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2016/09/04

西海岸ジャズ・サックスの隠れ名盤

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おそらくこれ一枚だけで名前を憶えられているであろうジャズ・サックス奏者テッド・ブラウンの『フリー・ウィーリン』。しかしこれ、それにしてもひどいジャケットだよなあ(苦笑)。おそらくはクルクル自由に廻るという意味のアルバム・タイトルを独楽で表現しているんだろうけど、ちょっとあんまりだ。

 

 

しかしジャケットがワケ分らないとはいえ、中身の音楽は最高なんだよね。1950年代のいわゆるウェスト・コースト・ジャズの隠れ名盤なんだなあ。いや、隠れてはいないのか?よく分らないけれど、一部で絶大なる人気を誇るらしいアルバムで、しかし世間一般の認知度は必ずしも高くないんじゃないかなあ。

 

 

テッド・ブラウンの『フリー・ウィーリング』は1956年録音で翌57年に発売されたヴァンガード盤。ヴァンガードというレーベルはいいジャズ・アルバムをたくさん出しているけれど、ここの白人ジャズ・アルバムのなかでは僕はこれが一番好きだ。でも最初テッド・ブラウンという名前すらも知らなかった。

 

 

じゃああれか、『フリー・ウィーリン』にはアート・ペッパーが参加していて、一種彼をフィーチャーしたみたいな内容で、アルバム・ジャケットにも名前が載っているのでそれで買ったんだろうと言われるかもしれないがそれも違う。ひどいと思うアルバム・ジャケットになんとなく惹かれたのだった。

 

 

う〜ん、なんだかもう憶えていないけれど、ちょっと興味をそそられるような、これはひょっとしたら中身は凄くいいジャズ・アルバムなんじゃないかという、レコード・ショップ店頭で見た時のその直感みたいなもので手にとってレジに持っていったんだと記憶している。帰って聴いてみたら大正解だったね。

 

 

『フリー・ウィーリン』には三人もサックス奏者が参加している。リーダーのテッド・ブラウンに、同じテナー・サックスのウォーン・マーシュ、そしてアルトのアート・ペッパー。この三人のうちではアルトのペッパーだけがかなり毛色が違う。彼も一応は西海岸で活動したジャズマンだけど、資質は東海岸の黒人ジャズメンに近い。

 

 

もっとはっきり言えばアート・ペッパーはチャーリー・パーカー直系のアルト・サックス奏者。だから西海岸の白人アルト・サックス奏者ではあるけれど、その音色はジットリと湿って重く艶のあるもの。だから『フリー・ウィーリン』に参加しているテナー・サックス奏者二人とは似ても似つかない。

 

 

実際『フリー・ウィーリン』を聴いても、テッド・ブラウンとウォーン・マーシュの二人がレスター・ヤング直系の軽くてソフトなスカスカ・サウンドなのに対し、ペッパーだけは全然違うもんだから、出てくると一瞬で彼だと判別できてしまう。テナー奏者二人の区別は大学生の頃の僕には不可能だった。

 

 

言葉だけではご存知ない方になかなか理解していただきにくいような気がするので、『フリー・ウィーリン』の二曲目「ロング・ゴーン」を貼っておく。テーマ演奏はサックス三人のアンサンブル。ソロはテッド・ブラウン、ウォーン・マーシュ、アート・ペッパーの順で出る。

 

 

 

一番手のテッド・ブラウンと二番手のウォーン・マーシュは音色もフレイジングもとてもよく似ているし、楽器も同じテナー・サックスなので、どこでチェンジしたのかボーッとしていると気付かない。二人がテッド、ウォーンの順でソロを取ったあと、ピアノ・ソロになり、その後にペッパーのソロが出る。

 

 

そのピアノ・ソロの後のペッパーのソロを聴くと、同じ西海岸白人ジャズ・サックス奏者とはいえ資質が全然違うということは誰でも分るはず。アルトとテナーの音色の違いだけでなく、音色の湿り気とか艶やかさとかが全く違うよね。テッド・ブラウンとウォーン・マーシュの区別はやっぱり難しいと思う。

 

 

僕だって全然分ってなくて、でもアナログ・レコード時代から現在のリイシューCDに至るまで全曲のサックス三人のソロ・オーダーがインナーに書いてあるのだ。ってことはリリースするヴァンガード側も、ペッパーはともかく他の二人の判別は難しいだろうと判断していたってことなんだろうなあ。

 

 

上掲一曲だけで充分お分りいただけると思うけれど、黒人ビバップ・サックスに近い音色のペッパーとは違って、テッド・ブラウンやウォーン・マーシュの、あるいは他の白人サックス奏者でも、こういうスカスカなサックス・サウンドは熱心な黒人音楽リスナーには昔から評判が悪い。

 

 

確かに歯ごたえのない音だよなあ。しかしながら僕もブラック・ミュージック賛美主義者ではあるものの、この手の白人ジャズ・サックス奏者のスカスカな音色は意外に嫌いじゃないんだよね。こういうのもまた一つの持味で、ジャズにおける旨味の一部分なんだよね。あまり緊張せずリラックスして聴けるしね。

 

 

最も肝心な点はこういうスカスカな音色の白人ジャズ・サックス奏者のそのスカスカ・ルーツは、他ならぬ黒人サックスのレスター・ヤングに他ならないってことだ。レスターは一番良いものが1930年代の録音なもんだから、そのあたりの彼の音色の軽さがイマイチ理解されていないんじゃないかなあ。

 

 

レスターの音色の軽さ・スカスカさは、だから戦前録音よりもグッと録音技術が向上した戦後録音の方が分りやすい。例えば1956年録音のヴァーヴ盤『プレス・アンド・テディ』。タイトル通り戦前からの名コンビであるピアノのテディ・ウィルスンと再共演したもので、内容も戦後物にしては悪くない。

 

 

例えば『プレス・アンド・テディ』一曲目の「オール・オヴ・ミー」。レスターの戦後録音はダメだからと言って無視して聴かないようなファンも多いと思うんだけど、レスターのサックスの音色とはこういうもんだよ、戦前のデビュー当時からずっと一貫してね。

 

 

 

そういうわけだから、レスター好きの黒人ジャズ愛好家は、本当なら例えば『フリー・ウィーリング』で聴けるテッド・ブラウンやウォーン・マーシュみたいなサックスの音色も好きじゃないと一貫性がないというかオカシイね(笑)。人の嗜好ってものはそんな単純に割切れるものじゃないんだろうけどさ。

 

 

これまた重要なのは、テッド・ブラウンの『フリー・ウィーリング』収録曲にはレスター由来のものがいくつかある。全九曲中最も有名なのはA面四曲目の「フーリン・マイセルフ」とB面三曲目の「ブロードウェイ」だろう。前者は1937年テディ・ウィルスン名義のブランズウィック録音でレスターが吹く。

 

 

 

ヴォーカルはご存知ビリー・ホリデイだから、テディ・ウィルスンのアルバムにもビリー・ホリデイのアルバムにも収録されている。一方テッド・ブラウンの『フリー・ウィーリング』ヴァージョンはこれ。

 

 

 

『フリー・ウィーリング』にあるもう一つの有名なレスター由来の曲「ブロードウェイ」は1940年カウント・ベイシー楽団でのオーケー(コロンビア)録音でレスターが一番手でソロを吹くもの。僕はCD四枚組のコロンビア系音源集で持っている。

 

 

 

一方『フリー・ウィーリング』ヴァージョンはこれ。聴き比べていただければ分るように、サックス三人のソロに続きピアノで転調したあと出てくるサックス・アンサンブルは、上掲ベイシー楽団録音でのレスターのソロをそのまんま再現しているものだ。

 

 

 

要するにテッド・ブラウンの『フリー・ウィーリング』ヴァージョンの「ブロードウェイ」はストレートなレスター・トリビュート的内容なのだ。彼らの音楽の拠って来たるルーツをはっきりと示し、それに対するリスペクトを音で表現したもの。ずっと後のワールド・サクソフォン・カルテットみたいなもんだ。

 

 

テッド・ブラウン、ウォーン・マーシュがレスター直系なのに対し、アート・ペッパーはパーカー派アルトだと書いたけれど、そのパーカーにしてからが、音色はジョニー・ホッジズ系だから違うけれども、モダンなフレイジングはレスター・ヤングそのまんまで、実際レスターのレコードを教材にしてパーカーは練習した。

 

 

昔こんな与太話があった。レスター・ヤングが吹く33回転のレコードを45回転でかけるとテナー・サックスの音域がアルトのそれになり、そうやって聴くとレスターはパーカーそっくりに聞えるぞというもの。半信半疑で僕もやったみたら本当にそうなったので、いかにパーカーがレスター由来かが分っちゃう。CDプレイヤーではかなりやりにくいだろう。

 

 

またジャズ・ファン、特にそのなかでも村上春樹ファンにはお馴染みの曲が『フリー・ウィーリング』にはあって、B面一曲目の「オン・ア・スロー・ボート・トゥ・チャイナ」(中国行きのスロウ・ボート)。ソロを吹いているのはテッド・ブラウン一人だ。

 

 

 

村上春樹のその同名短編小説は僕は読んだことがないのだが、おそらくはソニー・ロリンズ・ヴァージョンからこの題名を採ったのに間違いないように思う。1951年録音で『ソニー・ロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・カルテット』収録の有名曲。

 

 

 

世間一般と僕が違うのは、『フリー・ウィーリング』の一番いいところが、僕もここまで書いた三人のサックス奏者ではなく、ピアノのロニー・ボールだと思っているという点。このアルバムは昔から今までずっといつも彼のピアノ・ソロが一番良いように思うんだよね。特に上で音源を貼った「フーリン・マイセルフ」で一番手で弾くのなんか極上品じゃないのさ。

 

 

最後に。この『フリー・ウィーリン』のアルバム・ジャケット、リイシュー CD のはひどすぎるんじゃないだろうか?上掲写真をアナログ盤(左)とリイシュー CD(右)で見比べていただきたい。色味の違いとかではない。左で分るようにこのアルバムはテッド・ブラウンのリーダー作なのに、右を見ればリイシュー CDではアート・ペッパー名義みたいになっている。

 

 

おそらくテッド・ブラウンみたいな超無名ジャズマンの名前では売れないって判断でこうなっているんだろうけどさぁ。それに現行の『ザ・コンプリート・フリー・ウィーリング・セッションズ』は、同日録音でほぼ似たようなパーソネルであるとはいえ、関係ないアルバムをひっつけて2in1にしているもんなあ。リイシューしてくれるだけいいのか・・・。

 

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