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2016/08/06

ザキール・フセインのインド古典パーカッション

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インドやその周辺の音楽に興味がなくても、タブラという打楽器はみなさんお馴染みのものだろう。米英の大衆音楽家もよく使っているからね。シタールと併せ1960年代後半〜70年代前半には特に多かった。ロック・アルバムなんか入ってないものがなかったんじゃないかと思うくらいだよね。

 

 

入ってないものがなかったなんてのはもちろん大袈裟なんだけど、そう言いたくなるくらい1960年代末〜70年代初頭のロック・アルバムではタブラ(とシタール)はよく使われていた。僕だって高校生の時にレッド・ツェッペリンのファースト・アルバムで初めてタブラの音を聴いた。

 

 

すなわちB面二曲目の「ブラック・マウンテン・サイド」。しかしこれ、アナログ・レコードに「タブラ」って書いてあったっけ?ジャケット裏にはもちろん書いてないし、日本語ライナーノーツにも記載がなかったような記憶があるけれど、どうだろう?

 

 

だから高校生の頃に初めて「ブラック・マウンテン・サイド」を聴いた時は、なんだか正体不明のワケの分らない打楽器が鳴っているとしか思っていなかった。だけれどもその音は魅力的で、楽器の名前も姿も演奏法もなに一つとして分らないまま愛聴していたんだよなあ。僕はそれらをいつ頃知ったのか?

 

 

う〜んもう全然憶えていないのだが、強く意識するようになったのがマイルス・デイヴィスの1970年代のアルバムでだったことは間違いない。それにははっきりとタブラという名前と奏者の名前がクレジットされていたので、それで初めて知ったのかどうかはもう忘れたけれど、意識したのはそれからだ。

 

 

マイルスが初めてタブラを使ったのは1969年暮れのスタジオ・セッションでのこと。その後72年まで続けて使い、スタジオ録音でもライヴ・ステージでもタブラ奏者を常用していた。これがなぜだったのかマイルス本人の言葉がないので理由は推測するしかない。でもなんとなく分るような気もする。

 

 

だって書いたように1960年代後半からの(主に)ロック系音楽家の創るアルバムには、最低一曲はタブラ(やシタール)が入っていることが多かったので、時代に敏感なマイルスがこれを見逃していたとは考えにくい。だから種々のロック・アルバムで聴いてインスパイアされたんじゃないかと僕は思う。別の可能性もあるが、それは後記。

 

 

だけれどもマイルスのアルバムではタブラの音は聞えにくい。入ってはいるものの(シタール同様)サウンドに彩りを添えるだけのほんのスパイス程度の使い方で、音も小さいミックスだからよく分らないんだよなあ。なかでは1972年の『オン・ザ・コーナー』がまあまあ聞えるかなという程度だ。

 

 

マイルスは多彩なサウンド・カラーリングを求めてタブラを使ってみただけで、この楽器の(ひょっとしたら米英大衆音楽起源のドラム・セットよりもはるかに凄い)リズムの洗練やリズム・ハーモニーみたいなものは利用していない。そもそもそのあたりはマイルスは理解していなかったかもしれない。

 

 

だから僕は電化マイルスではタブラには全くハマっていない。ハマるようになったのはやはりワールド・ミュージックをたくさん聴くようになって以後で、最初にハマったのは間違いなく1990年代に入ってから知ったパキスタンの音楽家ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのアルバムを聴いてのことだった。

 

 

ヌスラットにはリアル・ワールド・レーベルから何枚も出ている現代クラブ・ミュージック風のものもあるけれど、やっぱりカッワーリーの伝統的パーティーによる録音がもっとはるかに素晴しい。そういうもののうち僕が特に好きなのがオコラ盤のパリ・ライヴ五枚。

 

 

あのヌスラットのオコラ盤パリ・ライヴでタブラを叩いているのはディルダール・フセイン。パキスタンにおけるタブラの名手らしいが僕はよく知らず、演奏もヌスラットのパーティーでのものでしか聴いたことがない。でも素晴しいタブラ奏者で、ヌスラットの音楽への貢献は聴けばみんな分るはず。

 

 

そのディダール・フセインがヌスラットの伝統的カッワーリーのパーティーで演奏するタブラで、僕はすっかりこの打楽器に魅了されてしまった。先にタブラによる「リズム・ハーモニー」と書いたけれど、普通ハーモニーというと管楽器とか弦楽器とかピアノなどで奏でる和音のことを思い浮べるだろう。

 

 

しかしタブラ奏者の複雑で多彩な演奏を聴いていると、この楽器の仕組や演奏法のことを全く知らなくたって、「ハーモニー」と呼ぶしかないようなリズムの組立てがあることに気付くはず。むろんチューニングされて音程を出せる打楽器は世界中にたくさんある。タブラもまたその一つに他ならない。

 

 

ヌスラットのパーティーで叩くディダール・フセインは、タブラの演奏をアラー・ラーカに習ったんだそうだ。アラー・ラーカはもちろんラヴィ・シャンカルとの活動で有名なタブラ・マスター。ジョージ・ハリスンの例の『コンサート・フォー・バングラデシュ』にも出演しているのでみなさんご存知のはず。

 

 

その他ラヴィ・シャンカルは1960年代のジョン・コルトレーンが傾倒していたり、また60年代末に種々の(ロック系)フェスティヴァルにも出演し、インドやその周辺の音楽に興味がない普通のジャズ・ファンやロック・ファンの間にも名前が知れ渡っている。それら殆どにアラー・ラーカも同行している。上記マイルスがタブラを知ったもう一つの可能性とはこれ。

 

 

だからタブラ・マスター、アラー・ラーカの幻惑的なタブラ演奏はよく知られているんじゃないかなあ。そしてそのアラー・ラーカに師事したもう一人が、現在活動中の現役タブラ奏者のなかでは最高の名手である現在65歳のザキール・フセインだ。ザキールはアラー・ラーカの息子なのだ。

 

 

息子ってことはザキール・フセインはおそらく幼少時から父アラー・ラーカからタブラを習い、またそれが不可欠な一部になっているインド古典音楽に親しんできたはずだ。ザキールは1969年にアメリカに渡り、翌70年に同国でプロ演奏家としてアルバム『イヴニング・ラーガ』でデビューした。

 

 

その後現在に至るまで膨大な数のアルバムをリリースしているザキール・フセイン。数が多いもんだから僕は全部持っておらず、そもそもザキールのアルバムは五・六枚程度しか聴いていない。そのなかでザキールやタブラについてあまりよく知らないという人向けの入門編的アルバムがある。

 

 

2008年に日本のキング・レコードがリリースした日本盤『インド古典パーカッション』がそれ。このアルバムは1988年に東京のスタジオで録音されたものだ。キングのこの手のワールド・ミュージック・シリーズは全部でいったい何枚あるのか分らないほど多い。間違いなく100枚以上はあるなあ。

 

 

ザキール・フセインのキング盤『インド古典パーカッション』はザキールのタブラ独奏だけではない。そういう時間があるけれども、他にガタム、カンジーラ、ムリダンガムの奏者が参加している。その三つも全てインドの打楽器で、だからさしずめインド古典パーカッション祭みたいなアルバムだ。

 

 

なんというか汎インディア・スーパー・リズム・セッションとでも言うべき内容のザキール・フセインの『インド古典パーカッション』。このキング盤CDを聴いていると、今日何度も書いているが、まさしくリズムによるハーモニー、複雑多彩なカラーリングとサウンド・テクスチャーの素晴しさを実感する。

 

 

ザキールの『インド古典パーカッション』は全五曲(最後の5トラック目は厳密には「曲」ではない)。インド古典音楽についてはいまだに僕はあまり知らないというような状態なんだけど、日本盤だからやや詳しい日本語解説文が附属しているのが有難い。それによればこのアルバムは南北インド音楽をまたぐ内容らしい。

 

 

そのあたりの詳しいことは僕にはしっかり実感できないんだけど、しかし知識と音楽の楽しみはこれまた違うことだ。聴いて楽しい、素晴しい、凄くカッコイイと感じることができれば、データや知識は二の次でいいはず。もちろん深く感動すれば、それについて詳しく知りたいと思うようになっていくものだけれど。

 

 

だからインド古典音楽については僕はこれから掘下げていくべき分野で、まだ殆ど知らず、ただ素晴しい音楽だなと思って感動しながらザキール・フセインのタブラ演奏その他いくつか聴いているという次第。そしてキング盤『インド古典パーカッション』におけるザキールのタブラ技巧には本当に目眩を起しそうだ。

 

 

キング盤『インド古典パーカッション』では本編の「曲」は4トラックまで。5トラック目はザキールによる「タブラ・デモンストレイション」になっているのが、これまた入門者向けには好適なんじゃないかなあ。ザキールが英語でいろいろ詳しく解説しながらタブラ演奏の実例を聴かせてくれている。

 

 

その「タブラ・デモンストレイション」の冒頭でザキールは簡単にタブラの歴史みたいなことを喋り、その後タブラの二個一組という楽器構成と構造、そしてその演奏法を喋っている。その後、こういう感じでこんな音を出すと解説しながら実際にタブラを叩いて聴かせてくれているのが大変に分りやすい。

 

 

東京での録音セッションの際、タブラについて紹介し多彩な音色と表現方法を知ってもらう参考になればとザキール自身の発案で録音したというこの5トラック目の「タブラ・デモンストレイション」は、しかし単なる「解説」ではない。ここまで完成された演奏内容だとこれはもう立派な一つの「作品」と言うべき。

 

 

ザキール・フセインのキング盤『インド古典パーカッション』。単にタブラについて興味があるとかインド古典音楽のリズムを知りたいというファンにだけでなく、世界中にいろいろあるリズム・アンサンブルのなかでも最も高度に熟練・洗練されたものの一つとして、全パーカッション・ファンにオススメだ。

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