ジェイン・バーキンの歌うアラブ風シャンソンはやっぱりシャンソン
ちょっと思うところあって久しぶりに引っ張り出して聴直してみたジェイン・バーキンのライヴ・アルバム『アラベスク』。今聴直すとはっきり言ってどうってことないようなものだと思うけれど、2002年にこれがリリースされた時に買って聴いた時はこりゃいいぞ!と思ってよく聴いていた。
僕はジェイン・バーキンのファンではない。なにをする人なのかよく分っていないというか、まあ女優にして歌手だとかその程度の認識を薄く持っているだけ。だけど『アラベスク』はCDショップ店頭で見たら、そのタイトルとジャケットにあるそのタイトル文字がアラビア文字風なレタリングで魅了されちゃった。
こういうアルバム・タイトルなんだからなにかアラブ音楽風のものをやっているんだろうと誰でも想像は付く。2002年なら僕は既に北アフリカや西アジアのアラブ圏音楽が大好きになっていたし、ちょっとでもそんな風になっている音楽があれば聴きたかった。ましてや関係なさそうな人がやるならなおさらだ。
実を言うと『アラベスク』に関してはDVD版の方を先に知り買って観聴きしている。2002年だとMacじゃないDVD再生機器を持っていて、大きめのモニター・ディスプレイでいろいろとよく観ていたのだった。それが良かったように思ったので、CDもあると知ってからそれも買った。
今はDVD再生可能機器はMacしか持っていないので『アラベスク』もほぼCDの方しか聴かない。しかしDVDの方はCDより曲目が多く、ライヴ・コンサートだからその演唱光景が映っているDVDの方が面白いのは確か。(アラブ・)ヴァイオリンはともかく、リュートとかダルブッカとか楽器の姿と演奏シーンが観られるしね。
しかもDVDの方にはCDには収録されていない曲で、なんだったか曲名も忘れちゃったけど、男性ヴォーカリストのムメンがグリグリと強いアラブ歌謡のコブシを廻すのが長く収録されている曲があって、それが一番面白いのに、CD版『アラベスク』にはなぜだかそれが入っていないのは残念だ。
DVDの方を聴直せば分るんだけど、それもちょっと面倒だからこないだはCDの方だけ聴直したというわけ。『アラベスク』のソースになっているのは2002年3月、パリのテアトル・ドゥ・ロデオンでのライヴ・コンサート。こういうタイトルだけどバーキンが歌っているのは全部シャンソンだ。
バーキン自身の過去のレパートリーなどもあるものの、大半は亡くなったかつてのパートナー、セルジュ・ゲインズブールの曲が中心。セルジュ・ゲインズブールも僕はたいしてファンではなく少ししか聴いていないんだけど、そのセルジュのレパートリーを中心としたシャンソンをアラブ風に仕立て上げている。
そういうシャンソン楽曲をアラブ音楽風にアレンジしたのは、ライヴでアラブ・ヴァイオリンを弾いているジャメル・ベニエルで、演奏も彼がリーダーシップをとっている。その他はピアノ/シンセサイザーのフレッド・マギ、リュートのアメル・リアヒ・エル・マンスリ、ダルブッカのアジズ・ブラルーグ。
音楽監督的役割であるアラブ・ヴァイオリンのジャメルはアルジェリアの人らしいが、他のミュージシャンのことは全く知らない。ゲスト・ヴォーカリストの男性ムメンについても、聴くといい声だなあと思うものの、どういう歌手なのか全く知らない。全員この『アラベスク』でしか僕は聴いたことがない人達。
セルジュ・ゲインズブールの原曲をあまりよく知らないので、『アラベスク』でそれがどんな具合に変貌しているのか、ちゃんとしたことは言えないが、なかなか面白く仕上っているんじゃないだろうか。ジャメルの施したアラブ音楽風なアレンジもなかなかいい。
シャンソンとかは以前も触れたように歌詞の意味内容を知らないとあまり楽しめないような種類の音楽の一つで、というより歌詞でこそモノを言うジャンルだから、大学生の頃はシャンソンのレコードもいろいろと買って楽しんで聴いていた僕も、最近は面白くないように感じはじめていて殆ど聴かない。
だけど『アラベスク』みたいに大胆にリアレンジされてサウンドやリズムが面白いことになっているなら大歓迎。といってもバーキンの歌い方にアラブ風なところは全くなく、もっぱらジャメルのアレンジでバンドの奏でるサウンドが北アフリカのアラブ音楽風味になっているだけなんだけどね。
だからHKが『プレザンテ・レ・デゼルトゥール』でシャンソンの名曲の数々を歌ったり、ドルサフ・ハムダーニが『バルバラ・フェイルーズ』でバルバラ・ナンバーを歌ったする時のような面白さは感じない『アラベスク』。ドルサフはチュニジア出身でアラブ歌謡こそが本領の歌手だし、HKだってマグレブ系。
その点ジェイン・バーキンはイギリス出身にしてフランスで活動する人で、歌手としてもアラブ音楽とはかすりもしない人。だから『アラベスク』を聴いても、彼女がセルジュの歌を歌う様子はごく普通のシャンソンなんだけど、それでもバンドのサウンドがほぼアラブ風だから今でもそこそこ楽しめる。
『アラベスク』CDのなかで僕が今でも一番いいなと思うのは、やはり男性ゲスト・ヴォーカリストのムメンがアラブ風のコブシをグリグリと廻してバーキンと絡むいくつかの曲。三曲目の「ラムール・ド・モワ」とか七曲目の「ヴァルス・ド・メロディ」。というかCDではこの二曲だけなんだなあ。
前述のように『アラベスク』DVDの方にはなんだったか一曲ムメンがなかり長く歌い廻すものがある(はず)ので、しかもそれが『アラベスク』全編を通して僕なんかには一番魅力的な出来だと聞えていたから、どうしてそれをCDの方にも収録していないのか、かなり歯がゆい思いなんだなあ。
まあでもCDでも七曲目の「ヴァルス・ド・メロディ」ではムメンの旨みのあるアラブ風コブシがまあまあ聴けるので、それでかろうじて僕の耳も潤っている。ムメンをもっと長く、あるいは他の曲でも使ってくれていたらもっと良かったのになあ。主役はあくまでバーキンなんだから仕方ないだろう。
ジャメルのアラブ・ヴァイオリンもかなりいい演奏。アレンジをしてライヴ・ステージでも演奏のリーダーシップをとっているというだけはある弾きっぷりだよなあ。リュートとダルブッカという楽器は、実を言うと僕はこの『アラベスク』DVDで初めて実際の演奏風景を見たのだった。音だけいろんなCDで聴いたり写真で姿は見ていたけれど。
ダルブッカと書いているけれど、CDでもDVDでもあるいはネット上の情報でも「ペルクシオン」(パーカッション)としか書いていない。でも音を聴いてもダルブッカしか聞えないし、DVDで観てもやはりアジズはダルブッカしか叩いていないので間違いない。大好きな打楽器なんだよね。
アメルのリュートは部分的にしか聞えない。どの曲でも全面的には弾いていない様子。バンド・メンバーのうち、全ての曲で演奏しているのはアラブ・ヴァイオリンのジャメルとダルブッカのアジズの二人だけ。またフレッドの弾くピアノ/シンセサイザーにはアラブ音楽風なニュアンスはほぼ完全にない。
ただ、シャンソン楽曲の伴奏であるという点でフランス的なニュアンスを一番感じさせるのが、そのフレッドによる鍵盤楽器演奏だ。そのほぼ完全にシャンソン伴奏的なキーボードが鳴っているなと思いながら聴いていた次の瞬間に、北アフリカの楽器であるダルブッカやアラブ・ヴァイオリンが入るという。
セルジュ・ゲインズブールの曲自体には特にこれといった強い感慨もなく、それは昔セルジュのレコードを聴いた時と2002年に最初にバーキンの『アラベスク』を聴いた時から全く変っていない。それでも少しジャック・ブレルやクルト・ワイルを思わせる部分もあるのかもしれない。
僕にとってバーキンの『アラベスク』の魅力がまだ残っているとすれば、それはやっぱりアラブ音楽仕立にアレンジして演奏している部分だろうなあ。似非アラブとまでは言わないまでも、かなり付け焼刃的なものだろうとは思うものの、しかし大胆にチャレンジしたバーキンの着想そのものは高く評価したい。
アルバムのなかでバーキンが長々と詩の朗読を(フランス語と英語の両方で)やっていたりするのは、やっぱりシャンソンのライヴ・コンサートだなあと思う。シャンソンだとレコードでも歌に混じって詩の朗読があったりするものが結構あって昔は楽しんでいたけど、今はもうそんなもんいら〜ん。
そういうわけで伴奏はアルバム・タイトル通りアラブ音楽風なものの、やっぱりイギリス出身のフランス歌手が歌うシャンソンはやっぱりシャンソンでしかないよなとしか、今聴直すとそうとしか思えないジェイン・バーキンの『アラベスク』。それでも全然知らない人向けのアラブ風音楽入門としては面白いのかもしれないね。
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