったけれど、時々歌う(ジャズ歌手がよくやるような)古いポップ・ソングなどこそがクラプトン本来の資質なのかもしれないなあ。

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