マイルスの吹く完璧なブルーズ・ソロ
マイルス・デイヴィスのスタジオ録音における12小節ブルーズで一番好きなのは1955年の「ドクター・ジャックル」(『マイルス・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』)だ。いやあ、ホント何回聴いてもいいなあ、ミルト・ジャクスンとレイ・ブライアントが。
つまりこの演奏では僕はいつもヴァイブラフォンとピアノの二人を聴いていて、本当にブルーズが上手いなと感心しているのであって、ことボスのソロに関しては悪くもないが、かといってそんな大したこともないだろうという印象なのだ。
以前も書いたけれど、マイルスが本当に自分のトランペット・スタイルを確立するのは1956年頃の話。その頃から12小節ブルーズでもいい内容のソロを吹くようになっている。一例が同年10月録音の「ブルーズ・バイ・ファイヴ」(『クッキン』)。
レッド・ガーランドも上手いね。ポール・チェンバースのソロもいい。ジョン・コルトレーンだけがイマイチかなあと思うだけで、あとは全員素晴しい。マイルスのこういう12小節ブルーズ吹奏で僕が最も完璧だと思っているのが1959年録音の「フレディ・フリーローダー」(『カインド・オヴ・ブルー』)だ。
なにもかも完璧だとしか言いようがない。三管によるテーマ吹奏もファンキーだし、その後一番手で出るウィントン・ケリーのピアノ・ソロがブルージーで旨味。3コーラス目からジミー・コブがスネアのリム・ショットを入れはじめるのもグッド・アイデアで僕は大好き。
お聴きになれば分るように二番手で出るマイルスのソロは6コーラス。その構成が文句なしの完璧さなのだ。ワン・コーラスごとに非常によく組立てられた内容で、ブルージーでファンキーかつ美しい。特に僕が溜息をつくのが5コーラス目と6コーラス目。5コーラス目では中音域で同じ音程を繰返して吹いている。
そしてその同じ音程の中音域ソロが次の6コーラス目の伏線になっていて、その最終コーラスではやや高音域をヒットして(といってもマイルスのことだからさほど高い音ではない)、それが全6コーラスにわたるマイルスのこのブルーズ・ソロのエクスタシーになっているんだよね。
「フレディ・フリーローダー」だけでなく『カインド・オヴ・ブルー』というアルバムは、どの曲でもマイルスのソロの構成が絶妙で、そのなかでも最も整合性の強い一曲目「ソー・ワット」におけるソロは、その整合性の強さはギルがあらかじめ譜面にしてあったからじゃないかと僕は推測している。
このことは以前詳述した(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-ba00.html)。「ソー・ワット」も完璧なら「フレディ・フリーローダー」もその他全ての曲でもマイルスのソロは均整が取れている。取れすぎていると思うほどだ。しかもそれがファンキー・ブルーズであるならなおさら言うことなし。
『カインド・オヴ・ブルー』にはもう一曲12小節ブルーズがある。B面一曲目の「オール・ブルーズ」。しかしこちらはブルージーでもファンキーでもないし、しかも3/4拍子というちょっと変ったブルーズだ。黒いフィーリングがないものだからピアノはビル・エヴァンス。
僕にとってはA面の「フレディ・フリーローダー」こそ最高で、ファンキーかつ完璧に構成され均整が取れ、ワン・コーラスごとに徐々に盛上げて最終的にエクスタシーに到達する展開のトランペット・ソロ内容に降参しちゃっているので、B面のファンキーじゃない「オール・ブルーズ」はイマイチなのだ。
まあしかし何度聴いても「フレディ・フリーローダー」におけるマイルスのソロ、特に5コーラス目から6コーラス目にかけての展開には感心する。ファンキーでありかつ完璧な構築美という、こんなブルーズ・ソロはマイルスの音楽生涯で僕は他にあと一つしかしらない。1969年の「イッツ・アバウト・ザット・タイム」だ。
言うまでもなくアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』B面のファンキー・ナンバー。ファンキーになっている最大の理由はオルガンで演奏にも参加しているジョー・ザヴィヌルの書いたリフ・パターンだが、それに乗って吹くマイルスも最高だ。
マイルスのソロは11:50あたりから。この曲の場合は何コーラスと数えられるようなテーマ・メロディみたいなものはない。13:02〜13:08までの間、マイルスは中低音で同じ音程を繰返し独特のグルーヴ感を出しているかと思った次の瞬間に高音をヒットし、しばらくそんなフレーズを続けて盛上げている。
その13:09でマイルスが高音をヒットした瞬間に、それまでハイハットとスネアのリム・ショットだけという極端に限定された役割に徹していたトニー・ウィリアムズがとうとう辛抱できなくなり、フル・セットで爆発している。トニーはその前の同じ音程での中音域反復あたりからかなり昂まっていたに違いない。
というかマイルスのソロ全体でトニーは徐々に高揚していっていて、その間ずっとハイハットとリム・ショットだけで我慢していた。それがマイルスのファンキーなソロが続き気持が盛上がっていたところに、13:02〜13:08までの間の同音反復グルーヴで限界に近づいて、次の高音ヒットで思わずイッてしまう。
そうやってトニーをイカせてしまうマイルスのソロのファンキーさと絶妙な構成と盛上げ具合を聴くと、こういうソロ展開の最も早い例が上で書いた1959年の「フレディ・フリーローダー」だろうと思うのだ。「イッツ・アバウト・ザット・タイム」の形式はブルーズでないが、フィーリングはブルーズそのもの。
『カインド・オヴ・ブルー』は1959年の作品にして、マイルスのコロンビアでのコンボ作品三作目(『ジャズ・トラック』を除く)。これの前58年『マイルストーンズ』には「ドクター・ジキル」「シッズ・アヘッド」「ストレート、ノー・チェイサー」とブルーズ形式の曲が三つもある。
しかし僕にとっては『マイルストーンズ』におけるそれらブルーズ三曲はそんなに大好きでもないんだなあ。ジャッキー・マクリーンの書いたアルバム一曲目の「ドクター・ジキル」は、曲名がちょっぴり違っているけれど最初に紹介した1955年プレスティッジ録音の再演。でも急速調すぎてブルージーなフィーリングが失われてしまっているもんねえ。
他の二曲「シッズ・アヘッド」「ストレート、ノー・チェイサー」はブルーズ・フィーリングがあると思うんだけど、僕にはイマイチな感じに聞えてしまうのはどうしてなんだろう?そもそも僕は『マイルストーンズ』というアルバム自体昔からあんまり好きじゃないのだ。自分でもその理由が分らない。
「ストレート、ノー・チェイサー」は同1958年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでやったライヴ演奏が録音されて、かつては『マイルス&モンク・アット・ニューポート』のA面(B面はモンク・コンボ)に、現在ではマイルスの単独盤『アット・ニューポート 1958』に収録されている。
その1958年ニューポート・ライヴでの「ストレート、ノー・チェイサー」はスタジオ・ヴァージョンよりはいいのかもしれない。ピアノがブルーズをブルージーに弾けないビル・エヴァンスなもんだからそこだけがイマイチなんだけど、スタジオ録音ヴァージョンのレッド・ガーランドのゴマスリ・ソロよりはマシかもしれない。
マイルスのコロンビア盤においてはっきりとブルーズ形式の曲だと分るものは、リアルタイム・リリースでは『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』A面ラストの1961年3月7日録音「プフランシング」(別名「ノー・ブルーズ」)が最後ということになる。これはちょっと意外だよなあ。
リアルタイム・リリースでなければ1979年発売の未発表曲集『サークル・イン・ザ・ラウンド』に「ブルーズ No. 2」がある。1961年4月21日録音で、なぜだかドラムスがフィリー・ジョー・ジョーンズ。しかしこれが12小節ブルーズのスタジオ録音では正真正銘最後になってしまう。
例外的に1966年録音のウェイン・ショーターが書いた「フットプリンツ」(『マイルス・スマイルズ』)が12小節のブルーズ形式ではあるものの、あれはブルーズとも呼びにくいかなり抽象的なもので、フィーリングとしては全くどこにもブルーズが感じられないから外してもいいだろう。
となると、あんなにブルーズ好きだったマイルスのスタジオ録音では、1961年春を最後にブルーズが姿を消してしまうというのがなぜだったのか、ちょっと考えてみても分らない。復活するのは電化路線転向後の1972年録音「レッド・チャイナ・ブルーズ」(『ゲット・アップ・ウィズ・イット』)からだ。
しかし1970年代にはやはりこれは例外で他には一曲もない。81年の復帰後は83年あたりから91年に亡くなるまで、ほぼ全てのライヴ・ステージでストレートな12小節ブルーズを欠かしたことがなく、公式録音も相当数あるので、やはりマイルスは生来のブルーズ好きジャズマンではあったよなあ。
スタジオ録音では1961年春を最後に姿を消してしまうブルーズだけど、ライヴ・ステージではその後69年のロスト・クインテットの時期までやはり頻繁にブルーズを演奏してはいる。99%以上「ウォーキン」か「ノー・ブルーズ」で、数えたくもないが両曲あわせおそらく最低でも20個以上は公式録音があるはずだ。
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