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2016/07/08

テーマ・メロディのないマイルス・ミュージック

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みなさんご存知の通り、マイルス・デイヴィスの1969年『イン・ア・サイレント・ウェイ』から85年の『ユア・アンダー・アレスト』くらいまで、彼のやる音楽には明確なテーマらしきメロディがない。68年の電化後も『マイルス・イン・ザ・スカイ』と『キリンジャロの娘』ではそれがはっきりとあった。

 

 

もちろんマイルスはジャズ畑の音楽家だけど、ごくごく初期のニューオーリンズ・ジャズを除けば普通最初にテーマ演奏があって、そのコード進行に基づいて(という場合が多い)アドリブ・ソロが続き、最後にまたテーマ演奏があって終る。ジャズに限らず他の多くの音楽でも主旋律がある。

 

 

「曲」とか "song" といった場合は通常そのテーマのことを指し、その旋律や歌詞には著作権が発生するが、コード進行やアレンジやアドリブ・ソロに著作権はない。それくらいテーマ・メロディは大切なものだ。ジャズの場合は、しかしながら特にビバップ以後はアドリブ・ソロの方が重視されるけどね。

 

 

つまりモダン・ジャズではテーマ・メロディはほぼ完全にコード進行を提示するだけの役目しかなく、旋律の美しさなどは放ったらかし。もっぱらコード進行を利用してアドリブ・ソロを展開するための素材でしかない。個人的にはこれにやや違和感があって、最初モダン・ジャズを中心に聴いていた時期でもそうだった。

 

 

セロニアス・モンクなどは例外的にそんなこともなかったのだが、彼は突出したコンポーザーでもあったから、「曲」の旋律や構造の持つ重要性を師匠のデューク・エリントン同様非常に意識していた。これはモダン・ジャズ界では例外的で、戦前の古典ジャズメンの姿勢に近い。こういう人は少ないんだなあ。

 

 

マイルスもモダン・ジャズメンの例外ではなく、やはりテーマ・メロディはアドリブのための素材として扱ってきたわけだけど、1969年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』以後はそれがなくなってしまう。コード進行のあるテーマ・メロディの代役が、簡単なリフやベース・ラインやスケールなどになった。

 

 

何度も書いているように、1968年頃から深い交際をはじめ後に結婚するベティ・メイブリーが同時代のロックやファンクをたくさん聴いていて、マイルスにもどんどん勧めたため、その頃からマイルスもスライ・ストーンやジェイムズ・ブラウンやジミ・ヘンドリクスなどたくさん聴くようになった。

 

 

かつて米ジャズ雑誌『ダウン・ビート』に、ミュージシャンにブラインドフォールド・テストをするインタヴュー・コーナーがあって(かつて『ミュージック・マガジン』でも松山晋也さんが同じことをやっていた)、1968年頃からのマイルスはジャズメンには殆ど興味を示さず、ファンクやソウルの人ばかり当てていた。

 

 

ブラインドフォールド・テストと言っても今の若い音楽ファンは分らないかもしれないから一応説明しておくと、ミュージシャン名やアルバム名や曲名などの情報を伏せたまま音だけを聴かせ、それらを当てさせたり、その音楽についての感想を言わせたりするもので、ジャズ喫茶でも昔はやっていた。

 

 

先に書いたように『ミュージック・マガジン』誌上で松山晋也さんがやっていたので(「目かくしプレイ」だっけな)、バック・ナンバーをご一読いただければおおよその様子が分ると思う。事前情報を与えない分率直な意見が聞ける。そして『ダウン・ビート』誌のブラインドフォールド・テストで、1968年頃からのマイルスがファンクに強い興味を持っていたことが分るのだ。

 

 

そういう経験が自身の作品に初めて具体的な形で活かされたのが1969年2月録音の『イン・ア・サイレント・ウェイ』だ。片面一曲ずつ(B面は正確には二曲が繋がっている)の両面とも、テーマ・メロディがなく、メンバーのアドリブ・ソロは、あらかじめ用意されていたベース・ライン上で展開する。

 

 

もっともB面の冒頭部と最終部になっているジョー・ザヴィヌル作曲の「イン・ア・サイレント・ウェイ」は明確なメロディがあるけれど、この曲では逆にアドリブ・ソロがなく、ジョン・マクラフリン〜ウェイン・ショーター〜マイルスの順にテーマを繰返すだけ。「ネフェルティティ」の手法だよね。

 

 

A面の「シー/ピースフル」はともかくB面の「イッツ・アバウト・ザット・タイム」は一応作曲者のクレジットがマイルスになってはいるものの、いわゆる曲らしきものは存在しないし、重要な役割を果しているベースとエレピが奏でるリフ・パターンは間違いなくザヴィヌルの書いたものだろう。

 

 

1968年末頃から70年2月頃までのマイルスのスタジオ・セッションにおけるザヴィヌルの役割は、どうもイマイチ評価されていないような気がする。熱心なマイルス・ファンやブラック・ミュージック・リスナーにザヴィヌルは評判の悪い人らしいから仕方がないのかもしれないが、もったいないね。

 

 

その1968年〜70年というのはマイルスの音楽が生涯で一番大きく変化した時期で、この頃のスタジオ録音諸作の多くにザヴィヌルが参加してエレピやオルガンを弾くばかりでなく、重要な曲をいくつも書いて提供した。以前詳しく書いたように1969〜71年の全てのライヴで必ず一曲目の「ディレクションズ」みたいな最重要曲もある。

 

 

 

 

 

「ディレクションズ」の1969〜71年のライヴにおける変化については以前詳しく書いたので繰返さない。元々テーマ・メロディのある曲だけど、70年半ばあたりから、徐々にそのテーマが出てくるのが遅くなり、マイルスのソロ中盤でようやく出てくるものの、これといった重要な役割は果さなくなっていく。

 

 

「ディレクションズ」でもテーマの代りにデイヴ・ホランドやその後のマイケル・ヘンダースンが弾くベース・ラインが重要な役割を持つようになり、演奏冒頭からジャック・ディジョネットのドラムスとともにベースが一定のオスティナートを弾いて、その上でマイルスその他がアドリブ・ソロを演奏するような形になっている。

 

 

ライヴでの「ディレクションズ」ばかりでなく「イッツ・アバウト・ザット・タイム」以後のスタジオ録音におけるどの曲でも、復帰後の1985年頃まではテーマ・メロディの重要性が低いどこか、そもそもテーマが存在しない。『ビッチズ・ブルー』でもそれらしきものが聴けるのはアルバム・ラストの「サンクチュアリ」だけ。

 

 

しかしその「サンクチュアリ」というショーターの曲は元は1968年5月に録音されて未発表になっていたもの(79年の『サークル・イン・ザ・ラウンド』に収録・発売)でやや古めの素材だから、テーマらしきものが聴けるだけなのだ。『ビッチズ・ブルー』でもこの曲以外は全部の曲にテーマなどない。

 

 

 

その後はスタジオでもライヴでもどれを聴いても、あらかじめ決っていたであろうものはコードかスケールかそれに基づくベース・ラインやリフだけで、だから僕みたいな素人には、当時のマイルスやサイドメンがどうやって音楽を創り出していたのか分りにくいのだ。そしてこれは完全にファンクの手法。

 

 

唯一1970年4月録音の「ライト・オフ」中盤でジョン・マクラフリンが繰返し弾くリフ・パターンに、「ジャック・ジョンスンのテーマ」という名前が与えられている。しかしこれもこの名前が使われるようになったのが75年の『アガルタ』から。しかもこれは70年4月の録音セッション中にマクラフリンが突発的に弾いたもの。

 

 

要するにあらかじめ用意されたテーマというものは全く存在しないのだ。一定のリフやベース・パターン反復の上に成立つファンクの手法導入と、テーマのコード進行に基づくアドリブ・ソロという従来のジャズ的手法からの脱却を図ったということなんだろう。だから僕は1969年以後のマイルスはジャズとは呼びにくい。

 

 

そういうマイルスの音楽にいわゆるテーマ・メロディが復活するのは1985年の『ユア・アンダー・アレスト』からだ。このアルバムでは「タイム・アフター・タイム」「ヒューマン・ネイチャー」などのポップ・ソングのメロディを吹くばかりでなく、一曲目がそういう曲名にはなっていないが「ジャック・ジョンスンのテーマ」に他ならない。

 

 

ただ、1981年のカム・バック・バンドのライヴでガーシュウィンの「マイ・マンズ・ゴーン・ナウ」をやっていて、それはテーマ・メロディを吹いている。『ウィ・ウォント・マイルス』その他で聴けるよね。当時は例外中の例外だと思っていたけれど、その後を考えたらあれは一種の予兆みたいなものだったのかもしれないなあ。元々リリカルで美しいメロディを吹くのが好きな人だったわけだしね。

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