ティト・プエンテのフジ・アルバム
両親がプエルト・リコ人でアメリカのニュー・ヨークで生れ育ったラテン音楽界の巨人ティト・プエンテ。彼の残した録音にジャズやフィーリンがあると言っても誰も全く不思議に思わないだろう。アメリカで活動したんだからジャズ・ナンバーがたくさんあるし、ラテン・ジャズに分類されることすらあるもんね。
ティトはフィーリン・ナンバーも少しやっていて、僕が持っている数少ない音源のなかにただ一つ、ホセ・アントニオ・メンデス最高の名曲(だと僕は思っている)「ラ・グローリア・エレス・トゥ」がある。『ザ・コンプリート・78s』というCD二枚組が四つというシリーズに収録されているもの。
フィーリンは言うまでもなくキューバ音楽で、主に1940年代末〜50年代〜60年代初頭にかけて流行したから、ティトがそれの最大の名曲を採り上げることになんの不思議もない。同じ中米ラテン音楽なんだからね。しかし今日の記事タイトルのようにフジがあるというのは相当不思議に思われるかもしれない。フジは言うまでもなくナイジェリア音楽だ。
ラテン音楽は日本にも昔からファンがかなり多いから説明しなくてもいいだろうけれど、ナイジェリア音楽のフジはちょっと説明しておいた方がいいかもしれない。ナイジェリアで打楽器だけの激しい伴奏をバックに歌い踊るダンス・ミュージックのこと。起源はともかく流行したのはそんなに古いことではない。
フジの帝王といわれるシキル・アインデ・バリスターの音源はこんな感じ。僕が持っているフジのCDでもだいたい似たような感じのものが多く、もっとビートが激しいものだってかなりある。打楽器アンサンブルとヴォーカルだけなんだよね。
しかしナイジェリアでフジが流行しはじめるのはおそらく1960年代半ばじゃないかなあ。だから世界的に知られるようになったのはもっと遅いはず。アメリカのラテン音楽家ティト・プエンテはその頃には既に大活躍中だったし、ナイジェリアのフジのレコードを聴いていたかどうかも僕は知らない。
僕がフジだと感じたティト・プエンテの音源は、まずこの「オバタラ・イェザ」(Obatala Yeza)。それにしてもこの曲名、何語なんだ?スペイン語でもないよね?とにかく1957年録音で、『トップ・パーカッション』というティトのアルバムに収録。
正直言って僕はその『トップ・パーカッション』というアルバムを持っていなかった。僕が最初に「オバタラ・イェザ」を聴いたのは、『ジ・エッセンシャル・ティト・プエンテ』というCD二枚組ベスト盤に収録されているからだ。このアンソロジーには各種録音データがきっちり記載されているので助かる。
その『ジ・エッセンシャル・ティト・プエンテ』は2005年リリース。それで前掲の「オバタラ・イェザ」を聴いて、なんじゃこりゃ!?フジだぞこれは!とビックリしちゃったんだなあ。1957年録音ということはナイジェリア本国でもまだフジは流行しはじめていなかった時期のはずだしなあ。
僕はフジのような打楽器だけのアンサンブルみたいなものが昔から大好きで、普通は敬遠されることの多いジャズやロックにおける長いドラムスやパーカッション・ソロ部分なども結構好きで楽しめちゃうという性分。レッド・ツェッペリンの『永遠の詩』における「モビー・ディック」もかなり好き。
要するに僕は賑やかなリズムが好きなんだなあ。だからそれを奏でる中心パートである打楽器アンサンブルなどが好きなんだよね。これはおそらく小学生低学年の頃に父親のクルマのなかでマンボなどラテン音楽の8トラばっかり助手席で聴かされて育った刷込み効果なんだろうとしか思えない。
その後高校生の終り頃から自覚的に音楽に夢中になるようになっても、やはりラテン・ジャズやジャズ・ファンクなどリズムが賑やかで激しいものの方が圧倒的に好きで、だから名前を挙げて比較するのはちょっと違うだろうけれど、例えばビル・エヴァンスみたいな人の多くは昔からイマイチなんだよね。
とにかくフジに聞えるティト・プエンテの1957年録音「オバタラ・イェザ」。先に貼った音源をお聴きになればお分りの通り、ティトのリーダーシップのもと打楽器奏者だけによるアンサンブルと、その上に乗るヴォーカルだけで構成されている。ウッド・ベースも入っていることになっているけど、ぼぼ聞えない。
ただし1957年にティトがこういう音楽を創ったことそれ自体はそんなに物珍しくもないだろう。ロックその他の新興ジャンルはまだまだだけど、ジャズにならこういう感じのアフロ・キューバンで激しく賑やかな打楽器アンサンブルみたいなのは前からいろいろある。だいたい最有名曲の一つ「チュニジアの夜」がそうだよねえ。
「チュニジアの夜」と言えば、ちょっと時代が下ってアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの1961年作『チュニジアの夜』A面一曲目のタイトル・ナンバーがまさにそうじゃないか。僕はこのスタンダード・ナンバーではこのヴァージョンが一番好きなのだ。
今貼った音源をお聴きになればお分りの通り、メイン・テーマが出てくる前のイントロ部分でかなり激しいリズムのやり取りがあって、アート・ブレイキーの活発なドラミングとともに、誰が叩いているのか分らないクラベスが3−2クラーベを刻んでいるもんね。ウッド・ベースの音も聞える。
ただしこの「チュニジアの夜」は、その後テーマ・メロディが出てくると普通のアフロ・キューバン・ジャズになって、しかもラストのテーマ・メロディ演奏後のリー・モーガンとウェイン・ショーターの長い無伴奏カデンツァが聴き物だということになるんだろうね、普通のジャズ・ファンには。
僕なんかにはそのカデンツァ部分もさることながら、やはり前述のイントロ部分と、そしてやはり中盤でドラムスとパーカッションだけの演奏(ただしウッド・ベースだけは入っている)部分なんかの方が面白いと感じるんだけどねえ。ジャズ・ファンとしてはやや珍しい部類に入るのかなあ。
こんな具合で1950〜60年代は打楽器が活躍しリズムが賑やかなジャズみたいなのがたくさんあって、デューク・エリントンだって1956年に『ア・ドラム・イズ・ア・ウーマン』なんていうアルバムを創っているくらい。ただしあれはリズムそのものはさほど派手ではないんだけどね。ティトはラテン音楽界の人間なんだから打楽器が賑やかなものをやっても不思議ではない。
だけれども前掲ティトの「オバタラ・イェザ」は本当に打楽器とヴォーカルだけだもんなあ。いくらリズムが活発なラテン・ジャズの流行といっても、打楽器以外の楽器演奏が全くないようなものってのが、これ以外に当時のアメリカ音楽界にあったのかどうか、僕は無知にして分らない。
慌ててティトのアルバム『トップ・パーカッション』を買って聴いてみたらもっと驚いた。アルバム丸ごと全曲がかなり激しい打楽器アンサンブルとチャントだけで構成されているじゃないか。「オバタラ・イェザ」だけじゃなくて、管楽器が入るアルバム・ラスト12曲目の「ナイト・リチュアル」以外は全部そうなんだ。
僕が打楽器アンサンブルとヴォーカルだけでできている音楽を初めて聴いたのがナイジェリアのフジであって、それはCD時代になってからで、おそらくは1990年代半ばか末頃のことだった。ナイジェリアにはジュジュがあって、キング・サニー・アデは前から言っている通り僕にとっての目覚めの恩人。
しかしキング・サニー・アデの『シンクロ・システム』その他は、確かにトーキング・ドラムを含む打楽器中心の構成で、アフリカのポリリズムの面白さ、その神髄みたいなものを教えてくれたものだったとはいえ、それは打楽器しか楽器が使われていないなんてものではない。だいたいサニー・アデはギタリストだ。
そういやトーキング・ドラムもサニー・アデの『シンクロ・システム』で初めて聴いた。何度も書いている通り24歳の時に深夜のFMラジオから「シンクロ・フィーリングズ〜イラコ」が流れてきた時は、この音程が変化するヒュンヒュンという音はいったいなんなのか不思議だった。
その話はいい。1957年にティト・プエンテが打楽器アンサンブルにヴォーカルを乗せただけというアルバムを創ったのがいったいどういう動機だったのか、それには参考にしたものがあるのか、そのあたりがサッパリ分らないよなあ。無から産まれるものなんてないんだからなにかあるはずだ。
あるいは最初からティト・プエンテ自らもティンバレスを叩いて(この楽器が後のサルサなどで花形楽器になったりしたのは間違いなくティトのおかげ)リズムが賑やかな音楽をやるような人だから、突然変異のように見えても実は必然的変化だったということなのか。でもねえ、僕の聴いた範囲ではティトの作品でも他に見当らないもんなあ、こんなのは。
ティトの『トップ・パーカッション』は1957年だからナイジェリアにおけるフジの流行よりも早いはず。1960〜70年代以後のフジの世界的流行(と言ってもいいのかどうかはよく分らないが)の後は、こんな音楽がいろいろと誕生しているけれど、57年はかなり早いよなあ。ひょっとして世界初のフジじゃないのか?
もちろんティトの『トップ・パーカッション』は今日の記事タイトルにあるようなフジ・アルバムではない。アフロ・キューバンな打楽器アンサンブル+チャントという音楽で、ルーツはアフリカにあるのかもしれないが、ティトも直接的にはキューバ音楽を参考にして創ったんだろう。
まあいいや。双方とも好きなのにティトのこともフジのことも分っていない僕にはこの話は無理だった。だいたいティトの『トップ・パーカッション』は事情通にはフジに聞えないだろうしね。どちらもよくご存知の方に是非とも膨らませていただくか訂正していただきたい。ティトのやるジャズやフィーリンの話はまた改めて後日。
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