ブルーズ・ギター最高の名手
ブルーズというとみなさんギター(とヴォーカル)のことを思い浮べるだろう。そういうリスナーが多いはず。人気のあるブルーズマンってギタリスト兼ヴォーカリストが多いもんなあ。ギターを弾きながら自ら歌う、それがブルーズという世界だと思われているかも。
それはギターがかなり身近な楽器だというのもあるんだろう。一個のアクースティック・ギターなら弾けばそのまま音が出せアンプも不要、いつでもどこにでも外出先にでも簡単に持運び可能で、しかも高級ブランド品にこだわらなければ、楽器としてはかなり安価だもんね。
これは僕らアマチュアでちょっと遊びでギターを触るだけのファンだけじゃなく、プロの世界でも同じなんじゃないかなあ。安価なギターを一個買って、あるいはもらって、それを弾きながらブルーズ・ソングを歌ってみる 、取り敢ずそうやってはじめたプロのブルーズマンも多いだろう。
これがピアノとなると値段も高いから貧乏人にはおいそれとは買えないし、買えるだけの経済力があっても一箇所に据置いて演奏するしかないという楽器だからなあ。アップ・ライト型のピアノはグランド・ピアノに比べればまだ場所を取らないけれど、それでもやっぱり(パイプ・オルガンなどを除き)最もスペースを取る楽器だよね。最近はデジタル・ピアノもありはするけれども。
ブルーズの世界におけるピアノはジャズ界における同楽器ほどの人気がなく、わざわざ「ピアノ・ブルーズ」なんていう言い方をしたりするくらいなんだから、それだけ特別視されているちょっと珍しいものだってことなんだろう。ギター・ブルーズと言わないこともないけれど、まあ少ないよねえ。
それにピアノは専門的に修練しないと弾きこなせるようにならない(場合が多い)楽器だし、比較的習熟が早いギターとはそのあたりも違う。もちろんギターだってプロになるような人は日頃から修練しまくっているわけだけど、ピアノとはちょっとなにか違うものだという面があるんじゃないかなあ。
そんなこともあるのか関係ないのか、ジャズなどとは違ってブルーズの世界ではやはりギタリストが人気。例えば戦前ブルーズの世界ではおそらくロバート・ジョンスンが最も知名度がある人ってことになるんだろう。その他同時代の、あるいは戦後も、カントリー・ブルーズの世界ではほぼギタリストばっかり。
しかしながら、戦前ブルーズ界ではギタリストのロバート・ジョンスン(その他)が最有名人であるにもかかわらず、1920〜30年代当時のブルーズ・シーンにおける最大の人物は、実を言うとリロイ・カーだったのだ。言うまでもなく彼はピアニスト。多くはデュオ編成で膨大な数を録音した。
ピアノ兼ヴォーカルのリロイ・カーの相棒はギタリストのスクラッパー・ブラックウェルだった場合が多い。ピアニストがギタリストを伴って録音するというのはジャズ界にも大きな影響を与え、1940年代のナット・キング・コール・トリオは明らかにリロイ・カー・デュオの影響下にあるよね。
リロイ・カーは1935年に若くして亡くなっている。酒の飲過ぎが原因だったらしい。ちょっと後のカウント・ベイシーとか、その後のナット・キング・コールなどジャズ・ピアニストの世界にまで強い影響が及んでいるわけだから、ブルーズ・ピアニストでカーの影響下にない人物なんて存在しない。
リロイ・カーのブルーズがどんなものだったのかとか、戦前ブルーズ界においていったいどんな意味で「最大の存在」だったのかとか、同時代やその後のシティ・ブルーズは言うに及ばず、地域とスタイルと楽器の枠を超えカントリー・ブルーズの世界にまでどれほど大きな影響を与えているのかとかはまた別の機会に改めて書こう。
そんなわけで僕にとってのブルーズ・ピアニストはリロイ・カーこそが最大・最高の人物なんだけど、1935年までしか録音がないわけだから、多くのファンには音質的に厳しいのかもしれない。1940年代以後はルーズヴェルト・サイクス、ビッグ・メイシオ、そしてメンフィス・スリムの三人が代表的ブルーズ・ピアニストだろう。
その三人が1940年代以後のブルーズ・ピアノ界を引っ張っていった存在に間違いないと思うんだけど、今日はそれでもやっぱりブルーズ・ギタリストの話をしようと思う(苦笑)。前記三人のうちの最後の一人、メンフィス・スリムと一緒に活動した人だ。こう言うと誰の話なのかもう速攻でバレてしまうよね。
そう、マット・マーフィーだ。アンソロジー『シカゴ・ブルースの25年』附属の解説文におけるメンフィス・スリムの項で日暮泰文さんは、「日本のブルース・ファンの間でも、マット・マーフィーのギターがバックに入ったヴィー・ジェイ盤など人気が高い(裏返せば、それ以外は人気ゼロに近い)」と書いている。
現行CDでは三枚組の『シカゴ・ブルースの25年』。この日暮さんの文章は1981年オリジナル・アナログ盤からあったものだけど、現在僕が持っている2008年のリイシュー盤にもそのまま載っている。つまりメンフィス・スリムというブルーズ・ピアニストは相棒マット・マーフィーあってこその人気らしい。
ギター・ブルーズと同じくらいピアノ・ブルーズも好きな僕にとっては、それはちょっと残念な事態だなあ。それはおそらくはピアノがメイン楽器の一つであるジャズの側からブルーズの世界に入ったせいなのかもしれない。ジャズの世界においてはギターなんてのはごくごくマイナーな楽器でしかないもんね。
だから上で引用した日暮さんの文章はまあ本当のことなんだろうけれど残念だ。もっともマット・マーフィーに言及しながらも、『シカゴ・ブルースの25年』に一曲だけ収録されているメンフィス・スリムの録音にマーフィーはいない。メンフィス・スリム一人でのピアノ弾き語りブルーズだ。
それはともかくマット・マーフィー。ブルーズ・ギタリストのなかで誰が一番上手いのかなんて議論は、みんなそれぞれスタイルが違うんだから一概に比較するのは意味のないことだけど、無意味を承知の上でそんなアンケートでもやれば、ひょっとしたら一番票が集るのはマット・マーフィーかもしれない。
つまり星の数ほど存在する古今東西のブルーズ・ギタリストのなかで、一番上手いのがマット・マーフィーに他ならないだろう。マーフィーが世間一般に有名になったのは間違いなく1978年にブルーズ・ブラザーズ・バンドに参加して、80年の映画『ブルース・ブラザース』に出演したからだ。
映画『ブルース・ブラザース』でのマット・マーフィーはアリサ・フランクリンの夫役で出演している。黒人音楽ファンなら観ていない人はいない非常に有名な映画だから説明する必要はないだろう。ひょっとしてまだご存知ない方がいらっしゃればDVDをレンタルでもして是非ご覧あれ。各種黒人ダンス(黒人音楽と切離せない)のことを知る上でも必見。
マット・マーフィーはそんな『ブルース・ブラザース』出演後はかなり人気が出て、リーダー・アルバムも数枚出してはいるのだが、彼の音楽キャリア全体から見れば(いや、まだ存命だけども)それは例外であって、それまでもっぱら他のブルーズメンの伴奏ギタリストとして腕を振ってきた人物なのだ。
つまり常に脇役だったマット・マーフィー。そんな伴奏者としてのブルーズ・ギタリストとしての彼が最も有名なのがやはり前述の通りメンフィス・スリムの1950〜60年代の録音だろうなあ(70年代はジェイムズ・コットン・バンドで大活躍)。一番知られていて名盤としても名高いのが1958/59年録音の『アット・ザ・ゲイト・オヴ・ホーン』だ。
すなわち上で日暮さんの文章を引用したなかにあるヴィー・ジェイ盤のこと。メンフィス・スリムのヴィー・ジェイ盤とはこれ一枚しかないんだから間違いない。これがメンフィス・スリム&マット・マーフィーを聴くのには一番いいものとされている。ピアノもギターも確かに素晴しい演奏内容だよなあ。
特に二曲目のインストルメンタル・ブルーズ「ステッピン・アウト」はインストルメンタルということもあってかマット・マーフィーも長めのギター・ソロを弾くので上手さが分りやすいだろう。しかし『アット・ザ・ゲイト・オヴ・ホーン』には管楽器奏者も賑やかに参加してもいて、ソロも吹いている。
マット・マーフィーもソロを弾き、ソロだけでなくメンフィス・スリムが歌っている間でのギター・バッキングの上手さなんかホント舌を巻くようなもので感心しきりなんだけど、ホーン奏者の音が賑やかで大きめに聞えるもんだから、マット・マーフィーのギターだけに集中したいという時にはイマイチ向かないかも。
そんな気分の時に僕がいつも聴くのは、メンフィス・スリムがフランスに永住した(1962年)のち、同地でライヴ録音された『メンフィス・スリム・ウィズ・マット・マーフィー』という仏ブラック・アンド・ブルー盤。僕が持っているのは1999年にPヴァインがCDリイシューしたもの。これが最高なんだ。
どうしてそれが最高なのかというと、これはメンフィス・スリムとマット・マーフィーのたった二人だけのデュオ演奏なのだ。フランスにおける1963年5月23日のライヴ録音。たった二人だけということでマット・マーフィーが弾きまくるブルーズ・ギターの超絶的な上手さが大変に分りやすい。
Pヴァイン盤解説の小出斉さんによれば、アナログ盤時代からブルーズ・ギター・ファンの間では「こんな凄いのがあるよ」と噂を呼んで聴き継がれていたものだということだ。小出さんの本業はブルーズ・ギタリストだから、それで一層このアルバムで聴けるマット・マーフィーの上手さが身に沁みるんだろう。
マット・マーフィーのギターが具体的にどんな具合に上手いのかを音楽的に説明するのはギター専門家ではない僕には荷が重い。専門家である小出さんの解説を読んでほしい。マット・マーフィーの一番顕著な影響源はおそらくT・ボーン・ウォーカーなんだろうと思えるようなスタイルの弾き方だ。
そんでもってシングル・トーンでソロを弾いている時のマット・マーフィーのフレイジングにはジャズ・サックス奏者の影響すら僕は感じる。これは僕が熱心なジャズ・ファンのせいなんだろうか?いや、間違いなく彼のギター・スタイルに聴取れるように思うけどなあ、チャーリー・パーカーなどの痕跡が。
『メンフィス・スリム・ウィズ・マット・マーフィー』では「ストーミー・マンデイ」をやっている。もちろんT・ボーン・ウォーカー・ソングなので、この曲でのマット・マーフィーにはウォーカーの影響が非常に色濃く出ているのが分りやすい。その他の曲でもマーフィーは都会的に洗練されたスタイルだ。
『メンフィス・スリム・ウィズ・マット・マーフィー』にはリロイ・カー・ナンバー「ハウ・ロング・ブルーズ」と「イン・ジ・イヴニング」の二曲がある。このあたりは最初の方で書いたブルーズ・ピアノ界におけるリロイ・カーの影響の大きさを物語るものだ。これらの曲はピアニストはだいたいみんなやっているもんね。
それは別に特別なことではない。ブルーズ・ピアニストはみんなリロイ・カーの曲をやるんだから。カウント・ベイシー(はジャズというよりブルーズ系)だって戦前のデッカにそれら二曲をレコーディングしているくらいだ。だからメンフィス・スリムがやったって当り前。
それら二曲のリロイ・カー・ナンバーをやるメンフィス・スリムとマット・マーフィーのデュオは、まるでリロイ・カー&スクラッパー・ブラックウェルのコンビを彷彿とさせるような感じの演奏で、まるでこの二人が1960年代に生きていればこんなだっただろうというフィーリングで、こりゃいいよなあ。
そのあたりリロイ・カーやその他都会のピアノ・ブルーズの話は、前述の通りまた機会を改めてじっくり書いてみたい。そういえば1990年代後半にネット上でやり取りしていた吾妻光良さんは「ギタリストではスクラッパー・ブラックウェルとオスカー・ムーアが一番好きです」って言っていたことがある。
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