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2016/08/19

テオのテープ編集にギルの影あり

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テオ・マセロによるテープ編集が見事だと評価の高いマイルス・デイヴィス『イン・ア・サイレント・ウェイ』。最も編集されているアルバムだ。以前もこれについては詳しく書いたので(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-409e.html)繰返さないが、特にB面で二曲を繋ぐというあの着想は素晴しい。

 

 

『イン・ア・サイレント・ウェイ』B面の冒頭部と最終部で「イン・ア・サイレント・ウェイ」の同じ演奏をリピートし、その中に「イッツ・アバウト・ザット・タイム」をサンドイッチするという、あのテオのテープ編集は、しかしその時初めて思い付いたものではないように僕は思う。伏線があるのだ。

 

 

一番はっきりとそれが分るのは『イン・ア・サイレント・ウェイ』の前作1968年の『キリマンジャロの娘』A面二曲目の「トゥー・ドゥ・スイート(急いでね)」。これはテープ編集はされていない。演奏自体が『イン・ア・サイレント・ウェイ』B面と同じような構造になっているんだよね。

 

 

 

お聴きになればお分りの通り、冒頭部と最終部で同じ演奏をしているが、マイルス以下メンバーがソロを吹く中間部はそれとは全く無関係なものなのだ。以前も触れたが、この曲の冒頭で弾くハービー・ハンコックのエレピはファンキーなリズム&ブルーズ調だよね。

 

 

そのファンキーなハービーのエレピとロン・カーターのエレベを中心にした伴奏の上で、マイルスとウェイン・ショーターがハモりながらテーマ・メロディであるかのようなものを演奏している。その部分はジャズというよりもリズム&ブルーズに近いようなフィーリングだ。大好きなんだなあ僕はこの部分が。

 

 

しかし僕の大好きなそのファンキーな冒頭部は2分30秒で終り、直後にハービーがあらゆる意味でテーマ・メロディとは無関係なリズミカルなリフをエレピで弾きはじめ、トニー・ウィリアムズがそれに導かれてせわしないリズム・パターンを叩きはじめる。そこからすぐにマイルスのソロがはじまっている。

 

 

マイルス、ショーター、ハービーの順でアドリブ・ソロが続くんだけど、その部分のリズムは背後のトニーがシンバルやハイハットを忙しそうに叩いていることもあって、急速調というのでもないがちょっとせわしないというかリズミカルだよね。そして冒頭部のテーマ(?)とは調性的にも全くなんの関係もないのだ。

 

 

三人のソロが終る10:51あたりから、ハービーが再び冒頭部と同じ調性のファンキーな演奏をはじめ、リズムの感じも同じくゆったりとしたリズム&ブルーズ・フィーリング。そしてマイルスとショーターがやはり冒頭部と同じテーマ・メロディ(?)を吹く。ただ中間部みたいな感じもちょっぴりある。

 

 

その2:30あたりと10:51あたりのハービーの弾き方を聴くと、冒頭部ならびにそれと同様な最終部と、それとは無関係な中間部をテープ編集で繋いでいるのではなく、一続きの連続演奏だったことが分る。それら二箇所の調性とリズムが変る部分は、ハービーのエレピによってスムースに移行している。

 

 

しかしスムースとはいえ本当になんの関係もないからなあ。フリー・ジャズなどを除くジャズ系音楽ではテーマ・メロディがある際、普通はそのテーマのコードやスケールに基づいてアドリブ・ソロが展開される場合が多く、マイルスだってずっとそうだった。少なくとも『キリマンジャロの娘』まではね。

 

 

ところがこの「トゥー・ドゥ・スイート」はそういう構造にはなっていない。アドリブ・ソロを展開する中間部は、最初と最後にリピートされるテーマ・メロディ(?)とは無関係だ。これを別の曲として別個に演奏してあったのを編集で繋いだのではなく、元演奏からそういう具合にやっているわけだからなあ。

 

 

だからこの「トゥー・ドゥ・スイート」は翌年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』B面の雛形みたいなものなのだ。こういう構造の一続きの演奏を思い付いたマイルスはどこらへんからそのアイデアを持ってきたのかちょっと分らないんだけど、ひょっとしたらギル・エヴァンスが噛んでいたかもしれない。

 

 

というのは1960年の例のマイルス+ギルのコンビ作『スケッチズ・オヴ・スペイン』。あれのB面二曲目に「サエタ」という曲がある。ギル・エヴァンスのオリジナル・ナンバー。この曲の構造がやはり同様に冒頭部・最終部と、ソロを吹く中間部が独立しているのだ。

 

 

 

お聴きになればお分りの通り、「サエタ」では最初オーボエの音ではじまったかと思うとマーチング・バンド風なスネア・ドラミングが入って、続いてやはりマーチ風なホーン・アンサンブルが鳴る。しかしそれはすぐに終ってマイルスのソロになるんだけど、その部分はマーチ風の冒頭部とは無関係だ。

 

 

無関係だというのは主に調性的な意味で、スネアによるほんのちょっぴり冒頭部と似たようなドラミングがマイルスのソロの背後でも聞えはする。しかしそれはかなり音も小さく地味で、さらにそのマイルスのソロ部分ではアレンジされたホーン・アンサンブルみたいなものは、ほんのりとかすかなものでしかない。

 

 

冒頭部のマーチ風なホーン・アンサンブルをもし仮にこの曲のテーマ・メロディだと呼ぶならば、その後に出るマイルスのソロはそれに基づいていないのだ。調性的にもその他どんな意味でも。そしてマイルスのソロがひとしきり終ると、再び冒頭部と全く同じマーチ風のアンサンブルが出てくるんだよね。

 

 

すなわり1960年の「サエタ」は、アドリブ・ソロを展開する中間部を、それとは無関係な冒頭部と最終部がサンドイッチ状に挟み込んでいるわけだ。マイルスの録音史上そういうことをやったのは、僕の知る限りではこの60年「サエタ」が初。これは間違いなくギル・エヴァンスのアレンジによるものだ。

 

 

そしてこの1960年の「サエタ」以後には68年の「トゥー・ドゥ・スイート」、69年の『イン・ア・サイレント・ウェイ』B面という二つの同様のパターンが聴けるわけだ。もちろん最初の二つが元演奏からそうなっているのに対し、最後のはテープ編集でテオがそういう形にしたわけなんだけどさ。

 

 

1968年の『キリマンジャロの娘』録音時のセッションにはギル・エヴァンスが関わっていたことが知られている。ギルが直接的にアレンジしたみたいなものはA面ラストの「プチ・マシャン」だけで、これはそもそも作曲だってマイルスとクレジットされてはいるものの、本当はギルの自作曲「イレヴン」だもんね。

 

 

しかしギルが関わったのは本当に一曲だけだったのだろうか?『キリマンジャロの娘』収録曲を録音した1968年頃にはギルとマイルスは再びかなり接近していたことが今では知られている。緊密に連携を取り、マイルスの録音セッションにしばしばしばギルは顔を出し助言などもしていたようだ。

 

 

1968年におけるこの両者のコラボの直接的な痕跡はリアルタイムでは「プチ・マシャン」の作編曲だけ。しかし未発表だった録音が少しあって、そのなかから一曲「フォーリング・ウォーター」一曲の四つのテイクだけが今では日の目を見ている。1996年リリースのマイルス+ギル完全箱にあるものだ。

 

 

そのマイルスとギルの『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』六枚組の四枚目に入っている「フォーリング・ウォーター」は1968/2/16録音で、ギル・アレンジのビッグ・バンドに当時のマイルス・レギュラー・クインテット、そしてギターでジョー・ベックが参加している。

 

 

「フォーリング・ウォーター」の四つあるテイクのどれを聴いても全部完成品とは言い難い出来。およそ実験の域を出ないものだね。前々から僕も何度か書いているように1967年11月頃からのスタジオ・セッションでのマイルスはエレキ・ギターやエレピなどを使って種々の試行錯誤を繰返していた。

 

 

そのような一連の模索が実験品ではなく完成品となって実を結んだ初のものが1969年2月録音の『イン・ア・サイレント・ウェイ』だということになっている。そしてそのB面におけるテオの見事なテープ編集。しかしその伏線みたいなものは既にあったわけなんだよね。それにはギルが関係していたんじゃないかなあ。

 

 

1960年『スケッチズ・オヴ・スペイン』の「サエタ」が書いたような構造の曲で、それがギルの着想だったのは間違いないんだから、やはりギルがマイルスに再接近していた68年録音の『キリマンジャロの娘』における「トゥー・ドゥ・スイート」が同様の構造になっているのにだってギルが関係していた可能性はあるだろう。

 

 

そしてそういうギルのアイデアによるそういった、いわば劇場の幕が開くオープニングと閉じるクロージングに挟まれて、直接それとは関係ない本番演奏が展開するような、そんな構造の<曲>に創り上げるというものをテープ編集でやってしまうというテオの発想は、やはりギル由来じゃないのかなあ。

 

 

ちなみに『スケッチズ・オヴ・スペイン』はテオ単独のプロデュースではなく、アーヴィング・タウンゼンドとの共同制作となっている。テオはもちろん、マイルスも本人の正反対の強気発言とは裏腹に、少なくとも音楽的には過去をよく振返っていたってことだよね。そしてそこからいろんな着想を得ていたに違いない。

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