裏リターン・トゥ・フォーエヴァー
スタン・ゲッツというサックス奏者は、一般的はクール・ジャズのなかに括られて認識されているはずなんだけど、僕は昔からゲッツとズート・シムズの二人については、これに強い違和感がある。どこがクールなんだ、この二人は?かなりホットじゃないか。まあ音色がスムースだとかその程度のことだろう。
そういえばマイルス・デイヴィスも「俺にはスタン・ゲッツとズート・シムズ以外の白人サックスはみんな同じに聞えるよ」と言っていたなあ(なにかにつけていつもマイルスを引合いに出すのはやめろって)。しかしこの言葉がかなりの部分うなずけるものだってのは、だいたいみなさん同じだろう。
ズート・シムズについてはまた別の機会に書くとして今日はスタン・ゲッツ。彼は1940年代後半にウディ・ハーマン楽団でデビューしたあたりから名を上げて、50年代前半のアルバム、特に最初は10インチLP二枚だったのをあわせた『スタン・ゲッツ・プレイズ』あたりが代表作とされているよね。
もちろんそのノーグラン盤もいいんだけど、僕にとってのゲッツはちょっと違う。といっても一連のボサ・ノーヴァ風のものでもないよ、もちろん。ああいう1960年代前半の諸作は僕には良さが分らない。僕にとってのスタン・ゲッツは、すばり『キャプテン・マーヴェル』の人だ。
『キャプテン・マーヴェル』は1974年のコロンビア盤で、これにはチック・コリアが参加。そして断言するが『キャプテン・マーヴェル』こそが僕にとってのスタン・ゲッツなのだ。リリースは74年だけど、録音は72年3月に行われている。
『キャプテン・マーヴェル』こそがスタン・ゲッツの最高傑作だったと僕が信じているのにはいくつか理由がある。一つにはこれが相当にホットなテナー・プレイが聴ける一枚だからだ。もしこれをお聴きでない方で「クール・テナー」の形容を信じている人ならば、聴いたらビックリするだろう。
もう一つ、『キャプテン・マーヴェル』は言ってみれば<裏リターン・トゥ・フォーエヴァー>的とも言える一枚で、参加メンバーもチック・コリア、スタンリー・クラーク、トニー・ウィリアムズ、アイアート・モレイラとほぼ同じ。収録曲も一つのスタンダードを除き全てチックの自作曲なんだよね。
1972年結成当時のリターン・トゥ・フォーエヴァーは、ご存知チック・コリア、ジョー・ファレル(サックス&フルート)、スタンリー・クラーク(ベース)、アイアート・モレイラ(ドラムス)、フローラ・プリム(ヴォーカル&パーカッション)。このメンツで残されたアルバムはECMとポリドールに一枚ずつ。
そしてファースト・アルバムであるECM盤『リターン・トゥ・フォーエヴァー』の録音が1972年2月、セカンド・アルバムであるポリドール盤『ライト・アズ・ア・フェザー』の録音が同年10月。だからゲッツの『キャプテン・マーヴェル』はその狭間である三月に録音されている。
しかもゲッツは1972年にわずか半年ほどではあるが、チック・コリア、スタンリー・クラーク、トニー・ウィリアムズとのカルテット編成のバンドをレギュラー的に率いているんだよね。つまり『キャプテン・マーヴェル』はこのレギュラー・カルテットにパーカッションでアイアートが加わっただけ。
そんでもって『キャプテン・マーヴェル』の収録曲も、B面にビリー・ストレイホーンが書いて多くのジャズメンがやったのでスタンダード化した「ラッシュ・ライフ」がある以外は、書いたように全てチックの自作曲で、しかもだいたいリターン・トゥ・フォーエヴァーの最初の二枚に収録されている。
さらに『キャプテン・マーヴェル』でのチックは全面的にフェンダー・ローズに徹している。以上書いてきたようなわけだから、このアルバムは実質的にはリターン・トゥ・フォーエヴァーであって、そして重要なことはリターン・トゥ・フォーエヴァーのヴァージョンよりも内容が上なんだよね。
例えば『キャプテン・マーヴェル』一曲目の「ラ・フィエスタ」。これももちろんリターン・トゥ・フォーエヴァーの曲としてかなり有名なはずのスパニッシュ・ナンバー。彼らのファースト・アルバムのB面いっぱいをしめる同曲は「サムタイム・アゴー」とのメドレー形式で、23分以上もあるものだ。
「ラ・フィエスタ」は16:27から。これもかなりいいし、僕も大好き。今聴き返すとちょっと長すぎるんじゃないかという気もするけれど、この1960年代後半〜70年代前半には、音楽ジャンルを問わずこういう長尺トラックがたくさんあったよね。
しかし僕の場合は昔も今もこのアルバムはフローラ・プリムがヴォーカルを取る二曲、すなわち A面ラストの「ワット・ゲーム・シャル・ウィー・プレイ・トゥデイ」と、B面の「サムタイム・アゴー」の二つこそが一番いいような気がしている。なんというか曲もまあまあポップだもんねえ。ヴォーカルが入っているというのもいい。
それはそれとして音源を貼ったリターン・トゥ・フォーエヴァーの「ラ・フィエスタ」をゲッツの『キャプテン・マーヴェル』収録ヴァージョンと聴き比べていただきたい。こりゃどう聴いてもゲッツ・ヴァージョンの方が聴応えがあるんじゃないだろうか?
最も大きく違うのはサックス奏者の力量だ。ソプラノのジョー・ファレルとテナーのスタン・ゲッツでは比較にすらならんような気がするもんなあ。どう聴いたって断然ゲッツの方が上だろう。しかもお聴きになれば分る通り、ここでのゲッツは相当に熱い。ホットだ。どのへんがクール・テナーなんだこれ?
ゲッツがこうなっている最大の原因はトニーの猛プッシュだろう。アイアートもいいんだけど、トニーのこの派手で躍動感に富むドラミングには及ばないだろう。アイアートのドラマーとしての旨味はそういう部分ではないように僕が思うのは、パーカッショニストとしての彼を聴きすぎているせいなのだろうか?
ゲッツはこういう「ラ・フィエスタ」みたいなフュージョンで、しかもスパニッシュ・スケールを使ってあって、さらにスパニッシュで8ビートな部分と、メジャー・スケールで4ビートな部分を行き来するような難曲に慣れていなかったせいなのかどうか分らないが、若干戸惑っているように聞える部分がないわけではない。
これのスタジオ録音が1972年3月3日だけど、前述の通り同年にゲッツは同一メンバーによるレギュラー・カルテットを率い活動していて、一枚だけライヴ収録されたアルバムがある。『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』というポルドール盤。これもなかなか素晴しいんだよね。
『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』はタイトル通りモントルー・ジャズ・フェスティヴァルで1972/7/23にライヴ収録されたもの。これに『キャプテン・マーヴェル』収録の代表曲のライヴ・ヴァージョンがある。「ラ・フィエスタ」も「キャプテン・マーヴェル」もある。
『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』を聴くと、やはりライヴならではの熱さみたいなものが聴取れる。スタジオ・オリジナルでは若干戸惑いながら吹いているのかも?と上で書いた「ラ・フィエスタ」も、四ヶ月後のモントルー・ライヴでは全くなんの問題もなく吹きこなしているもんね。
しかも『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』には『キャプテン・マーヴェル』ではやっていない超有名曲が一つある。「アイ・リメンバー・クリフォード」だ。ご存知早世した天才クリフォード・ブラウンに捧げたベニー・ゴルスン・ナンバー。だから大抵の場合トランペッターがやる曲。
そんなトランペッターのための曲を、チックのフェンダー・ローズ伴奏に乗ってゲッツがテナーで吹いているのもなかなかいい。『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』には『キャプテン・マーヴェル』でやった「ラッシュ・ライフ」もあるしね。スタンダードはそれら二曲だけで、他は全てフュージョン。
『キャプテン・マーヴェル』にしろ『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』にしろ、あんなものはフュージョンじゃないか、ゲッツはメインストリーム・ジャズの人なんだぞと軽視してあまり聴かないファンってのが確かに一定数存在するんだろう。中身は最高なんだけどなあ。
『キャプテン・マーヴェル』収録の他の曲、例えば「クリスタル・サイレンス」もリターン・トゥ・フォーエヴァーの一枚目で、「ファイヴ・ハンドレッド・マイルズ・ハイ」「キャプテン・マーヴェル」も彼らの二枚目『ライト・アズ・ア・フェザー』でやっているものだから、そっちで有名なはずだけどさ。
それ以外の「タイムズ・ライ」「デイ・ウェイヴズ」というチックの自作曲も、録音は残っていない(はず)けれど、やはり当時のリターン・トゥ・フォーエヴァーのレパートリーだったもの。ってことは『キャプテン・マーヴェル』は「ラッシュ・ライフ」以外ぜ〜んぶ裏リターン・トゥ・フォーエヴァーだということになる。
1972年初頭のチックはリターン・トゥ・フォーエヴァーの一作目の収録は既に終えてはいたものの、おそらくこのグループの方向性を模索していた時期で、それでこのバンドのレギュラー活動ではなく、スタン・ゲッツに誘われるがまま彼のレギュラー・バンドに、曲もメンバーもほぼ全部流用したということなんだろう。
だから(なんでも聞いた話ではチックのボストンにある自宅の近郊に住んでいたという理由で)トニーをドラマーにしたのを除けば、ボスのゲッツ以外のバンド・メンバーが『キャプテン・マーヴェル』とリターン・トゥ・フォーエヴァーで全く同じで、収録曲もほぼ全て同じということになっているわけだ。
ってことはゲッツの『キャプテン・マーヴェル』や、その後そのままカルテットで約半年間レギュラー活動し『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』になって一枚だけライヴが残っている、そんな音楽の実質的なリーダーはゲッツではなくてチックなんだよね。彼がバンドを支配しているのは聴けばみんな分る。
そういうわけだから今日何度も繰返しているようにゲッツの『キャプテン・マーヴェル』や『スタン・ゲッツ・カルテット・アット・モントルー』は<裏リターン・トゥ・フォーエヴァー>だってことになるわけだけど、それでも実質的にチックの作品だとはいえ、これら二枚で聴けるゲッツのテナーの激アツぶりも特筆すべきものだろう。
それらゲッツ名義で実質的にはチックのアルバムである二枚は、音楽的な充実ぶり、サックス奏者の吹奏ぶり、ドラマーの激しい猛プッシュぶりなどなどで、名実ともにチックのバンドであるリターン・トゥ・フォーエヴァーの1972年頃の音楽よりも上を行っているとしか聞えない。こっちの方がいいよ。
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