「ラ・パローマ」で広がるワールド・ミュージック・ファンタジー
以前『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』の「ゴア篇」について書いた際(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-16e8.html)、これのなかにある「ゴア」という曲が山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』に収録されているらしいことを書いた。山内雄喜はもちろんハワイアン・スラック・キー・ギターの人だ。
僕は山内雄喜のCDは全部で10枚程度しか持っていないが『ハワイ・ポノイ』はあるので、それで慌ててこれをCD棚から引っ張り出してきて聴直してみたら、いろいろと面白すぎる発見がいくつもあった。はっきり言うと、ここまで興味深い音楽アルバムだとは全く気付いていなかった。
「ゴア」という曲の話は後でするとして、『ハワイ・ポノイ』一曲目がなんと「ラ・パローマ」じゃないか!そりゃもう好きな曲で、好きすぎて以前も書いた通りこの曲ばかりいろんな人がやっているCD全六枚を持っていて愛聴している僕。全六枚で計六時間以上全部「ラ・パローマ」しか出てこないという。
それなのに山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』にそれがある、しかも一曲目だというのをどうして忘れていたのか、その理由ははっきりしている。『ハワイ・ポノイ』は1999年にオフィス・サンビーニャがリリースしたものだけど、当時既にハワイアン・スラック・キー・ギターが大好きだったから買っただけ。
ライ・クーダーが1976年作の『チキン・スキン・ミュージック』の一部で披露するハワイアン・スラック・キー・ギターを1990年代初頭に聴いて好きになり、日本人でこれの名手と聞いた山内雄喜も知り、少しずつアルバムも買うようになって、『ハワイ・ポノイ』もリリース当時に買った。
しかしながら「ラ・パローマ」という曲が今みたいに大好きになったのは、僕の場合21世紀に入ったあたりからのことだったのだ。具体的には中村とうようさん編纂の『アメリカン・ミュージックの原点』2CDが2005年にリイシューされたのを買い、それでスーザ・バンドのやる同曲を聴いてからの話。
それで「ラ・パローマ」とハバネーラ風のリズムが大好きになり、どんどん追掛けるようになっているけれども、山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』はそれ以前に買ったものだったので、一曲目の「ラ・パローマ」を聴いてもフ〜ンとしか思ってなかったんだろうなあ。それで忘れちゃってたに違いない。
だいたい『ハワイ・ポノイ』は山内雄喜のアルバムであるとはいえ、そんなティピカルなハワイアン・スラック・キー・ギター音楽じゃないのだ。こないだ聴き返してみて、初めてこりゃとんでもなく面白いぞ!凄い凄い!と感じたけれども、1999年に初めて聴いた時は全くピンと来ていなかった。
それで何回か聴いて放ったらかしで、山内雄喜でも他のもっと分りやすいハワイアン・スラック・キー・ギター音楽をやっているものを聴いていた。1997年の『プレイズ・ザ・スラック・キー・ギター』とか、21世紀に八枚シリーズで出た『Nā Mele ‘O Hawai‘I E ‘Alani』とかだ。
特に『Nā Mele ‘O Hawai‘I E ‘Alani』の八枚シリーズはかなり面白くて、日本人がハワイ音楽をここまで掘下げた音楽CDシリーズって他にないんじゃないかと思うほどだ。しかも連日の猛暑が続く最近の真夏のよく晴れた午後にはピッタリ似合う。でも今日はこれの話はしない。
問題は1999年の『ハワイ・ポノイ』一曲目の「ラ・パローマ」だ。ハワイアン・ギター音楽をメインにやっている山内雄喜が、さらに「ハワイ」という言葉をアルバム・タイトルにしたアルバムのしかも一曲目で、どうしてこのスペイン人作曲家が書いたキューバ音楽風の曲をやっているんだろうってことだよね。
いやまあ、スペイン人が書いたキューバ風、はっきり言えばハバネーラ・ソングをどうしてハワイ音楽家が?などというそんな問いそのものが無意味なほど「ラ・パローマ」という曲は世界中に拡散しまくっているんだけどさ。上でも触れた六枚シリーズの「ラ・パローマ」集にも世界中のいろんな音楽家がいる。
特に「ラ・パローマ」自体を採り上げなくたって、それに似たハバネーラ風のリズム・アレンジになっている曲ならいちいち意識するのがバカバカしいほど無数にあるわけで、そんなハバネーラ・ソングの史上第一号とされているイラディエールの書いた「ラ・パローマ」の影響力は甚大極まりないわけだ。
だからハワイアン・ギター音楽家である山内雄喜がこれをやったって全然不思議でもなんでもなく、ごく自然になんの気なしにちょっとやってみただけのことではあるんだろう。そういえば『ハワイ・ポノイ』のライナーノーツを書いている中村とうようさんによれば、レイ・カーネも「ラ・パローマ」を録音しているんだそうだ。(後記:「ラ・パローマ」集の一枚目二曲目にありました。これも忘れちゃっていました^^;;。)
レイ・カーネは山内雄喜の師匠でもある。だから弟子だって師匠のやる「ラ・パローマ」も聴いていたはずだ。それもこの曲をやってアルバムに収録しようと思った理由の一つかもしれない。それにしても『ハワイ・ポノイ』ヴァージョンの「ラ・パローマ」を聴いているといろんな空想が浮ぶなあ。
『ハワイ・ポノイ』ヴァージョンの「ラ・パローマ」はギター、ウクレレ、カヴァキーニョなどの弦楽器を山内雄喜が一人多重録音し、インドネシア人バンバンのフルート、同じくインドネシア人スギオノのヴァイオリン、マレイシア人ルスランのベースが加わっているという多国籍編成。これも興味深い。
「ラ・パローマ」では演奏していないが、『ハワイ・ポノイ』にはブラジル人カヴァキーニョ奏者のエンリッキ・カゼスも数曲参加しているし、ブラジル人ではクラリネット奏者やフルート奏者や七弦ギター奏者も一部参加。その他マレイシア人アコーディオン奏者が演奏する曲もあったりして、すんごい面白い。
他の曲の話はあとで五曲目の「ゴア」の話をするだけにしておきたい。そうじゃないとキリがないほど『ハワイ・ポノイ』は面白すぎる。一曲目の「ラ・パローマ」では山内雄喜の一人多重録音によるギター・アンサンブルがハバネーラ風のリズムを奏でるなか、やはりギターでお馴染みのメロディを演奏する。
そのメイン・メロディを奏でているのは最初はスライド・ギター(といってもペダル・スティールではなく、普通のアクースティック・ギターを膝の上に寝かせて置いて、その上からスライド・バーで押えて弾いているような音だ)、次いでフルート、その次にヴァイオリンだ。
フルートとヴァイオリンは少しずつメロディのパートを分け合い交代しながら主旋律を演奏し、そんなフルートやヴァイオリン演奏の背後では、ずっと山内雄喜一人多重録音の諸々のギター(やその他類似弦楽器)・アンサンブルが鳴り続けている。最後に再びギター・アンサンブルだけの音でメロディを奏でて終了する。
しかもそれらのギターやギター系弦楽器は、カヴァキーニョを除き、全てハワイアン奏法だ。それを三種類ほど多重録音してある。これは山内雄喜の演奏なんだから当然だろうね。しかしそれに乗りインドネシア人演奏家のフルートとヴァイオリンが「ラ・パローマ」のメロディを奏でるという、なんだこりゃ。
ハワイのウクレレがポルトガル由来であることはよく知られているし、定説では北米大陸由来とされているギターだって、実はポルトガル由来の部分もあるんじゃないかと僕は以前しておいた(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-b28f.html)。ポルトガル人がウクレレの原型楽器しか持込まなかったと考える方が無理があるからだ。
そしてクロンチョンになって花開いたインドネシアのポピュラー・ミュージックもポルトガル由来の部分が大きいのはみなさんご存知のはず。ギターやフルートやヴァイオリンも使う基本的にはストリング・ミュージックだから、これはやはりウクレレやギター中心のハワイ音楽との親和性は高い。
となると山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』にある「ラ・パローマ」でハワイ音楽演奏家とインドネシア音楽演奏家が合体融合し、しかもキューバ由来のスパニッシュ・ソングをやっているなんてのは、こりゃ示唆深いなんてもんじゃない。言ってみれば弦楽器を通じラテン世界全体が繋がっちゃっているわけだ。
「ラ・パローマ」を書いたイラディエールの母国スペインも隣国ポルトガル同様にギターの国。両国とも世界各地に植民地を持っていた時代に各地にギターを持込み広めている。南北アメリカ大陸大衆音楽におけるギターは、ポルトガル由来のブラジルを除き他は全てスペイン由来で、それが中心になっていろんな音楽をやってきた。
ってことはスペインのイラディエールがキューバ滞在時代にハバネーラを知り、帰国してから1860年前後(とされている)に書いた「ラ・パローマ」を、スペインやポルトガル由来の各種弦楽器を中心にハワイとインドネシアの音楽家が一体となって演奏しているのは、ギターを通じて全部繋がったってことだなあ。
さらに「ラ・パローマ」では演奏していないが、エンリッキ・カゼスらブラジルの、ってことは要するにポルトガル由来の楽器を使う演奏家が山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』では数曲参加していることを考えると、このアルバムはハワイを軸にした空想の汎世界音楽、ワールド・ミュージック・ファンタジーだなあ。
国境を越えて世界中に拡散していると上でも書いた「ラ・パローマ」は、今年五月に意外なところでも発見した。それはビルマ人天才少女歌手メーテッタースウェの『SANDA KAINAYI NIN DUTIYA SHWE NINSI』(どう読むんだろう?)八曲目。これが「ラ・パローマ」なのだ。
メーテッタースウェの『SANDA KAINAYI NIN DUTIYA SHWE NINSI』。ジャケット裏記載の曲名が全部ビルマ語なわけだから僕にはちっとも読めず、だから聴いてみるまで分らなかったのだが、八曲目は紛れもないイラディエールの「ラ・パローマ」。しかもかなりポップで軽快な雰囲気。
メーテッタースウェは当然ビルマ語で歌っている(んだろう?)。誰がスペイン語詞からビルマ語に訳したのかなんて分るわけもないし、聴いても歌詞の意味は僕には分るわけもないが、バック・バンドの奏でるリズムには明らかにハバネーラの雰囲気がある。特にドラマーがスネアを叩く部分に鮮明にそれがある。
メーテッタースウェの「ラ・パローマ」は、これだけは全曲ジャケ裏に楽器名をなぜか英語で書いてあるので分るギター、キーボード、ベース、ドラムスの四人編成での伴奏。キーボード奏者の演奏するシンセサイザーの音が大きいが、エレキ・ギターが刻むクチャクチャというスクラッチングなリズムもラテン・アメリカ風。
となると、ここにスペイン人作曲家が書いたキューバ発祥のハバネーラ・ソングが、スペインやポルトガルが世界中に広めたギターやそれに類似する弦楽器をもとに、ハワイ、インドネシア、ブラジル、アメリカ、そしてビルマまでぜ〜んぶ繋がっちゃったぞ。なんて面白いんだ!凄い凄い!
しかも面白さはそれだけでは終らない。「ゴア」という曲。山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』5トラック目のメドレー一曲目なのだが、『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』の「ゴア篇」五曲目にある同曲が、僕ははっきりとは気付いていなかったのだが、これまたハバネーラ風の跳ねるリズムなんだなあ。
山内雄喜の『ハワイ・ポノイ』5トラック目メドレー一曲目の「ゴア」は、山内雄喜のギターにマレイシア人アコーディオン奏者が絡むもので、二人のデュオ演奏。しかしながらほぼテンポがないようなもので、非常にゆったりとしたバラード調アレンジ。しかもその演奏は一分間も続かずメドレー二曲目になってしまう。
だから山内雄喜『ハワイ・ポノイ』バージョンではちょっと分らないのだが、比較してみようと思って『ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ』ゴア篇収録の「ゴア」を聴直してみて、それが間違いなく完全にハバネーラであることに初めて気が付いた。インド西部の都市にまで繋がっているじゃないか。
こう考えてくると、中村とうようさんが「ラ・パローマ」が世界のポピュラー・ミュージックのはじまりを告げる最重要曲だと指摘し、その意義を繰返し強調して述べたのはこういうことだったんだと、音楽的感性も鈍く音楽を聴いた経験も狭い僕は、とうようさんが亡くなって五年が経つ2016年の夏になって、ようやくほんのちょっぴり分ってきたという次第。
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としまさん
こんにちは。masaです。ブログいつも読んで楽しんでます。コメント、今朝初めて気づきました。
山内さんのCDは、最初のソロ以外は未聴ですのでまた聴いてみます。パローマつながりは興味深いですね。これはいわゆるコモン・ストックの一つですか?20世紀初頭の音楽は世界中に似てたのかもと愚考中です。
bunboniさんとの論争?読んで、昔、ブルーズ評論家達の間でB.B.King論争とかジョニー・ギター・ワトソン論争あったのを懐かしく思い出してました。
ワールドミュージックファンにもルーツ派とかプログレ派とかあるんですね。
僕は出来れば好きな音楽の中にたまたまワールドミュージックと呼ばれる音楽もあるくらいの気持ちで接したいと思ってます。
またよろしくお願いします。
マイルズに関しては、としまさんに著書を出してほしいくらいです。昔、ブラックミュージックとしてのジャズ というとうようさんの著書がありましたが、ここは、ワールドミュージックとしてのマイルズとか如何ですか?想像するだけで面白そうです。
投稿: masa | 2018/04/09 14:33
本書けるような力が僕にあるとは思えませんが、ホントどっか、書かせてくれっ!
投稿: 戸嶋 久 | 2018/04/09 16:55