ビリー・ホリデイの「わたしの彼氏」
ビリー・ホリデイがテディ・ウィルスンのピアノ伴奏だけで「ザ・マン・アイ・ラヴ」を歌っているものがある。数多いこの曲のヴォーカル・ヴァージョンのなかで僕が最も愛するものがこれなんだなあ。素晴しいので是非聴いてみていただきたい。
1947/1/13、エスクワイア・ジャズ・アワーズでのライヴ・ヴァージョンであるこの「ザ・マン・アイ・ラヴ」は、僕が探した限りでは商用CDにはなっていないようだ。上掲 YouTube 音源はどこから取ったんだろう?ほしくてたまらないんだけど、どなたかご存知の方、教えてください!
だから僕が現在持っているこのヴァージョンの「ザ・マン・アイ・ラヴ」は iTunes Store で検索して見つかった『ジャズ・ナイト』というなんだか正体不明のオムニバス・ジャズ・アルバムに収録されているものだ。全15曲収録の演奏家・歌手が全部異なっていて編纂ポリシーも不明なもの。
テディ・ウィルスンのピアノ伴奏だけでビリー・ホリデイが歌うこのヴァージョンの「ザ・マン・アイ・ラヴ」。昨日今日好きになったものではない。大学生の頃にこれまた僕の話に頻繁に出てくる戦前ジャズしかかけない松山のジャズ喫茶ケリーのマスターにこんなのがあるよと教えてもらったものなのだ。
当時アナログ・レコードでどんなアルバムに収録されていたのかは全く分らない。1947年エスクワイア・ジャズ・アワーズでのライヴということは、その時の実況録音盤かなにかかなあ。う〜ん、違うような気がする。なにかビリー・ホリデイの歌唱をいろいろと集めたオムニバスだったような気がする。
いや、ホントちょっと分らない。忘れてしまった。自分でもほしいと思ってレコードを探したんだけど、既に入手できなかった。ただケリーでよくかかるのでそれで聴いて大好きになり、僕もよくリクエストしてかけてもらっていたものだった。お聴きになれば分るようにとてもチャーミングだもんね。
ビリー・ホリデイの歌唱もいいんだけど、それ以上にテディ・ウィルスンのピアノ伴奏が極上だ。彼女の歌う「ザ・マン・アイ・ラヴ」の歌詞の意味をよく踏まえた上で、その歌の一節一節にそっと寄添うように優しく奏でるピアノ伴奏。その絶妙な弾き出しのテンポ、その後のフレイジングとタイミングなど完璧だ。
こんな「ザ・マン・アイ・ラヴ」は2016年の現在に至るまで僕は聴いたことがない。僕にとってこの曲のこれ以上のヴァージョンは存在しない。ご存知の方もいらっしゃるだろうけど、ビリー・ホリデイとテディ・ウィルスンは1930年代後半には恋仲にあった。その事実がこの演奏の土台になっているような気がする。
僕は普段そんなある種文学的な音楽の聴き方はしない。恋仲だろうが仇敵関係だろうが、こと演唱の本番となればピタリと息を合わせられるのがプロの音楽家というものだ。そこにプライヴェイトな人間関係に基づく情緒の入り込む余地はない。全ては「音」を合わせて出すことで成立つものだ。
そうではあるんだけど、ビリー・ホリデイとテディ・ウィルスンのこのヴァージョンの「ザ・マン・アイ・ラヴ」だけは、ちょっとそのあたりの人間関係を考慮しないと、どうしてこんなピアノ伴奏ができるのか、僕みたいな素人にはサッパリ理解できないような寄添い具合なんだよなあ。
絶妙な加減で優しく支えるテディ・ウィルスンのピアノ伴奏に乗って歌うビリー・ホリデイの歌もちょっと普段とは雰囲気が違う。これは1947年だから彼女はデッカ・レーベルに録音していた時期だけど、デッカ録音にこんなチャーミングな歌は残していない。既に全盛期を過ぎていたわけだしね。
まるで1930年代後半から40年代初期のブランズウィックなどコロンビア系レーベルに録音していた頃のような歌だよなあ。戦前のコロンビア系録音といえば、ビリー・ホリデイは1939年にもヴォカリオンに「ザ・マン・アイ・ラヴ」を録音していて、当然コロンビア系録音全完全集10枚組に収録されている。
そんな大きなサイズのものでなくたって、一枚物や二枚組の戦前コロンビア系録音のビリー・ホリデイのベスト盤に収録されている。そのなかで、もう廃盤なんだけど、僕が一番推薦したいのは『ビリーとレスター』というソニーが1999年にリリースした日本盤アンソロジーだ。これの一曲目が「ザ・マン・アイ・ラヴ」。
『ビリーとレスター』という日本盤は、フル・タイトルを『ビリー・ホリデイ・アンド・レスター・ヤング〜ジャズ・ストーリー』というアンソロジーで、タイトル通り戦前コロンビア系録音のなかからこの二人の共演が聴ける曲目ばかり選び出して16曲を収録したもの。これはなかなか面白い一枚なんだよね。
ただしこの『ビリーとレスター』も相当に文学的意味合いの濃いアンソロジー。1936年にあるジャズ・クラブで出会い共演して意気投合したビリー・ホリデイとレスター・ヤングが、翌37年の春頃から恋仲になり同棲生活をはじめ、その後数ヶ月でそれは終るという事実に基づく編集盤なのだ。
ビリー・ホリデイとレスター・ヤングとの共演録音は1937/1/25のテディ・ウィルスン名義のブランズウィック録音四曲が初。その後恋人関係は終っても41年3月までコロンビア系レーベルへの録音でたくさん共演していて、「ザ・マン・アイ・ラヴ」も39/12/13に録音しているってわけだ。
そのヴォカリオン録音の「ザ・マン・アイ・ラヴ」でももちろんレスター・ヤングがテナー・サックスを吹く。このヴァージョンの歌もテナー・ソロも素晴しいものだ。同曲のビリー・ホリデイ・ヴァージョンは通常これが推薦されるはずだ。
しかし今貼った音源と最初に貼った1947年にテディ・ウィルスンのピアノ伴奏でだけで歌う音源と、その両方の「ザ・マン・アイ・ラヴ」を聴き比べていただきたい。歌手の声はもちろん1939年ヴォカリオン録音の方がグッと若いしレスターのソロも入るのでいいんだけど、僕の耳には47年ヴァージョンの出来が上のように聞える。
前者1939年ヴォカリオン録音でのピアニストはジョー・サリヴァンだ。殆ど目立たず管楽器奏者の音が大きいので、歌の背後でもピアノはあまりしっかりとは聞えない。全体的にホーン・アンサンブルが中心のアレンジなのでこれが仕方がないし、ピアニストとしてもテディ・ウィルスンと比較することはできない。
だから1939年ヴォカリオン録音の「ザ・マン・アイ・ラヴ」はこれはこれで見事で充分推薦に値するものだ。だけれども最初に音源を貼ったテディ・ウィルスンのピアノ伴奏だけで歌う1947年ヴァージョンを聴いちゃったら、こりゃもう比較することすらできないなあ。断然後者の方が魅力的だろう。
1947年にテディ・ウィルスンのピアノ伴奏だけで歌う「ザ・マン・アイ・ラヴ」は普通の恋歌に聞えないんだよなあ。繰返すけれども僕は普段そんなことを考えながら音楽は聴かないし、歌詞の内容もなんでないラヴ・ソングだから取立てて言うことはないんだけれど、ちょっと尋常の雰囲気じゃないよなあ。
だからこのデュオ・ヴァージョンの「ザ・マン・アイ・ラヴ」を聴くと、いつも僕は歌っている女性とピアノを弾いている男性との間に音を通して交される会話、それも歌詞内容どおりの求愛の模様を思い浮べちゃうんだなあ。求愛の言葉と言ってもそこは音楽だから、全ては「音」で表現されている。
ビリー・ホリデイは「ザ・マン・アイ・ラヴ」をもう一回1946年6月にカーネギー・ホールで歌ったのが録音されていて、そのヴァージョンはヴァーヴ・レーベルから発売されている。例のJATPって奴。それにもレスター・ヤングが参加していて、ソロは吹かないがオブリガートで歌に絡んでいる。
ビリー・ホリデイが録音した「ザ・マン・アイ・ラヴ」は以上三回で全部のはず。そのうち1939年ヴォカリオン録音も46年ヴァーヴ録音も完全集CDに収録されていて、普通に買って聴けるんだけど、テディ・ウィルスンのピアノ伴奏だけで歌った47年ヴァージョンだけがCDでは見つからないのだ。
曲検索をかけたら iTunes Store では、なんだか得体の知れないオムニバスではあるが、わりと簡単に見つかって、それをダウンロード購入して楽しんでいるからいいようなものの、やはりCDがほしいんだよなあ。僕の探し方が悪いだけなのかなあ。どこか分りやすい形でCDリリースしてくれ!
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これの1枚目24曲目ですね
http://www.espdisk.com/official/catalog/4039.html
投稿: まき | 2016/09/22 10:32
まきさん、ありがとうございます!!早速アマゾンにオーダーしました!!
投稿: としま | 2016/09/22 13:27