こんな日本民謡聴いたことない
坂田明の2001年作『Fisherman's.com』って大傑作なんだけど、そういうことを書いてある文章は今でもかなり少ないというかどう探しても殆ど見つからない。リリース当時も話題にならなかった。しかしこれこそ坂田の最高傑作じゃないの?
『Fisherman's.com』は全四曲中三曲が日本民謡(「貝殻節」「音戸の舟唄」「斉太郎節」)で、残り一曲が演歌(「別れの一本杉」)。CDショップ店頭でこれを見た時、坂田がどんな音楽をやっているのかサッパリ想像できなかったなあ。
ただ参加しているミュージシャンが、ピート・コージー、ビル・ラズウェル、ハミッド・ドレイクの三人で、2001年当時ハミッド・ドレイクは知らないドラマーだったけれど、あとの二人はよく知っている名前だったので、まあ電気・電子楽器を使ってのファンク〜ヒップホップっぽいものかもなとは思ったんだよねえ。
でもそれら四曲の日本民謡や演歌をピート・コージーやビル・ラズウェルを起用してどう料理しているのかは、当時の僕には全然想像できなかった。でもこれは絶対面白いに違いないと買って帰って聴いてみたら、これがとんでもなく物凄くてぶっ飛んじゃったんだなあ。最高に素晴しかった。
演歌は昔から好きなものがたくさんある僕だけど、日本民謡に関しては今でもかなり疎い。とはいえ少しだけ聴くようになっているのは完全にこの『Fisherman's.com』のおかげなのだ。一回目に聴いてみて知っていたは三曲目の「斉太郎節」だけだった。
「斉太郎節」は「まつしまぁ〜の、さ〜よ〜、ずいがんじほ〜ど〜の〜」とはじまるお馴染みの宮城県民謡で、これだけは聴いて、アッ、これは知ってるぞと思ったのだった。他の「貝殻節」「音戸の舟唄」は知らなかったが、その後調べてみたら前者は鳥取県民謡、後者は広島県民謡なんだね。
ラストの演歌「別れの一本杉」は春日八郎で有名なので、子供の頃からテレビの歌謡番組でよく見聴きしていた。ちあきなおみも歌っていたし。でもまあこういう日本民謡や演歌をアメリカ人ジャズ系ミュージシャンを起用して現代風にやってみるというのは、どういう思いつきだったんだろう?
仕上ったアルバムを聴くと完全に21世紀の最先端サウンドになっていて、聴いた感じでは知らなかったドラマー、ハミッド・ドレイクが肝なんじゃないかと思える。サウンド創りのリーダーシップを執っていたのはビル・ラズウェルに違いないけれど、ハミッドの叩出すビートがカッコイイ。
ファンクだろうけれどヒップホップに通じるような感覚もあって、ヒップホップな日本民謡なんて僕はこのアルバム以外では聴いたことがない。三曲ともその後いろんなストレートな民謡ヴァージョンを聴いたんだけど、坂田明の解釈はちょっと考えられない出来上りだ。よくこういうのができたもんだなあ。
アルバム中一番面白いと僕が思っているのが二曲目の「音戸の舟唄」→ https://www.youtube.com/watch?v=p0qQr4dYqCM トラディショナルな感じだとこんな風→ https://www.youtube.com/watch?v=EP7C1fcPVKY ホント坂田のヴァージョンはとんでもなくぶっ飛んでいるよなあ。リズムの感じがカッコイイじゃん。
その他三曲。
今聴くとトラディショナルなヴァージョンも相当面白くて好きなんだけど、坂田のはなんなんだこれ?最初にシンセサイザーの音が聞えるけど、それはビル・ラズウェルが弾いている。坂田が歌い始めるとグイグイと引込まれ、ハミッド・ドレイクが細かいビートを叩出すともう完全に最先端の音だよね。
ビル・ラズウェルはもちろんベースも弾いているんだけどさほど目立っていない。むしろシンセサイザーでの貢献の方が大きいんじゃないかなあ。ピート・コージーのギターはマイルス・デイヴィスの『アガルタ』『パンゲア』以来大ファンなんだけど、やはりそんなに目立っている感じでもない。
主役はあくまで坂田の歌とサックス、そしてハミッド・ドレイクのドラムスだ。普通のジャズ系リスナーには坂田のサックスが聴き所なんだろうけど、僕にはヴォーカルの迫力の方が勝ってるんじゃないかと思える。聴いた感じではおそらく歌とサックスはオーヴァー・ダビングしているだろう。
いろんな民謡歌手によるトラディショナルな「貝殻節」「音戸の舟唄」「斉太郎節」を聴くと、そっちの方が歌自体ははるかに素晴しいと実感するんだけど、坂田の歌だって迫力あって悪くないよね。でもまあ歌のあとにサックスが鳴りはじめると、やはりこちらが本職の人だよなとは思うんだけどね。
坂田のサックスはもちろん僕も山下洋輔トリオ時代からファンだった。といっても坂田の山下洋輔トリオ時代は1972〜79年なので僕はリアルタイムでは殆ど知らない。後になっていろいろと聴くようになっただけで、しかもこのトリオでは僕は前任者の中村誠一のテナーの方が好きだったりする。
僕が何度も話に出す松山のジャズ喫茶ケリー。そこのマスターが僕よりちょうど一廻り年上なので山下洋輔トリオをリアルタイムで体験していた。店では戦前ジャズしか絶対にかけなかったので店で聴くことはなかったんだけど、話はよく聴いていたし自宅に遊びに行くと山下洋輔トリオのレコードをかけてくれた。
それで僕も山下洋輔トリオを聴き、その時代の坂田明のファンになったのだ。あるいは他のジャズ喫茶では彼らのレコードをかけるところもあった。正直に言うと僕が一番気に入っていたのは、山下洋輔でも中村誠一でも坂田明でもなく森山威男のドラムスだった。日本人ドラマーでは一番好きな人。
坂田もそういう森山威男みたいなドラマーの叩くビートに乗ってサックスを吹いていた人だから、『Fisherman's.com』でのハミッド・ドレイクの叩出す21世紀の最先端のビート/リズムに乗って歌ったりサックスを吹いたりできたんだろうなあ。
ビル・ラズウェルとピート・コージーはお馴染みの人達だから想定内のプレイなんだけど、初めて聴いたハミッド・ドレイクのドラミングに驚いて調べたり聴いたりしたら、ドン・チェリーとの共演を手始めに、ファラオ・サンダース、アーチー・シェップなどフリー系の活動が目立つ。
ハミッド・ドレイクは1955年生まれだから『Fisherman's.com』の時は一番脂が乗っていた時期だよねえ。彼は、あるいは他の二人も、それまで日本民謡を聴いたことがあったのだろうか。坂田はもちろん馴染んでいるものだっただろうけど。
『Fisherman's.com』はライナーノーツをなかにし礼が書いていて、あまり好きな人じゃないんだけど「アジアとヨーロッパの合体に成功した」とか「日本人のなかで分断されてきた伝統的な民謡や演歌等と現代の西洋音楽を合体」などの言葉がある。
そうなんだろうけど、やはりちょっとそれもなあ。ちょっと前から流行りらしい<グローカル・ビーツ>という言葉があるけれど、サカキマンゴーさんの『オイ!リンバ』やOKIさんの『UTARHYTHM』同様、日本人によるものでは坂田明の『Fisherman's.com』なんかまさにこの言葉にピッタリ。
グローカル・ビーツという言葉を使うライターさん達が坂田明の『Fisherman's.com』に言及しているのって、ただの一つも見たことないんだけど、こういうのをちゃんと聴いて評価してほしい。彼らだけでなく当時も今も殆ど褒められないアルバムなんだけど、傑作だよ。
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ちょっと聴いただけですけど、こーれはかっこいいですね!
まったく知りませんでした。
でも西洋音楽との合体というのはちょっと違うんじゃないですかね。なかにし礼にそれ以上の言葉を求めるのは無理でしょうけど。
米ジャズ経由で日本民謡をアフリカと結び付けたなんて想像も逞しくしたくなります。
面白いもの教えてもらいました。
投稿: Astral | 2016/07/12 21:15
Astralさん、僕もこれは2001年当時にはビックリ仰天だったんです。坂田がいったいどのあたりからこういうことをやろうと思い付いたのか全然分りません。そういえば最近ビョークもDJイヴェントで日本民謡を流したそうです。
投稿: としま | 2016/07/12 21:22