イベリア打楽器アンサンブルとアラブ・ヴォーカルの響き
僕の場合これまた荻原和也さんのブログ記事で知って興味を持って(最近こんなことばっかりだ、荻原さん本当にお世話になってます!)買ってみたコエトゥスの2012年作『エントレ・ティエラス』。日本盤なんか出るわけないだろうと思っていたので、迷わずアマゾンに出品している海外の業者にオーダーした。
アマゾンに出品しているこの手の業者は、言ってみればアマゾンという軒先を借りているだけのテナントみたいなもので、だからアマゾンはそれが入るビルディング。なのでアマゾンはあまりタッチせず、業者への仲介をして、支払をアマゾンに登録してあるカードでできるというだけの話。
僕の場合、スペインの音楽集団であるコエトゥスの『エントレ・ティエラス』をオーダーしたのはスペインの業者ではなく、記憶ではイギリスの業者だった。オーダーしてから一ヶ月半ほどかかってなんとか届いたんだけど、その直後に日本盤がリリースされて、しかもそれは僕が買った海外盤より安いじゃないか(涙)。
コエトゥスの『エントレ・ティエラス』日本盤をリリースしたのはアオラ。これがリリースされたのを知ったのは数ヶ月前の『ミュージック・マガジン』で松山晋也さんがレヴューしていたからだった。海外盤紹介のコーナーではなかったので。松山さんがどんなことをお書きだったのかはもう憶えていない。
そんなわけで日本人リスナーにも買いやすくなっているはずのコエトゥス『エントレ・ティエラス』。コエトゥスは前述の通りスペインの音楽集団で、カタルーニャのアレイクス・トビアス率いるパーカッション・オーケストラ。それもカタルーニャやスペインだけでなく、汎イベリア半島的な音楽性の持主のようだ。
アレイクス・トビアスは「イベリアン・パーカッション・オーケストラ」とコエトゥスのことを自称しているらしい。彼の主な担当楽器はパンデレータ。こちらはご存知の方が多いであろうブラジルのパンデイロと音が近いので類推できるように、スペインのタンバリンだ。その他各種楽器を担当している模様。
パンデレータを中心にイベリア半島の各種打楽器をかなりの数起用していて、イベリアン・パーカッション・オーケストラを自称するだけのことはあるという、『エントレ・ティエラス』はそんな内容だ。ただしこのアルバムをただ単に大人数で太鼓を派手にドンドコ鳴らしているようなものだと思ったら大間違い。
確かに『エントレ・ティエラス』では大半の曲で複数の打楽器が鳴り響く。がしかしそんな曲ですらそのパーカッション・アンサンブルは実に巧妙に組立てられていて、聴いていてやかましいとか賑やかだとかそんな聴感上の印象は全くない。全くないどころかその逆だ。落着いて静かな感じにすら聞える。
だから荻原さんのブログ記事で『エントレ・ティエラス』のことを知って興味を持った僕はというと、派手で賑やかでやかましく豪快な打楽器アンサンブルが大好きな人間なわけだから、届いたこのアルバムを最初に聴いた時は拍子抜けしてしまったくらいだった。ぜ〜んぜん賑やかに聞えないもんね。
だから『エントレ・ティエラス』を一・二度聴いた頃の僕は、打楽器アンサンブルもいいなとは思ったものの、好きになったのはそういう部分ではなくて、全ての曲で起用されているヴォーカリストたちだった。ヴォーカル抜きのインストルメンタルな打楽器アンサンブルみたいな曲はアルバムに一つもない。
ってことはコエトゥスはイベリアン・パーカッション・オーケストラを名乗りながらも、『エントレ・ティエラス』の内容はそんな打楽器アンサンブルに乗るヴォーカル・ミュージックだと言ってもいいんじゃないかというのが僕の第一印象だった。フィーチャーされている歌手たちもだいたいみんな魅力的だもん。
『エントレ・ティエラス』で最も多く起用されているのはエリセオ・パラ。この男性歌手はトラッド・シンガーとして活躍しているヴェテランなので僕でも知っていた。あとは曲によって女性歌手が入る。ジュディット・ネッデルマン、アナ・ロッシ、シルビア・ペレス・クルースの三名。
シルビア・ペレス・クルースは最近注目だからこの人も僕は名前を聞いたことがある。シルビアは『エントレ・ティエラス』ラスト13曲目の「ガージョ・ロホ」でだけ歌っている。アルバムでは12曲目が終ると、13曲目に入った直後にしばらく無音が続くのでボーナス・トラックみたいな扱いなのか?
しかしそのアルバム・ラスト「ガージョ・ロホ」でのシルビアのヴォーカルは、僕の耳にははっきり言ってどうってことないように聞える。書いたようにちょっとしたオマケ的な扱いなのかどうか分らないけれど、聴いても聴かなくてもどっちでもいいような気がするなあ。打楽器アンサンブルも聴き応えがない。
『エントレ・ティエラス』に参加している女性ヴォーカリストでは、従ってシルビアではなくてジュディット・ネッデルマンとアナ・ロッシの方がはるかにいい味を出している。一曲だけのシルビアと違いこの二人は複数の曲で歌い、またバック・コーラスに入ったりもしていてかなり活躍している。
曲によってはメイン・ヴォーカリストのエリセオ・パラがリードで歌い、アナ・ロッシとジュディット・ネッデルマンがバック・コーラスで入ったりもする。エリセオ自身も(おそらく多重録音で)コーラスに入ったりもしている曲がある模様。マス・クワイアみたいに響く曲もあるのでかなり重ねているなあ。
例えば二曲目の「ノ・ヴォイ・ソロ・ノ」もそんな感じでエリセオがリード・ヴォーカル兼バック・コーラス、ジュディットとアナ・ロッシがバック・コーラスとのクレジットになっているが、たった三人とは思えないような響きだ。ところでこの曲では冒頭からビリビリという音が聞えるがなんだろう?
そのビリビリというかギュインギュインというか、この音は大変に耳馴染のあるものなんだけど楽器名を思い出せない。ブックレットのクレジットを見てもそれらしきものが分らない。僕のスペイン語理解力がないせいだ。いますぐパッと思い出せるものではアイヌのムックリの音に近い。
ムックリみたいなその音は五曲目「ラ・モリネラ」冒頭でも鳴っている。ホントなんだろう?よく聴き知っている音なのに〜、思い出せない〜、ああ〜もどかしい〜。だれか助けてくれ〜。それはそうと「ラ・モリネラ」という曲の出来はこりゃ相当にいいね。アルバム中一番いいかもしれない。
五曲目「ラ・モリネラ」もエリセオのリード・ヴォーカル(と多重録音コーラス)にアナ・ロッシとジュディットのバック・コーラス。しかしこの曲ではエリセオの旨味のあるヴォーカルが目立っている。その歌い廻しにはアラブ・アンダルース風味が濃厚で完全に僕好みだ。素晴しくて聴惚れちゃうね。
そもそも『エントレ・ティエラス』全体にわたって、エリセオやその他女性ヴォーカリストでも、歌う曲のメロディ・ラインや歌い方やコブシ廻しにはアラブ・アンダルース風味がかなり濃厚なのだ。汎イベリア半島音楽ということなんだから、歴史的にはみなさんご存知の通り当り前のことだろう。
『エントレ・ティエラス』附属ブックレットには、一曲ごとに解説文と歌詞と参加歌手・演奏者名と担当楽器名が明記されているが、それと同時に全曲かなりシンプルだけどイベリア半島の地図が描かれてあって、それに赤丸が付いている。どの地域の伝承曲なのかを示すためだ。これも面白いなあ。
その地図に付いた赤丸を見ると(11曲目の「トナーダ・デル・カブレステロ」だけその地図がないのはヴェネスエーラのシモン・ディアスの曲だから)イベリア半島のほぼ全域にわたっているが、半島島嶼部や、あるいはカナリア諸島域にも赤丸が付いている。でも僕はあまりよく知らない。
イベリア半島音楽にアラブ音楽の影響が濃いことは書いたように常識だから繰返す必要はないはず(万が一この文章をお読みになる方にご存知ない方がいらっしゃればネットで調べてみてください、速攻で分ります)。そんなアラブ・アンダルース風なヴォーカルに打楽器アンサンブルって最高じゃないか。
なお書いたように打楽器アンサンブルの、いってみれば「おとなしさ」に拍子抜けしたとという僕の第一印象は、『エントレ・ティエラス』を繰返し聴くうちに徐々に覆されていって、大好きなアラブ色濃いヴォーカルとともに、現在ではやはりリズムの面白さがかなり魅力的に響くようになってきている。
『エントレ・ティエラス』のなかでポリリズミック・アンサンブルの面白さがはっきりと分る曲がいくつかある。五曲目の「ラ・モリネラ」とか七曲目の「アンダ・ソル・イ・ポンテ・ルエゴ」とか九曲目の「パンデロス」とか12曲目の「エル・マンディ・デ・カロリーナ」だ。グルーヴィーで躍動的。
その七曲目の「アンダ・ソル・イ・ポンテ・ルエゴ」には西アフリカの弦楽器であるンゴニや、北アフリカの弦楽器シンティール(ゲンブリ)も入っているので、イベリア〜マグレグ〜サハラ以南アフリカの三者合体みたいになっていて面白すぎる。北アフリカといえば12曲目ではベンディールが入っている。
マグレブ音楽ではお馴染みの北アフリカの打楽器ベンディールが二台入っている12曲目「エル・マンディ・デ・カロリーナ」には、エレキ・ギターとエレベも入っていて、トラディショナルにしてかつモダンでもあるというもの。これまた面白いね。米英大衆音楽リスナー、特にロックやファンクのファンにはこの曲が一番聴きやすいはずだ。
その12曲目「エル・マンディ・デ・カロリーナ」がかなり賑やかで派手なので、しかも前述の通りこれが終ってアルバム・ラストの13曲目が聞える前に少し無音が続くので、やはりここで一区切りということなんだろう。アルバム収録曲はほぼ全て伝承曲だけど、アレンジはコエトゥスのリーダー、アレイクス・トビアスがやっている。
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