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2016/08/03

リシャール・ボナのラテン楽曲の楽しさ

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目下来日公演中のカメルーン出身で世界的に活躍する音楽家リシャール・ボナ(彼の名前は「リチャード・ボナ」と表記してあるものも多いので、それも併記する)。単なるいちベーシストとしてだけ考えても当代随一の腕前なんだけど、リシャールの音楽性の本質はそういうところにあるんじゃないと僕は思っている。

 

 

今年2016年の6月(だったかな?)にリリースされた新作『ヘリティッジ』は全面的にキューバン・ミュージックを展開していて、これはラテン音楽好きな僕にとってはもってこいの内容で繰返し聴いているけれども、まだまだなにか書けるほどに聴き込んではいないので、しばらくしてからまた書こう。

 

 

その最新作をおいといて、今までのところのリシャールのアルバムのなかでの僕の最愛聴盤は2008年リリースのライヴ・アルバム『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』。2007年ハンガリーはブダペストでのライヴを収録したもの。そしてこれが最新作を除く彼の全アルバムで最もラテン性が強い。

 

 

リシャールはソロ・キャリアの最初からかなりラテン性のある音楽家。1999年のデビュー・アルバム『シーンズ・フロム・マイ・ライフ』にも、続く2001年の『レヴァレンス』にも、ラテンというかほぼサルサ・ミュージックにしか聞えない曲が一つずつあるし、2005年の『ティキ』には複数ある。

 

 

リシャールのスタジオ・アルバムにはその他いろいろとラテン楽曲があって、今年2016年の最新作でそれがとうとう全面開花したような感じだ。それが出る前は2008年のライヴ盤『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』が過去のスタジオ作からラテン楽曲を多く選びやっていて、僕には楽しい。

 

 

『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』1トラック目は2003年の『ムニア』からの「エンギンギライェ」とデビュー作『シーンズ・フロム・マイ・ライフ』からの「テ・ディカロ」のメドレー。といっても一曲目が終ったあと演奏が止り、間があってから二曲目に入るので、正確にはメドレーとも言えない。

 

 

その1トラック一繋がりになっているなかの二曲目「テ・ディカロ」は完全なるサルサ・ナンバー。『シーンズ・フロム・マイ・ライフ』収録のオリジナルでは、打楽器とアクースティック・ピアノの音に乗り、リシャールの(例によっての)多重録音ヴォーカルと、管楽器はフルートが入っているというもの。

 

 

 

その打楽器のなかにはティンバレスもあって、その使い方といいピアノの弾き方といい完全にサルサにしか聞えないものだ。一方、『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』1トラック目後半の同曲では、いきなりホーン・アンサンブルのような音が聞える。

 

 

しかし管楽器はトランペッターが一人参加しているだけとなっているので、ホーン・アンサンブルみたいに聞えるものはそれを模したキーボード奏者の弾くシンセサイザーだなあ。それとトランペットが合奏している音なんだろう。その後アクースティック・ピアノの音も聞え、ミュートを付けたトランペットのオブリガートも入る。

 

 

アクースティック・ピアノ(の音)が長めのソロを弾き、その弾き方もキューバン〜サルサなスタイルだ。バックでドラムスとパーカッション、そして当然リシャールのベースが鳴り続けている。そのベースはところどころオッと思わせる技巧的なパッセージがあるものの、堅実な脇役といった感じのものだ。

 

 

だからリシャールを<ポスト・ジャコ・パストリアス>みたいな位置付けの超絶技巧コンテンポラリー・ジャズ・ベーシストだとしか認識していない(多くはおそらくジャズ系の)リスナーの方々には、物足りないというか面白く聞えないだろう。しかし彼の全アルバムを通じてもそんなベース技巧は目立たないじゃないか。

 

 

リシャールのベース技巧を派手に披露した曲って、彼のアルバムをじっくり全部聴いたってほんのちょっとしかないもんね。彼はそんなエッジの効いたようなハードでアグレッシヴでアヴァンギャルドな音楽はやらない。ひょっとして今までやったことは一度もないかも。そういう音楽家じゃないんだよね。

 

 

これはリシャールの全リーダー・アルバムを愛聴しているファンのみなさんならよくご存知のはずだ。ラテンだったり教会合唱みたいヴォーカル・コーラスなものだったりと、こうふんわりして柔らかく包込むような音楽をやる人なのだ。そういうことをやるためにだけ一流の技巧を活かすというのがリシャール・ボナという人だ。

 

 

まあ、リシャールは最初はギターを弾いていたのが、ある時ジャコ・パストリアスのレコードを聴いてビックリ仰天したのがきっかけでベースを中心にやるようになったらしく、それにそのベース技巧を見初めたジョー・ザヴィヌルが1995年頃自分のバンドに誘ったのが本格デビューだったわけだけど。

 

 

そうしてザヴィヌルの1996年のスタジオ作『マイ・ピープル』に参加したり、続くライヴ・ツアーに帯同して、97年リリースのライヴ・アルバム『ワールド・ツアー』でも弾いていたりするのが、リシャール(リチャード)・ボナが名を上げたきっかけになるんだろう。だから仕方がない面もある。

 

 

僕だってそのあたりからリシャール・ボナを知ったのは間違いないし、最初はただ単に上手いベーシストだな、そうかカメルーンの人なのかと、その程度の認識しか持っていなかった。しかしそれでこの人が好きになりデビュー・アルバムからCDを買うようになると、どうも違うなあと感じはじめたのだった。

 

 

ソロ・デビューした後にも、パット・メセニーの2002年作『スピーキング・オヴ・ナウ』にも参加しているよね。その後のメセニーのライヴ・ツアーにも帯同したらしい(が僕は詳しいことは知らない)。だからジャズを中心に聴いているリスナーは、ザヴィヌルとかメセニー関連でのリシャールのベースなどを聴いているだろう。

 

 

だからしょうがないような気もするんだけど、そういうジャズ・リスナーにもリシャールのソロ・アルバムをちょっと聴いてほしい。彼の単に上手いベーシスト兼マルチ楽器奏者だという面だけでなく、もっと幅広くて豊かな音楽性に気が付くはずだ。その多彩な音楽性のなかでは僕はラテン要素が一番好きなのだ。

 

 

ライヴ盤『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』では五曲目の「オ・セン・セン・セン」も完全なるラテン・ナンバーだ。2005年の『ティキ』収録曲。そのオリジナル・ヴァージョンではキューバン・スタイルなアクースティック・ピアノの音ではじまり、リシャールが(一人多重録音で)歌い、アコーディオンやトレスも入る。 単独では上がっていないようなのでこれを。23:25から。

 

 

 

『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』収録の「オ・セン・セン・セン」ではアカペラで歌い出したかと思うと、トランペットとシンセサイザーの合奏によるアンサンブルのような音が入り、打楽器も賑やかに鳴って、やはりラテン・ナンバーになって楽しい。ライヴ収録なので一人多重録音ヴォーカルはない。

 

 

その後トランペッターのソロになり、その背後ではアクースティック・ピアノの音が聞え、またパーカッションが相当に賑やかだ。その部分でのリシャールの弾くベースはやはり堅実な脇役で、派手に技巧を披露したりはしない。そして僕にはリシャールはベースよりヴォーカルの方がチャーミングに聞えるよ。

 

 

ライヴ収録なのでスタジオ・アルバムでいつもやっているヴォーカル一人多重録音は当然聴けないと書いたけれども、ちょっとそれっぽいものはある。四曲目の「サマムマ」がそれ。ヴォーカル・コーラスに聞える部分があって、しかもそれは全てリシャールの声に思える。どうなっているんだろうなあ?

 

 

『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』ヴァージョンの「サマムマ」は約六分間一切楽器が入らずヴォーカル・コーラスだけで展開する。同曲のオリジナルは『ティキ』収録で、それはアクースティック・ギターに続いて、弦楽器アンサンブルを中心とするオーケストラ・サウンドが入っているものだ。50:04から。

 

 

 

だから全然変えちゃってるわけだなあ。『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』収録ヴァージョンでヴォーカル・コーラスのみで構成するアレンジにしたのはリシャールの音楽としては目新しくはない。彼は最初からこの手のヴォーカル一人多重録音コーラスを多用しているし、声だけという曲だってある。

 

 

『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』三曲目の「カラバンコロ」は、2003年の『ムニア』でサリフ・ケイタと共作し一緒に歌ったもの。ライヴ・ヴァージョンにはサリフはいないので、当然歌うのはリシャール一人。でも彼のヴォーカル・スタイルもバンドのリズムの感じも、ちょっぴり往時のサリフを思わせる部分がある。

 

 

 

『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』には僕にとっては嬉しいカヴァーが三曲ある。6トラック目のメドレー一曲目の「インディスクレションズ」(ザヴィヌル)、7トラック目のメドレー二曲目「アイ・ウィッシュ」(スティーヴィー・ワンダー)、三曲目「トレインズ」(マイク・マイニエリ)。

 

 

マイク・マイニエリの「トレインズ」はともかく、「インディスクレションズ」はウェザー・リポート1985年作『スポーティン・ライフ』収録、「アイ・ウィッシュ」はスティーヴィー76年作『キー・オヴ・ライフ』収録で、この二曲には僕は思い入れが強いからなあ。だから個人的には凄く嬉しかった。

 

 

『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』ラストの八曲目はアンコール(じゃないかなあ?)で、サルサな「テ・ディカロ」をもう一回やる。そしてCDには入っていないみたいだけど(違うかなあ?)、iTunes Store で買ったこのアルバムには最後にもう一曲ライヴ映像が収録されている。

 

 

それは「エクワ・ムワト」で、デビュー二作目2001年の『レヴァレンス』からの曲。そのオリジナルもサルサだったけれど、『ボナ・メイクス・ユー・スウェット』(配信オンリー?)収録の同曲もこれまた完全なるサルサにしか聞えないね。デビュー当時からこういうのがたくさんあるんだよね。

 

 

 

だからリシャール・ボナという音楽家は、いちベーシストとかマルチ楽器奏者として捉えて褒めるのでは全然足りないし、彼の音楽性を把握してもいないということになると思うのだ。瞭然たるローカルなアフリカ性みたいなものが薄く、もっと普遍的な音楽性の持主で、世界中の音楽を幅広く国籍やジャンルを超えて包込む人だよね。

 

 

そしてその結果できあがったリシャールの音楽には激しかったり過激だったりする部分がなく、ひたすら美しく優しく柔らかくまろやかで丸みのあるもの。だから物足りない人には相当物足りないはずだろうけれど、それを求めるような音楽性の人じゃないんだ、リシャール・ボナはね。

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