ヒンヤリ爽快なピシンギーニャやらビートルズやら〜カロル・サボイア
今年2016年6月(だったっけ?)に日本盤もリリースされたブラジル人女性歌手カロル・サボイアの新作『カロリーナ』がかなりいい。僕はこれが初カロル・サボイアで、それまで名前すら全然知らなかったのだが、その後調べてみたら、新作を含め既に12枚もアルバムを出している中堅どころだなあ。
そのジャケット一覧がこれ→ http://www.carolsaboya.com/gallery.php これはカロル・サボイアの公式Webサイトだ。英語で簡単な略歴紹介が掲載されている→ http://www.carolsaboya.com/text_block.php?psi=48 (どちらもアクセスしただけで自動的に音楽が鳴ります)。これには書いていないがカロルは1975年生まれ。
これらは新作『カロリーナ』がかなり良かったように思うので調べてみただけ。名前も知らなかったカロル・サボイアの『カロリーナ』をどうして買ったのかというと、フォローしているオフィス・サンビーニャの公式Twitterアカウントがこのアルバムのリリースをアナウンスしていたからだ。
それでちょっと覗いてみたら、なんとピシンギーニャの「1×0」をやっているとなっているじゃないか。何度も繰返している通り僕の最愛ショーロ・ナンバーだ。それだけで購入を決めた僕。値段の安い輸入盤の方をね(サンビーニャさん、ゴメンナサイ)。同様の理由で昨年はブラジル人ギタリスト、アミルトン・ジ・オランダのピシンギーニャ曲集も買った。
昨年のアミルトン・ジ・オランダのピシンギーニャ曲集の方はどうってことなかったというかつまらなかった。一曲ごとに演奏メンツが異なるそのアルバムで「1×0」をやっているのはウィントン・マルサリス。もちろんあのアメリカ人ジャズ・トランペッター。彼とアミルトンのギターとのデュオ演奏。
まあその〜、ウィントン・マルサリスは面白くもなんともないトランペッターなので、いくら「1×0」が名曲で個人的最愛ショーロ曲であっても、ウィントンやなんかに吹かせたんではダメに違いないとは思いつつ、しかしそこがこの曲に惚れた弱みなんだなあ、ものは試しと聴いてはみたが、やはり失格だよ。
全部違うミュージシャンがやっているその他の曲もイマイチ面白くなかったアミルトンのピシンギーニャ曲集だけど、それでも一番ひどいウィントン吹奏の「1×0」と比較すれば、そこそこ聴ける出来のものもあったようには思う。チューチョ・ヴァルデースのピアノとのデュオ「ラメント」は悪くなかった。
その他だいたい言うほど悪くもなく、聴けば聴いたでそこそこ楽しめないこともないように思うアミルトンのピシンギーニャ曲集。そういう感じに仕上っているのはアミルトンや参加ミュージシャンの力量ではなくて、ピシンギーニャによるオリジナル・コンポジションがそれだけ傑出しているってことだね。
アミルトンはともかくカロル・サボイアの『カロリーナ』。これをやっているからこそ買ったという理由である「1×0」は、彼女はヴォーカリストなので当然ながら歌入りヴァージョン。ピアノの短いイントロに続きカロルがお馴染みのメロディを極めて軽やかに歌う。なんとも爽やかな「1×0」だなあ。
「1×0」は元が歌なしの器楽曲で旋律も細かくメカニカルなので、ヴォーカリストが歌いこなすのはやや難しいんじゃないかと僕みたいな素人は思うんだけど、カロルはアップ・テンポで難なく歌っている。伴奏は途中まではピアノ、ウッド・ベース、ドラムス、打楽器だけの簡単なアクースティック編成。
カロルがワン・コーラス歌い終るとフルートによる伴奏が入り、それが終るとテンポ・チェンジがあって、ゆるやかになったり速くなったりする。カロルがスキャットを中心に即興的に自由にメロディを歌う部分でフルートのオブリガートも入る。面白いのはその後3:18から。突然4ビートに変るのだ。
4/4拍子部分は3:26までとほんの10秒も続かないのだが、ちょっぴりジャジーな感じにも聞えて面白い。その部分ではフルートがフィーチャーされているが、最後にカロルのスキャットとのユニゾン・デュオがある。う〜ん、こんな「1×0」は聴いたことがないぞ。いいじゃんこれ。
しかもカロルの「1×0」は全体的に極めて爽快だ。真夏の午後に聴くにはこれ以上なくピッタリくる涼やかさがあって、聴いていると気分がヒンヤリしてくる。ピシンギーニャとベネジート・ラセルダによるオリジナル演奏からして既にゴキゲンな軽快さがあるけれど、ここまで爽やかなヴァージョンは初めて。
軽やか、爽やかってのは、「1×0」だけでなくアルバム『カロリーナ』全体を通して感じる質感。採り上げている曲にカロルのオリジナル曲はなく、全てカヴァー。しかも多くが有名スタンダード・ナンバーだ。世界的に一番有名なのは間違いなく四曲目のビートルズ・ナンバー「ハロー・グッバイ」だろう。
「ハロー・グッバイ」もピアノの非常に短いイントロに続きカロルが歌はじめる。全て英語で歌っている。訛りとか癖とかのないキレイな英語だなあと思って聴いていると、カロルは北米合衆国にいた時期が長いんだね。音楽教育を受けるためにアメリカに渡り何年もいて、そこでデビューしたようだ。
「ハロー・グッバイ」も、ポール・マッカートニー〜ジョン・レノン名義のこの曲がこんなにも爽やかに仕上っているヴァージョンは生まれて初めて聴いたぞと思うような仕上りで、ここまで爽快になっているというのは、これはカロルの音楽的資質なんだろうなあ。ヴォーカルにもったいぶったようなところが全くない。
カロルの「ハロー・グッバイ」は、ピアノ・トリオの伴奏で彼女が歌ったあとエレキ・ギターのソロ、その中盤でカロルがスキャット中心で絡み、再びギター・ソロ、続いてフルートのソロが出る。フルート奏者は曲によってはソプラノ・サックスも持替で吹く。そのリード楽器演奏にはジャジーな味がある。
英語の歌はもう一つやっていて、六曲目のスティング・ナンバー「フラジャイル」。僕はスティングのファンではない。というかはっきり言うと彼の声と歌い方はあまり好きじゃないから、ポリスを含めそんなにたくさんは聴いていない。「フラジャイル」はスティングの1987年作『ナッシング・ライク・ザ・サン』収録曲。
まあしかしスティングのファンでもなく、アルバム『ナッシング・ライク・ザ・サン』もそのなかにある曲「フラジャイル」も特に好きではない僕にとっては、カロル・サボイア・ヴァージョンもイマイチな感じに聞えてしまう。カロルの歌や伴奏はやはりヒンヤリしていていいけれど、曲がちょっとなあ。
それよりは『カロリーナ』には三つもあるアントニオ・カルロス・ジョビンの曲がいい。一曲目「パッサリーム」、七曲目「ア・フェリシダージ」、八曲目「オーラ、マリア」。一番有名なのは「ア・フェリシダージ」だよね。カロルがアカペラで歌いはじめすぐにピアノ伴奏が入る。しばらくは二人のデュオ。
「ア・フェリシダージ」はボサ・ノーヴァ・スタンダードの一つで、ジョアン・ジルベルト・ヴァージョンではサンバとどこも違わない打楽器伴奏が賑やかに入っていたから、かなり静謐な雰囲気のピアノとのデュオでカロルが歌っているのは新鮮だなあと思い聴いていると、途中からやはり打楽器が入ってくる。
でもその打楽器もそんなに激しい演奏でもなく、おとなしめでスパイス的な使い方だ。おかげでジョビンの「ア・フェリシダージ」がバラード調にすら聞える。そしてやはり爽やか。このリズムが激しくなくおとなしめで静かで落着いた雰囲気はアルバム『カロリーナ』全体を貫いているものだ。
『カロリーナ』にはジャヴァンの曲も二つある。五曲目の「アヴィオン」と九曲目の「ファルタンド・ウン・ペダーソ」。前者ではドラマーが典型的なボサ・ノーヴァのパターンを叩き、カロルのヴォーカルに続きフルートのソロが出る。後者ではピアノとのデュオでカロルが歌い出し、ギターやリズムも出る。
「アヴィオン」の方はまあまあリズムが活発だけどそんなに激しくもない。「ファルタンド・ウン・ペダーソ」はかなりしっとりとしたバラード調。アルバム・ラストのエドゥ・ロボ・ナンバー「ザンジバル」がアルバム中一番リズム・セクションの演奏が快活だけど、それもそんなに言うほどのものではない。
その「ザンジバル」は歌詞のない曲で、だからカロルのヴォーカルも全編スキャット。まるでミルトン・ナシメントやミナス一派みたいな雰囲気で、フルートとのユニゾンでメロディを歌う部分もある。その後エレキ・ギターのソロが入ったりするバックではドラマーがそこそこ派手目に叩いてはいるけれど。
しかし『カロリーナ』というアルバムが全体的に落着いた静的な音楽で、こんな軽快で爽やかでもの柔らかな雰囲気とか、あるいはカヴァー曲ばかりとかいうのが、カロル・サボイアはいつものことなのか、それともこの新作だけの特徴なのか、まだこの一枚しか聴いていない僕には分らない。
いつも繰返し言っていることだけど、僕は多くの場合強靱でファンキーなビートが効いた骨太の汗臭い音楽が好きだという嗜好の持主ではあるけれど、しかしいつもいつもそんなのばっかり聴いているわけでもない。時々は『カロリーナ』みたいな静かに落着いて柔和なものだって聴きたい。
しかも『カロリーナ』は今日繰返しているように、真夏に聴くにはピッタリというヒンヤリ涼やかな触感の音楽だから、あとしばらくの間は繰返し聴くことになりそう。なお、アルバムでピアノを弾いているアントニオ・アドルフォはカロルのお父さんで、作曲家としても活躍している人。共作もある模様。
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