脂の乗りきったソウル歌手の来日公演
今年2016年初頭に残念ながら亡くなってしまったソウル歌手オーティス・クレイ。同じオーティスならレディングよりこっちの方に僕は思い入れがあるんだけど、彼の残した録音のなかで僕が一番好きなのが、数年前に二枚組CDで完全盤としてリイシューされた1978年の初来日公演盤『ライヴ!』だ。
僕はアナログ時代にはこの『ライヴ!』は聴いたことがなく、というか何度も書いているようにそもそもソウル・ミュージック全般についてそんなもんで、まあまあ聴くようになったのもCDリイシューがはじまってからの話。オーティス・クレイの『ライヴ!』は以前一度CDリイシューされていたらしい。
その不完全だったという一度目のリイシューCDの時はなんとなく買い逃していて、数年前、確か2014年にリイシューされた二枚組がアナログ盤(も二枚組だったようだ)の完全リイシューだというのでかなり話題になっていたので僕の耳にも届いてきて、それで気になって買ってみたら最高だったね。
正直に告白するとこれがオーティス・クレイ初体験だった僕。のはずだと思ってよく調べてみたら2012年の Kent 盤『ホール・オヴ・フェイム:レア・アンド・アンリイシュード・ジェムズ・フロム・ザ・フェイム・ヴォールト』に「アイム・クォリファイド」が入っているなあ。これはリリース当時から持っていた。
フェイムというスタジオの名前にはやや敏感な僕で、それは1990年代末にスペンサー・ウィギンズのフェイム録音を聴いてぶっ飛んでしまった(https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-da12.html)のが原因なんだけど、それ以前からいろんな音楽でかなり知られたスタジオ名だったしね。
だから英 Ace / Kent がどんどんリイシューするフェイム録音集は出たら即全部買っている僕なので、『ホール・オヴ・フェイム』もそれで買ったに違いないんだけど、一度か二度聴いてそのままになっていた。今見直したらオーティス・クレイはもう一つ「ユア・ヘルピング・ハンド」も入っている。
しかしホント全然憶えてなかったなあ。そもそも第二集まで出ている『ホール・オヴ・フェイム』には知っている名前があまりない。ほぼ全員初耳の歌手ばかり。オーティス・クレイだってそれまで名前すら見たことなかったはずだし、聴いたはずなのに2014年の『ライヴ!』発売まで完全に忘れていた。
2014年の『ライヴ!』が素晴しかったもんだから、それで慌てて iTunes 内を検索して(再)発見しただけなのだ。『ホール・オヴ・フェイム』収録の「アイム・クォリファイド」は『ライヴ!』でもやっている。聴直したら『ホール・オヴ・フェイム』収録ヴァージョンもいいけれど、その話は今日はしない。
『ライヴ!』の「アイム・クォリファイド」はライヴ本編の二曲目で、一曲目の「アイヴ・ガット・トゥ・ファインド・ア・ウェイ」と切れ目なしに繋がっている。その変り目の瞬間が最高にスリリングだ。そもそもその一曲目冒頭のMCがカッコよくて、と言っても種々のライヴ盤で聴ける普通のスタイル。
普通のソウル・レヴューのオープニングだよね。MC が曲名を言うと瞬時にバック・バンドがその触りを演奏し、またすぐに次の曲名を言うとそれを演奏・・・、がいくつか続いて本編へのイントロダクションになっているという具合の例の奴。僕は大学生の時にジェイムズ・ブラウンの1967年アポロ・ライヴ盤で初めて聴いた。
オーティス・クレイの『ライヴ!』本編冒頭でも全く同じマナーでやっているだけという伝統的なやり方だけど、本当にそれがカッコいいんだ。MC が曲名を言った次の瞬間にドラマーがスネアをバンバン!と二発叩いて、続いて即座にバンドが演奏するという、そのスネアの音やエレベやホーンの音やら全部がカッコイイ。
オーティス・クレイが歌いはじめる前のそのイントロダクションでも分るし、本編の歌のバックでも分るんだけど、このバック・バンドの肝は間違いなくベースのラッセル・バーナード・ジャクスンだ。彼がリーダーシップをとって引っ張っている。彼の弾くベース・ラインもファンキーでカッコイイもんなあ。
あとはドラムスのアンソニー・ドゥワイト・コールマンのハイハット・ワークもいいなあ。最高にグルーヴィーだ。ギターは僕の耳にはどうってことのない普通の人に聞える。ピアノやオルガンといった鍵盤楽器奏者がおらず、サウンドに彩りを添えるのはもっぱら三本のホーン・セクションだ。
なおバック・バンド・メンバーの名前は『ライヴ!』の紙ジャケット裏に書いてあるんだけど、それがまあ本当に小さい文字で、カラーリングとしても見にくい色合で、老眼鏡をかけてかすかに見えるという程度。しかしそれは見えるからまだいい。ひどいのは封入されている日本語ライナーノーツだ。読めないんだよ。
老眼鏡をかけてすら文字が小さすぎてほぼ読めない日本語ライナーノーツ。結局かなりの倍率の虫眼鏡を使わないと読めなかった。こんなのじゃあ若い人だってちょっと読めないはずだ。ジャケット本体のデザインも含めオリジナル・アナログ盤完全再現を謳っているせいだけど、読めないものを付けても意味がないだろう。
そして虫眼鏡で読んだその日本語ライナーノーツは桜井ユタカさんの文章なんだけど、なんだかこの1978年オーティス・クレイ来日時の周辺情報ばっかり書いてあって、肝心の音楽の中身についてはなに一つ触れていないので、苦労して読む価値はほぼなかった。もっと書くべきことがあるんじゃないの?
『ライヴ!』のバック・バンドの面々の紹介文とか、収録曲のオリジナル・ヴァージョンは何年にどのレーベルに録音したももので、それはどんな感じでどのレコードで聴けるだとか、1978年当時には日本ではまだ聴く人が少なかったらしいオーティス・クレイの略歴とかヴォーカル技術とか、その他いろいろと。
今はネットで調べればなんでもだいたい分ってしまうからいいようなもんだけど、この桜井ユタカさんのライナーノーツは1978年リリース当時のものらしいからなあ。だから当時はまだ情報が少なかったはずだ。それに2016年にネットで調べてすら『ライヴ!』について詳しい文章はあまり出てこないもんね。
熱心なオーティス・クレイ・ファン、ソウル・リスナーならみなさんご存知のことだからということなのかもしれないが、『ライヴ!』を買うのはそんな人ばっかりじゃない。現にこの僕がそうだ。そしていざ音を聴いてみたら最高にカッコよくて痺れちゃって惚れたから、データや知識なんて音楽の感動には関係ないものではあるけれども。
それでも『ライヴ!』を聴いて、オッ、この曲がいいぞ!と思ってオリジナルを聴きたいと思っても、ライナーノーツに書いてないばかりかネットで調べてもすぐには分らないので、自力でなんとか調べまくって探してようやく辿り着いているという次第。それだってソウル素人の僕がやることだから怪しいんだよ。
グチはやめとこう。とにかくオーティス・クレイの『ライヴ!』がソウルフルでファンキーでカッコイイという話だ。この1978年の彼にとっての初来日は O. V. ライトのピンチ・ヒッターだったらしい。予定していた O.V. が病気で来日できなくなったので、急遽の代打だったんだそうだ。
当時オーティス・クレイは O.V. と同じくハイと契約していたので、それで白羽の矢が立ったんだろうね。しかし急遽の代打だったにしては、アルバムを聴くとバンドの演奏の一体感といいそれに乗って歌うクレイのヴォーカルの熟れ具合といい文句なしじゃないか。翌年の O.V. 来日公演盤より音楽的中身は上だ。
とにかくオープニングの「アイヴ・ガット・トゥ・ファインド・ア・ウェイ」〜「アイム・クォリファイド」のメドレーが凄くカッコイイから、そこばっかりリピートして聴いてしまう僕。オーティスの喉は明らかにゴスペル由来のメリスマだなあと思って調べてみたら、やっぱりゴスペル出身だった。
オーティス・クレイの『ライヴ!』を聴いても、そのゴスペルで鍛えたコブシ廻しが活きているのを実感する。さっきから書いている冒頭二曲のメドレーで充分分るけれども、もっとよく分るのが三曲目「レット・ミー・イン」とか続く「プレシャス・プレシャス」とか「アイ・キャント・テイク・イット」などだ。
それらのソウル・バラードでのオーティス・クレイの歌い方は強く張りのある声でグリグリとコブシを廻し、聴き手を説き伏せるような圧倒的な存在感で素晴しいの一言に尽きる。アップ〜ミドル・テンポのビートの効いた曲も見事だしバラードも文句なしで、言うことないね、このライヴ・アルバムは。
翌1979年の O. V. ライトの来日公演盤はある種別の意味で感動を呼ぶわけだけど、前年のオーティス・クレイの来日公演盤『ライヴ!』は歌手の脂の乗りという意味では断然こっちが上だ。ソウル歌手の日本でのライヴ・アルバムでは間違いなくこれが一番優れた作品じゃないかと思う。ひょっとしてまだご存知ない方は是非!
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