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2016/06/30

グラウンド・ビートはレゲエ・ルーツ?

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僕も一時期ハマっていたソウル II ソウル。今ではもう忘れられた存在になっているかもしれないけれど、おそらく1990年代後半あたりまでは日本でもかなり人気があった英国のグループというかユニット。ご存知ない方にどういう音楽か説明するのはちょっと難しく、まあクラブ系のダンス・ミュージックかなあ。

 

 

日本でだけだということなんだけど、ソウル II ソウルの音楽は<グラウンド・ビート>と呼ばれていた。この名称の意味するところは当時も今も僕にはよく分らないんだけど、とにかく大ヒットした「キープ・オン・ムーヴィン」がこのビートの代表作。

 

 

 

言葉で説明するよりこの音源を聴いてもらえばソウル II ソウルの音楽の特徴がよく分ると思う。リズムはドラム・マシーンで創っていて、クローズド・ハイハット音の16分三連音符こそが肝だ。そしてその16ビートのノリに独特のタメがあって、R&Bともヒップホップともつかないものだ。

 

 

元々 “Soul II Soul” という名称はロンドンでジャジー・B がやっていたサウンド・システムの名称だ。サウンド・システムってことはつまりレゲエだよなあ。実際ジャジー・B はロンドンのジャマイカ系移民コミュニティの人間で、そこでこの名称のサウンド・システムを運営していた。

 

 

そのジャジー・B のサウンド・システムに、ブリストル出身でマッシヴ・アタックの前身バンドでもやっていたネリー・フーパーとヴォーカルのキャロン・ウィーラーが参加して、これら三人がソウル II ソウルのファウンダーとなった。だからレゲエの要素が聞取れても不思議じゃないのに、なぜだか僕は感じない。

 

 

ソウル II ソウルにおけるレゲエの要素はいろんな人が指摘していて、ジャマイカ音楽が専門の藤川毅さんが強い興味を示すユニットだし、元々ジャマイカ系移民コミュニティのサウンド・システムなんだから、レゲエがありはするんだろう。それを感じないのは僕がレゲエ不感症でこの種の音楽にかなり疎いせいだなあ。

 

 

レゲエよりも僕はR&B、ファンク、ハウス、ヒップホップなどの要素の方がソウル II ソウルには強く溶け込んでいるように聞えてしまう。上で音源を貼った「キープ・オン・ムーヴィン」こそ彼らの最大の代表曲だけど、これ、レゲエがあるだろうか?むしろハウス〜ヒップホップ系が強いんじゃない?

 

 

この約六分の「キープ・オン・ムーヴィン」はファースト・アルバム『クラブ・クラシックス Vol. 1』(1989)収録のヴァージョン。ここから彼らの第二弾の7インチ・シングル盤用に短縮・編集されて発売され、それが英米で大ヒットした。

 

 

 

この7インチ・シングル・ヴァージョンの「キープ・オン・ムーヴィン」は1993年リリースのベスト盤『ヴォリューム IV:ザ・クラシック・シングルズ 88-93』に収録されていて、このアルバムには同曲の別ミックスもある。このベスト盤CDはソウル II ソウルの全アルバム中最も売れたものらしい。

 

 

「キープ・オン・ムーヴィン」はアメリカでは六曲入りマキシ・シングルでもリリースされていて、それにはオリジナルのアルバム・ヴァージョンや7インチ・シングル・ヴァージョンの他にも様々なミックス違いや、あるいはテディ・ライリーが手がけたミックスも二種類入っているが、僕は聴いていない。

 

 

「キープ・オン・ムーヴィン」はソウル II ソウルのファースト・アルバム『クラブ・クラシックス Vol. 1』の一曲目だからとても印象に残る。そしてこのファースト・アルバムはアメリカでは『キープ・オン・ムーヴィン』のタイトルで出ていた。一番の代表曲だからそれを持ってきたんだろう。

 

 

一説に拠るとこの「キープ・オン・ムーヴィン」に代表されるいわゆるグラウンド・ビートは、当時英国で活動していた日本人ドラマー屋敷豪太が創り出したものらしい。そのあたりの詳しいことは僕は全く知らないし、屋敷豪太というドラマーのこともよく知らないが、ソウル II ソウルのメンバーだったようだ。

 

 

メンバーというのはちょっと違うのか、とにかくファースト・アルバム『クラブ・クラシックス Vol. 1』には屋敷豪太がプログラミングをやったと記載されているものが ”Gota” 名で二曲あり、一つが一曲目の「キープ・オン・ムーヴィン」。もう一つがラストの「ジャジーズ・グルーヴ」。

 

 

これら二曲のうちアルバム・ラストの「ジャジーズ・グルーヴ」はその前九曲目の「バック・トゥ・ライフ」から切れ目なく繋がっているから、ぼんやり聴いていると気が付きにくい。「バック・トゥ・ライフ」も「キープ・オン・ムーヴィン」同様シングル・カットされてヒットしたけれど、僕にはイマイチ。

 

 

なぜかというと「バック・トゥ・ライフ」は前半ずっとアカペラのコーラスが続いて、しかもそれはテンポ・ルパートで、なかなかあの印象的な三連16分音符のデジタル・ビートが出てこず、だからソウル II ソウルの楽曲としては僕にはちょっと退屈なんだなあ。終盤ようやくビートが効はじめるけどね。

 

 

ファースト・アルバム『クラブ・クラシックス Vol. 1』でその「バック・トゥ・ライフ」から切れ目なく繋がっているラストの「ジャジーズ・グルーヴ」は、確かに「キープ・オン・ムーヴィン」同様のビート・スタイルで、だからどっちも屋敷豪太がプログラミングしたというのは納得だ。

 

 

余談だけど音楽アルバムで曲が切れ目なく繋がっているとか、そうでなくても曲間のギャップが非常に短くなるというのは、間違いなくクラブ・ミュージック系の流行からだ。1980年代後半からじゃないかなあ、そういうアルバムが増え始めるのは。特にクラブ系でなくても出てくるようになる。

 

 

一例を挙げれば2003年リリースのビートルズの『レット・イット・ビー...ネイキッド』がやはり曲間の空白が極端に短かった。ビートルズなんて1960年代の音楽家なんだけどねえ。しかしあの『ネイキッド』はどうにも聴きようがないというか、あれと『ラヴ』の二つだけはどこが面白いのやらサッパリ分らなかった。

 

 

ある時期以後のCDではそんな曲間の空白が短いものが、別にクラブ・ミュージック系でなくても増えたというかそんなのばっかりになったので、古いLPレコードをそのままにCDリイシューしたもので曲間が少し空いているものを聴くと、最近は一瞬アレッ?止った?と思ってしまうほど。そっちが普通だったんだけどね。

 

 

話を戻してソウル II ソウルのファースト・アルバムの印象的な二曲「キープ・オン・ムーヴィン」でも「バック・トゥ・ライフ」でも歌っているのはキャロン・ウィーラー。いろんな人のバックでやってはいたものの、この二曲が事実上の彼女のソロ・デビューで、これで一躍トップ・スターになった。

 

 

というか当時僕は全く知らなかったが、キャロン・ウィーラーは前述の通りジャジー・B らとともに1988年にソウル II ソウルを創設したオリジナル・メンバーだということだ。当時このユニットは僕にはジャジー・B 主導のイメージしかなかったもんなあ。キャロンはアルバム一枚だけでソウル II ソウルを離れたし。

 

 

僕にはとにかくファースト・アルバム冒頭の「キープ・オン・ムーヴィン」こそが大きな驚きで素晴しいと思ってこればっかり繰返して聴いたから、他の曲はろくすっぽ聴いておらず全然憶えていないくらいなんだなあ。だからこのユニットは16分音符のハイハットとキャロン・ウィーラーの歌の印象しかなかった。

 

 

でも大好きになったので、続く二作目『ヴォリューム II:ア・ニュー・ディケイド』、三作目『ヴォリューム III:ジャスト・ライト』と続けて買い、どっちもそれぞれ一曲目の「ゲット・ア・ライフ」と「ジョイ」はなかなか良かった。だけどいわゆるグラウンド・ビートの特徴は薄くなっているんだなあ。

 

 

その次に前述のベスト盤『ヴォリューム IV:ザ・クラシック・シングルズ 88-93』が出て、これで初めて彼らの最初の頃のシングル曲を、大ヒットした「キープ・オン・ムーヴィン」含めて聴き、これは面白かったけど、その次の1995年『ヴォリューム V:ビリーヴ』は凄くつまらなかった。

 

 

だからもうそれでソウル II ソウルを買うのはやめて、といってもこの後一つしかアルバムはないけど、興味も急速にしぼんだ。今でもたまに聴くのは1989年のファースト・アルバム『クラブ・クラシックス Vol. 1』だけ。昔は一曲目の「キープ・オン・ムーヴィン」しか聴いていなかったけれどね。

 

 

だけど今聴き返すと『クラブ・クラシックス Vol. 1』には「キープ・オン・ムーヴィン」以外にもいろいろと面白い曲があるなあ。なかでも六曲目の「アフリカン・ダンス」がいい。ジャジーなフルートをフィーチャーしたインストルメンタル・ナンバー。

 

 

 

これだったらソウル II ソウルそのものには関心がなくても、1990年代以後増えたらしいクラブ・ミュージック風のジャズが好きなリスナーの方でも好きになってもらえそう。フルート以外にはかすかにアクースティック・ピアノの音が聞えるだけで、それ以外は全部打込みで創っている。

 

 

どの曲も曲を書きアレンジもしているのは全部ジャジー・B だけど、打込みのプログラミングは、前述の通り一部で屋敷豪太がやっている他は全てネリー・フーパーだ。僕はビョークの最初の二枚『デビュー』と『ポスト』で初めてその名前と仕事を知り聴いた人で、それで大好きになった人だ。

 

 

「アフリカン・ダンス」に続く「ダンス」は「アフリカン・ダンス」と全く同じリズム・パターンでフルートを使っていて、ジャジー・B のヴォーカルが入るという違いだけ。というかこれは同じトラックを使っているんじゃないの?つまりいわゆるヴァージョンって奴だ。ってことはやっぱりレゲエ系だよなあ。う〜ん。

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