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2016/09/30

真犯人はトニー・ウィリアムズ

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1965〜68年のマイルス・デイヴィスが率いた、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズによる例のクインテット。今ではあまり面白くないように聞える場合が多いんだけど、それでもこれはイイネと思っているのがリズムの面白さだ。『E.S.P.』〜『ネフェルティティ』までの四枚のアルバムについてそういうことはあまり言われないが。

 

 

あの四枚でリズムが面白いと言った場合、多くの人が思い浮べるのは1965年の『E.S.P.』にある「エイティ・ワン」だろうなあ。マイルス初の8ビート・ジャズ作品で、書いたのはロン・カーター。これの話は既に何度かしているので今日は詳しく書かない。ただあれも4ビートになる部分がある。

 

 

『E.S.P.』ではその一曲だけ。次の1966年『マイルス・スマイルズ』からリズムが面白くなるんだなあ。オープニングの「オービッツ」。いきなりなんなんだこのトニーのドラミングは?一応ビートは4/4拍子なんだけど、全然そんな雰囲気じゃない。

 

 

 

トニーは1964年頃からのライヴ演奏で既にこんな感じのドラミングをやっているものがある。顕著なのが1964/2/12録音『フォー・アンド・モア』一曲目の「ソー・ワット」。もちろん4/4拍子なんだけど、トニーの叩き方が尋常じゃない。

 

 

 

それまでの4/4拍子のモダン・ジャズ定型ドラミングから大きく逸脱し、通常のシンバル・レガート、2拍と4拍で踏むハイハット、それにオカズでスネアやバスドラを入れるなんていう叩き方ではもうない。なんというか、これはもうロック・ドラミングに近い。油井正一さんはそれをパルス感覚と呼んだ。

 

 

油井さんはパルス感覚と呼んで褒めて、その一方でだからそんな次元にまで到達したマイルスはロックの「単純な」8ビートには手を出すわけなかったと書いているけれど、僕に言わせたら1960年代中期からのトニーのこういうリズム感覚はロック由来に間違いない。1945年生まれだもんなあ。

 

 

1945年生まれということはトニーの多感な思春期はロック勃興の真っ只中だったわけで、自分で演奏するのはモダン・ジャズだったけれど、普段自宅ではロックのレコードをたくさん聴いていたそうだ。そりゃ世代を考えたら当然だ。そんな経験がマイルス・クインテットにも活かされてくる。

 

 

その最も顕著な早い例がさきほど紹介した『マイルス・スマイルズ』一曲目の「オービッツ」。表面上の形式は4/4拍子の衣を借りながら、そしてロン・カーターもウォーキング・ベースを弾くものの、内在するビート感覚は8/8拍子だ。トニーのドラミングにはそれをはっきりと聴くことができる。

 

 

もっとはっきり出ているのが同アルバムA面ラストのウェイン・ショーター・ナンバー「フットプリンツ」。これはもはやハード・バップとかポスト・バップとかモーダル・ジャズだとか、そういうものではないね。アフロ・ジャズ・ロック作品だと言うに近い。

 

 

 

お聴きになれば分る通りこれはワルツ・タイムなのかと聞えるかもしれないが、このリズムは12/8拍子、あるいは6/8拍子が基本になっていて、それが4/4拍子と混じって交互に行き来する。トニーのドラミングもロンのベースもそういう演奏スタイルで、しかもこれは12小節ブルーズなのだ。

 

 

だからこの「フットプリンツ」は凄く面白いよね、今聴いても。この曲は『マイルス・スマイルズ』収録の1966年10月録音が初演ではない。ショーターのブルー・ノートへのリーダー・アルバム『アダムズ・アップル』収録の同年二月録音がオリジナル。

 

 

 

お聴きになれば分るように、このショーター・コンボでの初演はどうってことのない3/4拍子のジャズ・ワルツなのだ。だからこれが八ヶ月後のマイルス・クインテットでの録音でどうしてあんな感じのリズム・アレンジになっているのかちょっと不思議だ。誰の着想だったんだろう?マイルス?トニー?

 

 

自分のリーダー名義録音なんだから多分マイルスのリーダーシップだったんだろうとは思うけれど、トニーのドラミングが大きく貢献しているのは間違いないよね。マイルス自身この「フットプリンツ」はお気に入りで、その後のライヴで頻繁に演奏している。公式ライヴ盤収録ヴァージョンだけでも五つある。

 

 

作曲者のショーターも得意レパートリーにしていて、ウェザー・リポート解散後にジャズ回帰してからのライヴではよく演奏している。公式収録は2001年録音翌年リリースの『フットプリンツ・ライヴ!』のだけなんだけど、それもなかなか面白い。ブライアン・ブレイドのドラミングがやはりイイ。

 

 

マイルス・ヴァージョンでは1967年の欧州ツアーでのライヴ盤四枚組に三つも収録されている「フットプリンツ」だけど、それよりも1969年の例のロスト・クインテットでのライヴ・ヴァージョンの方が面白い。当然ながらチック・コリアがフェンダー・ローズを弾いている。公式盤では『1969 マイルス』のだけ。

 

 

マイルス関連ではない音楽家がやった「フットプリンツ」で一番面白いのは、僕の知る限り間違いなくストリング・チーズ・インシデントのライヴ・ヴァージョンだね。単独の一曲としては YouTube にないので紹介できないのが残念なんだけど、完全なるファンク・チューンなのだ。どこがブルーグラス系バンドなの?

 

 

ストリング・チーズ・インシデントがライヴでやる「フットプリンツ」は、クラヴィネットが粘っこいリフ・フレーズを弾き、エレキ・ギターがテーマ・メロディを演奏する背後で、ハモンド B-3 オルガンがビヒャ〜と鳴っているというもので、どこからどう聴いてもブルーグラス系バンドに聞えないファンキーさ。

 

 

マイルスのセカンド・クインテットで最もリズムが面白いのは『マイルス・スマイルズ』の次の1967年作『ソーサラー』だ。A面一曲目「プリンス・オヴ・ダークネス」、三曲目「マスクァレロ」、四曲目「ザ・ソーサラー」と三曲も8ビートっぽい曲があるもんね。一番面白いのは「マスクァレロ」だ。

 

 

 

これもショーターのオリジナル曲で、やはりリズムはラテン〜アフロっぽい8ビート。トニーがシンバルで細かいリズムを叩出し、その他スネアやタムタムでアクセントを付けている。ハービーもピアノでそれっぽいリズミカルなリフを弾いているねえ。

 

 

「マスクァレロ」も全体のサウンドはそんなに賑やかな感じではなく、この『ソーサラー』『ネフェルティティ』二枚全体を支配している落着いたダークな雰囲気で同じなんだけど、ビートの感じが普通のモダン・ジャズじゃないからなあ。「プリンス・オヴ・ダークネス」だって「ザ・ソーサラー」だって同じ。

 

 

「マスクァレロ」もその後のマイルス・バンドの定番ライヴ・レパートリーになって、やはり1967年欧州公演でたくさんやっているほか、69年のロスト・クインテットでも、そしてこの曲だけは1970年まで続けてやっていて、公式ライヴ盤にも二つのヴァージョンがある。それは既に完全にジャズ・ロック。

 

 

1970年ってことは既にマイルスは旧来のジャズ的な衣裳は、文字通りの意味でも音楽的にも脱ぎ捨てていた時期。その時期までやっていたということは「マスクァレロ」という曲のロックっぽいリズムの面白さを分っていて実践していたってことだよなあ。セカンド・クインテットの曲では唯一これだけなのだ。

 

 

そのうち1970年4月のフィルモア・ウェストでのライヴ収録盤『ブラック・ビューティー』における「マスクァレロ」では、マイルスとスティーヴ・グロスマンのソロが終ったあと、チック・コリアがスパニッシュな感じのソロを弾くのも面白いんだよなあ。ところで ”Masqualero” ってのは何語?意味は?

 

 

『ソーサラー』の僕の持っているSMEリリースの日本盤ライナーノーツは村井康司さんが書いているんだけど、「プリンス・オヴ・ダークネス」「マスクァレロ」については、一言「トニーが変形されたラテン風のビートを刻む」としか触れていない。僕も信頼している村井さんにしてはちょっと意外な感じだ。

 

 

実を言うと今日のこの文章を書くにあたり、リズムの面白さについて書いてないかな?とひょっとしてなにか参考になることがあるんじゃないかと思って『ソーサラー』CD現物を引っ張り出してライナーを読直してみたんだけどなあ。そうしたら村井さんだったわけで、しかもサラリと一言だけだ。

 

 

僕なんかにとっては『ソーサラー』というアルバムの面白さは、一聴クラシカルな作風に聞えなくもない抽象的で調性感の薄い音楽性(というこをを村井さんが書いているわけではない)とかなんとかではなくて、ラテン〜アフロな8ビート風のヒプノティックな反復がもたらすグルーヴ感なんだけどなあ。

 

 

だからこれの次の『ネフェルティティ』ではそういう要素がほぼ全面的に消えてしまい、唯一B面二曲目のハービーのオリジナル曲「ライオット」だけがそんなラテン風8ビートなだけだから、全体的にはあまり面白くない。先立つ『マイルス・スマイルズ』『ソーサラー』の二枚にはいくつもあったのにどうしてだろう?

 

 

従って『マイルス・スマイルズ』あたりから徐々に出てきたマイルスのジャズ・ロック的な作風追求は、『ネフェルティティ』の次の『マイルス・イン・ザ・スカイ』でようやく全面的に開花することになって、その後はほぼ全面的にその路線をひた走ることになる。その意味でこそこのクインテットは面白い面があると思うのだ。

 

 

かつて油井正一さんは、マイルスがロックに色気を出したかのように見えるのは、実は信頼していたはずのトニーのせいだったと分ったと書いたことがある。油井さんはそれはイカンという意味だったのだが、僕は全く逆の意味でこれは真実だっただろうと思っている。トニーこそがマイルスのロック化の張本人。

 

 

僕はもちろんそれが良かったのだという意味で言っている。油井さんと同じ事実を指摘しているんだけど、その価値判断は逆なのだ。トニーがマイルス・バンド加入後しばらくしてロック的なビートを持込んで、バンド全体をジャズ・ロック方向へ導いてくれたおかげで、その後のマイルス・ミュージックがあるんじゃないかなあ。

 

 

そんな観点で1965〜68年のマイルス黄金のクインテットの四枚『E.S.P.』〜『ネフェルティティ』を聴直してみたら、これはこれで結構面白いように思う。けれども今でも多くのファンはそんな聴き方はしていないよねえ。もっぱらクラシカルな作風の純芸術品だと信じて聴いているもんなあ。それは別に構わないんだけどさ。

 

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