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2016/07/16

クラーベが聴けるブラジル音楽

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キューバのソンで用いられるのが発祥であるクラーベのリズム・パターンの浸透力は強い。あまりに強すぎていろんな音楽で聴けるから、これはクラーベですねと僕が言っても、「こんなのどこにでもよくあるもんじゃん」と言われたことがある。確かキザイア・ジョーンズの作品での話で、20年ほど前のこと。

 

 

キザイア・ジョーンズとか今でも処分せずにCDを二枚持ってはいるものの、もう全く聴かなくなったので、キザイアのどのアルバムのどの曲でクラーベのパターンが聴けたのか憶えていないし、確認する気もない。だけどホント世界中に3−2、あるいは2−3クラーベは拡散しているわけだ。

 

 

だからスペイン語とポルトガル語の違いがあるとはいえ、同じ中南米ラテン・アメリカ文化圏であるブラジル音楽にこれが聴けても不思議ではないだろう。といってもクラーベが聴けるブラジル音楽を僕は多くは知らないが、そのうちの一つがトッキーニョ1986年日本公演一曲目の「オ・ベム・アマード」。

 

 

トッキーニョは1946年生れの言うまでもなくブラジル人ギタリスト/コンポーザー/歌手。33歳も年上だったヴィニシウス・ジ・モライスとのコラボで多くの曲を創り演唱したことで一般に多くのファンに知られているはず。そのトッキーニョが渡辺貞夫さんの招きで1986年に来日した。

 

 

貞夫さんは昔から(きっかけはおそらく米国バークリー留学時代)ブラジル音楽好きで、自分の作品でもよくブラジル音楽風な曲を創って演奏していたし、一貫してブラジル人音楽家には強い興味を持続けていたので、それで1986年にまだ日本ではさほど知られていなかったトッキーニョを呼んだんだろう。

 

 

その頃貞夫さんは東京は渋谷で、なんという名前だったっけなあキリンなんとかクラブとかなんとか、数日間にわたるライヴ・イヴェントを毎年夏に開催していて、その一連のイヴェントでは貞夫さん自身のバンドの演奏はもちろん、日本国内外のいろんなジャンルのミュージシャンを呼んで出演させていた。

 

 

その確か1980年代半ばだったと記憶している数年間が、今までの貞夫さんの音楽活動がいろんな意味で一番充実していた時期だったような気がする。そして以前書いたようにその頃はまだFM東京の番組『渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ』があったので、そういうライヴ・イヴェントを逐一放送していた。

 

 

僕も当時は既に東京に住んではいたものの、なぜだかその貞夫さん主催のイヴェントそのものには足は運ばず(ホントなぜだったんだろう?)、もっぱらFMラジオで放送されるライヴの模様を聴きエア・チェックしていた。そこからデジタル化して今でも一番愛聴しているのが1986年のトッキーニョ・バンド。

 

 

1986/7/4の渋谷でのトッキーニョのライヴ。カセットテープに録音したのに、なぜか曲目もバンド・メンバーも一切メモしておらず、とはいえラジオから流れるそれを聞いたところで、当時はポルトガル語が全くダメだったので書留めることなどできなかったはずだ。でもそれらが分らないなりに楽しんでいた。

 

 

デジタル化したそのカセット音源を iTunes に取込む際に、なんとか知りたいと思ってネットで調べまくったら、丁寧に『渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ』で放送されたほぼ全ての音源の録音年月日と曲名と演奏家の名前と放送年月日を全て併せて一覧にしてあるサイトが見つかったのだ。助かった。

 

 

よくよく調べ直してみるとそのサイトの記述もいろいろ間違っていたり、なぜだか全く記載されていない音源もあるんだけど、それでもそのサイトがなかったら全くなんの手がかりもなかったはずなので、大いに感謝している。しかしホント曲名とか人名とかは音楽の楽しみにはあまり関係ないってことではあるね。

 

 

ともかくそれで1986/7/4の渋谷でのトッキーニョのライヴの(一曲を除く)曲名やサイドメンの名前も全て判明した。この時のライヴのオープニングが「オ・ベム・アマード」〜「タタミロ」〜「パラ・ヴィヴェール・ウム・グランジ・アモール」〜「タルデ・エム・イタポア」のメドレー。

 

 

僕が自分でYouTubeにアップした音源を貼っておくのでお聴きいただきたい。 前置が長くなっちゃったけれど、一曲目「オ・ベム・アマード」の最初のあたりで、手拍子による3−2クラーベのパターンがはっきり聞えるのがお分りいただけるはず。

 

 

 

最初シンセサイザー・ソロ、それに続いてピアノ(といってもデジタル・ピアノの音だからこれも一種のシンセだ)・ソロになるあたりから手拍子による3−2クラーベが入りはじめ、その後女性二人の歌がはじまっても聞えている。バンド・メンバーの音は全部聞えるので、ヴォーカルの女性二人が叩いているんだろう。

 

 

その手拍子による3−2クラーベはすぐに終ってしまって、メドレー二曲目の「タタミロ」になるんだけど、これが僕がブラジル音楽にクラーベのパターンが入っているのを聴いた最初だったのだ。書いたように同じラテン・アメリカ、不思議でもなんでもないもののはずだけど、僕には新鮮だった。

 

 

しかしながらこのブラジル人音楽家トッキーニョ(自身はこの時まだステージ上に出てきていないんだが)の音楽でキューバ発祥のクラーベが聴けるという話は、もうこれ以上全然発展させようがない。僕にその能力はない。ただなんとなく面白いねと思いながらいつも聴いているというだけのことだ。

 

 

何度も書いているけれど、僕は一種のクラーベきちがいみたいなところがあって、世界中のどんな音楽を聴いても、ほんのかすかにそれっぽいものが聞えてくるだけで、たちどころに「これはクラーベだ!」と快哉を叫んでしまうという質だからなあ。狂っているというかオカシイんだ。それくらいこのリズム・パターンが大好き。

 

 

書いたようにクラーベが聞えるバンドの演奏がはじまってもしばらくは主役のトッキーニョは登場せず、オープニングのメドレー三曲目の「パラ・ヴィヴェール・ウム・グランヂ・アモール」になってようやくナイロン弦ギターの音が聞えはじめ、次いで彼の声も聞えるようになり、直後に四曲目に移行する。

 

 

音源を貼ったけど、どうだろう?この冒頭のメドレー四曲は素晴しい出来なんじゃないだろうか?四曲メドレーだということすら感じさせない極めてスムースな繋がり方で、僕はこれがメドレーだと何年も気付かずに愛聴していたという。演奏終了間際にトッキーニョは「イパネマの娘」のフレーズを一瞬弾いているよね。

 

 

「イパネマの娘」といえば、この時のライヴではアントニオ・カルロス・ジョビンのこの最有名曲をギター・インストルメンタルとして演奏している。それはトッキーニョが「僕の大好きな作曲家アントニオ・カルロス・ジョビン」と曲紹介するのに続いてすぐにはじまる「ヴィヴォ・ソニャンド」(こっちは歌入り)に続いて演奏される。

 

 

この時のライヴでそのジョビンの二曲が何曲目だったのかは分らない。というのはFMラジオで放送された先に音源を貼った冒頭の四曲メドレーは二つ目に流れたもので、一つ目にはこれだけいまだにタイトルが分らないトッキーニョの無伴奏ギター・ソロ演奏が放送されたので、僕の持っている音源でも同じになっている。

 

 

四曲メドレーがオープニングだったというのだって、音を聴いたらどう考えてもこれが最初だったとしか思えないという僕の勘なのであって確たる根拠はない。トッキーニョ自身がなかなか出てこずバンドの演奏とバック・コーラスの女性二人の歌がしばらく続くから、そうに違いないんだろうとは思うんだけど。

 

 

おそらくはそうやって主役がしばらく登場しないもんだから、それでFM東京の番組制作者も放送の際はトッキーニョのギター・ソロ演奏を最初に持ってきたんだろうなあ。だからその無伴奏ギター・ソロが現場で何曲目だったのかも分らない。もう一曲バンドの伴奏付きでのギター・インストルメンタル演奏がある。

 

 

この時放送されたトッキーニョのライヴで一番感動したのが、放送(と手持の音源)では四曲目の「ナ・ボカ・ダ・ノイチ」。なんとも切なく美しすぎる。貞夫さん(は現場で聴いたらしい)によれば、この曲では泣きながら聴く客が何人もいたらしい。

 

 

 

そりゃ僕だって最初にラジオから流れてくるのを聴きながら泣いちゃったもんなあ。この曲は構造もよく創られていて、トッキーニョが歌うのに続き、女性二人のバック・コーラスの歌になり、すぐにそれにトッキーニョの歌が絡み、再びトッキーニョ一人の歌になり、直後にバンドの伴奏が入りはじめる。

 

 

そう思って聴いていると、バックの女性の一人が単独で歌い出し、その後三人のハーモニーになった直後に、女性一人とトッキーニョが別々のメロディを同時に並行して歌う。一聴無関係そうな二つのメロディと歌詞が最後は一つになって溶け合うのだ。融合した瞬間に僕はもう一回泣いちゃったもんね。

 

 

この「ナ・ボカ・ダ・ノイチ」というタイトルになっているものはトッキーニョとヴィニシウスが書いた作品で、「マイズ・ウム・アデウス」の曲名で知られているもの。トッキーニョ自身のヴァージョンじゃないものだってボサ・ノーヴァのアンソロジーみたいなものに収録されているものがある。

 

 

なお音楽とはあまり関係ない話かもしれないが、この時のライヴでは曲紹介などをトッキーニョ自身が全部日本語でやっている。そのうち「コンバンハ ハジメテ ニホンゴヲ ハナシマス」と言った「ハジメテ」の「ハ」が完全に巻舌の R になっていて「ラジメテ」にしか聞えない。「ハジメテ」と言っているというのは文脈で分るだけ。

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コメント

西・中央アフリカのベル・パターンが奴隷貿易によってカリブ海にもたらされ、キューバで洗練されてソンのクラーベになったことは、ここ10年くらい民族音楽の研究者の間で定説になっています。アフリカ音楽の12拍パターンとクラーベの結び付きが、ぼくも長年の疑問だったので、この説はとても腑に落ちるものです。

ブラジルやジャマイカやニュー・オーリンズでクラーベに似たリズムがあるのは、キューバのクラーベが拡散したのではなく、アフリカの奴隷がアメリカ大陸に持ち込んだベル・パターンがそれぞれの地で花開いたと考えた方が自然だと思います。

bunboniさん、そうだったんですかぁ〜!じゃあアレですか、「こんなのどこにでもあるじゃん」ってのは、世界中にアフリカ系の人達がベル・パターンを持込んで発展したってことですか。う〜ん、これは相当に興味深いお話です。なにかその西・中央アフリカのベル・パターンが聴ける音源がCDなどでありますか?

しかしあれですね、例えばプエルトリカンのファン・ティゾルが書いたデューク・エリントン楽団の「キャラヴァン」でクラーベ・パターンが聴けるのは、やはり中米音楽由来ですよねえ?

またそのエリントン楽団の「キャラヴァン」でもその他でも、クラーベ・パターンを刻んでいるがクラベスだったりするのは、やっぱりキューバ由来ですですかね?僕の大好きなビリー・ジョエルの曲にも一つだけクラベスが3−2クラーベを刻むものがあったりします。

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