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2016/10/18

1920年代のパンク・ロッカー〜ハーフ・パイント・ジャクスン

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音楽はオフザケなんかじゃないんだ、マジメなものだ「アート」なんだという考えのリスナーなら絶対に聴くことはありえない代表格がハーフ・パイント・ジャクスン。ハーフ・パイントはあだ名から来たステージ・ネームで、本名はフランキー・ジャクスンという黒人だ。

 

 

ハーフ・パイントってのは要するにチビってことで、フランキー・ジャクスンの身長は実際156センチほどしかなかったらしい。それでこの芸名になったわけだけど、この人はレコードやラジオなどの音声メディアが誕生する前、少なくとも本格化する前の時代の音楽(を含む)エンターテイメントを象徴する最後の人かもしれない。

 

 

そして、そんな時代の音楽を中心とするエンターテイメントの姿を録音物に残した数少ない人物だったかも。音楽を中心とするというのは、僕らの世代の人間にとっては残された録音物でしかどんな芸風だったかを確認しようがないからそう言うだけで、実態はシンガーともちょっと違うようだ。

 

 

ハーフ・パイント・ジャクソンについての Wikipedia を読むと、1920〜30年代に活動したヴォードヴィル・シンガー、ステージ・デザイナー、コメディアンとまず最初に書いてあるが、記事本編に “female impersonator” という言葉もある。これはどうにも日本語に訳しにくいもの。

 

 

Female impersonator を邦訳しにくいのは、これは今でいうドラァグ・クイーン(drag queen)に近いものからだ。ハーフ・パイントの場合、女装したかどうかは僕は知らないというかそんな写真などを見たことがないけれど(でもまあやっていただろう、録音物で聴く芸風から判断して)、少なくとも女性の声色を使って歌ったというか演じた。

 

 

ハーフ・パイント・ジャクスンにこういう「フィーメイル・インパースネイター」を含む種々の呼び方をしているのは、実はオーストリアの復刻専門レーベル Document がCD三枚でこの人の録音集をリリースしている、そのライナーノーツに書いてあるものだ。書いているのはジム・プロハスカ。Wikipediaもそこから取ったに違いない。

 

 

そのドキュメント・レーベルが出したCD三枚というのがハーフ・パイント・ジャクスンの録音集では最高のもの。これ以上の規模のものは本国アメリカにないばかりか全世界にも一つもない。この人の録音はデッカ傘下時代のヴォキャリオンとブランズウィックと本家デッカにあって、CD三枚で全部のはず。

 

 

本家デッカはどうしてちゃんと全集にしてリリースしないんだ?こういう件に関しては僕がいつもいつも怒っているように、本国のアメリカ人(といってもデッカは元は英国の会社だが)はなにをやっているんだ?自国の音楽遺産なんだからちゃんとやれよ。まあハーフ・パイント・ジャクスンの場合は音楽遺産とだけも言い切れない芸人だけど。

 

 

ハーフ・パイント・ジャクスンの日本での初お目見えは中村とうようさん編纂のLP三枚組『ブラック・ミュージックの歴史』だった。1983年リリースで、よほどの好事家でない限り日本人で普通の音楽ファンがハーフ・パイント・ジャクスンという人がいるんだということ自体を知った最初だったはず。

 

 

僕はごくごく普通のそこらへんに転がっているいち音楽ファンに過ぎないので、当然その1983年の『ブラック・ミュージックの歴史』でハーフ・パイント・ジャクスンという人物を知り初めて録音を聴いた。その後この人の音源集みたいなものはなかなか出ず、CD時代になってようやく前述のオーストリアのドキュメント盤でたくさん聴いた。

 

 

そのドキュメント盤CD三枚で充分なわけだけど、日本ではこれまた中村とうようさんが編纂のMCAジェムズ・シリーズの一つ『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』という単独盤CDがリリースされている。それは1999年のことで、日本盤はいまだにこれ一枚しかない。

 

 

いや、日本だけじゃない。本国アメリカにはハーフ・パイント・ジャクスンの単独盤は全く存在しないはず(なにかのアンソロジーみたいなものには収録されている場合はあるようだ)。ってことは2016年の全世界において、このエンターテイナーのCDはドキュメントのと中村とうようさんのとの二種類しかない。

 

 

この冷遇具合はどうだ?まあでもしょうがないんだよね。最初に書いたようにハーフ・パイント・ジャクスンはおふざけエンターテイメントの極致みたいな人で、総合パフォーマーだから音楽家などとも呼びにくく(あの時代に録画技術があったらなあ)、仮に音楽家としてみたところで「マジメ芸術」のおよそ対極に位置するシンガーだからだ。

 

 

それで今日はちょっとこのハーフ・パイント・ジャクスンのことを書いてみたいのだが、いろんな意味でとうようさん編纂の『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』が最も優れたこの人の単独盤CDなので、ドキュメント・レーベルの三枚ではなく、これに沿って話を進めたい。

 

 

『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』が最も優れているというのは、音源の数自体は当然三枚であるドキュメント盤の方が充実しているわけだけど、前者とうようさん編纂のには実に詳しい解説が載ったブックレットが附属している。このエンターテイナーに関する日本語文章ではこれが最も優れているものだ。

 

 

『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』附属ブックレットでは、とうようさんが一曲ごとの解説だけでなく、その前にかなり詳しくこのエンターテイナーの略歴や芸風の解説を書いている。日本語で読めるハーフ・パイント・ジャクスン関連の文章は、これ以外にあるのかなあ。

 

 

だからもし今日の僕のこの文章を読んでハーフ・パイント・ジャクスンに興味を持つ人が百人に一人でもいらっしゃれば、是非『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』を買っていただきたい。ジャズだとかブルーズだとか、明確な分野が確立する前の黒人芸能の姿がよく分る一枚なのだ。

 

 

さて『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』収録音源は、最も早い録音が1928年で最後の録音が1940年とかなり遅い。遅いというかこの時代のエンターテイナー(音楽家とは言わないでおこう)としてはかなり新しい部類に入る。1910年前後には活躍していた人だから。

 

 

アメリカにおける商業録音はご存知の通り1910年代に入って本格化し、どんどん録音されたくさんレコードが発売されている。LPやCDでリイシューされているものも多い。だからその時期に既に活躍中だったハーフ・パイント・ジャクスンの録音が1928年まで存在しないってのは不思議だ。

 

 

ハーフ・パイント・ジャクスンは1917年頃には全米各地で定期的に歌唱活動、というよりステージ活動を活発化させていて、その頃はベシー・スミスやエセル・ウォーターズといった今でも有名なスーパースター歌手たちとステージを分け合うようになっていたらしい。その時期の録音が残っていればなあ。

 

 

まあないものはしょうがない。とうようさん編纂の『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』の1928〜40年録音を聴くと、この人は1920〜40年代の黒人音楽としてはジャズとしてもブルーズとしても本道から相当に逸れていて、こりゃいったいなんなんだ?というキワモノなんだよなあ。

 

 

戦前のアメリカ音楽のなかには、ジャズでありながら、そのメインストリームから横道に逸れたジャイヴやジャンプがある。しかしあれらはブルーズとして聴くとかなり分りやすいものだから、日本にもファンは多いはず。だがハーフ・パイント・ジャクスンの猥雑さはブルーズでもないようなもので、まあロックとでも呼ぶしかないようなものだ。

 

 

そんな時代にロックなんてあったのか?!などと思われるかもしれないが、いろいろとあるんだよね。ルーツだとか源流みたいなものばかりでなく、音楽的な意味で、つまりビート感やクロマティックなスケールや歌詞内容などなど実際の音の使い方でロックそのものだみたいなものがあるんだよね。

 

 

ハーフ・パイント・ジャクスンがロックだと言った場合、ご存知の方が真っ先に思い浮かべるのは、間違いなく「イッツ・タイト・ライク・ザット」だね。タンパ・レッズ・ホウカム・ジャグ・バンド名義の1928年録音。これはひょっとしたらアメリカ録音史上初のロックンロール録音かもしれないんだぞ。

 

 

 

どうです?このパワー!この「イッツ・タイト・ライク・ザット」はタンパ・レッドとジョージア・トムによるヴォキャリオン録音がオリジナル(1928/10/24)だけど、その一ヶ月後のハーフ・パイント・ジャクスンが歌うこっちの方がはるかに凄いよなあ。

 

 

この「イッツ・タイト・ライク・ザット」におけるハーフ・パイント・ジャクソンのヴォーカルの、そのハチャメチャなパワーの暴発ぶりは、ロックンロールを超えて元祖パンク・ロッカーだと呼びたいくらいのものだ。アメリカの戦前音楽で敢えて探せばジャイヴ・ミュージックに近い。

 

 

サッチモことルイ・アームストロングの1928年録音に「タイト・ライク・ディス」というのがある。28年のサッチモは全録音が昔からアナログ盤で出いたので僕も聴いていた。この曲名も同じことでセックスへの言及。あのなかではドン・レッドマンが女性の声色を使って、男声のサッチモと卑猥なやり取りを繰り広げる。

 

 

というわけだから3コーラスにわたるサッチモのコルネット・ソロが絶品であるにもかかわらず、英語を理解するピュア・ジャズ・リスナーにはあの「タイト・ライク・ディス」はイマイチな評判なんだよね。ドン・レッドマンはこれ以前のフレッチャー・ヘンダースン楽団在籍時代にも女性の声色で卑猥なこと言っている録音が複数ある。

 

 

ドン・レッドマンは、1920年代前半にフレッチャー・ヘンダースン楽団でジャズ史上初のホットにスウィングするアレンジメントを開発した人物だから、ジャズ史における最重要人物の一人だけど、同時にジャズ界では最も知られた「フィーメイル・インパースネイター」でもあるんだよね。

 

 

ちょっと話が逸れた。一般的な知名度はゼロに等しいハーフ・パイント・ジャクスンだけど、それでも間違いなく最も有名なのが、先に音源を貼ったタンパ・レッズ・ホウカム・ジャグ・バンド名義の「イッツ・タイト・ライク・ザット」だ。しかしながらこれは中村とうようさん編纂の単独盤『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』には収録されていない。

 

 

その「イッツ・タイト・ライク・ザット」がどうして『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』に収録されていないのかというと、同じ中村とうようさん編纂のMCAジェムズ・シリーズの一枚『ロックへの道』に収録されているからだ。同じシリーズなので重複を避けるためだ。僕はちょっと残念なんだなあ。

 

 

あのMCAジェムズ・シリーズでは、ハーフ・パイント・ジャクスンだけじゃなく他にもこういうケースが複数ある。僕を含めシリーズ全て出たら即買いだった人間は問題ないけれど、興味のあるものだけ買っていくような人はちょっと注意しないと、最重要録音が漏れている場合があるんだよね。

 

 

さて『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』には猥雑なものが相当たくさんある。猥雑というのはまだ上品な表現であって、ハーフ・パイント・ジャクスンのヴォーカルは要はストレートにセックスを歌っていて、こんなものがよくレコードで発売できたもんだというようなものも多い。

 

 

一番有名な「イッツ・タイト・ライク・ザット」というこの曲名だってセックスに言及している表現だ。読みかじった情報ではハーフ・パイント・ジャクスンの場合、録音はされたがあまりにひどいというので発売されなかったものが実際にまあまああるらしい。CDを聴いたらそれも納得なのだ。

 

 

『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』にある曲名だって、五曲目の「ロック・ミー・ママ」とか九曲目の「ショ・イズ・ホット」とか11曲目の「マイ・ダディ・ロックス・ミー」とか、その他何曲もそのまんまなんてものも多い。11曲目の「マイ・ダディ・ロックス・ミー」なんか女性の声色で歌っているしなあ。

 

 

しかも「マイ・ダディ・ロックス・ミー」では女性の声色で歌うだけでなくよがり声まで入れていて、歌になってもそんな声に近いような歌い方で、そのなかに「ジェリー・ロール」なんていうそのまんまセックスを表現するような言葉も出てくる。あのジャズ初期の巨人ジェリー・ロール・モートンのこの芸名もそこから来ている。

 

 

そんななかでジャズ・ファンにはこれが一番聴きやすいであろうものが15曲目の「ユー・ラスカル・ユー」。この曲名だけで古典ジャズ・ファンなら全員お分かりだろう。そう、ルイ・アームストロングの得意レパートリーの一つだった。「お前が死んでくれて嬉しいよ、このクソ野郎」っていう当て付けソング。

 

 

サッチモは「ユー・ラスカル・ユー」を何度も繰り返し録音しているが、最も早いものは1931年のオーケー録音で、同年にキャブ・キャロウェイ楽団も録音している。『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』収録のは1930年録音だから、彼らジャズ・メンよりちょっとだけ早い。

 

 

また『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』を聴いていると、多くの曲でバンジョーとフィドルが同時に鳴っているが、これは要するにアフリカとヨーロッパの合体なんだよね。アフリカからの奴隷ルーツの黒人音楽要素(バンジョー)と、ヨーロッパ、ことにアイルランド移民ルーツの白人音楽要素(フィドル)の融合。

 

 

19世紀末〜20世紀頭というまだ商業録音がはじまっていない時代のヴォードヴィル・ショウでは、こんな具合にアフリカ由来の黒人音楽とヨーロッパ(アイルランド)由来の白人音楽が、既に渾然一体となって溶けこんでいたんだろうなあって容易に想像がつくものなんだよね。

 

 

『黒人ヴォードヴィルの王者〜ハーフ・パイント・ジャクスン』。ジャズ的視点からは20曲目から22曲目までの三曲が最も面白いというか、普通一般の古典ジャズ・ファンでも好きになりそうなものだ。なぜかというと、バーニー・ビガード、リル・アームストロング、シドニー・カトレット、ウェルマン・ブロウドらが演奏しているからだ。

 

 

この人たち全員担当楽器名を書いておく必要なんかない超有名人だ。それら1939年録音の三曲では演奏も相当にジャジー、というかピュア・ジャズそのものだとも言えるので、普通のジャズ・ファンは好きになるだろうけど、ハーフ・パイント・ジャクスンの録音としてはパンクさも猥雑さも薄いので今日は省略する。

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