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2016/08/14

ビバッパーの弾くジャズ・ロック

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バリー・ハリスというジャズ・ピアニストがいる。1929年生れだからかなりの高齢なはずだけど、存命で活動中。1950年代からプロ・キャリアをスタートさせているんだけど、このバリー・ハリスという人はゴリゴリのビバッパーで、バド・パウエル・フォロワーなスタイルの持主なのだ。

 

 

バド・パウエル・フォロワーというもおろか、ほぼそのまんまというピアノの弾き方をするのがバリー・ハリスの持味。そうではあるんだけど、僕がこの人のピアノを初めて聴いたのはリー・モーガンの1963年作『ザ・サインドワインダー』でだった。一曲目がご存知ファンキーなジャズ・ロック。

 

 

リー・モーガンの『ザ・サインドワインダー』を初めて聴いた時は、バリー・ハリスがどういう人なのか全然知らなかったので、一曲目の8ビートを使った、一説によれば史上初のジャズ・ロック・ナンバーでファンキーに弾くこのピアニストはこういうスタイルの人だ思っていたわけなんだよね。

 

 

そのアルバム・タイトル・ナンバー「ザ・サイドワインダー」をご紹介しよう。お聴きになればお分りの通り、ウッド・ベースの音に続きすぐにバリー・ハリスがファンキーなリフを弾きはじめ、ドラムスが入ってくる。そしてホーン二管によるテーマ。

 

 

 

「史上初のジャズ・ロック・ナンバー」という触込みはちょっとどうなんだ?と思う。1963年だからね。前年62年にハービー・ハンコックが「ウォーターメロン・マン」を録音・発表しているからなあ。まあでもたったの一年の差だからほぼ同時期みたいなもんか。とにかくどっちもファンキーだ。

 

 

ハービー・ハンコックの1962年作『テイキン・オフ』でジャズ・ロックなのが一曲目の「ウォーターメロン・マン」だけであるように、リー・モーガンの63年作『ザ・サイドワインダー』でもジャズ・ロックと言えるのは一曲目のタイトル・ナンバーだけ。でも60年代初期ならそれで充分だったはず。

 

 

書いたように『ザ・サイドワインダー』でバリー・ハリスを初めて聴いたもんだから、当時は全然不思議でもなんでもなかったんだけど、このピアニストのことをもっと知るようになると、正統派ビバップ・スタイルの人だと分り、すると今度は「ザ・サイドワインダー」の方が不思議に聞えてきた。

 

 

先に音源を貼ったようにおよそビバップとは似ても似つかない曲調だし8ビートだし、ボスのリー・モーガンはよくこのアルバムでバリー・ハリスみたいなピアニストを使う気になったもんだなあと思えてきたのだった。しかもリフを弾いたりバッキングだけでなくソロの内容もなかなか良いしなあ。

 

 

先の音源をもう一回聴直していただきたい。リー・モーガンのトランペット・ソロ、ジョー・ヘンダースンのテナー・サックス・ソロに続いて三番手で出るバリー・ハリスのピアノ・ソロ。黒いね。単音弾きよりブロック・コードで弾く時間の方が長く、ホーン・リフが入りはじめると一層グルーヴィーになる。

 

 

こんなのを最初に聴いたもんだからビバップ守旧派のピアニストだと思えと言う方が無理だろう。『ザ・サイドワインダー』ではこれ以外の曲もジャズ・ロックとは言えないもののかなり面白いものが多い。二曲目「トーテム・ポール」もリズムがラテン風だしなあ。といってもサビ部分だけは4ビートだ。

 

 

 

B面一曲目の「ゲイリーズ・ノートブック」も三拍子ではあるけれど、こりゃ普通のワルツじゃなく6/8拍子に近い。すなわちハチロクのリズムだからジャズというよりリズム&ブルーズやソウルに接近しているような感じだ。バリー・ハリスがソロでご存知「ソルト・ピーナッツ」を引用する。

 

 

 

「ソルト・ピーナッツ」はディジー・ガレスピーの書いた典型的ビバップ・ナンバーの一つだ。だからその曲のフレーズをハチロク・リズムの曲で繰返し引用しながら弾くバリー・ハリスがなかなか面白く聞える。ハチロクと言えばその次の「ボーイ、ワット・ア・ナイト」も同様のリズム・パターンだよね。

 

 

 

この「ボーイ、ワット・ア・ナイト」は曲の形式が12小節のブルーズなんだよね。つまりA面一曲目の「ザ・サイドワインダー」と同じってこと。突詰めればジャズ・ロックとか1960年代末頃からのジャズ・ファンクとか、その種の音楽の土台は全部ブルーズにあるってことだよなあ。

 

 

そして振返って考えてみれば、バリー・ハリス本来のスタイルであるビバップもブルーズ由来みたいなもんだ。と言うとちょっと誤解を招くいうか説明が必要だ。チャーリー・パーカーもディジー・ガレスピーも1940年代前半のジャンプ(・ブルーズ)〜リズム&ブルーズ・バンドの出身に他ならないんだよね。

 

 

何度か紹介しているように油井正一さんが自著のなかで「ビバップとR&Bには共通項がある」と書いたのは、どっちの音楽も1940年代のジャンプ・ミュージックから派生してできあがった音楽で、実際主要人物の大半がジャンプ・バンド出身で、リズム感覚も近いものがあるという意味もあったんだろうね。

 

 

ってことはビバップみたいな音楽がその後変化して、いったん切離したR&Bとそれを土台に成立したロックに接近し、両者が結合したような音楽が出現するようになったのは、いわば歴史の必然みたいなものだったのだ。だからビバッパーであるバリー・ハリスがジャズ・ロックを弾いても不思議じゃないのかも。

 

 

これは全く違う種類の音楽が初めて出会って融合したとかいうような具合の現象じゃなくて、再接近したとか失ったものを取戻しただけって話だよなあ。本格的には1960年代末〜70年代のジャズ・ファンク時代を待たないと全面展開は聴けないんだけど、60年代初頭からこういった兆しがあったわけだ。

 

 

それにしてもバリー・ハリスというピアニスト、リー・モーガンの『ザ・サイドワインダー』だけじゃなくて、例えばデクスター・ゴードンの1965年作『ゲティン・アラウンド』みたいなアルバムでも弾いているんだなあ。そのアルバムの一曲目はルイス・ボンファのお馴染み「カーニヴァルの朝」だ。

 

 

「カーニヴァルの朝」が1959年の映画『黒いオルフェ』のテーマ・ソングとして使われて世界的に有名になったボサ・ノーヴァ・ナンバーであることを詳しく説明する必要はないだろう。デクスター・ゴードンの『ゲティン・アラウンド』一曲目のそれもボサ・ノーヴァ風のリズムなんだよね。

 

 

お聴きになればお分りの通り、ビリー・ヒギンズのリム・ショットが印象的なドラミングにはじまって、それに乗ってバリー・ハリスがピアノを弾きはじめ、そしてデックスのテナーとボビー・ハッチャースンのヴァイブラフォンがテーマを演奏する。

 

 

 

1965年ならボサ・ノーヴァを知らないアメリカ人音楽家はおそらくいなかったであろうというような時期なので、バリー・ハリスがこんな具合の弾き方ができても全く不思議じゃないのかもしれない。だけど繰返して言うがこのピアニストはバド・パウエル・フォロワーのビバッパーだからねえ。

 

 

しかしそうは言ってもそのバド・パウエルだって、1951年にブルー・ノートに「ウン・ポコ・ロコ」みたいなものを録音しているよねえ。曲名はスペイン語で「ちょっと狂ってるね」くらいの意味だけど、曲調もリズムもかなりラテン調で面白いじゃないか。

 

 

 

しかしこの「ウン・ポコ・ロコ」は多くのジャズ・ファンには評判が悪いんだなあ。ボロカスに言う人だって昔から現在まで結構いる。いわくリズムが4ビートのジャズではないとか、マックス・ローチの入れる金属音(カウベル?)のタイミングが妙な感じでズレていて気持悪いとかなんとか。

 

 

そして僕はこの「ウン・ポコ・ロコ」が昔から大好きなんだなあ。ブルー・ノート盤『ジ・アメイジング・バド・パウエル Vol. 1』の現行CDにはこの曲は三つもテイクが入っていて、僕なんかは楽しい。そういえばだいぶ前に文芸批評家ハロルド・ブルームがこの曲を激賞していたことがある。

 

 

音楽とはなんの関係もない話だが、いわゆるイエール学派(全員イエール大学で教鞭を執っていて、当時ジャック・デリダが同大学に出張講義に来ていたことから影響を受けた英文学者達なのでこう呼ばれる)の一人であるハロルド・ブルームは、英文学者時代の僕の最大の影響源だった。

 

 

ハロルド・ブルームの話はよしておこう。そんな彼が「20世紀アメリカ芸術の最も偉大な作品一覧」みたいなリストを書いていたことがあって、そのなかにバド・パウエルの「ウン・ポコ・ロコ」が含まれていたわけだった。パーカーにもガレスピーにもたくさんラテン・ナンバーがあるよね。

 

 

ビバップはそんな感じでブルーズ・ナンバーが多かったりアフロ・キューバンだったりするものがあったりするから面白いと思うんだけど、ブルーズはいいとしてラテン・フィーリングみたいなものって、純粋芸術指向のジャズ・ファンからは今でもイロモノ扱いされているんじゃないかなあ。

 

 

ジャズはラテン音楽の一種みたいな話は僕も油井正一さんの影響下、このブログでも今まで散々繰返しているので今日は詳しくは書かない。けれども今日の本題であるバリー・ハリスみたいなジャズ・ピアニストが、ゴリゴリのビバッパーでありながらジャズ・ロックやボサ・ノーヴァを弾きこなすのは示唆に富むんじゃないだろうか。

 

 

なお、ビバップ守旧派としてのバリー・ハリスの作品にもいいものがたくさんあって、なかでも僕が一番好きなのは1975年のザナドゥ盤『プレイス・タッド・ダメロン』。タッド・ダメロンも大好きなジャズ作曲家だし、このアルバムについても言いたいことがあるけれど、長くなったので今日はやめておく。

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コメント

ウン・ポコ・ロコはジャズファンに評判が悪いと初めて知り驚きました。
モダンジャズは普段あまり聴いておらずバドパウェルも3枚くらいしか持っていないですが少なくとも私の聴いた中では最高の一曲だと思っていたので…。
マックスローチのドラムもポリリズミックで最高にカッコいいと思うのですが…。

タメさん、バドの「ウン・ポコ・ロコ」、いやもうそれが褒める人もたくさんいる一方で、ボロカスに言う人も昔からそれ以上いるんですよね。

評価する人も多いのならばまだ納得できます。
大げさではなく「ジャズ史に残る名演」くらいに言われている曲なんだろうなと勝手に思い込んでいたもので。
まあ結局は人それぞれ好みの問題という事なんでしょうか。

タメさん、記事本文中でも(音楽批評家ではないものの)ハロルド・ブルームを引用していますし、その他激賞する人がたくさんいることはいますので、ご安心ください。「好み」の問題となれば人それぞれ十人十色ですから、誰もなにも言えませんね。

気になってウンポコロコ聞き直してみたのですがドラムがポリリズミックは言い過ぎでしたね。
マックスローチと言えばポリリズミックなドラムソロの印象が強かったので、つい思い込んでしまって様です。
それにしても、やっぱり名曲名演だなぁ。

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