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2016/07/24

(ジャズだけではない)ベース史上最大の革命児ジミー・ブラントン

Unknown

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ジャズ・ベース史上、いやジャズに限らずあらゆるポピュラー音楽におけるベースの全歴史のなかで最も革命的な存在は間違いなくジミー・ブラントンだ。1919年生れで1942年にわずか23歳で結核により死んでしまい、実働期間は40/41年のたったの二年間だけ。でもそれで充分分る。

ジミー・ブラントンのどこがそんなに「全ポピュラー音楽史上最高」と言えるほど凄いのかというと、ブラントンが出現するまでのベースの役割は黙々とリズムを刻むことだけだったのを、ブラントンはそこからベースを解き放ち、まるでホーン楽器のように自由闊達に弾きまくるようにしたという点。

ジャズの場合はそれまで多くは2ビートか4ビートなので、一小節に二拍か四拍のベースの音を置くようにボンボンと弾くというスタイルしか存在しなかった。2/4拍子か4/4拍子で一小節に二つか四つのベースの音をリズムに合わせてフラットに刻むというもの。ビートを表現するだけの役目。

僕の聴く限りではこれはほぼ100%例外がない二分音符か四分音符をボンボンと均等に置くといういわゆるウォーキング・ベースってやつ。ドラムスとともにビートをキープし、またベースはコードの根音を示すという役割もあったけれどね。そうじゃないベーシストが1940年以前に存在するのなら是非とも知りたい。

たまにベースのソロ・パートがあったりする場合もあるけれど、どれもだいたい全部ウォーキング・ベースで黙々と刻むのをそのままフィーチャーしているだけで、ホーン楽器やピアノみたいにメロディを弾いているものなんて僕の知る限りでは一つも存在しない。ベーシストとはそういう存在だった。

それをジミー・ブラントンは180度ひっくり返してしまった。ブラントンもバンドのアンサンブルのなかの一員として伴奏に徹している時はやはり一小節に四分音符を均等に置くという弾き方だけど、そうじゃないものがかなりある。八分音符や十六分音符も駆使してメロディアスなラインを弾く。

言葉で説明するだけではなかなか実感していただけないと思うので、一個実例の音源を貼っておこう。ブラントンはその音楽生涯のほぼ全てをデューク・エリントン楽団で過したベーシストなので、優れた録音は全てエリントンやエリントン楽団と一緒に演奏したもの。
この「ジャック・ザ・ベア」はエリントン楽団でボスがブラントンのベースをフィーチャーするようなアレンジを書いた最初の一曲で、1940年3月6日ヴィクター録音。どうだろう?完全にモダンなベースの弾き方じゃないか。曲の最初と最後にブラントンのベースを大きくフィーチャーしているよね。

これはエリントンがそういう譜面を書いているだけじゃないかと言われるかもしれない。しかしですね、もし仮にエリントンが同じアレンジで1940年以前の自分の楽団で演奏させたとしても、こんな風にベースを弾ける人は全く一人も存在しなかったので、こんなのは実現不可能だったのだ。

ジミー・ブラントン以前のエリントン楽団のウッド・ベーシストで僕が思い出すのはウェルマン・ブロウド。1920年代後半に同楽団で活躍した人で、やはり書いたように淡々と二分あるいは四分音符を均等に弾くだけの普通のスタイルだけど、彼の弾くウッド・ベースの音はなかなか凄いものがある。

それを実感したのが1998年にリリースされた『ザ・デューク・エリントン・センティニアル・エディション:ザ・コンプリート・RCA・ヴィクター・レコーディングズ(1927-1973)』というCD24枚組。オリン・キープニューズの監修による文字通りエリントンのRCA系録音完全集ボックス。

この24枚組の一枚目に収録されているご存知「ブラック・アンド・タン・ファンタシー」(「ファンタジー」ではない)と「クリオール・ラヴ・コール」におけるウェルマン・ブロウドのベースの音が信じられない野太い音でタマゲちゃった。アンプの音量を上げるとボン・ボンと鳴る度に床が振動してお腹に響くような物凄さなのだ。

それまでこの二曲を昔のLPレコードやCDで聴いていたのと同じ音源のはずなのに、こんな音は聞えていなかった。それをどうリマスタリングしたのか知らないが、全然ベースの音が違うからこりゃいったいどうなってんの?と今でも疑問符しか浮ばない。しかも二曲とも1927年の録音だもんなあ。

1927年と言えばルイ・アームストロングが自分のコンボでオーケー(コロンビア)に録音していたのと同時期なんだけど、サッチモによる同時期のオーケー録音にはこんな低音は入っていない。28年の録音ですらドラムスのズティ・シングルトンはバスドラの持込み禁止だったんだよ。針が飛ぶという理由で。

だからサッチモの1920年代オーケー録音ではベースやバスドラの低音は存在しない。それなのに27年のヴィクターへのエリントン楽団の録音でこんなド迫力のベースの低音が聴けるというのが今でも信じられないんだなあ。以前も一度書いたけれど戦前はコロンビアよりヴィクターの方が録音状態がいい。

まあでも(なぜこうなっているのかはサッパリ分らないような)ド迫力の重量感のあるサウンドではあるものの、1920年代のウェルマン・ブロウドのベース・スタイルはやはり均等なリズム・キープしかしていない。ジミー・ブラントン以前の時代は全員そうだったので彼だけの話じゃない、当り前のことだ。

例外なく全員そうだったのに、どうしてブラントンがあんな自由闊達にメロディを弾くようなベースのスタイルを編出したのか全然理解できない。同じ楽器では参考になるような先人が一人も存在しないわけだからね。だからこれはトランペットとかサックスとかピアノみたいに弾きたいと思って修練したんだろうなあ。

ジミー・ブラントンのプロ・キャリアは1937年にジェター・ピラーズのオーケストラに参加してはじまっているが、この楽団の録音は僕は聴いたことがない。ジェター・ピラーズのオーケストラでジミー・ブラントンが弾く録音があるのだろうか?僕は全く一つも知らないが、あるのなら是非聴いてみたい。

ジェター・ピラーズの楽団で弾いていた時かどうかは分らないが、1939年にたまたま楽旅先でジミー・ブラントンのベース演奏を聴いたエリントン以下同楽団の数名は、その(当時としては)有り得ない革命的なベース・プレイにビックリ仰天し、ボスのエリントンはその場で即座に契約を申し出たという話が残っている。

それで1939年にブラントンはエリントン楽団に加入し録音がはじまる。初録音は同39年11月2日のCBSラジオ放送ライヴでの四曲。同年に多数のラジオ放送音源があるが僕は持っていない。昔アナログ・レコードでは結構出ていたんだけど、CDになっているのかなあ?だから僕が持っている最も早いものは40年2月のブラズウィック録音四曲。

「ソリチュード」「ストーミー・ウェザー」「ムード・インディゴ」「ソフィスティケイティッド・レディ」の有名な四曲で、全てお馴染みアイヴィー・アンダースンが歌っている。この四曲でのブラントンは完全に堅実な脇役に徹していて、革命的なあのスタイルはまだ聴けない。でもそれら四曲での楽団の演奏自体は素晴しいものだ。

ところで1932〜40年のエリントン楽団のブランズウィックなどコロンビア系録音は、何度も書いている通り本家コロンビアがなぜか全集としてCDリイシューしていないのだが、一昨年だったかやはり復刻専門の通販レーベル Mosaic がCD11枚組にしてリリースしてくれた。僕はそれをつい最近買った。

その『ザ・コンプリート・1932−1940・ブランズウィック、コロンビア・アンド・マスター・レコーディングズ・オヴ・デューク・エリントン・アンド・ヒズ・フェイマス・オーケストラ』。二万円ほどの値段だったと思うけど、CD11枚組でしかも中身が珠玉の名演集なのを考えたら安いもんだ。

Mosaic はかなり信用できるちゃんとした復刻通販レーベル。でも本当は本家コロンビアにちゃんと全集にする仕事をやってほしかった。いつまで待ってもやる気配がないし、完璧なディスコグラフィーと英文解説付きで Mosaic がやっちゃった以上、もうコロンビアは未来永劫やる気もないんだろう(怒)。

だから個人的にはもういいんだ、Mosaic のがあるから。そのCD11枚組でコロンビア系エリントン楽団の全音源がちゃんとした形で聴ける。しかしながらことジミー・ブラントンに関しては参加しているのがラストの四曲だけで、それも黙々淡々と従来からのベースの役割を担当しているだけだから、彼のベース・スタイルは分らない。

やはり1940年3月6日にはじまるヴィクター録音だなあ、ブラントンのベースの凄さが分るのは。なんたって40〜42年(42年には既にブラントンはいないが)のヴィクター録音集をリイシューしたCD三枚組のタイトルが『ザ・ブラントン・ウェブスター・バンド』になっているほどだもんね。

「ウェブスター」とはもちろんテナー・サックス奏者ベン・ウェブスターのこと。それはそうとエリントンはレギュラー・メンバーとしては1939年のベン・ウェブスターまで、自楽団のリード楽器セクションにテナー・サックス奏者を雇わなかった。ゲスト参加で同じ人を35年頃に使ってはいるけれどね。これは謎だ。

ベン・ウェブスター以後はテナー奏者をどんどん雇うようになり、そのなかにはポール・ゴンザルヴェスみたいに一時代を画したような人もいるだけに、どうして1939年まで常雇いとしてはテナー・サックス奏者を置かなかったのか、僕にとっては今後の研究課題だ。今日の話には関係ないので措いておく。

CDアルバムのタイトルになるくらい(ウェブスターと)ブラントンは1940年頃のエリントン楽団のトレード・マークだったわけだ。とはいえブラントンの革命的ベースをフィーチャーしていると言える録音はさほど多くはない。前述の「ジャック・ザ・ベア」以外には全部で四曲しかないのだ。

「ココ」(1940/3録音)「イン・ア・メロウ・トーン」(40/6)「アクロス・ザ・トラック・ブルーズ」「クロエ」(40/10)の四曲。そのうち「アクロス・ザ・トラック・ブルーズ」はブラントン・フィーチャー・ナンバーとも言いにくい。冒頭で細かいフレーズを弾きこなすものの、あまり目立たない。

他の三曲「ココ」「イン・ア・メロウ・トーン」「クロエ」は、「ジャック・ザ・ベア」同様ブラントンのベース・ソロ部分があって、彼のホーン楽器のようにベースでメロディを弾くスタイルがよく分る。特に一番凄いのが「ココ」だろうなあ。信じられないねこれは。1940年だよ。
お聴きになれば分る通り「ココ」では終盤にバンドの演奏が最高潮に達しエクスタシーを奏でる直前に、ストップ・タイムでバンドの演奏が止った瞬間にブラントンがソロを入れている。これはもちろんエリントンのアレンジなんだけど、ボスにこういうアレンジを書こうっていう気にさせたのがブラントンのブラントンたるゆえんだ。

「ココ」はブラントンだけがというんじゃなく、エリントン楽団の全キャリアを通じての最高傑作であると同時に、1917年にはじまり2016年の現在に至るまでの全ジャズ録音史上の最高傑作に違いないと僕は信じている。その他「ジャック・ザ・ベア」「コンチェルト・フォー・クーティー」「コットン・テイル」などがね。「ココ」の場合は12小節ブルーズ形式の楽曲であるという意味も重い。

特に「ココ」ではお聴きになれば分るように、独特の<濁った>音のアンサンブルで、こういうグロウル・サウンド(別名ジャングル・サウンド)こそアメリカのブラック・ミュージックを象徴し体現しているものだと僕は強く信じている。エリントンの創造したこんな独特の濃密な音世界でブラントンが躍動したわけだ。

それら全て1940年という時代の録音であることを考えると、こんな譜面を書くエリントンも凄いが、弾きこなすブラントンの空前で超絶的なベース・スタイルの神がかり的技巧をどう表現したらいいのか、僕には相応しい言葉が見つからない。まさにブラントンこそがその後のベースの弾き方を決定づけた人物だった。

なおブラントンはやはり1940年にエリントンとのデュオ演奏でヴィクターに全四曲9テイクを録音している。『ソロズ、デュエッツ&トリオズ』というCDアルバムに収録されているので簡単に聴ける。ブラントンのベースがいかに凄いかという話をする時はたいていみなさんこれを推薦する。これも確かに素晴しい。アルコ(弓)弾きも披露している。

みなさん絶賛のスコット・ラファーロもジャコ・パストリアスも、あるいはジェイムズ・ジェマースンもチャック・レイニーもキャロル・ケイも、従ってポール・マッカートニーもその他も、全員ジミー・ブラントンがいなかったら存在し得なかったベーシストなのだということをよく考えてほしい。

なおジャズの場合はジミー・ブラントンがベースの役割を広げ解放してくれたおかげで、その後のモダン・ジャズ・ベーシストは自由になったその一方で、同時にドラムスの役割は逆にやや固定化されちゃったような部分があるかもしれないように思うんだけど、この話はまた別の機会にしよう。

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