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2016/08/22

ポール・サイモンの新作が素晴しすぎる

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ティン・パン・アリーやブリル・ビルディングの系譜に連なっているというのがソングライターとしての本質であるように僕は思うポール・サイモン。今年2016年6月にリリースされた彼の新作『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』がもんのすご〜く面白かった。

ちょっとこの歳の老人(失礼!)音楽家の創ったアルバムとは思えない若々しさだ。ポール・サイモンはひょっとして歳を30歳くらい上に偽っているんじゃないだろうか?少なくとも音楽的にはそれくらいの若さだよね。いやまあ音楽に年齢は関係ない。年齢一桁台の子供だろうが死にかけの老人だろうがいい音楽を創る人は創るんだけどさ。

それでもやはりこの新作の出来は群を抜いて素晴しく若い。だから思わず上のように言いたくなってしまうんだ。僕にとっては完全なる衝撃だった。これからあと30年くらいしたら、ポール・サイモンの最高傑作は2016年の『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』だったと言われるようになるもかもしれない。

それにしても一曲目「ザ・ワーウルフ」冒頭でビヨ〜ンと鳴る楽器はなんなんだ?聴いたことのない音だなあ。なんだかピッチが半音単位ではなく微分音的にというか切れ目なく大きく曲るこの楽器、少なくとも僕の知っている楽器の音ではない。知っている楽器で敢て探せばミュージック・ソー、すなわちノコギリの音に近い。

『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』附属のブックレット末尾に、一曲ごと演奏に参加しているミュージシャン名と担当楽器名が明記されているけれども、それを見てもこのミュージック・ソーのようなビヨ〜ンとピッチ・ベンドする楽器らしきものがなんだかは分らない。知らない楽器名も多いしなあ。

そもそも『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』は、その一曲目だけでなくアルバム全体にわたり耳慣れない、あるいは全く初耳の楽器らしき音が結構たくさん散りばめられている。読みかじった情報では創作楽器をいろいろと使っているらしく、それはハリー・パーチという音楽家のものだそうだ(とWikipediaにある)。

ハリー・パーチ(Harry Partch)って聞いたことのない名前だなあと思って調べてみると、1974年に亡くなった現代音楽の人で、平均律の12音階の限界を打ち破るべく、マイクロ・トーナルと呼ばれる43微分音階を提唱した人らしい。そのために種々のオリジナル楽器を編出したんだそうだ。

ポール・サイモンがハリー・パーチを知ったのは2013年のこと。僕はつい先日知ったばかりだけど^^;;。それが『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』制作の最も大きなきっかけだったんだろう。それで聴いたことのない種々の創作楽器の音が聞えるんだろうなあ。しかし聞えるのは生音楽器ばかりでもない。

『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』では多くの曲でデジタル・ビートが使われている。コンピューターで創り出したリズム・サウンドだ。それはイタリアのジャズ系エレクトロニクス音楽家クラップ!クラップ!(またはクリスティアーノ・クリッシ)とのコラボによるもので、それも大変面白い。

『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』ではそんなデジタル・サウンドと生楽器と生声のアクースティック・サウンドが見事に融合し溶け合っている。二曲目「リストバンド」では冒頭サウンド・エフェクト的に入っている子供の遊び声に続き、アクースティックなウッド・ベースの音が鳴りはじめ、それがこの曲のビートの基本になっている。

がしかし直後に出てくるのはデジタル・ビート(にしか聞えない)。その上にポール・サイモンの歌が乗っている。つまりアクースティックなウッド・ベースが弾くリフ・パターン(がこの曲の構造の基本)とコンピューターで創り出したデジタル・ビートが一体化した上でポール・サイモンが歌っている。

しかもそのアクースティック・サウンドとデジタル・ビートは取って付けたような一夜漬の合体化ではなく、不思議なほど実に自然に違和感なく溶け合っていて、極めてナチュラルなサウンドに(少なくとも僕には)聞えるので、聴いていて凄く気持良いんだよね。ハンド・クラップの音も聞えるなあ。

四曲目「ストリート・エンジェル」のリズムも躍動的なグルーヴ感で凄いけれど、これには二曲目「リストバンド」とは違って生のドラムスも演奏に参加しているとクレジットされている。しかしやはりクラップ!クラップ!が参加してデジタルなビートも加えていて、どこからどこまでが生音で電子音なのか僕には判別不能。

しかもその四曲目「ストリート・エンジェル」にはニコ・ミューリーも参加しているというクレジット記載がある。僕はアントニー&ザ・ジョンスンズのアルバムで知ったアレンジャー。だけど彼っぽいサウンドはここでは聴けない。「オーケストラ・ベルズ」とクレジットされているけれど、それはなんだろう?

また六曲目「イン・ア・パレード」のリズムも凄い。ブックレットの記載ではポール・サイモンのヴォーカル以外には、ドラムスなど種々打楽器のジム・オブロンだけとなっているから、ジム・オブロン(誰だろうこの人?)が一人で多重録音しているんだろうね。電子系打楽器サウンドもはっきりと聞える。

その六曲目「イン・ア・パレード」はアルバム『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』全体を通し最もリズムが激しく躍動感に富むものなんだけど、しかしたったの2分22秒しかないもんだから、まるで一筋の疾風のごとく吹抜けて去っていってしまう。う〜ん、気持良いからもっと長く聴きたいぞ。

次の七曲目「プルーフ・オヴ・ライフ」はアルバム中最も長い5分44秒。そしてこの曲は従来からのポール・サイモン・ファンの方々にとってはおそらく最も聴きやすく耳馴染のあるようなサウンドだろう。やはりニコ・ミューリーが参加していて、ここでは彼らしい繊細なアレンジを聴かせる。

九曲目「ザ・リヴァーバンク」には、マイルス・デイヴィス・バンドでの活躍で有名な(最近はキース・ジャレットのスタンダーズでの活動の方が有名?)ドラマー、ジャック・ディジョネットが参加して、生のドラム・セットを叩いている。最近のディジョネットにしては聴いたことのない先鋭的なビート感だなあ。

元々ディジョネットは1966年にチャールズ・ロイドのバンドにレギュラー参加したことから有名になったドラマー。同時期にキース・ジャレットも同じバンドに在籍していた。いやあ、あの頃のチャールズ・ロイド・カルテットは最高だったよなあ。マイルスもそれを聴きそめてこそこの二名を引抜いたのだ。

だから1960年代末〜70年代前半頃、少なくともスペシャル・エディションあたりまでのディジョネットは本当に凄かった。近年のキース・ジャレットのスタンダーズとかでしか聴いてないジャズ・ファンの方々は、それらを聴いたら「これ、同じ人なのか?」ビックリ仰天するに違いない。

元々そんな先進的ドラマーだったディジョネットなんだけど、現在74歳という年齢のせいもあってか、あるいはキース・ジャレットのせいなのか、最近はだいぶおとなしい人になっていたのが、同年齢のポール・サイモンの新作に起用されて先鋭的ビートを叩いているのはちょっと想像できなかった。

これは間違いなくポール・サイモンの要求だったなあ。「ザ・リヴァーバンク」ではドラマーはディジョネット一人。他にパーカッション奏者が複数いるだけで、電子系打楽器奏者は参加していないことになっているのだが、ちょっと聴いた感じでは完全に21世紀型ヒップホップ・ビートだもんなあ。

以前から何度か書いているけれど、かつてはシンセサイザーやコンピューターなどを使って出していたようなリズムやサウンドを、21世紀に入って少し経った頃、特に2010年代あたりから、生楽器オンリーの演奏で同じようなものを創り出す演奏家が出てきているように思うのだ。

しかしそれは主にやはり若い音楽家の間での話だった。それを二人とも74歳のポール・サイモンとジャック・ディジョネットの共同作業で同じことをやっちゃうなんて、誰が想像できただろうか?いや、こんな言い方は彼ら一流音楽家に対して失礼だろう。想像していなかったのは僕だけかもしれない。

しかも『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』九曲目の「ザ・リヴァーバンク」では、そんな生楽器を使ったヒップホップ的なデジタル感のあるビートに乗せてポール・サイモンが歌うだけでなく、かなり控目であるとはいえ、中盤でギル・ゴールドシュタインのアレンジによるストリングスが入っている。

続く10曲目「クール・パパ・ベル」も電子系打楽器奏者はおらず、生身のドラマーとパーカッショニストだけとクレジットされているんだけど、その結果できあがったサウンドを聴くと、やはりデジタルな感触があるもんなあ。この曲でもホーン・アレンジをやっているのはニコ・ミューリーだ。

アルバム・ラスト11曲目「インソムニアックス・ララバイ」は繊細で端正なアクースティック・ギターのサウンドをメインに据えた、いかにもポール・サイモン・サウンドらしいもの。ここでもジャック・ディジョネットがドラムスを担当し、さらにボビー・マクファーリンもバック・ヴォーカルで参加している。

「インソムニアックス・ララバイ」は曲全体を通じ非常に静謐な雰囲気なので、ディジョネットのドラムス演奏もシンバルの音が聞える以外はどこで叩いているのかほぼ分らないようなもの。ボビー・マクファーリンに至っては本当は参加していないんじゃないかとすら思うほど、ほぼその声は聞えない。

でも「インソムニアックス・ララバイ」には前述のハリー・パーチ創作による独自楽器の音(らしきもの)が入っていて、それがちょっと面白いんだなあ。静謐なバラード調の曲に創作楽器による摩訶不思議なサウンドが混じっているというもので、ポール・サイモンのこの先鋭作の締め括りには相応しい。

エレクトロニクス音楽家クラップ!クラップ!が参加してデジタル・ビートを加えているのは、『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』では正確には三曲だけ。しかしそれら以外の曲でも、各種打楽器奏者がほぼ似たような21世紀型ビートを奏でていて、アルバムを通しサウンドの質感に一貫性がある。

こんなに面白いポール・サイモンの新作の共同プロデューサーは、なんとあのロイ・ハーリーだ。僕は最初ちょっと目を疑った。ロイ・ハーリーはもう引退したんじゃなかったの?彼がポール・サイモンに協力したもので僕がまず思い浮べるのは『グレイスランド』と『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』の二枚。

『グレイスランド』は1986年の、『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』は1990年の作品。どっちもロイ・ハーリーが共同プロデューサーでエンジニアもやっている。引退していたはずの彼をポール・サイモンが引きずり出してきて2016年の新作で起用したのはちょっと示唆深いものがある。

というのは先進的デジタル(風)・ビートの躍動感こそが僕にとっては最も面白い『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』の、その音楽的ルーツをポール・サイモン自身の作品で辿ると、どう考えても『グレイスランド』『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』の二枚に行着くようにしか思えないからだ。

そうした約30年という時の流れを線で繋ぐというあたりのことを書くという、最初はそんな腹づもりだったんだけど、こんなに長くなっちゃったのでやめておこう。僕の印象では『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』は『グレイスランド』よりも『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』に直接的には繋がっているように思う。

サイモンとガーファンクル時代(には日本では「アンド」や「&」表記ではなかった)からの熱心なファンである方々にとってはさほど飛抜けて出来のいいアルバムではないように思われているかもしれない二枚だけれど、僕にとってのポール・サイモンとは『グレイスランド』と『ザ・リズム・オヴ・ザ・セインツ』に尽きるのだ。

それら二作と2016年の新作『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』がどんな具合に繋がっているか、聴直しているといろんなことが頭に浮ぶんだけど、僕やなんかが書かなくたって誰かもっとしっかりとした人が書いてくれるだろう。とにかく『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』は本当に凄いぞ!

最後に。『グレイスランド』については、当時の南アフリカのアパルトヘイト政策に関連してポール・サイモンは強く批判された。しかし、アパルトヘイト撤廃後の民主化した南アフリカで、ネルソン・マンデラがまず最初に公演を依頼した欧米の音楽家がポール・サイモンだったことは書添えておく。そうでなくなって、音楽家の政治姿勢と、創る音楽の美しさ・楽しさは無関係だ。

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コメント

実はポールサイモンは殆ど聞いた事ないですが、読んでいると聴いてみたくなってきました♪
ディジョネットも参加してるんですね〜

COWさん、迷わず買っていただいて損はしません。

こちらにもコメントさせて頂きますね。
ハリー・パーチというと、僕らの世代にはニーノ・ロータやモンク、クルト・ワイルの作品集で印象的なハル・ウイルナーのチャールズ・ミンガス・トリビュート→https://www.youtube.com/watch?v=1Xne8IURhHs
で、彼の楽器を全面的にフューチャーしていました。ただ、この作品、高踏過ぎてエラく難解なんですよ。このポール・サイモンの作品はどうなんでしょうか。興味が湧いたのでYou Tubeとか調べてみます。

ケンジキエンさん、僕はまあ耳がヘボなもんで、あんまり高踏的で難解な音楽は遠慮しちゃいます。ポール・サイモンのこの新作は、ハリー・パーチの創作楽器が随所にちりばめられてはいますが、全体的にはやはりサイモンらしいアメリカン・ポップスなので、だから僕は大好きで評価もしているわけです。どうか遠慮なくお聴きになってみてください。

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