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2016/07/23

クラシック・ファンやジャズ・ファンはショーロを聴け

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何度も言うようだけどクラシック・ファンやジャズ・ファンが聴くべきブラジル音楽はショーロに他ならないと確信する僕。でも残念ながらそういう人は少ないみたいだなあ。クラシック・ファンの世界はあまり知らないが、僕のよく知るジャズ・ファンの世界では誰一人ショーロに言及していないはず。

 

 

たいていのジャズ・ファンが聴くブラジル音楽はボサ・ノーヴァか、あるいはその流れを汲むMPB(Música Popular Brasileira)だ。最近ならいわゆるミナス派もジャズ・ファンには大人気で、いろんな音楽ジャーナリズムでも記事が載るもんだからみなさんお聴きのようだねえ、面白くもないミナス音楽を。

 

 

ショーロは「ブラジルのジャズ」とまで呼ばれることがあるくらいだし、しかしショーロの方がジャズより早く成立した歴史の長い音楽なんだから、この表現はどうなのかと思う。それでもジャズもショーロも基本的にはインストルメンタル音楽で即興的な楽器演奏が中心。さらにジャズ風ショーロだってある。

 

 

一部のショーロはジャズと区別が難しいくらいなんだし、そもそもショーロ界最大の巨人であろうピシンギーニャは1920年代にパリに渡ってジャズに触れ衝撃を受けて、ブラジル帰国後はジャズ風なショーロ曲を創っているくらい。そのなかには「ラメント」とか「カリニョーゾ」とか名曲がいくつもある。

 

 

だからジャズ・ファンもそういうのをもっと聴いてほしいと、僕みたいなジャズとショーロ両方の熱心なファンは切望し、だから僕は普段頻繁にジャズについて書くとともに時々ショーロについても書いているという次第。さてショーロの世界ではピシンギーニャとジャコー・ド・バンドリンが二巨頭だと言っていいだろう。

 

 

ピシンギーニャとジャコーでは言うまでもなくピシンギーニャがはるかに先輩。ピシンギーニャはジャコーより長生きした(ピシンギーニャは1973年没、ジャコーは69年没)とはいえ、彼はやはり戦前の人だから録音の大半はSP時代だ。ジャコーは戦後の人で僕の感覚だと現代の音楽家。

 

 

とはいえジャコーだって録音は1949〜69年だから、多くの音楽ファンの方々にとっては「古い人」だということになってしまうかもしれない。21世紀の録音に慣れた耳には古くさく聞えてしまっても仕方がないのかも。これがピシンギーニャとなるとほぼ全てSP時代の戦前録音だもんなあ。

 

 

だからいくらピシンギーニャやジャコーのショーロ古典名曲の数々が素晴しいから聴いてほしいと言っても、なかなかとっつきにくい面もあるんだろう。しかしですね、ここに彼ら二人の名曲を、それぞれ一枚ずつ現代録音で再現したCDアルバムがあって、その二枚がなかなかいいのでオススメする次第。

 

 

ピシンギーニャの方は『センプレ・ピシンギーニャ・100・アノス』、ジャコーの方は『センプレ・ジャコー』。このタイトルでお分りの通りこの二枚は姉妹作品で、元々ブラジルで1988年に石油会社の顧客に配るためだけのレコードとして制作されたもの。それをクァルッピ社がCDリリースした。

 

 

クァルッピはこの手のショーロ・アルバムをたくさんリリースしている、ショーロ・ファンならお馴染みの会社だけど、僕はこれら上記二枚で初めて知ったのだった。しかも僕が持っているのはオルター・ポップからリリースされた日本盤。その邦盤タイトルは『永遠のピシンギーニャ』『永遠のジャコー』。

 

 

『永遠のピシンギーニャ』『永遠のジャコー』二枚のうちでは、後者の日本盤リリースの方が先だったようで、日本語ブックレット末尾の日付が1997年3月になっていて、前者は同年5月だ。しかしブラジルではおそらく同時にリリースされたんじゃないかなあ。録音もほぼ同時期だったに違いない。

 

 

二枚ともプロデュースと演奏の中心はやはりこれまたエンリッキ・カゼス。僕の文章でも何度か名前を挙げている現代ブラジル最高のカヴァキーニョ奏者にして、ショーロの歴史全般に造詣の深いショーロ研究家。『永遠のピシンギーニャ』オープニングの僕の最愛曲「1×0」からエンジン全開で大活躍。

 

 

「1×0」は、以前詳しく書いた通り(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-bca9.html)サッカー・ソングとも言うべきものなんだけど、『永遠のピシンギーニャ』ヴァージョンでは最初はゆったりと出て途中からスピード・アップするのが、ブラジル・サッカーのスタイルそのまんまだ。

 

 

ブラジル代表のサッカーの試合をご覧になると分るはずだし、あるいはブラジル代表だけでなく大抵どこの代表チームもクラブ・チームも、最初まずディフェンダーからの球廻しは探るようにゆっくりとやって中盤のミッドフィルダーにパスを供給。そして前戦でチャンス到来と見るや途端に急速調に変化する。

 

 

これは殆どのサッカーの試合での基本のリズムなので、サッカー・ソングである「1×0」の『永遠のピシンギーニャ』ヴァージョンがそういうテンポ・アレンジで演奏されているのは、僕みたいなファンには分りやすすぎるほど分りやすくサッカーのパス廻しが目に浮ぶような仕上り具合なのだ。

 

 

この「1×0」ではエンリッキのカヴァキーニョだけでなくパウロ・セルジオ・サントスのクラリネットもフィーチャーされていて、さらに打楽器などのリズム伴奏も入って、全員一丸となって変幻自在なブラジル・サッカーの動きを表現している。まああんまりサッカーの話を続けると嫌がられそうだからやめておく。

 

 

二曲目「ラメント」(ラメントス)は、これもクラリネットのパウロ・セルジオ・サントスをフィーチャーし、マルコ・ペレイラのギター伴奏だけでしっとりとしたバラード演奏を聴かせる。バラードなショーロ曲のなかでは僕の最愛曲で、あまりに有名だからパウロはメロディをかなりフェイクしているね。

 

 

三曲目のこれまたピシンギーニャが書いた最高の名曲「カリニョーゾ」はクラシカルな無伴奏ピアノ独奏。弾くのはジョアン・カルロス・アシス・ブラジル。これなんかポピュラー音楽であるショーロとクラシック音楽との境界線を引けないような演奏で、以前も触れた通りこの両者の距離の近さを実感する。

 

 

こういう「カリニョーゾ」の仕上り具合を聴いても、やはりクラシック音楽のファンのみなさんはショーロを聴くべきなんじゃないかと思うのだ。個人的にはこの曲や、あるいは他のピシンギーニャの曲もほぼ全て弦楽器と管楽器で演奏するイメージが強いんだけど、無伴奏ピアノ独奏もなかなかいい。

 

 

これら冒頭の三曲「1×0」「ラメント」「カリニョーゾ」が個人的愛好具合ならこの順番通りなんだけど、コンポジションの優秀度や世間的認知度からしたら、やっぱりこの逆だろうなあ。「カリニョーゾ」こそナンバー・ワンということになるんだろう。個人的趣味をおけば僕もそれに異論はない。

 

 

五曲目の「ローサ」(薔薇)も素晴しいワルツだし、ホント全13曲素晴しい曲ばかりで、個人的にはここに「グローリア」さえ入っていてくれていれば文句なしだった。でも数多いピシンギーニャの名曲のなかからたったの13曲を選ぶわけだから、これは仕方がないんだろう。これで充分。

 

 

今日のこの文章もまた長くなってきて『永遠のジャコー』のことについて詳しく書いている余裕が少なくなってしまった。ジャコー・ド・バンドリンはいわばショーロ中興の祖で、ピシンギーニャら先輩の創り上げた伝統を継承しつつ新しい流れを創ろうとした、ややストイックなショーロ音楽家だった。

 

 

そのストイックな姿勢が今の僕にはほんのちょっぴり息苦しい感じがしないでもないのだが、ジャコーが書いたショーロ名曲の数々を聴いていると、そういうことは全く感じずに楽しめるので、音だけで判断すれば彼もまた芸能者でありエンターテイナーであって、そういうのが大衆音楽の真の姿だと思うよ。

 

 

『永遠のジャコー』の方もやはりエンリッキ・カゼスが中心になって演奏を繰広げる。ちょっと面白いのが二曲目「ギンガ・ド・マネ」。なんとエレベの音から入り、エレキ・ギターの音も聞えるというモダンなアレンジで、モダン・ショーロを目指したジャコーの曲をさらにモダンにしたような感じ。

 

 

「ギンガ・ド・マネ」では途中でサッカーの(おそらくラジオ)中継の様子が挿入されている。この曲もピシンギーニャの「1×0」同様サッカーを題材にした曲だからね。「1×0」だってそうやってサッカー中継の声が挿入されているヴァージョンがあるもんね。ブラジルではそれほどサッカーは根付いている。

 

 

『永遠のジャコー』収録のラスト二曲「ヴィブラソーエス」「リオの夜」は、同じオルター・ポップが日本盤をリリースした『ショーロの夕べ』(ノイチス・カリオカス)からのもの。すなわち1988年リオ市民劇場でのライヴ録音で、演奏の中心は現代ブラジルにおけるバンドリンの名手ジョエル・ナシメント。

 

 

それら1988年のライヴ録音二曲ではやはりラストの「リオの夜」が素晴しい。メンバー全員が一体となって繰広げる演奏のグルーヴ感も最高だし、シキーニョのアコーディオンもいいし、全員が次々と取るソロも見事だし、ジョエル・ナシメントのバンドリン・ソロがなんといっても聴応えのある立派な内容。

 

 

『永遠のピシンギーニャ』『永遠のジャコー』、そしてライヴ盤『ショーロの夕べ』。これら現代録音のショーロ集を聴くと、ピシンギーニャやジャコーの書いたショーロの古典名曲というのはもはや誰がどうやっても聴ける内容になってしまうという、元のコンポジションの素晴しさを実感するね。

 

 

三枚とも今はどうやら廃盤のようだけど、中古ならなんとか入手できるんじゃないかなあ。だいたい誰が演奏しても聴ける仕上り具合になるという、ある意味クラシック音楽の名曲と同じようなものであるショーロの古典曲を現代の瑞々しい新録音で聴けるので、格好のオススメ盤!

 

 

なお、このシリーズではもう一枚『センプレ・ヴァルジール』(『永遠のヴァルジール・アゼヴェード』)も僕は持っていて、これもエンリッキ・カゼスが中心で愛聴している。ピシンギーニャ、ジャコー、ヴァルジールの三人以外のものがあるのだろうか?

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