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2016/06/22

サッチモのリズム&ブルーズ

Boplouisa

 

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以前ルイ・アームストロングにリズム&ブルーズ・アルバムがあるようなことを書いた。シリアスなジャズ芸術というものを信じている多くのサッチモ・ファン(例えば戦後のエンターテイナー的サッチモをクソミソに貶した生前の粟村政昭さんなど)には、到底受入れがたい事実だろうけどね。

 

 

それが1970年にフライング・ダッチマンに録音、同社から同年にリリースされた『ルイ・アームストング・アンド・ヒズ・フレンズ』。このタイトルはやや混乱を招きやすい。というのもしばらくして米RCAから同内容のアルバムが『ワット・ア・ワンダフル・ワールド』のタイトルで出たからだ。

 

 

このアルバムにはオリジナルは1967年録音の「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」の再演があり、晩年のサッチモ最大のヒット曲なので、それで米RCAはこれをアルバム・タイトルに持ってきたんだろう。僕が現在持っているフライング・ダッチマン盤をそのままリイシューした英バプリシティ盤CDは『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』のタイトルだ(上掲写真左)。

 

 

それと同内容の前述のRCA盤『ワット・ア・ワンダフル・ワールド』(曲順が違うだけ)のリイシューCDは上掲写真中。しかもこのタイトルは、「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」オリジナル1967年ABCヴァージョンを収録したデッカ盤にもあって(上掲写真右)、これは全然関係ない別内容のアルバムなんだよね。サッチモの「ワット・ア・ワンダフル・ワールド」といえば普通はそのデッカ盤だけど、かなり紛らわしいことになっているなあ。

 

 

ともかく1970年の『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』。一曲目がピート・シーガーでお馴染みの古い伝承ゴスペルの「ウィ・シャル・オーヴァーカム」。これこそがこのアルバムの聴き所だから、米RCA盤は曲順が違っていてこれが一曲目じゃないので、ちょっとイカンなあ。

 

 

このアルバムの録音は1970/5/26〜29。サッチモは翌年七月に亡くなっていて、これは彼の最後から二番目のアルバムだ。といっても次作で最後のアルバムであるカントリー・ソング集『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・ナッシュヴィル・キャッツ』はいまだにCDリイシューされていないはず。

 

 

実を言うと僕はそのカントリー・ソング集『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・ナッシュヴィル・キャッツ』は一度も聴いたことがないまま現在に至っている。ナッシュヴィルという言葉がタイトルに入っているし、だからカントリー・ソング集らしいし是非聴いてみたいんだが、どこかCD化してくれ!

 

 

だから僕(とおそらく多くのファン)にとっては『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』が実質的にはサッチモの生涯ラスト・アルバムということになる。実際バプリシティ盤の裏ジャケットにも “final album” という言葉があるし、生誕70周年目の録音と書いてある。

 

 

もっともその「生誕70周年目」というのは、今では間違いであることが分っているんだけどね。長年サッチモは1900年生まれとされてきた。20世紀アメリカ音楽界最大のイコンである人物が1900年生まれとはなんと分りやすく象徴的な人なんだと僕も思っていたわけだけど、近年の研究ではこれは間違い。

 

 

1980年代末頃だったかある研究家がサッチモの洗礼記録を調べて、それで彼の誕生日は本当は1901年8月4日であることが判明し、その後はあらゆる記述がそれに修正されている。そうではあるものの、1900年のしかも7月4日生まれ(笑)という長年信じられてきた伝説の方がなんだかいいなあ。

 

 

ちょっと前置が長くなった。そんなサッチモの(事実上の)ラスト・アルバム『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』一曲目の「ウィ・シャル・オーヴァーカム」。これを録音した1970年当時ならやはり公民権運動の名残みたいなものがあって、それでこれをチョイスしたんだろうなあ。

 

 

それに1970年頃はジャズやロックや黒人音楽、なかでもロック系音楽家が「愛と平和と反戦」みたいなメッセージを掲げてそんな歌をいろいろ歌っていた。後で触れるつもりだけどジョン・レノンの「ギヴ・ピース・ア・チャンス」だって『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』にはあるんだよ。

 

 

だから「ウィ・シャル・オーヴァーカム」は(米RCA盤と違って)やはりこのアルバム一曲目じゃなくちゃね。この曲だけでなく殆どの曲で大編成の管弦楽オーケストラが、ポピュラー・ミュージックのリズム・セクションとともに盛大に入っていて、豪華で賑やかな伴奏を聴かせてくれるものいい。

 

 

また「ウィ・シャル・オーヴァーカム」ではこれまた大編成のまるでゴスペル・クワイアみたいなヴォーカル・コーラスが入っている。その中にはボビー・ハケット、ルビー・ブラフ、トニー・ベネット、チコ・ハミルトン、エディ・コンドン、オーネット・コールマン、そしてなんとマイルス・デイヴィスがいる。

 

 

マイルス・デイヴィスの名前には驚くよねえ。以前マイルス関係の記事で1975年の一時隠遁までの彼は他人の音楽作品にゲスト参加したことは滅多になかったと書いた、その「滅多に」というのはこのサッチモの録音があることが念頭にあったからだ。そして僕の知る限りではおそらくこれが唯一。

 

 

しかもトランペットならまだしもバック・コーラスだもんなあ。ご存知の通りマイルスはあのしわがれ声だから、あれで歌うなんて、しかも1970年当時の尖っていたマイルスがいくら敬愛してやまないサッチモの録音にではあるとはいえ、ちょっと考えられないねえ。もちろんマイルスは生れついてのあんな声ではない。

 

 

マイルス・ファンならみんな知っていることだけど、何年頃だったか確か1950年代初頭に声帯ポリープの手術をして入院し、医者から一週間は絶対に声を出してはいけないぞと厳命されていたにもかかわらず、病室を訪れた見舞客にかなり腹の立つことを言われ、それで思わず怒鳴ってしまい喉を潰しちゃったんだよね。

 

 

たった一枚だけ、その声帯ポリープ手術前のキレイな声のマイルスを聴けるレコードがある。タッド・ダメロンのバンドに参加した1949年のライヴ盤『パリ・フェスティヴァエル・インターナショナル 1949』というコロンビア盤。これでしか喉を潰してしまう前のキレイなマイルスの声は聴けない。

 

 

またもや話が逸れちゃった。サッチモの「ウィ・シャル・オーヴァーカム」にはそんなマイルスを含む大編成ヴォーカル・コーラスとゴージェスな管弦楽とともに、リズム・セクションの演奏がかなりファンキーで、これはどう聴いてもリズム&ブルーズだろう。

 

 

 

どうだろうか?いいんじゃないだろうか?これが1923年に初録音した人の音楽なんだからねえ。なお終盤でトランペットの音が聞えるけれど、それはサッチモのものではない。このアルバムではサッチモはヴォーカルだけ。というのもこの最晩年、サッチモは健康上の理由から医者からトランペットの方は控えるように言われていた。

 

 

しかもこの「ウィ・シャル・オーヴァーカム」、特にエレベ(このアルバムでは全曲エレベしか使っていない)のラインがファンキーでカッコイイなあ。それもそのはず、これを弾いているのはチャック・レイニーなんだよね。チャック・レイニーはアルバムの全十曲中四曲で弾いていて、このアルバムの肝になっている。

 

 

「ウィ・シャル・オーヴァーカム」以上にそれがよく分るのが、先に触れたアルバム六曲目のジョン・レノン・ナンバー「ギヴ・ピース・ア・チャンス」。なんなんだ!このチャック・レイニーの弾くベース・ラインのスーパー・ファンキーなカッコよさは!

 

 

 

しかもこの「ギヴ・ピース・ア・チャンス」だけ他の曲よりもエレベの音が大きめにミックスされているもんなあ。これはチャック・レイニーの弾くエレベのラインがあまりにカッコイイので、プロデューサーのボブ・シールがミキシング・エンジニアのボブ・シンプスンにエレベの音を大きくするよう指示したんじゃないかなあ。

 

 

以前も書いたように僕は<名前で音楽を聴く>ということはしない。『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』の音を聴いてみたらエレベがあまりにカッコイイので、それで初めて誰が弾いているんだろうとブックレット記載のクレジットを見てチャック・レイニーだと分り驚いたというわけ。

 

 

リズム&ブルーズ〜ソウル系音楽の熱心なリスナーの方々には説明不要の有名人だけど、ジャズ・ファンには馴染が薄いかもしれないチャック・レイニー。モータウンでだって結構弾いているし、アリサ・フランクリンやキング・カーティスやマーヴィン・ゲイやジャクスン5などなどいろいろなセッションで起用されている。

 

 

そんなチャック・レイニーが最晩年のサッチモのレコーディングに参加していたなんて、僕はちっとも知らなかったもんね。実を言うとバプリシティ盤のリイシューCDで『ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・フレンズ』を買って聴直しビックリしてクレジットを見るまで気付いていなかった。

 

 

1970年のアルバム発売当時なら「ウィ・シャル・オーヴァカム」も「ギヴ・ピース・ア・チャンス」も間違いなく強烈なメッセージ・ソングと受取られたに違いないんだけど、2016年の今ではその歌詞のメッセージ性は薄くなって、ひたすらサウンドとリズムのファンキーなカッコよさが目立っている。

 

 

それ以外の曲も一曲を除き全て8ビートでリズム&ブルーズ風のアレンジ。有名なエリントン・ナンバーの「ムード・インディゴ」だって8ビートのミドル・テンポで、そんな「ムード・インディゴ」は他にはドクター・ジョンのだけだし、スタンダードの「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ」だって同様。

 

 

そういうアレンジをアルバム全曲で施したのがオリヴァー・ネルスン。従って大編成の管弦楽とマス・クワイアがリズム&ブルーズっぽく真っ黒けなサウンドに仕上っているのも納得。しかもそれに乗ってヴォーカルに専念するサッチモだって全く負けていないよねえ。

 

 

音楽はアーティスティックなものなんかじゃなくポップ・エンターテイメントに違いないと心の底から信じて、リスナーを楽しませることだけを念頭に置き、1923年の初録音から71年に死ぬまでそれに徹したサッチモことルイ・アームストロング。ジャズ界ではやはりこの人こそナンバー・ワンだった。

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