尻軽ブルーズ初演の謎
誰とでもすぐ寝る女、すなわち尻軽女のことを英語のスラングで "easy rider" という。何度も書くようだがブルーズ(やその他のアメリカ大衆音楽でも)ではセックスのことが非常によく題材になるので、いつ頃のことかは分らないが、これも当然のようにブルーズ・ソングになっている。
音楽では “easy rider” よりも通常 “see see rider” という場合が多く、これは要するに音の類似性を使った言葉遊びで “easy” が ”sse see” になっただけで、言っている中身は完全に同じ。「シー・シー・ライダー(・ブルーズ)」という定番曲になった。
一般的にはロックが最もポピュラーなアメリカ音楽なんだろうから、「シー・シー・ライダー」という定番ブルーズ・ソングもロック・ヴァージョンが非常によく知られているはず。エルヴィス・プレスリーのだとかアニマルズのだとかいろいろあるよね。アニマルズもまた古いブルーズをよく採り上げた。
デイヴ・ロウベリーの印象的なオルガン・リフに乗ってエリック・バードンがシャウトするアニマルズの「シー・シー・ライダー」もいい。ロック・ヴァージョンではチャック・ウィリスのヴァージョンもかなりヒットしている。1957年のことで、なんたってビルボードのR&Bチャート一位になった。
あ、だからチャック・ウィリスのはロック・ヴァージョンというよりもリズム&ブルーズというべきか。聴いてみると、確かにストレートなロックというよりも6/8拍子のリズムで、三連パターンが基調になっているので、やっぱりリズム&ブルーズ寄りだなあ。チャック・ウィリスは黒人歌手だしね。
チャック・ウィリス・ヴァージョンでは「C・C・ライダー」表記。これは全員分る同音を異表記しただけのこと。この定番ブルーズ・ソングは、古いブルーズ・ソングの例に漏れずやはり曲名の表記に揺らぎがある。「シー・シー・ライダー」「C・C・ライダー」「イージー・ライダー」や、その他各種あるよね。
ロック・ヴァージョンの「シー・シー・ライダー」で僕の一番のお気に入りはエルヴィス・プレスリー・ヴァージョンだ。1970年の『エルヴィス・オン・ステージ』収録。僕がこの古い定番ブルーズ・ソングのロック・ヴァージョンを聴いた最初だったせいで、その刷込み効果が強いんだろうなあ。
だいたい僕は『エルヴィス・オン・ステージ』というライヴ・アルバムが大好きなのだ。1970年代のエルヴィスのアルバムで唯一今でも頻繁に聴くのがこれ。「シー・シー・ライダー」はこのアルバムの一曲目だし、爽快に飛ばしまくるようなカッコいいロックンロールだから、やっぱりいいなあこれは。
もっとも最初に書いたように「シー・シー・ライダー」という曲は、要するに自分の女が尻軽で、昨晩どこに行ってたんだ?昨晩は誰と寝たんだ?お前は自分のやったことが分っているのか?と問詰めて、(どうして俺の女はこんなやつなんだ?)と悶々とする内容だから、爽快感とはおよそ程遠い内容。
音楽はだから自由自在に姿形を変えて、自由な解釈でどうにでもなっちゃうってのが面白いところで、そんな不貞の女を問詰めて嘆くような、まさしく「ブルーズ」(憂鬱)なのに、爽快感満載のロックンロールになっているエルヴィス・ヴァージョンがカッコイイってのもこれまた音楽の一面の真実だ。
そんな不貞女を持った男の歌うブルーズで、 “easy rider” というスラングも通常は女性のことを指すものなのにも関わらず、「シー・シー・ライダー」の初録音を行ったのは女性歌手だ。それがみなさんご存知の超有名人マ・レイニー。説明不要の1920年代クラシック・ブルーズの歌手。
マ・レイニーは「シー・シー・ライダー・ブルーズ」というタイトルで1924年10月16日(と推定されているが確定的ではない)に録音している。このパラマウント盤SPレコードが翌25年にかなりヒットしたらしい。それでこの、それ以前から存在する古い伝承ブルーズが世間に知られることになった。
マ・レイニーの「シー・シー・ライダー・ブルーズ」では、クラシック・ブルーズの例に漏れず当時のジャズ・バンドが伴奏を務めていて、この曲でもフレッチャー・ヘンダースン楽団からのピック・アップ・メンバーが五人参加。1924年の10月なので、ご推察の通りルイ・アームストロングもいる。
というわけなので、僕が持っているマ・レイニーの「シー・シー・ライダー・ブルーズ」も、マ・レイニーの単独盤CDと、サッチモを主役みたいにして編纂された『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・シンガーズ』という1920年代クラシック・ブルーズ歌手伴奏集との二種類がある。
しかしながらここに一つの大きな謎がある。それはマ・レイニーの「シー・シー・ライダー・ブルーズ」の原盤番号は Paramout 12252で、マ・レイニーの単独盤CDではそれ一つしか入っていないのに、『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・シンガーズ』にはなぜだか二つ収録されているのだ。
しかも『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・シンガーズ』vol.1収録のマ・レイニーが歌う「シー・シー・ライダー・ブルーズ」二つは、両方とも原盤番号は同じ Paramount 12252だが、聴いてみると音質がかなり違う。二つ目の方はまるでSP原盤起しのような雑音まみれだ。
「のような」というか、僕の経験から判断して二つ目の「シー・シー・ライダー・ブルーズ」はSP原盤から起しているに違いない。そうだとしか僕の耳には聞えない。そして音質なんかよりもはるかに重要なことは、演唱内容がちょっぴり異なっている。と言っても非常に微妙なものでおよそ気付かない程度のものだけど。
本当にかすかな違いではあるんだけど、『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・シンガーズ』vol.1の一曲目と二曲目に連続収録されているマ・レイニーの「シー・シー・ライダー・ブルーズ」二つは、歌手の歌い廻しとか、あるいはもっとはっきりしているのはサッチモの吹くコルネットのフレーズが違う(ように思う)。
これはどういうことなんだろう?原盤番号が同じなんだから違うものだとは考えられない。それなのにどうしてそれが二つ続けて収録されていて、そんでもってもんのすご〜くかすかに演唱内容が違っているって、これは意味が分らないぞ。演奏の長さも三秒だけ違うけれど、これは誤差だ。
『ルイ・アームストロング・アンド・ザ・シンガーズ』附属のディスコグラフィカル・ノーツでは、歌手名、伴奏者名、録音年月日の下にこう書かれてある。
1 1925 1 See See Rider Blues Paramout 12252
2 1925 2 See See Rider Blues Paramout 12252
この「1925 1」と「1925 2」の意味はなんだろう?
いろいろと調べてみてもマ・レイニーのパラマウント原盤「シー・シー・ライダー・ブルーズ」の録音は一つしかないことになっている。そういうデータしか見つからない。あるいは先ほどの数字は発売年月のことなのか?同じ一つの録音を二度発売したということなのだろうか?
しかし聴いてみたらかすか〜に演唱内容が違っているもんなあ。あらゆる意味で完璧に同じものであれば、二つ連続収録する理由はゼロのはず。これはミステリーだ。どなたか古いクラシック・ブルーズに詳しい方、お願いします!教えてください!内容が違って聞える僕の耳が狂っているだけなんでしょうか?だとすればどうして二つ連続で収録されているのでしょうか?
僕のいい加減な耳判断では、マ・レイニーの単独盤に収録されているのは「1925 1」の方だ。
そんな謎の解明は僕の手に余るのでおいておいて、「シー・シー・ライダー・ブルーズ」。一般に “easy rider” は不貞な尻軽女を指すと書いたけれど、その史上初録音が女性歌手によるものだという事実はなんだかちょっと面白いよねえ。マ・レイニーはもちろん不貞な男性のこととして歌っている。
こんな具合に、男性歌手が女に言及する曲を女性歌手が採り上げて、その歌詞のなかの女を男にしたり、あるいはその逆に男性歌手が同じようなことをやったりというのが、アメリカ大衆音楽では一般的。一般的というよりもほぼ全員そうしているんじゃないかなあ。実を言うと僕はこれがあまり好きじゃない。
歌手の性別に合せて歌詞内容の性別部分を変えて歌っちゃうっていうアメリカ大衆音楽。他にも例えばサザン・ソウル・スタンダードの「アイド・ラザー・ゴー・ブラインド」のエタ・ジェイムズ・ヴァージョンとスペンサー・ウィギンズ・ヴァージョンとか、他にも無数にありすぎる。
日本の歌謡界だとそんなことはせずに、例えば男性歌手が女性の気持を女性になりきってそのまま歌ったりするものもあるよね。森進一とかぴんからトリオ(ぴんから兄弟)とかさ。オカマみたいで気持悪いという人もいるかもしれないけれど、僕に言わせたら歌詞と歌手の距離が近過ぎる方が気持悪いのだ。美空ひばりや八代亜紀みたいに女性歌手が男になりきって男言葉で男の気持を歌っているものもある。
だからアメリカ大衆音楽歌手が歌詞の中身や、場合によっては曲名まで対象の性別を変更して歌ったりするのは、ちょっとどうも距離感がマトモじゃないように思えちゃう。この<男歌/女歌>とでもいった話は、これまた言いたいことがたくさんあるので、別個に既に書上げてある文章をまた来週にでもアップしよう。
通常は不貞女のことを題材にした「シー・シー・ライダー」の男性歌手ヴァージョンで僕の一番のお気に入りは、ブルーズ歌手ジミー・ラッシングのもの。戦後1956年録音のヴァンガード盤『リスン・トゥ・ザ・ブルーズ』の一曲目に収録されている。いいアルバムなんだよね。大学生の頃からの愛聴盤。
「シー・シー・ライダー」の入っているジミー・ラッシングのヴァンガード盤『リスン・トゥ・ザ・ブルーズ』は、この歌手が1930年代後半に在籍して名をなしたカウント・ベイシー楽団当時のリズム・セクションがそっくりそのまま参加している。すなわちフレディ・グリーン、ウォルター・ペイジ、ジョー・ジョーンズ。
ピアノはベイシーとはいかないのでピート・ジョンスンだ。でもこの人も上手い。ブギ・ウギ・ピアニストとして一般には認識されているはず。その他トランペットのエメット・ベリー、トロンボーンのロウレンス・ブラウン、テナー・サックスのバディ・テイト、クラリネットのルディ・パウエルという面々。
だからブルーズ歌手としてのジミー・ラッシングの持味を存分に活かせるサイド・メンなんだよね。アルバム『リスン・トゥ・ザ・ブルーズ』とか、ヴァンガードにもう一枚あるラッシングの『ゴーイン・トゥ・シカゴ』(にはリロイ・カーの「ハウ・ロング・ブルーズ」もある)とか、僕はもう大好きでたまらない。
それら二枚のジミー・ラッシングのヴァンガード盤は、現在 2in1で完全集としてCD化されているので、是非聴いてみてほしい。「シー・シー・ライダー」の場合、ピート・ジョンスンのブルージーなピアノ・イントロに続き、トランペット吹奏、その次にラッシングの歌が出てくる。
そのラッシングのヴォーカルは基本的にピアノ伴奏だけで歌うもので、時折管楽器がオブリガートを入れる。全体的に非常にレイジーなフィーリングで、「お前、昨晩どこにいたんだ?」と女の不貞を嘆く物憂い感じを非常によく表現している。テキサス・テナー、バディ・テイトのソロもいい雰囲気だ。
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