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2016/09/14

スライのふにゃふにゃファンク

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スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンに関する文章の八割は『スタンド!』と『暴動』とシングル曲「サンキュー」について書いてある。八割は大袈裟なんだけど、そう言いたくなるほど多いのは確かだ。この三つについては本当に多くの言葉があるので、僕が書く必要なんてないだろう。

 

 

だから殆ど書くつもりもない。う〜んとまあ1971年の『暴動』(ゼアズ・ア・ライオット・ゴーイン・オン)についてだけは、翌72年録音のマイルス・デイヴィス『オン・ザ・コーナー』と関係付けるとちょっと面白いことがあるし、それに関してはあまり文章を見ないので書くかもしれない。

 

 

そんな『暴動』と『オン・ザ・コーナー』の関係などについて書くとしても、ずっと先の話だ。っていうのは僕はあの『暴動』があまり好きじゃない。大傑作との評価が定着しているアルバムだけど、どうもああいったヘヴィーでダウナーでダークなファンク・ミュージックは聴いていてちょっとしんどい。

 

 

『暴動』よりは次作1973年の『フレッシュ』の方が僕はまだ好き。でもやっぱりアレもイマイチなんだなあ。だから僕にとってのスライとは1969年12月リリースのシングル曲「サンキュー(ファレッティンミ・ビー・マイス・エルフ・アギン)」までの人。アッパーな音楽の人っていう印象が強いんだなあ。

 

 

アッパー・ファンクの音楽家スライの最も優れた時間を捉えた作品は、僕の考えではスタジオ作ではなく、1969/8/17のあのウッドストック・フェスティヴァルでのパフォーマンスになる。今ではスライだけのライヴ音源が『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』というCDになってリリースされている。

 

 

『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』は一枚物ではなく、なぜだかスタジオ作『スタンド!』と抱合わせでの二枚組。商売としてだけでなく音楽的な意味でもちょぴり理解できないわけではない組合せだけど、『スタンド!』はみんな持っているわけだから必要ない。一枚物CDにしてもっと安くしてほしかった。

 

 

『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』二枚組の一枚、ウッドストック・フェスティヴァルでのスライのパフォーマンスは本当に鳥肌ものの興奮で、もしまだお聴きでない方には是非オススメしておきたい。この約50分間のパフォーマンスこそ、スライの全音楽人生で最高の時間だったと断言したい気分。

 

 

そんな『ザ・ウッドストック・エクスピアリエンス』の話も今日はしないつもり。スライのアルバムで僕が生まれて初めて買ったのは『グレイテスト・ヒッツ』。ベスト盤なんだけど、そのつもりで買ったのではない。ファンクの聖典「サンキュー」がこれにしか入っていなかったからだ。

 

 

1969年12月リリースのシングル曲「サンキュー」は、当時進行中だった新作アルバムに収録するつもりもあったらしいのだが、その予定の新作は結局完成しなかったので、翌70年11月リリースの『グレイテスト・ヒッツ』に収録されたのだった。だから長年このアルバムでしか聴けなかったんだよね。

 

 

『グレイテスト・ヒッツ』には「サンキュー」と同様な事情のシングル曲「エヴリバディ・イズ・ア・スター」「ホット・ファン・イン・ザ・サマータイム」も”新曲”として収録されているし、それら三曲に加えアルバム『スタンド!』までの傑作の多くが入っているので、スライ入門にはオススメの一枚。

 

 

CD時代になってからはスライのベスト盤も各種あって、それらのことごとく全てに「サンキュー」は収録されている(はずだ、そうじゃないスライのベスト盤なんて考えられないから)なので、別に『グレイテスト・ヒッツ』でなくてもいいだろうけれど、ある意味オリジナル・アルバムとして扱うべき一枚だからなあ。

 

 

そんな「サンキュー」や『グレイテスト・ヒッツ』やその前作の『スタンド!』についても今日はこれ以上は書かない。だってみなさんいろいろと褒めているからね。僕も書くネタがなくなればやっぱり書くかもしれないが、現時点ではその必要はない。今日はそれ以前の作品の話をしたいのだ。

 

 

というのは僕にとって長年『スタンド!』と「サンキュー」の人だったスライについて、最近はその前の時代の方が面白いかもしれないと感じはじめている。『スタンド!』以前のスライのアルバムは全部で三枚。『新しい世界』(ア・ホウル・ニュー・シング)『ダンス・トゥ・ザ・ミュージック』『ライフ』。

 

 

スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン結成後第一作のエピック盤(スライは全部エピック)である1967年の『新しい世界』。”A Whole New Thing” とはこりゃまた大きく出たもんだなあというタイトルだ。「(今まで誰も聴いたことのない)全く新しいもの」という意味だからなあ。

 

 

でも『新しい世界』は売行きが全くかんばしくなかったらしい。それは納得できる内容だ。キャッチーなポップさみたいなものがかなり薄いもんねえ。しかし今、虚心坦懐に聴直すと音楽的にはかなり面白い面もあるんじゃないかなあ。この頃のスライはソウル〜ファンクよりもロック色の強い音楽家だったのも分る。

 

 

スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンを結成する前のスライは、主にDJ兼プロデューサーで、しかもサン・フランシスコのいわゆるベイ・エリアで活動していた(生れはテキサス)。1960年代半ばのベイ・エリアと言っただけで、どんな文化で育ったのか想像できちゃうよね。

 

 

つまり黒白混合、自由でなんでもありのミックス・カルチャーの真っ只中にいて活動していたのがスライという人。実際DJとしてもプロデューサーとしても、リズム&ブルーズやソウルと同じくらいロックやポップスも手がけていたらしい。そんな人なわけだから、自分のバンドでのデビュー作がそうなっているのも納得なのだ。

 

 

だから熱心でピュアな(ってなに?)黒人音楽賛美主義者のみなさんはスライの第一作『新しい世界』もあまり面白いとは思わないだろう。僕も長年そうだった。ところが最近聴き返してみると、例えば一曲目「アンダードッグ」、二曲目「イフ・ディス・ルーム・クッド・トーク」だって興味深いものだ。

 

 

それら二曲の最大の特徴はフォークロア的なというか民謡的というかわらべ唄のようなメロディが使われているところ。「アンダードッグ」も「イフ・ディス・ルーム・クッド・トーク」も、冒頭でいきなり鳴りはじめるホーン・アンサンブルはそんな雰囲気の素朴な旋律だ。これが後年トレード・マークになるよね。

 

 

また『新しい世界』でこれまた後年のトレード・マークになるマイク・リレーが聴ける。最も顕著なのが四曲目「ターン・ミー・ルース」で、しかもこの曲はサザン・ソウル的ジャンプ・ナンバーだ。サザン・ソウルといえば続く五曲目「レット・ミー・ヒア・フロム・ユー」はサザン・ソウル・バラードだ。

 

 

ロック的という意味では七曲目「アイ・キャント・メイク・イット」が一番面白い。この1967年頃のビートルズとフランク・ザッパを足して二で割ったような感じなんだよね。八曲目「トリップ・トゥ・ユア・ハート」は、曲名が示す通りこの時代らしくサイケデリックなロックというかソウルというか。

 

 

『新しい世界』の2007年のリイシューCDに(同年に全作品がリイシューされた)は、ラスト17曲目に「ユー・ベター・ヘルプ・ユアセルフ」というインストルメンタル・ナンバーがある。これまた面白いんだよね。ソウル・ジャズ〜ジャズ・ファンクをポップにしたみたいなもので、疾走感もあっていいなあ。

 

 

さて面白さを今では感じるが当時は売れなかったらしい『新しい世界』に続く二作目1968年の『ダンス・トゥ・ザ・ミュージック』になると、一曲目のアルバム・タイトル曲でいきなりスーパー・キャッチーなポップさとグルーヴィーさが全開だから、こりゃ絶対になにかあったに違いない。

 

 

 

なにかというのはスライとバンドのなかでの必然の音楽的変化というよりも、いやまあそれもあっただろうが、もっと別の、例えばエピックの親会社コロンビアからの「もっと売れるものを創れ」みたいなものがあったかもしれない。そう考えないと理解しにくい変貌ぶりだ、あの一曲目「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」は。

 

 

一曲目でシングル盤にもなってヒットしたらしい「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」は、そもそもこの曲名からして分りやすくアピーリングだし、冒頭で鳴りはじめるホーン・セクションのファンキーなかっこよさと言ったらないね。そう思った次の瞬間に伴奏がやんでハミングになったりするのも面白い。

 

 

そのハミング部分が終るとテーマ・メロディを歌いはじめ、お馴染みのマイク・リレーになり、しかし伴奏リズムが賑やかになったり止りかけるように静かになったりするという、スライの音楽ではお馴染みのスカした感じがもう全面展開していて、聴いていて腰が動いて最高に楽しくてたまらない。

 

 

しかもなんだか低音シンセサイザーみたいな音でブンブンというかブツ切りにしたみたいなサウンドが聞えるんだけど、これはラリー・グレアムがエレベにファズをかけて弾いているんだろうね。まるでちょっと打楽器のようなベースの弾き方だから、後に「サンキュー」で一世を風靡するスラップ(チョッパー)奏法の先駆けだ。

 

 

「音楽に合わせて踊れ!」という曲名といい、曲のグルーヴィーさといい、ポップでキャッチーで親しみやすいフィーリングといい、「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」という曲はスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンと1960年代後半の聴衆にとってのアンセムみたいなもんだよなあ。

 

 

今の僕にとってはシングル「サンキュー」でもなければアルバム『スタンド!』収録曲のどれでもなく、「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」こそがいろんな意味でスライのシンボリックで最高の一曲であるように聞える。中間部でのシンシアのシャウトもいいこと言ってるなあ。

 

 

こんな「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」に非常によく似た曲が次作1968年の『ライフ』にある。10曲目の「マ・レディ」だ。聴けば誰でも分ることだけど、「マ・レディ」は「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」のヴァリエイションであって、いわばヴァージョン・アップ版なんだよね。

 

 

 

「マ・レディ」の方が「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」よりもある意味カッコよくてグルーヴィーだ。だからアップデイト版なんだけど、曲名や歌詞や冒頭のシャウトやメロディが持つシンボリックなニュアンスは薄くなっている。その分かえって聴きやすく、グルーヴ感も「音楽」としては上と言えるかもしれない。

 

 

ところで「マ・レディ」では歌がはじまると同時にエレキ・ギターのカッティングが聞え、それが相当にカッコイイ。しかもなんだか肉厚というかファットな感じだ。誰が弾いているんだろう?「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」でも聞えたけれど、「マ・レディ」ほどにはカッコよくないからなあ。

 

 

「マ・レディ」でのそのグルーヴィーでファットなギター・カッティングはスライなのか?フレディ・ストーンなのか?おそらくフレディなんだろうと僕は推測しているんだけど、どこにもクレジットがないし、紙データでもネット・データでも確たる情報がないし自信がない。凄く知りたいんだけどなあ。誰か教えて!

 

 

その他『ダンス・トゥ・ザ・ミュージック』も『ライフ』もいろいろと面白い。一作目の『新しい世界』はやっぱりイマイチかもなと思うものの、二作目には「ハイアー」(『スタンド!』収録のあの曲の元ヴァージョン)とか約12分間のメドレーとかがあって、それらもカッコよくて楽しいもんなあ。

 

 

三作目『ライフ』にある二曲目「チキン」はダンスの名称。ルーファス・トーマスの「ドゥー・ザ・ファンキー・チキン」やミーターズの「チキン・ストラット」との関係やいかに?三曲目「プラスティック・ジム」の出だしはビートルズの「エリナ・リグビー」のもじりだと誰が聴いても分る。

 

 

同じファンカーでもジェイムズ・ブラウンのタイトでハード(すぎるかも?)でシリアスなものと比べて、スライの方はなんだかフニャっとしているというか、スカしたようなところがあってユーモラスで、そんでもってピュアな(ってだからなんだよ?)ブラック・ミュージックに聞えないし、僕は長年JBの方は大好きだけど、スライの方は一部を除きイマイチに聞えていた。2007年リイシューのCDでじっくり今聴き返すとスライの方が面白いような部分もあるね。

 

 

今年亡くなったプリンスも、黒人にして音楽的にはレイシャル・ミクスチャーというか、ファンカーでありかつポップなロッカーでもあったわけだから、ジェイムズ・ブラウン的な部分もありつつ、スライから継承している部分も大きいんだなあ。

 

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