ハウリン・ウルフと英国の白い息子たち
アメリカの黒人ブルーズメン側からしたら大したことないようなものだと思うけれど、それを手本にしてやっていたUK(ブルーズ・)ロック側からしたらこれ以上刺激的な記録もあまりないんじゃないかと思うのが、ハウリン・ウルフ名義の『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』だ。
アルバム・タイトル通り、シカゴを本拠にしてチェスに録音している黒人ブルーズマン、ハウリン・ウルフが1970年にロンドンに渡り、当地英国のロック・ミュージシャンたちと一緒に自分のレパートリーを歌ったセッションの様子を収録したもので、翌71年にチェスから全13曲がリリースされた。
しかしハウリン・ウルフ以外の参加メンバー全員がUKロッカーというわけではない。一人、ウルフがシカゴから一緒に連れてきたブルーズマンが参加している。長年の盟友であるギタリストのヒューバート・サムリンだ。彼の存在なくしてウルフの音楽が成立たなかったというほど重要な人物だから当然だろう。
本題に関係ないけれど思いだしたので、いつものように横道に逸れてみよう。僕は一度だけハウリン・ウルフの右腕だったヒューバート・サムリンのライヴを観たことがある。20世紀末頃に八重洲の東京国際フォーラムでヒューバート・サムリンの来日公演があったので、ブルーズ・ファンの友人二名と一緒に足を運んだ。
その東京国際フォーラムでのライヴ・コンサートにおけるサムリンは、まあはっきり言って弾いているのか弾いていないのかよく分らないような感じで、どの曲でもはじまってちょろっとギターを触り声を発したかと思うと、クルッと180度廻って客席に背中を向けてしまう。なにをやっているのか分らなかった。
ただし僕を含めあの時のヒューバート・サムリンのライヴに来た客で、おそらく彼のギター演奏そのものを聴きにきたというのは一人もいなかったはず。あのハウリン・ウルフの数々のレコーディングで欠かせない重要な役割を果したギター・レジェンドを一度だけでも直に目にしたいという気持だけだった。
だからコンサートの幕開けでヒューバート・サムリンがステージに出てきて中央で構えた瞬間に、客席から「アイ・ラヴ・ユー!」の声が、しかも二回繰返して飛んだので、サムリンもなんだこのアホは?という呆れ顔で「アイ・ラヴ・ユー、トゥー!」と返していたが、その声を飛ばしたのはなにを隠そうこの僕だ。
こんな声を思わず本人に向けて発してしまうほど、僕はヒューバート・サムリンと彼が必要不可欠な脇役を務めたハウリン・ウルフのチェス録音ブルーズの大ファン。そして20世紀末におけるシロウト日本人ですらそうなんだから、1970年の英国における白人ロッカーならなおさらだったんじゃないかなあ。
そうなのでハウリン・ウルフやヒューバート・サムリンと一緒にレコーディング・セッションをやろうよと話を持ち掛けられた英国白人ロッカーたちは、おそらく最初はエッ?マジか?冗談だろう?いいのか?と信じられないほど驚き、そして次の瞬間にはよ〜し!それなら思う存分やってやるぞ!となっただろう。
この企画の発案者はチェスのスタッフ・プロデューサーだったノーマン・デイロン。彼は前年1969年にマディ・ウォーターズの『ファーザーズ・アンド・サンズ』をプロデュースしているよね。マディとポール・バターフィールド、マイケル・ブルームフィールドなどアメリカ白人ブルーズメンとの共演盤。
そのマディの『ファーザーズ・アンド・サンズ』が成功したので、今度は同じチェスのもう一人の看板ブルーズマンであるハウリン・ウルフで似たような企画を思い付いたんだろうね。しかも今度は海を渡ってイギリスで、マディやウルフらエレクトリック・シカゴ・ブルーズを模範としていた面々との共演を。
『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』に参加しているUKロッカーたちのなかでの主役はエリック・クラプトン。プロデューサーのノーマン・デイロンもまず最初にクラプトンにこの企画を持ち掛けたらしい。それでリズム・セクションの人選をクラプトンがやるということになったようだ。
ノーマン・デイロンはクラプトンがクリームでカヴァーしていたハウリン・ウルフ・ナンバー「シティン・オン・トップ・オヴ・ザ・ワールド」や「スプーンフル」を聴いていたに違いない。それらの良い出来に感銘も受けていて、それでクラプトンに声を掛け、リズム・セクションの人選も任せたんだろう。
クラプトンが選定したのはローリング・ストーンズのリズム、ビル・ワイマンとチャーリー・ワッツの二人だった。それに加えストーンズの事実上のメンバーでブルーズの得意なピアニスト、イアン・スチュアート。この三人は納得できるメンツだ。1970年当時なら英国で彼ら以上にブルーズができる白人はいない。
『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』の本編にはもう一名ジェフリー・カープというブルーズ・ハーピストが参加しているが、当時19歳だったというこのハーピストのことは僕はよく知らない。どうやらハウリン・ウルフがヒューバート・サムリンと一緒にシカゴから連れてきた人物のようだ。
『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』本編を聴くと、中心人物がクラプトンであったことは一聴瞭然としている。一曲目の「ロッキン・ダディ」の出だしを聴いただけで誰でもそれは分る。ヒューバート・サムリンのギターは脇役的で目立たず、殆どクラプトンが弾きまくる。
憧れてやまないハウリン・ウルフやヒューバート・サムリンと一緒に演奏できる喜びに満ちあふれているのが、聴いているこっちにもはっきりと伝わってくる。嬉しくてたまらず勢いに満ちていて、しかも1970年当時ならクラプトンが弾くブルーズ・ギターはかなりいい。英国白人ギタリストでは一番上手かった。
僕がよく知らないジェフリー・カープのブルーズ・ハープも大活躍。『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』を聴いて僕が一番ビックリするのはビル・ワイマンのベースの上手さだ。なにをいまさらなことを言っているんだ!?と思われるだろうが、ストーンズでの録音ではイマイチ分らないもんね。
ストーンズの録音でオッ、これはカッコいいベース・ラインだなあと思ってクレジットを見ると、キース・リチャーズだったりミック・テイラーだったりロニー・ウッドだったりするもんなあ。それにベースの低音をあまり目立たせたくないというのが、おそらくミック・ジャガーの意向なんじゃないかなあ。
そんなこともあってか関係ないのか、ストーンズの録音でのビル・ワイマンはイマイチそのベースの上手さが分りにくい場合が多いように思うのだが、『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』でのワイマンの弾くベースはしっかりと録音・ミキシングされていてよく聞えるので、彼のベーシストとしての立派な腕前がよく分る。
『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』収録曲はどれもよく知られたハウリン・ウルフの有名レパートリーなので、解説しておく必要は全くない。英国勢も全員周知だったはずだ。万が一ご存知ない方は、一枚物のベスト盤CDがいろいろある(はず)ので、是非一つ買ってウルフのブルーズを聴いてみてほしい。
ちょっと興味深いのが八曲目の「フーズ・ビーン・トーキング?」だなあ。もちろんウルフのチェス録音(1957年)があるものだけど、そのオリジナルは冒頭からの印象的なリフをウルフ自身がブルーズ・ハープで吹いていて、しかもリズムの形がちょっとラテン風な12小節ブルーズという面白いもの。
『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』収録ヴァージョンの同曲では、オリジナル・チェス録音でのブルーズ・ハープが吹くリフをクラプトンがギターで再現している。それだけならどうってことないんだけど、二枚組デラックス・エディション二枚目収録の別テイクでは終盤リズムがパッと変っている。
ラテン調を解除して普通の8ビート・シャッフルになっているんだけど、そのきっかけはクラプトンがオーティス・ラッシュの「オール・ユア・ラヴ」のフレーズをほんの一瞬弾いたことなのだ。オーティス・ラッシュの1958年コブラ録音の「オール・ユア・ラヴ」もご存知の通りラテン調のマイナー・ブルーズ。
オーティス・ラッシュのそれではやはり終盤リズムがパッと変ってラテン調ではなくシャッフルの8ビートになっている。クラプトンはもちろん知っている。ブルーズブレイカーズで録音もしている。だから同じラテン調でマイナー・キーのウルフの「フーズ・ビーン・トーキング?」で同じことをやったんだね。
また「ザ・レッド・ルースター」(リトル・レッド・ルースター)。ウルフのレパートリーのなかではひょっとして英国ブルーズ・ロック勢に最もよく知られ頻繁にカヴァーもされているものじゃないかと思うんだけど、『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』ではオリジナル・レコードから、本テイクの前にリハーサルの模様が収録されているよね。
そのリハーサル(オリジナル英文クレジットでは「フォールス・スタート・アンド・ダイアログ」)では、演奏をはじめてみたものの、ウルフと英国勢との息が合わず噛合わずに演奏がストップする。するとクラプトンが「どんな風にやったらいいか教えてくれませんか?」とウルフに言っている。
それでウルフが(おそらくクラプトンから渡された)アクースティック・ギターを自ら弾きながら、こんな感じだと言いながら「ワン、トゥー、スリー、とここでチェンジ!」とカウントしながらここでこう入れと説明しているよね。こんなリハーサル・テイクを聴くと英国勢も恐る恐るやっているのが分る。
そりゃマディにしろウルフにしろその他にしろ、(主にシカゴの)黒人エレクトリック・バンド・ブルーズは、英国ブルーズ・ロック勢がそのスタートからそもそもお手本にしてながらやってきたものだったんだから、1970年のクラプトンその他だって畏敬の念を抱いていたに違いない。それがひしひしと伝わってくる。
だから英国勢も必死でやっていて、彼らにしては力の限りを尽したメチャメチャ出来のいい部類に入るであろう『ザ・ロンドン・ハウリン・ウルフ・セッションズ』。確かにかなり聴けるんだけど、それでもこれを聴いた直後に収録曲のウルフによるチェス録音オリジナルを聴くと、やっぱり違うんだよなあ、ノリが。ブルーズとロックの違いがよく分る。
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