アラン・トゥーサンのニューオーリンズ・ジャズ
こないだリリースされたばかりの遺作『アメリカン・チューンズ』があまり面白くなかったアラン・トゥーサン。それでもラテン調の「ワルツ・フォー・デビイ」(!)などそれなりに聴き所はあるアルバムだったので、気が付いたところをまたなにか書こうと思う。ところで彼のアルバムで僕が一番好きなのは2008年録音の『ザ・ブライト・ミシシッピ』なのだ。
2009年リリースの『ザ・ブライト・ミシシッピ』が一番好きだなんていうアラン・トゥーサン・リスナーはほぼいないだろうなあ。僕もこれがアランのベストだなどとは思わない。普通は1970年代のリプリーズ録音、『ライフ、ラヴ・アンド・フェイス』とか『サザン・ナイツ』とかだよなあ。
『ザ・ブライト・ミシシッピ』が一番の個人的フェイヴァリットである理由ははっきりしていて、これはアランのアルバムのなかでは一番ストレートなジャズ・アルバムだからだ。もちろんアランは初期からジャズの影響がはっきり聞取れるけれど、アルバム丸ごとこれだけジャズそのものというのはそれまでなかったはず。
アルバム・タイトルがアルバム中でもやっているセロニアス・モンクの曲の名前だし、それ以外も有名なジャズ・ナンバーばかり。一曲だけスピリチュアルズ・ナンバーの「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」が入っているけれど、これだってジャズメンがよく採り上げるもんね。
参加メンバーもほぼ全員ジャズメンばかり。最近のジャズに興味のある方が一番注目しそうなのはおそらくピアニストのブラッド・メルドーだろう。しかしアランもピアニストだ。メルドーが(アランとのデュオで)弾いているのは五曲目のジェリー・ロール・モートン・ナンバー「ウィニン・ボーイ・ブルーズ」だけで、他は全部アラン一人。
一番目立つのがトランペットのニコラス・ペイトンで、アランはどうもこのニコラスにルイ・アームストロングみたいな役割を期待して使っているんだろう。アルバムの音を聴くとそんな雰囲気のニューオーリンズ・ジャズばっかりだし、サッチモがやった曲も複数あるし、トランペットの音がよく似ているし。
ホント古い曲ばっかりなのだ。シドニー・ベシェの「エジプシャン・ファンタジー」、ビックス・バイダーベックで有名なオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドの「シンギン・ザ・ブルーズ」、二曲のエリントン・ナンバー「デイ・ドリーム」「ソリチュード」、スタンダードの「ディア・オールド・サウスランド」「セント・ジェームズ病院」など。
ブラッド・メルドーがアランとデュオで弾くジェリー・ロール・モートンの「ウィニン・ボーイ・ブルーズ」もいつものメルドーっぽくないニューオーリンズ・スタイルな弾き方で、アランのピアノと似ているので、ぼんやり聴いているとどっちがどっちか分らないんじゃないかと思うほどだ。
サッチモで有名な「ディア・オールド・サウスランド」「ウエスト・エンド・ブルーズ」では、サッチモ・スタイルで吹くニコラス・ペイトンが大活躍。以前書いた通り(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-946f.html)「ディア・オールド・サウスランド」こそサッチモ生涯のベストと信じる僕には嬉しい選曲。
アランの「ディア・オールド・サウスランド」もサッチモの1930年オーケー録音と同様にピアノとトランペットのデュオ演奏だから、アランは間違いなくサッチモを意識しているね。これは本当にイイ。アランのピアノはサッチモ・ヴァージョンのバック・ワシントンよりいいけれど、ニコラス・ペイトンは到底サッチモには及ぶわけもない。
ちょっとそのアランとニコラス・ペイトンのデュオ・ヴァージョンを貼っておこう→ https://www.youtube.com/watch?v=ud-_o8l4zHc 一方強く意識したに違いない1930年サッチモ・ヴァージョンはこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=MPjQJ9lgG98 よく似ているじゃないか。
もう一曲僕にはサッチモ・ヴァージョンが馴染み深い「セント・ジェームズ病院」ではトランペットは入らず、アランのピアノとマーク・リボーのリゾネイター・ギターのデュオ。マーク・リボーはこのアルバム唯一の生粋のジャズ人脈とは言えないギタリストだけど、なかなかりいい「セント・ジェームズ病院」だ。
ビックス・バイダーベック・ヴァージョンがおそらくは一番有名であろう「シンギン・ザ・ブルーズ」で吹くニコラス・ペイトンは、ビックス・スタイルではなくサッチモ的にヴィブラートの効いたサウンドで吹いていて、ビックス・ヴァージョンやそれを模したボビー・ハケットなど白人ジャズ・トランペッターで馴染んでいる僕には新鮮な響き。
サッチモの1928年録音が至高のものである「ウェスト・エンド・ブルーズ」(これはサッチモのオリジナルではなく、師匠のキング・オリヴァーの曲)だとニコラス・ペイトンも健闘してはいて、ウィントン・マルサリスのなんかよりはいいだろうと思うけど、まあしかしサッチモのが凄すぎるからなあ。
その「ウェスト・エンド・ブルーズ」では後半マーク・リボーのリゾネイター・ギターも入るという面白さ。リゾネイター・ギターって米ルーツ音楽で使われることが多いけれど、それをニューオーリンズ・スタイルのジャズ演奏で使うというアイデアには感心しちゃうなあ。
マーク・リボーは六曲目のジャンゴ・ラインハルト・ナンバー「ブルー・ドラッグ」でももちろん弾いていて、ここでは普通のアクースティック・ギターの音がする。ジャンゴ・ヴァージョンはステファン・グラッペリなども入るフランス・ホット・クラブ五重奏団の演奏だけど、ここではピアノとのデュオ中心。
スピリチュアルズ・ナンバー「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」ではドン・バイロンのクラリネットがフィーチャーされている。好きなリード奏者なんだよね。そして僕にはそれが1940年代のニューオーリンズ・リヴァイヴァル以後たくさん録音したクラリネット奏者ジョージ・ルイスみたいに聞えるんだよね。
もちろんジョージ・ルイスも「ジャスト・ア・クローサー・ウォーク・ウィズ・ジー」を何度も取上げて録音もしているから、現在CDで聴けるものだけでも三種類ある。初期ニューオーリンズ・ジャズのレパートリーには宗教曲がかなり多いことは以前も書いた。
ジョージ・ルイスという古老クラリネット奏者を憶えている人がどれだけいるのだろう?僕はかなりのファンで大学生の時にたくさんレコードを聴いていて、今でもCDを数枚持っているんだけどね。まあしかし古いニューオーリンズ・スタイルの人だからなあ。やはりアランは意識しているよなあ、ニューオーリンズ・ジャズを。
セロニアス・モンクの「ブライト・ミシシッピ」だって集団合奏中心の誕生期ニューオーリンズ・ジャズ・スタイルでやっているもんなあ。モンクのは例えばこんな感じ→ https://www.youtube.com/watch?v=4M-qyDt6Ocs 一方アランのヴァージョンはこれ→ https://www.youtube.com/watch?v=VY_e6Sdh6Mc
エリントンとストレイホーンの合作(という登録だからおそらくストレイホーンが書いたんだろう)「デイ・ドリーム」。この曲だけテナー・サックスのジョシュア・レッドマンがフィーチャーされている。普段あまりいいと思わないテナー奏者だけど、ここではまるでベン・ウェブスターみたいだ。
ジョシュア・レッドマンをベン・ウェブスターみたいとは褒めすぎなんだけど、それくらいヴィブラートの効いたセクシーなテナー・サウンドだしなあ。エリントン楽団では1941年ヴィクターへの初演をはじめとして、いつもジョニー・ホッジズのエロいアルトをフィーチャーしていた。
ラストのこれは正真正銘エリントンの書いた曲「ソリチュード」はアランのピアノとマーク・リボーのアクースティック・ギターとのデュオ演奏で、これがもうこの上なく美しい。元から美しい曲だけど、これはもう涙が出そうになるほどだ。
アランの『ザ・ブライト・ミシシッピ』というアルバムは、こんな具合で古いジャズ・ナンバーを中心に、しかも初期ニューオーリンズ・スタイルでやっていて、きっかけになったのは2005年のハリケーン・カトリーナだろう(ドクター・ジョンもそんなアルバムを創った)けど、まるで僕個人のために創ってくれたのかと思うほど好きなんだよね。
(後記)この記事をアップロード後確認してみたら、アランの『ザ・ブライト・ミシシッピ』収録曲の YouTube 音源は全て削除されている。残念だが仕方がない。みなさんCDを買って聴いてみてほしい。
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こんばんははじめまして。僕もこのアルバムが好きでシカゴのオヘア空港内のダイナーでソリチュードががかかって何気に涙がこぼれた事を思い出します。
ついかきこんでしまいました。失礼します。
投稿: A-Show | 2021/10/09 00:49